ベズデア連合の将軍
親征軍の制圧が完了するのと前後して、解放軍に投降してきたドラジア王国軍兵士二十万を中核とする大規模部隊がベズデア連合軍が占拠する地域へと侵攻を開始した。
ベズデア連合の本国とスデスラスの内部に侵攻して来ている軍との交通を遮断し、後者を弱体化させることを目的とした軍事行動にある。
ベズデア連合とスデスラスとの国境は何本かの河川によって隔てられており、その国境線はかなり長大であった。
構想としてはともかく、現実にそれだけ長大な国境線を完全に閉鎖しきることが可能であるのか、この点については解放軍内部においても意見が別れていた。
しかし、ベズデア連合軍の中核となるべき部隊は現在東進してワデルスラス公爵軍との戦闘に従事しており、この国境方面は比較的手薄になっていることは事実なのである。
国境閉鎖の成否はさておき、ベズデア連合を弱体化するのに一定の効果はあるだろうと、そう判断されての決行された形である。
進軍を開始して数日のうちに、その解放軍はいくつもの船着場を解放することに成功をした。
留守を守っていたベズデア連合軍側があまり精強ではなかったこと、それに、押し寄せた解放軍側が二十万を超える大軍であったことなどで、多少の抵抗があったとしてもあっけなく制圧に成功することがほとんどであった。
そうした船着場を解放すると、最低限の守備だけを残してその解放軍はさらに国境を南下していく。
船着場さえ押さえてしまえば、あとはそこを経由して物資や兵士があとからいくらでも流入してくるように、手配をされていた。
そうした船着場を経由してやってくるのは、物資や兵士だけにとどまらず、各種の職人や作業員なども前後して送られてくることになった。
彼らは船着場を中心とした付近に物見櫓や荷おろし用の起重機などを設置するための要員になる。
国境の防備をより堅固なものにするため、それに、物資のやり取りをより一層効率化するために、兵士の数倍以上のそうした作業員が待機しており、作業場が確保でき次第、順次作業を開始していく。
特に今回のような広範な地域で展開をする軍事行動において、そうした後方支援活動が果たすべき役割を解放軍は軽視していなかった。
敵側の流通経路を遮断し、その逆に味方の物資流通を効率化するのは、以前から変わることのない洞窟衆の常套手段でもある。
そうした船着場を起点として物や人が安定して流入するようになれば、そこからさらに東進をしてベズデア連合軍に圧力をかけることも可能になるわけであった。
そんな様子で、最初の数日は解放軍を阻むものがなかった。
通信を利用していないベズデア連合側は、大挙して押し寄せてくる解放軍になす術もなく、多少の抵抗はあってもすぐに降伏をすることが多かったのだ。
そうした窮地にあっても即座に味方に救援を呼ぶこともできず、その逆に外部からの情報もほとんど入ってこないため、そうした残留部隊は解放軍の動きを知る由もなく、このタイミングでこうした襲撃が起こることをまるで想定していなかったのである。
たまに、解放軍との交戦が本格化する前に、近隣の部隊に伝令を出して敵襲に備えるよう、伝えられる例もないわけではなかったが、仮にそうなったとしても彼我の戦力差は覆しようもなく、大勢に大きく影響することはなかった。
そんなわけで、ベズデア連合側が解放軍側の侵攻に関して本格的な動きを見せるのは、かなりの日数を必要とした。
解放軍の侵攻について、スデスラス国内に駐留しているベズデア連合軍に知らせたのは、ベズデア連合本国の中央から定期的に派遣されてくる伝令からであった。
いくつかの船着場が解放軍によって占拠された時点でベズデア本国側が調査を開始し、解放軍の動きについて確証を得た時点でその報告がまずベズデア連合の中枢部にあがり、そこからスデスラス国内に侵攻をしているベズデア連合軍の司令部に、転移魔法を使える伝令が伝えたい形となる。
この時点で、解放軍がベズデア連合の占拠地に侵攻を開始してから十日近い時間が経過している。
「なんと!」
ベズデア連合軍の司令官であるガンディード将軍は、その報告を耳にしたとき、本気で驚いていたという。
「王族による支配の撤廃を求めるアポリッテア姫は、われらベズデアのシンパではなかったのか!」
三十年ほど前、周辺諸国と同じような王国制であったベズデアの王家を倒した立役者も、今では鬢に白いものが混ざる年齢になっていた。
このガンディード将軍は、その軍事的な才覚に関しては定評の人物であったが、その代わりその他の領域においてはいささか心許ない、ともいわれている。
俗にベズデア革命と呼ばれる運動の理念を深く信じ込むあまり、同時期に革命に携わっていた同志たちからかえって等閑視をされて、その功績に比べてかなりの不遇を囲っていると、ベズデア連合内でももっぱらの評判になっていた。
それでいて本人は、そのことを不満に思っている様子もない。
「なに、わしは、政治むきのことはよくわからんからな」
などと淡々とした態度で僻地に赴き、周辺諸国との紛争や地方反乱の始末などのつまらない仕事に、むしろ嬉々として従事していた。
つまりは、権力などに執着をせず、自分が明らかにベズデア連合の中央から遠ざけられていても特に不満に思うこともない、我欲が極めて薄い人物といえる。
ベズデアの一般市民や下級兵士たちなどの人気は高かったが、ベズデアの政務に関わる高級官僚などからは、自分が左遷され続けていることにさえ気に留めない、一種の変人として扱われていた。
「身分制度の廃止を進める思想の持ち主が、すなわちベズデア主義の信奉者であるとは限らないのでは?」
副官が、辛抱強くガンディード将軍にいい聞かせる。
「なんといっても、彼らスデスラスの民からすれば、われらベズデアの民は憎むべき侵略者であるわけですから」
「いや、われらは侵略者にあらず」
ガンディード将軍は胸を張ってそう主張をした。
「理不尽な搾取にあえぐスデスラスの民に救いの手を差し伸べる、解放者なり!」
本気でこういうお題目を信じているからな、この人は。
と、副官は思った。
「たとえそうであったとしても、本国からの補給路が絶たれてしまえば、わが軍の将兵も早晩、大勢が餓死することになりますが」
副官は、近い将来に起こりうることをガンディード将軍に説明する。
「そうなってしまえば、われらが解放するべきスデスラスの領民から必要となる糧食などを強奪する羽目になります。
こうした事態は、ベズデア主義に反するのではないでしょうか?」
「しかり」
ガンディード将軍は即座に頷いた。
「そうなってしまっては、本末転倒もいいところだ。
とはいえ、ワデルスラス公爵軍とも本格的な交戦に入ってしまっている現状でその敵軍に背をむけるのも、愚の骨頂」
「今、全軍で引き返せば、ワデルスラス公爵軍はここぞとばかりにわが軍の後背を突いて来るでしょうね」
副官も、頷く。
「わが軍も決して寡兵ではありませんが、それでも損害は大きくなるでしょう」
「たまには、本国の連中に働いてもらうというのはどうだ?」
ガンディード将軍は自信満々にそういいきった。
「むこうから、国境を超えて解放軍とやらを突破してもらえばよい」
果たして、中央のやつらがこのガンディード将軍に助け舟を出そうとするかどうか?
副官は、そう考える。
やつら、功績が大きすぎるこの将軍には、早々に名誉の戦死をしてもらいたいくらいに思っている節があるからなあ。
「今さらわたくしがご説明をするまでもないことと思いますが」
副官はいった。
「揚陸戦においては、どうあっても攻め込む側が不利であります。
味方に多大な被害が及ぶものと想定されます。
われらの苦境を救うために、ベズデアの数多くの同胞に犠牲を強いるはどうかと思いますが」
「それもそうか」
ガンディード将軍は、副官の言葉にあっさりと頷いた。
「つまりは、われらだけでこの窮地を脱しなければならぬ、と。
どれ、この周辺の地図をもて。
少し思案をしてみる」
前国王の葬儀はマルマイトの離宮においてひっそりとおこなわれることになった。
あくまでひっそりと、親族のみでおこなうことになったので、スデスラスの各地に散っていた王族が、このときばかりはマルマイトの離宮に集合することになった。
その多くは一度ハザマ領にあるヘムレニー教団の寺領で匿われていたところ、急遽呼び戻された者たちになる。
帰国後、これまで各地に散ってそれぞれ政務に携わっていたわけだが、いい機会でもあるしここで一度顔を合わせて今後のことを相談する予定でもあった。
次々と離宮に集まったスデスラスの王族は、それぞれ二頭とか三頭ずつの犬も連れていた。
この犬たちも、一度はヘムレニー教団の寺領までアポリッテア姫ととともに送り届けられ、そして順番に帰還してきた犬たちになる。
アポリッテア姫としてもこの非常時に五十頭以上はいる犬たちをぞろぞろと引き連れて歩く余裕もなく、あとから帰国して来る者たちに託して少しずつ呼び戻すよう、手配をしていたのであった。
「国家奴隷の制度を廃止するつもりだと聞いたのだが、それは本気か?」
「その制度を廃止するかどうかは、まだ決めていません」
アポリッテア姫は年上の親族に対してそう答えた。
「その問題自体は、あまり重要ではないものと認識をしています。
臣下がどのような身分にあろうとも、国王の意向に異を唱えられない従来の制度に関しては、できるだけ早急に改める必要があると考えております」
実際、アポリッテア姫は、地方行政に携わっていた元国家奴隷の官僚たちに対して、一律に、
「再度、国家奴隷となることを求めるのか?」
という確認をおこなっている。
「具体的な契約があった方が、なにかと心強い」
といわれれる場合もあれば、
「今さらそんな形だけのことに拘っても、益はないでしょう」
と返されることあった。
人により返答は様々であったが、前国王との契約魔法が無効となっている期間も、そうした元国家奴隷たちの多くは、以前通りの仕事に従事していたのは事実である。
前者の場合は、改めてアポリッテア姫を主人とする奴隷契約を交わすわけだが、そうした実績がある以上、アポリッテア姫は実際に契約魔法が必須のものであるとも思えなくなっていた。
「肝心なのは、臣下が不安にならないだけの待遇を、こちらが継続して維持できるのかどうかだと思います」
アポリッテア姫は、そう応じておく。
「契約の有無よりも、われら治める側が、領民や臣下を安堵させるだけの治世をおこなえるのかどうか。
それのみが、大事なのではないでしょうか?」
「国を治めるべき側の手腕が問われると、そういうのか?」
「すでに、そういう時代に突入しているかと思います」
アポリッテア姫は静かに答えた。
「今は、通信というものが存在しますから。
よい評判も悪い評判も、周辺諸国に筒抜けになることを想定して治世をおこなうべき時代になっています。
いい治世をおこなえば、流民、領民、それに富が自然にその国に集まるようになり、その逆に、評判の悪い国からはそうした物や人が一斉に引きあげていく。
そんな事態になったとしても、わたくしは別に不思議には思いません」
「大変です!」
そのとき、伝令がひどく慌てた様子で入ってきた。
「ナマイの境が破られ、ベズデア連合の大軍が押し寄せてきました!
やつらは一路フォロパイにむけて進軍中とのことです!」




