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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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泥濘への招待

 三十年ほど前に革命を起こして成立した現在のベズデア連合は、「身分制度の撤廃」を国是としている。

 無論、それはあくまで建前であり、現実には国内においても、同じベズデア連合に属する民同士であっても、社会的地位などにより相応の格差が存在するわけであるが。

 今回のスデスラスへの侵攻などについても、表向きは「困窮するスデスラス領民を救済する」ことを目的としていた。

 かなり広い範囲にわたって焦土作戦を決行したワデルスラス公爵軍のやり方によって、ほとんど着の身着のままで放置された領民が多数発生したわけだが、「困窮するスデスラス領民救済」のためにスデスラスへと渡ってきたベズデア連合側は、これについてもすべて面倒を見る必要に迫られていた。


 焦土作戦を実行した際、ワデルスラス公爵軍側もかなり大勢の領民たちを半ば無理に急き立て、自分たちの支配領域へと連れ去っていたのであるが、そのワデルスラス公爵軍の輸送能力にも限界というものはあるわけで、実際にはほとんどの領民はその場に置き去りにされていたのある。

 いや、さらに正直に実情を記述すれば、ワデルスラス公爵軍は各地の村や町などに備蓄されている食料の方を運び出すことを優先して、領民の搬送についてはあまり熱心にはおこなわなかった節もあった。

 中長期的にはそうした領民たちは、労働力とそれに税収を確保するために必要であったわけだが、それよりも差し迫った問題として、まずはベズデア連合を退けなければならない。

 こうした状況下において、大勢の領民を残していけばいくほど、ベズデア連合の物資を食いつぶしてくれる。

 ベズデア連合が領民たちに食料を分けなかったり、あるいはその食料などの物資が不足してくれば、ベズデア連合と地元領民との間に亀裂が生じ、いずれにせよベズデア連合を弱体化するための要因として作用することになる、という計算があったためだ。

 結論からいうと、このワデルスラス公爵軍の目論見は見事に成功した、といえる。

 あるいは、スデスラスに進行して来たベズデア連合を率いているのが他の人物であったのならば、焼け出された地元領民たちなどは無視して軍事行動に専念していたのかも知れなかったが、今回のベズデア連合軍を率いているガンディード将軍は生え抜きのベズデア主義者であり、目の前で困窮している領民たちをそのまま捨て置くことができなかった。


「そんなことをしたら、なんのために大軍を率いてここまでやって来たのか分からなくなるではないか」

 というのが、ガンディード将軍のいい分であった。

 結果、ベズデア連合軍が用意していた兵糧は、あっという間に消尽されることになった。

「なに、食料であれば本国からいくらでも取り寄せることができる」

 当初、ガンディード将軍は、そういっていたという。


 さて、農地が焼かれ、目ぼしい食料も持ち出された場所に取り残された領民たちは、このときどのように行動したのか。

 一部は、ワデルスラス公爵軍に誘導されるままに、そのうしろについていった。

 一部は、前述のようにベズデア連合軍を頼った。

 さらに別の一部は、自分たちの足で解放軍の影響圏にまで移動して、そこで保護を求めた。

 多くは、彼らが主体的に、それぞれの見識に基づいて保護されるべき先を選択した結果である、というよりも、地理的な条件などによって、おのおのの領民たちの居場所からより近い場所に存在した有力者に身を寄せた結果であるといえる。

 もちろん、近場に頼るべき存在がなく、そのまま飢えたりなす術もなく戦火に巻き込まれたりする領民たちも、決して少なくはなかった。

 そうした焦土作戦が遂行されている最中にも、逃げて行くワデルスラス公爵軍とそれを迫撃するベズデア連合軍との軍事衝突は継続していたのである。


 そうした最中に、親征軍を降した解放軍による、ベズデア連合軍の隔離作戦が発動した。

 すでに物資が不足しはじめていたベズデア連合軍の中には、解放軍のこの作戦によって補給路が絶たれることを恐れ、すぐに主力を西進して解放軍を討つべきだと主張する者も多かったが、実際にはその時点でワデルスラス公爵軍との衝突が本格化していたため、この場ですぐにその案を実現することはできなかった。

 今の状況でワデルスラス公爵軍と対峙している部隊から戦力を間引いていけば、ただそれだけで戦線が崩壊をしてベズデア連合軍は壊滅する。

 兵糧を使い果たして餓死するよりも、速やかな最期を迎えることは必定であった。


 補給路を守ろうとすれば、ワデルスラス公爵軍の猛攻にあう。

 かといって、ワデルスラス公爵軍ばかりを相手にしていても、長期に渡って戦い続けるほどには兵糧がない。

 この時期のベズデア連合軍は、そうした矛盾のただなかに居た。


 このような状況下にあって、

「さて、どうしたものか」

 などと、ガンディード将軍は迷わなかった。

「五百ほどの分隊を北進させて、ワデルスラス公爵軍の側背をつけ」

 と、短く命じただけであった。

「これ以上に兵を北上させると、解放軍の支配圏に入ってしまいますが?」

 副官が、すかさず確認してくる。

「かまわん」

 ガンディード将軍は明瞭な口調でいった。

「やつらはすでに、わがベズデア連合への敵対行動に踏み切っているのだ。

 ここで解放軍との交戦を避ける手もなかろう」

「ワデルスラス公爵軍を包囲するように兵を進めますか?」

「いいや、そうではない」

 ガンディード将軍は首を横に振って、いった。

「北進させた部隊の動きにワデルスラス公爵軍が食らいついて来たら、そのまま北に逃げよ。

 ワデルスラス公爵軍を、解放軍の領地深くにまで誘い出せ」

「……わざわざ三つ巴戦に持っていきますか」

 副官は顔をしかめた。

「状況判断が、それだけ厳しくなりますが」

 単一の敵軍を相手にするのと、同時に二つの軍を相手に戦うのとでは、複雑さが格段に違ってくる。

 普通の指揮官であれば、二正面作戦はできるだけ避けるように努めるのが常道である。


「今の状態では、ごく短期のうちに敵をねじ伏せて決着をつけるのか、それともどこからか、うちの者が飢え死にしない程度の食料を調達するしかない」

 ガンディード将軍は、平静な声で答える。

「ワデルスラス公爵軍も解放軍も、その食料を持っている。

 乱戦に持ちこめば、それだけこちらの勝機も大きくなる」

 ワデルスラス公爵軍を容易に引き離せない状況であるのならば、そのワデルスラス公爵軍と、それに解放軍ももろともに泥沼に引き釣りこんでしまえ、というわけである。

 ベズデア連合軍が二軍を相手にしなければならないということは、ワデルスラス公爵軍や解放軍も、同時に二軍を相手にすることを強制されるということも意味していた。

 状況はそれだけ複雑になり、状況判断も相応に玄妙さが要求されるようになる。

 さて、この複雑な状況で、最後に生き残るのはどこか?

 そう考えて、ガンディード将軍は口の端を笑みの形に歪めた。


「ガンディードのやつめ!」

 敵軍の動きを把握したエクセン伯爵は、すぐにその意図を察した。

「われらを釣り出して、解放軍を巻き込むつもりか!」

 ワデルスラス公爵麾下のエクセン伯爵は、四十代半ばの実直な貴族である。

 軍隊の指揮についても定評があり、このときも前線部隊の統制を執ることをワデルスラス公爵から任されている。

 ベズデア連合軍のこの動きは、実のところ、エクセン伯爵にしてみても、特に意外なものではなかった。

 似たようなこと、つまり、解放軍をも巻き込んで、事態を複雑化するという戦術は、このエクセン伯爵にしても再三、検討していたのである。

 この時点でワデルスラス公爵軍は、今のベズデア連合軍ほどには物資その他の点で恵まれていたので、実行するまでには至らなかったが。

 いや、それよりなにより、エクセン伯爵にしてみれば、これ以上無闇に戦線を拡大するのは避けたいという意識が強かった。

 兵力的にみても、現在のワデルスラス公爵軍が二正面作戦に耐えられるものとは思えない、ということと、それに、解放軍の指導者であるケイシスタル・ワデルスラス姫とこのエクセン伯爵は、それなりに懇意にしていた間柄なのである。

 エクセン伯爵としては、ここで正面から解放軍を敵に回すのは、心情的には避けたい意識があった。

 とはいえ。

「このまま放置しておいたら、わが軍が正面と側面から攻められるままになるだけだしな」

 エクセン伯爵は、ため息混じりに指示を出す。

「いくらかの部隊を割いて、北進しつつある敵軍に対応せよ!

 いくらかやり合えば、おそらくは敵軍は逃げていくはずだが、決して深追いはするな!」

 やつらの目的は明らかであり、みすみすその策に乗りたくはない。

 だが。

 だが、実際には、難しいだろうな、と、エクセン伯爵は思う。

 敵は、あの歴戦のガンディード将軍率いるベズデア連合の正規軍だ。

 あの手この手で挑発を繰り返し、最後にはやつらの思惑通りに誘導される。

 そう見なして、その後の対策を考えておいた方がいい。

 エクセン伯爵はそんなことを考えながら、地形図を睨む。


 エクセン伯爵が危惧したとおり、北に回り込んでワデルスラス公爵軍を攻撃しはじめた部隊の動きは巧妙であった。

 対応するワデルスラス公爵軍が前進をすれば素早く退き、その逆に歩みを止めたり後退をして本隊に合流しようとすれば、その動きを敏感に察知して猛攻を加える。

 一進一退を繰り返しながら、じりじりとワデルスラス公爵軍を北に釣り出していく。


 通信で戦況を確認しながら、エクセン伯爵は、

「やはり、巧妙だな」

 と、そう思う。

 経験や練度の違いか。

 自分たちがやるべきことをこころえ、それにワデルスラス公爵軍のあしらい方、攻めるときと退くときの切り替え方が、実に巧みだ。

 敵軍は通信を持たないはずなのに、どうしてあれほど的確に動けるのか。


「北方から、新たに敵軍が接近してきます!」

 そんなことを思っているエクセン伯爵の耳に、伝令の声が響く。

「兵数は確認できていませんが、とにかく多数!

 解放軍の軍です!」


 素早い。

 エクセン伯爵は、冷静にそう思う。

 ベズデア連合軍は、ワデルスラス公爵軍を北方に釣り出そうとしていたように、並行して別働隊を出して、解放軍の注意をこちらに引きつけるような工作もおこなっていたらしい。

 おそらくは、足の早い騎兵の部隊で解放軍の部隊を刺激して、こちらにむかうように誘導したのであろう。

 ガンディード将軍は歴戦の猛者だけあって、やはりそれなりの指揮官ではあるようだな。

 と、エクセン伯爵は思う。



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