交渉の実際
「それで」
ルスリス・スデスラスはベントリイ・ドラジア王子の饒舌に戸惑っていた。
「そのような分析が、この場の会見でどのような意味をもつのでしょうか?」
確かに、このベントリイ王子は頭が回るのであろう。
意外に的確に、今回の件の中の不自然な部分を嗅ぎとっている。
それはそれでいいとしても、ここは国同士の、それも交戦国同士が行う外交の場である。
自分たちが把握した事実とその分析を隠すこともなくあけすけに口にするベントリイ王子の真意が、ルスリスには見通すことができなかった。
「今しばしのご辛抱を」
ベントリイ王子はルスリスが示したの不満そうな様子に頓着しなかった。
「以上の不自然さは、ふたつの仮説を導入することによってかなり解消されます。
我がドラジアの王城を襲った魔法兵の部隊は、他のビゲジア王国軍と連動していません。
なにせ、他の部隊を置き去りにして勝手に先行していますからね。
まるで、最初からビゲジア王国軍とは別個の目的を持って動いているかのように。
いえ、さらにはっきりといえば、そうであると仮定をする方が、いくつかの疑問点がうまく解消されるように思うのです」
「では、ビゲジア王国軍と別の目的を持っていたとかいう、その魔法兵たちの真の目的とは、一体なんだったのですか?」
「それを説明する前に、ビゲジア王国軍の目的から確認しておきましょう」
ルスリスの問いかけに対して、ベントリイ王子は答えた。
「彼らビゲジアの目的は、我がドラジアへ侵略行為。
実にわかりやすい動機です」
「そうですね」
ルスリスは頷く。
「それについては、間違いはないでしょう」
「彼ら魔法兵の部隊が、当初のうちビゲジア王国軍と行動をともにしていたので、われわれは間違った先入観を持っていました。
彼ら魔法兵たちとビゲジア王国とは、なんらかの内応はあったものと予想をしますが、もともと別の目的を持って動いていたものと思われます」
「ですから、その目的とは?」
焦れたような口調で、ルスリスは先をうながした。
「彼ら魔法兵の目的は、ただひとつ」
ベントリイ王子はいった。
「わが父上、ドラジア国王の首のみ。
王城を破壊したのは、こういってはなんですが、彼らにしてみればいきがけの駄賃、物のついでみたいなものだったのでしょう。
あるいは、開発をされてから日が浅い、真新しい戦法の実戦試験くらいは兼ねていたのかも知れませんが。
端的にいってしまえば、彼らは一種の暗殺者でしかなかったともいえます。
彼らが国王の暗殺を第一の目的としていた。
そうした仮定に立って振り返ってみると、様々な不自然なことが一気にわかりやすく、自然に見えてくるわけです。
彼らは軍隊というよりはドラジア国王の首を目的とした暗殺者集団であった。
これが、まずひとつめの仮説になります」
「その仮説が、まことであったとして」
ルスリスの反応は冷ややかなものであった。
ビゲジア王国側には、アズラウスト公子の部隊が合力してことについて、口止めなどは特にしていない。
現在、ドラジアとスデスラスが交戦状態にある以上、外に漏れたとしても別に醜聞にはならないし、それ以前に、少なくともしばらくは、短期間で敵の王城を破壊した件を、ビゲジア王国は自分たちの手柄として喧伝したがるであろうと、そう予測をしていた。
つまり、特に口止めをするまでもなく、ビゲジア王国は口を閉じているだろうという、計算があったのだ。
「いいえ、どうしもしません」
ベントリイ王子は表情も変えずにゆっくり首を振った。
「ただ、そのように仮定をすると、様々なこと辻褄が合う、と、ただそれだけのことでして。
次に、第二の仮説ですが」
ベントリイ王子はここで一度言葉を切る。
「それではなぜ、彼らはビゲジア王国軍に便乗してドラジア国王の首を狙ったのでしょうか?
この疑問については、この一件で、誰が一番利益を得たのか、そのことを考えさえすれば簡単に答えることができます」
「あの時点でドラジア国王がお亡くなりになって誰が一番利益を得るのかといえば、それは考えるまでもなくわがスデスラスということになりますね」
ルスリスは平静な声でいった。
「ビゲジア王国も利益を得るはずですが、ベントリイ王子の第一の仮説によりますと、あの魔法兵たちはドラジア国王の手勢ではないそうですから、その前提に立てば自然と除外をしなければなりません」
「その通りです」
ベントリイ王子は頷いた。
「さらにいえば、この件は、冬にあったガンガジル動乱において洞窟衆のハザマ男爵に追いつめられたエデチエル伯爵が貴国の前国王に対して退位を強制した一件と類似する点が多々あります。
正規のスデスラス王国軍と傭兵たちという違いこそあれ、目前の大軍を烏合の衆とするために、契約魔法の要である敵側の最高権力者を狙って害する。
実際の手口こそ相違するものの、その根本的な発想は同じです」
「大変に興味深いおはなしですね」
ルスリスは落ち着いた態度で微笑んだ。
「しかしそうした仮説を弄ぶことが、この交渉の場でどのような意味を持つのでしょうか?」
「直接的な意味はありませんね」
ベントリイ王子はそういって頷いた。
「ただ、このまま順当にいけば、このぼくがドラジアの王位を引き継ぐことになります。
といっても、まずはビゲジアとの関係をどうにかしてからでないとおちおち戴冠式もできないわけですが」
「それはおめでとうございます」
ルスリスは反射的に、まるで感情がこもっていない平坦な口調でいった。
「いえいえ。
と、いうことでですね。
このまま貴国とわが国が無事に目前の障害を乗り越えることができれば、両国は隣国同士としてのつき合いがはじまるわけでして。
つきましては、このぼくがこのような思考を巡らせる人物であるとご紹介がてら、これまでのおはなしをさせていただいたわけでして」
なんとまあ、回りくどい。
声に出さずに、ルスリスはそんなことを思う。
自己紹介の代わりだというのならば、もっと洗練された方法がいくらでもあるだろうに。
頭はそれなりに回るのかも知れないが、このベントリイ王子はその思考能力を現実の世界で有効に活用する術には疎いようだ。
これまでの様子がこちらの認識を混乱させるための擬態、芝居でなければ。
いずれにせよ、ルスリスはこのベントリイ王子に対して、
「一種の変人」
であると、心の中で烙印を押した。
「自己紹介はそれとして」
ルスリスは外交用の微笑みを浮かべていった。
「そもそもこの会見は貴国の要請に従って開かれたものです。
そろそろ、肝心の本題を切り出してはくださいませんか?」
「ああ。
そうでしたそうでした」
ベントリイ王子は手を打ち合わせてから大きく頷く。
「本来であればそちらからおはなしをするべきでしたね。
こちらの要件というのはただひとつ。
われらドラジア国王軍はこれより自国領内に退却いたします。
貴国に侵攻をして来た側であるわれわれが頼める義理ではないということは重々承知なのですが、それでもどうかその退却中のわが軍のことも、このまま迫撃などをせずに捨て置いていただきたい」
「それはまた、なんとも虫のいい内容でございますね」
ルスリスは、やはり外交用の微笑みを崩さない。
「もちろん、見返りなしに、といいわけではありませんよね?」
ドラジア王国側からどれほどの譲歩を引き出すことができるのか。
ここからが、ルスリスの本当の仕事であるともいえる。
これから撤退をおこなうドラジア王国軍に対して、スデスラス側はかなり多額の賠償金と、それに国家の中枢で働いた経験のある官吏数十名数年単位で貸し付けてくれるように要求をする。
このうちの後者についていえば、他国の高級役人を引き入れることについて危惧する声も大きかったのであるが、
「だって今、圧倒的に行政の専門家が足りていないじゃない!」
というアポリッテア姫の鶴の一声によって強行されている
。
スデスラスの内情が他国に筒抜けになることよりも、現状の、有能な官吏の人手不足の方が、より深刻であるとの判断であった。
前者の賠償金については、ベントリイ王子は当初、
「うちも傭兵たちへの支払いで火の車のはずですし、これからの戦費がどれくらいかかるのかまるで読めないんですが」
とかぶつくさと愚痴りながらも、執拗なルスリスによる交渉により、最終的には、具体的な支払いの日程を明記しないという形で、長期間に渡る分割支払い案に合意をした。
そもそも現在のドラジア国王はスデスラスに対して、そこまで強硬な態度を取れる立場でもなかったのである。
ほぼ丸一日をかけて詳細を煮詰め、各種の契約書ならびに正式に両国が停戦状態に移行したという書類にも両国の代表者が署名をし終えたとき、すでに日は落ちて真夜中になっていた。
すべての交渉が終わったとき、ベントリイ王子はこうこぼしたという。
「いやあ。
お互い、前任者の尻拭いには苦労をしますな」
「それ、うちのお姫様の前では絶対に口にしない方がいいですよ」
対するルスリスの方は、そのように即答をしたという。
「現在進行形で、とんでもない苦労をしている最中なんですから」




