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「賠償金はせいぜいふっかけて」
遠く離れたマルマイトの離宮でルスリスとベントリイ王子との会見の様子をうかがっていたアポリッテア姫はいった。
「お金なんかいくらあっても足りないんだから」
まぎれもなく、アポリッテア姫の本音であった。
会見の様子は、例によって通信により主要な関係者たちにリアルタイムで伝られていた。
ルスリスに随行していた者が両者の対話内容を反復して通信に乗せることによって、中継していたのだ。
たとえば会見の場からさほど離れていない某所では、ドラジア王国から帰還したばかりのアズラウスト公子やヴァンクレス、ネレンティアス皇女らが慰労も兼ねて酒盛りをしているところであった。
「どう思います?
あのドラジアの王子様は」
アズラウスト公子はいった。
「掴み所がない点が、どことなくハザマ男爵を彷彿とさせるな」
ネレンティアス皇女は即答した。
「状況を見極める目はそれなりにありそうだが、それを自国の権益を守るために活かそうとはしていない。
今の時点では、なにを考えているのかよくわからん」
「同感です」
アズラウスト公子はいった。
「こちらが示した賠償金に対しても、特に減額などを請求することもなく、あっさりと呑んでいる。
よほどの大物か、それとも自国がおかれた状況も理解しえないほどの馬鹿なのか?」
「うちの大将も、馬鹿といえば馬鹿だからなあ」
ヴァンクレスもいった。
「あれだけの兵力と権勢をほしいままにしていれば、普通はどっかの国の配下に収まっていることに不満を持つもんだろうに」
「まあ、彼の場合は」
アズラウスト公子はいった。
「官位や肩書きにはあまり拘らない気質のようですからね。
そういっても、ぼちぼちその肩書きと実際の権勢が乖離しすぎて、いろいろと不都合が出てくる頃合いであるかと思いますが」
「どうせその辺のことは、そちらでもいろいろと工作をしているのだろう?」
ネレンティアス皇女はアズラウスト公子にむかって問いかける。
「しているかしていないかといわれれば、もちろん、しているんですけれどね」
アズラウスト公子はそういって肩を竦める。
「あれだけ無防備なところを傍から見ていると、どうも危なっかしくていけない。
人にせよ組織にせよ、その器量にふさわしい体制を持っていないとどうにも落ち着きがなくていけません。
その手の不安定さは、ときとして周囲を巻き込んで不幸にします」
「いろいろと画策しているようだが、実際に動き出すのは現在手を着けているスデスラスの件が片付いてからのことになるな」
ネレンティアス皇女はそういって薄く笑った。
「念のために、こちらでも動いておく」
「帝国を動かしますか?」
この発言については、流石のアズラウスト公子は目を丸くした。
「それは……実に楽しみなことだ!」
「洞窟衆という集団には、それだけの価値があるというこということだな」
ネレンティアス皇女はそういって頷いた。
「こんな辺地だけで動かしておくだけでは、実にもったいない。
どうやら首領であるハザマ男爵は、その価値については無頓着なようだが」
「そうなると、ますますスデスラスのゴタゴタをさっさと終わらせませんとね」
アズラウスト公子も笑みを浮かべてそういう。
「はぁ?
冗談!」
同じ頃、同じく外出先から帰還してきたばかりの、冒険者ギルドのスゲヨキは多忙を極めていた。
「誰がそんな条件で雇うもんですか!
さっさと退去しないというのならば、いいでしょう。
このまま、交戦を再開するだけのことです」
スゲヨキはこの前後、つい先日まで交戦状態にあった傭兵団の使いたちと交渉をしていた。
より具体的にいうと、スデスラス側に対して、
「雇ってくれないか?」
という打診と、それに、
「おとなしく対処して欲しければ、なにがしかの金品を渡せ!」
との恫喝を半々に含めて迫って来る傭兵団たちのいい分を聞いた上で、こちらも同じように恫喝半分にいうことを聞かせようとしていたところだった。
「とにかく、現金はないから!
無い袖は振れない振れません!」
スゲヨキは強面揃いの傭兵団の者たちを前にしても、一歩も引くことはなかった。
「穀物や缶詰などの現物支給でもよければ、雇わないこともないけど。
でもそれだと、そっちの方が損になるでしょう?」
スデスラス側の財務状況は、相変わらず厳しい。
というより、この時点では好転をするべき材料がない。
早い時点で解放した地域でにおいて、戦略物資の供給により若干景気がよくなりはじめている程度か。
スゲヨキが示した物納の報酬も、結局はスデスラスがツケにより洞窟衆から調達している物資ということになる。
仮に傭兵団がそうした物納報酬に納得をしたとしても、今度はそうした物資を搬送するための賃金により大幅な赤字になることが予想された。
「とにかく、このまま現在地に居座るつもりでしたら、実力を行使ししてでも排除しますからね!」
スゲヨキは、並み居る傭兵団の者たちを見渡してそう宣言した。
最終的に多くの傭兵団がそのままこの地から去って行くことに同意をしたが、スゲヨキが粘り強い説得を行ったのにも関わらず、
「どうあっても解放軍からの仕事が欲しい」
と主張する傭兵団は、若干、残った。
どれも弱小の、現在居る場所から撤退をするための資金にも事欠いている傭兵団ということになる。
脆弱な財政基盤しか持たない集団であったので、
「当座の食料さえ貰えれば、報酬は格安であっても構わない」
といいう条件で、雇うことになった。
これは、解放軍にとってもそれなりに都合がいい取引であったといえる。
「ゴロジオは内紛中、ビゲジアとドラジアは交戦中、と」
フォロパイにある解放軍の司令部に居るケイシスタル姫は呟く。
「残る敵は、ワレルスラス公爵軍、ベズデア連合、それに、スデスラスの親征軍、か」
『まずは、ドラジア王国が撤退したあとの土地を落ち着かせるのが先決だとは思いますが』
スゲヨキはいった。
『そのあとは、どことやり合いますか?』
「スデスラスの親征軍を相手にするのが順当じゃろうな」
ケイシスタル姫はいった。
「その三つの勢力の中では、一番の弱い勢力であるし。
それに、スデスラスの行政府がいつまでも分裂しているのは都合が悪い」
対戦相手として組みしやすく、同時に、政治的な理由もある。
ドラジア王国が撤退したことにより、直接その親征軍が占拠している土地への足がかりを得た以上、ここで交戦をしない理由がないのであった。
アポリッテア姫にしてみれば、実の父親である前王率いる軍勢を相手にすることを意味する。
「まあ、とっくの昔に覚悟は決めているんですけれどね」
通信を介してケイシスタル姫に訊ねられたとき、アポリッテア姫はあっさりと答えた。
「おそらくは、少し離れてたところから見物している人々は、骨肉の戦いだとか騒ぐのでしょうけれども。
それでも、そもそもその父上が不甲斐ないばかりに一連の騒動が起きて国が乱れたわけで、いまさらそれを無視して、なにもなかったことのように扱うことはできません」
上に立つ者にはそれ相応の覚悟と責任を背負わなければならない、というのが、アポリッテア姫の意見であった。
「わたくしのことはどうかお気になさらず、どうか存分に蹴散らして差しあげてください」
『うむ』
ケイシスタル姫は複雑な気持ちで頷くしかなかった。
『それはそうとして、前王様の身柄は……』
「下手に生かして捕らえたりすると、また面倒な問題が発生する気がします」
この問いについては、アポリッテア姫は即答をした。
「父上にとっても、これ以上、状況に弄ばれるよりは、この辺で名誉の戦死をとげた方が、まだしも名誉を守れるものと思いますが」
生きたままであると、まだどこかの国内勢力とは、あるいは国外の勢力に傀儡として利用されかねないのである。
アポリッテア姫としては、これ以上、スデスラスの状況が複雑になるのは勘弁してもらいたいところであった。
現在のアポリッテア姫は、肉親としての情よりもスデスラスという国にとってなにが最良であるのか、という点を優先している。
こうして、解放軍の次の目標が決定する。
まず、ドラジア王国軍の撤退に合わせてその支配地域を回復し、それが落ち着き次第、兵力を集めて親征軍を壊滅させること。
その短期目標はすぐに解放軍の主要な人員に伝えられて、すぐに全軍がそのための準備を開始する。
それから数日をかけてドラジア王国軍ならびにその招集に応じていた傭兵団が去り、しばらくの両軍が睨み合いをおこなっていたおかげで放置されていた戦死者たちの合同葬儀がおこなわれた。
盛夏のおり、そうした戦死者の大半は腐敗が進み、酷い悪臭を放つようになっていたのだが、塹壕や空堀として掘られた穴を有効に活用する形で手早く地中へと姿を消す。
場所的にいうのならば、そうした土地のほとんどは農地と利用されていた場所になり、今後も同様の用途に使われる予定であったわけだが、ある程度地中深く埋められてさえいれば、特に気にならないものらしい。
ドラジア王国軍の侵攻に備える形で集めていた人力が、あり余るほどあったので、解放軍の防御陣地は敵軍の撤退状況に合わせて円滑に進められ、構築したときとほぼ同じくらいの素早さで元の状態へと復旧された。
スデスラスとしても、そうした農地をいつまでも遊ばしておくのは得策ではなかったのである。




