ベントリイ王子の推測
何度か伝令が往復した結果、正午の少し前にドラジア王国側の代表者がハデラタの村にやってくることになった。
「その、ドラジアの王子とはどんな人物なのだ?」
ネレンティアス皇女が問うと、
「さあ」
ルスリス・スデスラスは小さく首を傾げた。
「今回のやり取りまで、その名を聞いたおぼえがありません。
近隣諸国や、それにドラジア王国内においても、あまり重視されてこなかった人物であることは確かなのですが」
多少の地域差はあるのだが、この大陸においては、十五歳前後にもなれば成人したものと見なされる。
隣国の王子でありながらもルスリスの耳にその名が響いて来なかったということは、つまりは、そのベントリイ王子はこれといった事蹟がなく、ドラジア王国内においても重視されていなかった人物である公算が高い。
だからといっって、ルスリスとしてはそのベントリイ王子のことを軽視するつもりはなかった。
この時点で、解放軍側はドラジア王国の通信術式に使用されている暗号をすべて解読し終えており、その通信内容もすべて筒抜けになっている。
それによると、そのベントリイ王子は夜が開けないうちにドラジア王城陥落による混乱を治め、扱いが難しい傭兵団を含むドラジア王国軍の前線兵士たちの動揺を未然のうちに治めてしまったらしい。
本当に凡庸な人物に、そんな芸当ができるわけがないのであった。
そんなわけで、ルスリスはこのベントリイ・ドラジアという王子に対して、この時点でかなりの警戒心を抱いていた。
「ずいぶんと締まりのない顔だな」
というのが、実物のベントリイ王子を目の当たりにしたルスリスの正直な感想であった。
ベントリイ王子は転移魔法使いを含む数名の護衛を伴ってルスリスたちスデスラス側の代表者たちの前に現れたのだが、そのベントリイ王子には、王族のような威厳というものが見受けられなかった。
服装や周囲の者たちの態度から、おそらくはあれが王子であろうと推測できるわけだが、締まりのない表情といい、肉づきがよくなさそうな体格といい、外見だけでみるのならば、実に王族らしくない。
どこかの商家の、道楽がすぎて勘当されかかっている三男坊か、それとも、一日中書類と格闘しているような下級官吏のような、そんな立場が似合っているような風貌に思えた。
つまり、お世辞にも有能には見えない。
「やあやあ、どうもどうも」
そのベントリイ王子は締まりのない顔を歪ませて、笑顔らしい表情を作る。
「まずは、この度は会見の場を持つことを快諾してくださったことに対して、厚くお礼を申しあげます」
「両国にとってなにかと難しい時期ですから、対話の機会をこちらから断ることなどできようはずもありません」
ルスリスは外交用の微笑をたたえながら、そう返した。
「お互い時間が惜しいと思いますから、単刀直入にお聞きいたします。
貴国は、スデスラスへの侵攻を諦めるつもりであると、そのように思ってもいいのですね?」
「はいはい、その通りです」
ベントリイ王子は即座にこくこくと頷いた。
「なにしろ、こちらは足元に火がついております。
これ以上に外征を継続できるほどの国力は、わが国にはありません」
ずいぶん率直なものいいをするのだな、と、ルスリスは思った。
普通、自分たちの苦境はもう少し包み隠すとか、ここはそういった交渉術を行うべき場面ではないのか?
「いやはや、ビゲジア王国もとんだ戦力を隠し持っていたもので」
ベントリイ王子は苦笑いを浮かべながらそういって、ゆっくりと首を横に振った。
「なんなんですかねえ、あの魔法兵の一団は。
あの先行部隊だけが、他のビゲジア王国軍とは一線を画した動きをしていました。
あんなのが何百人も投入されたら、そら、こちらはなす術もありません。
いや、わが国だけではなく、どこの国の軍隊でも、あの魔法兵には太刀打ちできなかったでしょう。
なんと申しましょうか、あの部隊だけが別の軍勢とは別種の理で動いていて、その理はわれらが知る従来の戦術を大きく凌駕しているように思えてなりません」
ちなみに、ベントリイ王子にそこまでいわせた魔法兵の部隊を作りあげたアズラウスト・ブラズニア公子は、この会見の場からいくらも離れていないどこかの屋内で、ヴァンクレスらと酒盛りをしている最中であった。
ネレンティアス皇女も、
「戦場でのことならばともかく、政治向きのことには関わりたくない」
といって、そちらに同席している。
「理、ですか?」
ルスリスは訊ね返す。
「精強な部隊であった、ということではなく?」
「いや、精強とかそういう次元のことではないでしょう、あれは」
ベントリイ王子は曖昧な微笑みを浮かべながらいった。
「練度の高い魔法兵の数を揃えれば、かなり役に立つ。
そんなことは誰でも知っているし、為政者であれば誰もが夢想するはずです。
しかし、それを実現するとなると……」
「莫大な費用が必要になる」
「そう、そういうことです。
そこで普通は、そんな、実際に使う機会があるのかどうかさえわからない夢の精鋭部隊を作るよりは、ごく普通の軍隊を整えることで満足をする。
いや、そういうよりも、数百名単位、せいぜい千名以下の精鋭を抱えるよりも、数千数万の平均的な兵士を養っておく方が、国政としてみるとずっと理にかなっている。
少数精鋭の兵士だけでは、よほど狭い領地でもなければ、隅から隅まで目が行き届かないからです」
ベントリイ王子はそういって思案顔になった。
「国防と、それに貴族に与える禄の問題までを視野に入れれば、あんな部隊が存在すること自体が、かなり不自然なのですが」
たいていの国は、地方領において徴税権を含む一定の権限を与えられている貴族が直接兵士を召し抱えることによって、国防体制を形成している。
そうした常識に照らしてみれば、ビゲジア王国とはいわず、どんな国であってもあのような部隊が存在していい理由というのが、ベントリイ王子には思いつかなかった。
実際には、アズラウスト公子という裕福な貴族の道楽の成果として、そのような部隊が現実に創設されているわけだが、流石にこのベントリイ王子に限らず、そこまで特異な理由をこの時点で予想できた者は居ない。
「あの部隊自体もさることとながら」
思案顔のまま、ベントリイ王子は続ける。
「あの部隊の行動。
あれも、いけません」
「いけない……ですか?」
ルスリスは戸惑った口調で問い返す。
「あの部隊は、一夜にしてドラジアの王城を壊滅させたと聞いています。
それのどこがいけないのでしょうか?
最短で成果をあげるのは、武人の能くするところだと思いますけど」
「短時間で目的を完遂したこと自体は、評価します」
ベントリイ王子は大きく頷いた。
「しかし、いくらなんでも、あそこまで目標のみに一目散ですと。
ええと。
正直に申しますと、引きますね」
「引く……ですか?」
「そうです」
ベントリイ王子は、また大きく頷く。
「なにしろ彼らは、友軍を置き去りにしてまっすぐに王城まで進軍し、王城を完膚無きまでに破壊したところで姿を消しています。
これではまるで……他のビゲジア王国軍がどうなってもまるで関心がない。
そういっているようにさえ、見えるではないですか。
通常、数ヶ月単位の時間を要する攻城戦を一夜で終息させた戦術など、その部隊についてはまだまだ謎が多いのですが。
ぼく自身が強く疑問に思うことは、彼らは本当にビゲジア王国の味方であったのか?
まずこれが一点。
もうひとつ、彼らはなぜ、実際に王城を陥落させる前に、降伏勧告を行わなかったのか?
これが、もう一点。
その時点でも、どうした方法を用いたのかぼくなどは知りようもないですが、彼らは、自分たちが一国の王城を一夜にして破壊するほどの攻撃力を自分たちが有しているという事実を、知っていたはずです。
普通に考えれば、なんらかの交渉をドラジア側としようとするのではありませんか?
その交渉の持っていき方によっては、最小限の労力で一国を掠め取ることさえ不可能ではなかった状況のはずなのですけど」
そこまでまくしたてて、ベントリイ王子は大きく息をつく。
「これではまるで、彼らはドラジアのことなど最初から眼中になかったと、いわんばかりではないですか。
だったらなぜ彼らは、どこからともなく現れてビゲジア王国とは一時行動をともにし、ドラジア王国に攻め込んできたのか?
その動機を明らかにすることこそが、今回の件の不可解さを解消する一番の鍵であると、ぼくなんかは思うわけです」




