ドラジアの王子
スデスラス国内に侵攻をしたドラジア王国軍内に、動揺が走っていた。
いうまでもなく、ドラジアの王城がただの一夜で陥落し、それどころか中に居合わせた人間ごと完膚なきまでに破壊された一件が原因である。
「やつら、いったいどういう方法を使ったのか?」
「わからん!
魔法兵を多数揃えていたという報告は入っていたが」
ドラジア王国が揃えることができた通信タグの数は限られている。
城内から逃げ延びた人々の中にもそうした通信タグを持っている者が居たはずであるが、彼らは逃げることに夢中で攻撃者側の手口を見極めようとする余裕と胆力に欠けていた。
結果、ドラジア王国側がアズラウスト公子の戦法の仔細について理解を深めるのは、かなりあとのことになる。
「敵側の戦法や過ぎたことより、今後どうするのかを決めるのが先決であろう!」
ドラジア王国の陣中は大いに揺れていたが、時間が経つに連れて徐々に意見が収束をしてくる。
「ビゲジア王国からも大軍が押し寄せ、国内を侵食しているという!
それらに、どのように対応をするのか!
いいや!
目前のスデスラス侵攻と国内の防衛、どちらを優先するべきなのか!
王子!
ご決断を!」
「え、ええと」
直接発言を求められたベンズリイ・ドラジア王子はあらぬ方向に視線をさまよわせた。
「どう、しましょうかねえ。
もうちょっと、現状を把握してからにしましょうか」
その煮えきらない態度を見て、ベンズリイ王子を注視していた幕僚たちががっくりと肩を落とした。
「王子!
この緊急時に!」
「緊急時であることは認めるけど、だからといってこの場で焦ってもなんの解決にもならないでしょう」
ベントリイ王子は淡々とした口調で指摘をする。
「われわれが焦ったところで、うちの軍勢がビゲジア王国軍と接触するまで、たっぷり数日はかかる行程が短縮されるわけでもなし。
焦るよりは、まずはこの場で処理できることを片づけていかないと……」
「王子!」
ベントリイ王子がそこまでいいかけたとき、伝令が入ってきた。
「おもだった傭兵団の代表者から、今後のことについて相談があると面談の申し込みがあったのですが、いかが致しましょうか?」
「ほら」
そういってベントリイ王子は肩をすくめる。
「父上がお亡くなりになったということは、父上と直接契約を交わしていた皆さんとの契約が途中で破棄されたということになるわけで。
そちらの始末を先につけておかないと、今後、なにをするにも不自由をすることになりますよ」
涼しい顔でベントリイ王子は幕僚たちにむかってそういい、そのあと伝令にむけては、
「その傭兵の方々は、すぐそこまで来ているの?
だったら、中にお入れして」
と続けた。
「さて、先ほど、貴国との契約魔法が一方的に無効となったわけであるが」
十数人ほど入ってきた傭兵団の代表者たちは、前口上も省略して本題を切り出してきた。
「今後の、貴国の方針を確認させていただきたい」
ドラジア王国は今回のスデスラス出兵において、かなりの無理をしている。
あちこちに声をかけて数十万という傭兵を集め、これをスデスラス攻略の先兵としたことも、そのひとつであった。
「……逆にお聞きしたいのですが」
少し考えた様子を見せてから、ベントリィ王子が訊ね返した。
「あなた方傭兵団は、われらドラジアになにをお求めになりたいのですか?」
「われらは、貴国の要請に従ってスデスラスに確とした足場を築き、維持している。
にもかかわらず、肝心の本隊である貴国の軍勢が、いつまで経っても揃わないのはなぜか?」
そういったのは、ドラジアが掻き集めた傭兵団の中でも最大の兵力を揃えている黒旗傭兵団の団長であった。
「その遅延のため、われらは毎日毎晩、敵軍の攻撃を受けて一方的に被害を出している。
まずはその補償を、していただきたい。
そうでなければ、」
この戦場で散っていった者たちが 浮かばれん、と続けた。
歴戦の勇者にふさわしく、目線が強く、迫力のある男だった。
「こちらに異変が起こったことは、すでにそちらでも察していることと思います」
しかしベントリイ王子は平然とした態度を貫き、やはり平静な口調で続けた。
「具体的にいうと、ドラジアの王城が急襲されて、わが父上たるドラジア国王が身罷りました。
契約魔法が無効となったのは、そのためです」
傭兵団の代表たちが、小さくどよめいた。
ある程度推察はしていたのだが、ドラジアの王子であるベントリイその人からこうして断言をされると、いよいよその真実味が重くのしかかってくる。
「それで、過ぎたことは過ぎたこととして」
黒旗傭兵団の団長はなおも詰め寄る。
「今後の、貴国の方針は?
われらとの関係をこのまま絶つおつもりか、それとも、今後も別口の契約を交わして引き続きわれら使うおつもりか?」
「もう少し、状況を整理してみませんと、どちらともご返事できませんね」
ベントリイ王子はそう応じた。
「ただ、だいたいの方針としては、スデスラスへの侵攻はおそらくここで中断することになると思います。
自国の領内に火がついている状態では、おちおち他国を侵してもいられません。
だから、再度契約を結ぶにしても、それはスデスラス侵攻ではなく、ドラジアの国土防衛のための戦力ということになるでしょう。
それから、これはこちらの財務状況を確認させてからでないと明言はできないのですが、これまでに契約してきた傭兵団のすべてとそのまま再契約をおこなうことはできないものと予想しております」
「これまでに被害を受けた者たちへの補償については?」
黒旗傭兵団の団長は、また同じことを訊ねる。
「そのような補償をおこなう義務を、われわれドラジアは有していないはずです」
ベントリイ王子は、これまでと変わらない態度で答えた。
「鉾を交えれば犠牲者が出る。
それは、そもそもいくさの場では当たり前のことでしょう。
すでに戦場に出ている以上、そこでどのような損害が出たとしても、契約の範囲内のことです。
前金とした渡してある金子だけでも、相場よりはかなり多めのはずですが。
いずれにせよ、こちらがこれ以上の出費を迫られなければならないいわれはありません」
「道理であるな」
黒旗傭兵団の団長はあっさりとそういってから、はじめて表情を崩した。
「王子。
貴君に関してはこれまであまりいい評判を聞かなかったが、なかなかどうして。
あなたが王城に居たとしたら、あそこまであっさりと陥落をすることもなかったであろうに」
「そういうお世辞はいいですよ」
ベントリイ王子はそういって手を振った。
「というわけで、父上と交した契約はここまででチャラということで。
今後は、皆さんのお好きになさってください。
ただし、今後、わが国の人品に被害をもたらすようなことがあったら、過去の経緯に関わらず相応の処断を行わなければならないので、そのおつもりで」
契約内容に不服を持った傭兵が、昨日までの主人に牙を剥き、去り際に略奪をしていくことは、決して珍しくはない時代であった。
ベントリイ王子は、
「このまま去るのもよし。
ただし、ドラジアの関係者に被害を与えたら相応の処断を実行する」
と、この場で傭兵団の代表者たちに申し渡した形となる。
ベントリイ・ドラジア王子。
この時点で十八歳。
父であるドラジア王も周囲から「凡庸な王」と評されていたが、それに輪をかけて影が薄い王子であった。
武名も文名にも特筆するような功績がなく、だからといって政務や外交が得意ということもない。
とりわけて大きな瑕疵があるわけでもないのだが、そのかわりに、目立った長所があるわけでもない。
ドラジア王国の王位継承者でありながら、極めて印象が薄い存在であった。
この夜までは。
「いや、まいったなあ」
傭兵団の代表者たちが帰ったあと、ベントリイ王子は頭を掻いた。
「まさか父上が、こんなに似合わない派手な身罷り方をするなんて。
まったくもって、想定外だよ」
「それで王子、このあとのことは?」
幕僚のひとりが訊ねる。
「ああ、そうだね」
ベントリイ王子は少しの間、遠い目になった。
「ビゲジア王国軍に対抗するために移動している軍勢の現在地は?」
「先頭の部隊が、ハムエイに入ったところと聞いております」
「ハムエイ、か」
ベントリイ王子はドラジア王国の地図を広げた。
「なら、その部隊の目的地はザラスの砦に修正して。
そのかわり、現在ザラスの砦にいる兵員は大部分、ドンガスにむかわせるように」
「は、はあ。
それはいいですが、それになんの意味が?」
「何日も歩き詰めの兵隊さんばかりでは、肝心の目的地についたとき、疲れ果てて使い物にならないでしょう」
ベントリイ王子はいった。
「ラザスだけではなく、アザムもズガもドウツもミガスも、とにかく、ビゲジア王国軍の侵攻した地域に近い駐屯地は、最低限の留守番だけを残してビゲジア王国軍に当たらせること」
「しかしそれでは、数ある軍事拠点が手薄になってしまいますが?」
「手薄になったところには、片っ端からこちらから戻ってきた兵隊さんたちを入れて行く」
ベントリイ王子はいった。
「王城が落とされて王様まで失うというのは、それこそ建国以来といってもいい非常事態なんだから。
これ以上、待ちの姿勢はないよ」
ビゲジア王国軍との抗争は、できるだけ早めに切りあげたいところだな、と、ベントリイ王子は思う。
あんまり長引くと、隣国のベズデア連合までもが手を出して来かねないのだ。
「ああ、それから」
地図の上から顔をあげて、ベントリイ王子はいった。
「これから書状を用意するから、スデスラスへの使者を用意してくれないか?」
ビゲジア王国からの侵攻を受けている以上、スデスラスとは休戦か停戦の協定を結んでおく必要がある。
一度に二カ国を相手にできるほど、ドラジア王国は豊かな国ではなかった。
もちろん、ベントリイ王子としても、スデスラス側があっさりとこちらの申し出を呑んでくれるとも思っていないのだが、ともかくも交渉は早めに開始しておくのに越したことはない。
冒険者ギルドのスゲヨキとルスリス・スデスラスを筆頭とするスデスラス側の使節団は、転移魔法によりハデラタという村に移動した。
ハデラタは少し前まで、スデスラスのどこにでもある平凡な農村であったが、現在ではドラジア王国軍の侵攻を防ぐための拠点と化している。
スゲヨキとルスリスがスデスラスの中でもこのハデラタに帰還したのは、ネレンティアス皇女が居ることによって、このハデラタが解放軍の事実上の前線司令部になっているからであった。
とにかく、ドラジア王国側の動きは逐一ここに集まってくるわけである。
「ご苦労であったな」
早朝、転移魔法によって出現した使節団にむかって、出迎えたネレンティアス皇女がその労をねぎらった。
「上々の首尾であったと聞いているが」
「アズラウスト公子様たちの働きがあってこその成果です」
使節団を代表して、ルスリスが応じる。
「こちらの様子は?」
「相変わらず、といったところかな。
こちらから兵を出したり、あちからから攻めてきたり。
いずれにせよ小規模な衝突ばかりでが続いている」
ネレンティアス皇女はいった。
「つまりは、進展がないということになるか」
「ドラジア王国側も、事態の急変に対応できていないのでしょうね」
スゲヨキがいった。
「あっという間に国境を破られて、ビゲジアの大軍が攻めてきて、王城を落とされたんです。
敵ながら、同情したくもなります」
そうなるように仕向けたのは、他ならぬスデスラス側なのだが。
使節団が旅装をとき、いくばかの休憩をしていると夜が明けた。
そして、アズラウスト公子とヴァンクレス、ヴァンクレスの馬、スセリセスが司令部付近の空き地に転移をしてくる。
それと、ドラジア王国側の使者がスデスラスとの交渉を求めてやってきたとの報告が司令部に届くのとは、ほぼ同時であった。




