マヌダルク姫の予言と助言
デスラスでのあれこれの騒動が進行する中、ハザマの方も遊んでいたわけではない。
領主としてそれに洞窟衆の首領として、それなりに多忙な日々を過ごしている。
今回の視察はその両方の立場でのものであり、いずれにせよ公務であるわけだが、アレルとエレルの双子も伴っていた。
「あら、可愛らしい」
同じくこの再開発計画において多大な出資をおこなっているニョルトト家の代表者として今回の視察に同行していたマヌダルク・ニョルトト姫が、双子たちの姿を見かけて、そんな感嘆の声をあげた。
普段元気すぎるくらいの双子たちは、初対面のマヌダルク姫から逃れるようにして、ハザマの背中に隠れる。
「こちら、男爵様のお子さんですか?」
「訳あって預かっている、知人の子どもです」
ハザマは真面目な表情でそういって頷く。
「普段子守りをしている者が休暇を取って里帰りしていまして、それで連れてきているわけでして。
なにぶん、ちょっと訳ありで元気すぎるやつらなので、誰にでも世話を任せられるわけではないので自分自身で見るしかないんですよ」
リンザは今回の視察には同行せず、バジルニアに居残って政務を続けている。
普段からハザマが事務仕事を丸投げにしようとするからか、このリンザも今では領主稼業に必要となる事務仕事のノウハウを地道に蓄えていた。
領主としての決済を必要とする事項についてはハザマ自身の手が必要になるわけだが、それ以外の決まり切った手順の事務仕事に関してはもはやこのリンザが居さえすれば特に困らないほどになっている。
それだけでは足らず、リンザはさらに数名の補助的な領主業務要員を育成しながら日々の業務を進めているようであった。
そして今の時点では、ハザマとリンザの両方がともにバジルニアを離れると仕事が滞り、あとに差し支えるため、リンザはバジルニアに残っている。
非常時ならばともかく、現在のハザマ領はスデスラス周辺とは違い、平穏そのものであり、領主であるハザマと事実上その副官であるリンザがともにバジルニアを離れるのは効率が悪いと判断されたためであった。
さてその再開発地区であるが、国境紛争時に戦場となった地域と王国軍の野営地があった地域を合わせたかなり広大な土地をハザマ領が貰い受け、その敷地を利用してかなり大規模な造営が開始されていた。
入植を開始以来、ハザマ領内では商用地区をはじめとして各地で大小の土木建築関連の仕事が行われ、現在も引き続き進行中なわけだが、この再開発地区はそうした従来の工事とは規模がかなり違う。
これまでのそうした造営作業は、だいたい限られた敷地内にできるだけ短い工期で、という条件で行われていたが、今回のそれは敷地にも資金にもかなり余裕があり、ひとつひとつの建物がいちいち大きく、それに、道幅もかなり広く設定されていた。
都市計画の部分から統合的に設計がなされている。
領主であるハザマから依頼を受けた形で、何名かの帝国出身の建築技師たちが、ノリノリで骨子を作り入念に細部を練りあげた計画をたちあげ、その計画が今まさに、具現化しようとしている最中なのであった。
「これだけの道幅があれば、そうそう混雑はしないかな」
建築中の、足場を組み、徐々に高くなっていく過程にある大規模な建築物群には目もくれず、ハザマはそんなことをいった。
「片側四車線、往復分で八車線もある立派な道は、王都にもそうそうありませんよ」
マヌダルク姫は、そう応じる。
「それほど物流が盛んになると想定していらっしゃる、ということなのでしょうか?」
「そうなればいいな、とは思いますけどね」
ハザマはいった。
「仮にそうならなくて、使われないような車線は歩行者専用にするなり、荷捌きのための空間として開けておくなり、あるいは大道芸人たちとかのために解放するなり。
場所を開けておきさえすれば、いろいろと使いようはありますから」
そうした道以外に、この再開発地区では運河もかなり掘らせている。
この世界においては、特に重量物などの運搬では水運の比重が多かった。
石材や樽に詰めた酒、それに大量の穀物などを馬車などで陸伝いに運ぶのは、あまりにも効率が悪かったからである。
また、先に運河を整備しておけば、それから先の資材の搬入などについてもかなり便利になるのであった。
「ここは、現在稼働中の商用地区と並んで、山地と平地を繋ぐ重要な場所になるはずです」
ハザマは、そう続ける。
もちろんその程度のことはマヌダルク姫もすでに承知してるわけだったが。
「郊外部に倉庫が並び建ち、穀物市場ができ、いずれここは山地と平地諸国とに大きな影響力を持つ商業都市になるでしょう」
マヌダルク姫はいう。
「行き来をするのは物や商人だけではなく、知識を求める学生たちや自分のいくべき道を探す若者たちも大勢集まってくるはずです。
ここに来ればなにかしら新奇なモノに、知識に出会える。
そんな場所になるはずです。
あと数年も経てば、周辺諸国のどんな都市よりも盛んな場所になるでしょう!」
「うまくそうなってくれれば、いいんですけどね」
徐々に感情的な響きを伴っていくマヌダルク姫の調子とは対照的に、ハザマの声は平坦なものであった。
「そうなるためには、道や箱だけではなく、その中に詰めるものもそれなりに用意をしなけりゃならない」
いくつかの建築現場を視察したあと、ハザマとマヌダルク姫とは、ニョルトト公爵家が構えた屋敷へと移動をする。
来客用の応接室に案内されたあと、ハザマには香茶が、双子たちにはアイスクリームが出された。
ハザマがずっとそばに居るせいか、それともマヌダルク姫の存在やこの屋敷など目新しい環境のために萎縮しているのか、今日のこの双子たちは、いつになく大人しかった。
「最近ではムノライ王国からの使者が頻繁に官邸に出入りしているそうで」
マヌダルク姫が、そう切り出す。
「そしてそのムノライは、つい先ごろまで侵攻していたスデスラスと手を組み、なにやら画策をしている様子」
「どうやら、そのようですね」
ちゃっかり探りをいれているなあ、とか思いながら、ハザマは認めた。
ハザマにしてみれば、別に隠す必要がある情報でもない。
「連中も、なにを考えているんだか」
「ムノライの方々がなにを考えているのか。
それは、一目瞭然であるかと思いますが」
マヌダルク姫が歯切れのいい口調でいう。
「解放軍並びにアポリッテア姫の一派が洞窟衆の支援を受けていることを察知し、その上で、そうした洞窟衆の息のかかった人々と敵対するよりは、さっさと兵を引いて、洞窟衆の恨みを買わないように心掛けた。
その上で、洞窟衆から学べることはすべて学ぼうと準備をしているところだと思います。
男爵様も、本当はその程度のことにはすでにお気づきなのでしょう?」
「なんとなくそんな感じではないかと、漠然と思ってはいましたが」
ハザマはため息混じりにそういった。
「改めて他人の口から聞くと、いろいろときついものがありますね」
おれたち、いつからそんなにご大層な勢力になったんだか。
ハザマたちが難民同然の状態でこの土地に来て、国境紛争に加担してからまだ一年も経過していない。
「男爵様はご自身の影響力を過小評価しすぎています」
妙にきっぱりとした口調でマヌダルク姫が断言をした。
「そう先ではない将来、平地諸国の諸侯諸王族は軒並み男爵様と洞窟衆の顔色をうかがいながら政務を執り行うことになるでしょう」
「おれは、一介の男爵にすぎませんよ」
そんな大げさな、と、ハザマはそう思いながら抗弁をした。
「その男爵号は、確か王国からの下賜された称号ですわよね?」
マヌダルク姫は冷静に指摘をする。
「普段名乗る称号としてはそれでいいのですが、男爵様はそれ以外に、数多くの平地諸国から、ルシアナ討伐の功績を認められて、数多くの貴族号を贈られているはずです。
少なくとも山地周辺の諸国においては、男爵様は大層な人気者でいらっしゃいます」
ああ、そういえば。
と、今になってハザマは思い出す。
なんか国境紛争のときに、いっぱい勲章とか渡されたような気もする。
そうした勲章は邪魔になるだけでなんの役にも立たなかったので、どこかに仕舞いこんでそのままその存在自体を忘れていたのだが。
そうか、勲章を受けるとは、この世界ではそういう意味も持つのか、と、ハザマはぼんやりとそんなことを思う。
領地まで差し出す国はなかったはずだから、あくまで形の上だけの貴族号なのだろうが。
「それ以外にも、穀物相場に対する影響力の強さなど、経済的な方面でも洞窟衆の影響力は日に日に増していく一方です」
マヌダルク姫は、そうも指摘をした。
「男爵様自身がどのように考えていらっしゃるのかは別にして、実際問題として、男爵様と洞窟衆の影響力は、客観的に見て、現状で周辺諸国のどんな王族よりも強大なものになってしまっているかと。
この上さらに、混迷の中にあったスデスラスの状況が、洞窟衆の介入によって解消してしまったという実績ができてしまったら。
そうした周辺諸国の為政者たちは、洞窟衆のことをどのような目でみはじめるでしょうか?」
「突然変異で出現した、手のつけられない怪物」
ぽつりと、ハザマが呟く。
考えるまでもなく、口から出てきた言葉であった。
「まいったなあ。
そんなつもりでは、なかったんだけどなあ」
「男爵様のつもりとしては不本意であったのかも知れません」
マヌダルク姫はいった。
「スデスラスの件については、今から手を抜くのも不自然ですからこのままの方針で最後までやり抜くしかないでしょう。
しかしそのあと、他国への干渉は慎重かつほどほどにしておいた方が無難なのではないかと」
「できれば、そうしましょう」
ハザマはあっさりと頷いた。
「おれの郷里には、出る杭は打たれるという言葉がある。
確かに、こんな目立ち方をしても、あまりいいことはなさそうだ」




