新生のスデスラス王族
「大変に申し訳ありませんが」
翌朝、アポリッテア姫は目を伏して庭師たちにお願いをしていた。
「今日これより、この庭園の樹木をなぎ倒し、花園をほじくり返さなければいけない仕儀となりました。
長年スデスラス王家に仕えてきたあなたたちにとっては、辛い選択になると理解しています。
王家を代表して、あなた方のこれまでの忠義と精勤ぶりに対して改めてお礼をしたいと思います。
同時に、あなた方に対してこのような理不尽を強要する事態となった事について、王家の一員として改めてお詫びをいわせてください」
庭師たちは、今日を限りに庭師ではなくなる。
その半生を、いや、場合によっては何代にも渡ってこのマルマイトの離宮で庭園の管理だけに勤しんできた者たちであった。
「もったいないお言葉」
リーダー格の、初老の庭師が目を潤ませながらアポリッテア姫に返答をする。
「今が国難のときであるということはわれらも承知しております。
どうぞお国のために、この庭園をご自由になさってください」
彼ら庭師たちの目が潤んでいたのは、別にアポリッテア姫の言葉に対して感動したからではないだろうな、と、アポリッテア姫自身がそう思う。
彼らはこの戦乱によって、これまで長年営々と築いてきた職場と生き方から追われるのだ。
ポポリッテア姫の手前こらえてはいるのだが、なにがしかの感傷が発生しない訳がない。
いくさは、駄目だな。
と、アポリッテア姫は直感的にそう思う。
この庭師たちや、それに自分自身も含めて、多くの人々の人生を本来あった形から遠ざけ、歪めてしまう。
死傷した人々はもちろんのこと、生きている人間でさえも大きく歪めてしまう。
やはり、いくさは駄目だ。
と、アポリッテア姫は改めてそう思った。
この離宮の庭園は、この日、スデスラスの、いや、アポリッテア姫の政庁として生まれ変わる。
マルマイト周辺にある程度の面積を持ち、なおかつ自由にしても誰からも文句が来ない土地がここしかなかったからだ。
スデスラス王朝とほぼ同じくらいの歴史を持ち、市民からも親しまれてきたかなり広大な庭園は、これから無残にもほじくり返されて急増の庁舎が並びっ立つ予定になっていた。
いよいよ本拠地を得たアポリッテア姫が、スデスラスを統べるためのための拠点として生まれ変わるわけであった。
広大な国土を治めるために大勢の人間を使う必要があり、そうした大勢の人間を使うためには相応の容量を持つ物理的な入れ物が必要となる。
また、これまで多額の金子をアポリッテア姫のために差し出してきた各種職能ギルドにしても、決して純然なる善意から寄贈したわけではなく、なんらかの形でアポリッテア姫が市井に金子を流してくれることを期待しているはずであった。
集めた金子をなんらかの形であれ再分配することもまた、為政者として役割のひとつなのである。
当座の政庁となる建物群の造営が開始されるのと並行して、アポリッテア姫とルスリスの二人はいよいよ政務をはじめることになる。
とはいえ、今はまだ人材を集めている段階であり、この日も何名かの心当たりが離宮にまで面接に来ることになっていた。
現在、アポリッテア姫の周囲に居るのはルスリスのみ。
それに、ここ最近、アポリッテア姫と手紙などの手段で連絡を取っていた有志の協力者が、これから続々とこの離宮に集まってくることになっていた。
彼らは、スデスラスの官吏か官吏であった経歴を持つ者であったり、あるいは法学関連の学者や契約魔法に詳しい者であったりする。
皆、それぞれの分野でそれなりの能力を持っているという触れ込みであったが、実際に信頼に値する人物であるかどうかというと、この時点ではまだなんともいえない。
それで先着順に、アポリッテア姫とルスリスの二人で首実検をする予定になっているのであるが、さて実際に自分がそうした人物の本質を見抜くことができるのかどうか。
アポリッテア姫は自分の人物に対する観察眼についても、かなり強い不安を抱いている。
この日は、その他にも、来客は引きも切らず離宮を訪れている。
まず、朝早くから家政使用人のギルドから数名の男女が送り込まれてきた。
政務ではなく、アポリッテア姫やルスリスなどのスデスラスの王族や来客たちの世話をし、離宮内で必要となる家事一切を取り仕切ることを役割とする者たちである。
これもまた金子を用立ててもらっている関係上断ることはできなかった。
同時に、仕立職人も何名か訪ねてきてアポリッテア姫とルスリスの採寸をしていった。
この非常時に衣装道楽などしている余裕は、心理的にも財政的にもない。
とか、アポリッテア姫などは思うわけだが、世間的にみればどのような時勢であっても王族は王族らしい立ち振る舞いを求められるものであり、普段から余裕を見せて周囲の臣下を安心させるのも役割のうちであると諭されれば、断るわけにもいかなかった。
そうした慌ただしい中、洞窟衆からも例の件で訪ねてきた者がいる。
冒険者ギルドのスゲヨキとは別口の、スデスラスおけるその他の商用について、それなりの責任を持っている者らしかった。
「どうも姫様方におかれましては、本日もご機嫌麗しく……」
そのホドロスと名乗った男は、かなり緊張した面持ちで挨拶をはじめる。
「そういう堅苦しいのは省略して」
アポリッテア姫は短く、その口上を途中で遮った。
「今は時間が惜しいの。
早く本題に入りましょう」
「そういっていただければ、幸いです」
ホドロスは明らかに安堵をした表情でいった。
「それで、例の要件についてですが、あの商材をこちらで引き取る方針については問題はないのですが、その具体的な金額に関しては洞窟衆の内部でも意見が割れている状態になります」
「つまり、取引はできないというわけ?」
「いえいえ!
決してそんなことはありません!」
ホドロスはそういって大きく頭を振った。
「ただ、モノがモノでありますし、いえ、不浄な商材であるからとかそういうことではなく、商品価値がある硝石が取れるのは早くても二年以上は先であり、さらにいえばそのときの適正価格も予想がつかないので、どれほどの金子を用意すべきなのか意見が定まりきらない状態なわけです。
そこで、こちらとしまして、買取ではなく担保として例の物件を借り受けて、それに対する保証金として相応の金子をお渡しするという形を提案いたします」
「総額でどれほどになりますか?」
ルスリスが問いを発した。
「たとえ目安であっても、具体的な金額を提示していただかなくては、こちらとしても返答のしようがありません」
「その査定をするためには、商材自体の量を具体的に提示していただきませんことには、なんとも」
ホドロスはいった。
「硝石というものは、原料となるモノが同じであっても、その他の条件によって実際にできあがる量がかなり違ってくる代物らしいのです。
そのように、火薬に詳しい者によると、そうした不安定なものらしいです。
それでも、その原料となる例の、ああ、排泄物の量によって、ですね。
ある程度の目安はつくそうです。
こちらの早急に金子を必要とする事情も伝えられておりますので、まずはそちらから原料となるモノの量を大まかにでも教えていただき、その量に応じてまずは最低限の金子をお渡しする形となります。
硝石は今後も値あがりしていくものと予測されておりますので、今後、これまでに支払った分を差し引いた差額が大きくなるようでしたら、その分の金子についても相談に応じる形で用立てるという契約を提案させていただきます」
「少しわかりにくいのですけど」
アポリッテア姫は首を傾げつつ、そういった。
「原料なる例のモノ自体をすぐに売買するわけではなくて、そのモノから将来発生するであろう硝石を洞窟衆が受け取る権利に対して値段をつけ、その中から洞窟衆がまず損をしないであろう範囲内の金額を内金で前払いしてもらえる、ということなのかしら?」
「そうそう!
そういうことです!」
ホドロスは大きく頷く。
「こちらにちゃんと詳細な契約内容についても書き出してきました。
どうぞよしなに、ご検討のほどを」
「慎重に検討はさせていただきます」
アポリッテア姫が口を開く前に、ルスリスが返答をした。
「ただ、なにぶん大きな取引になるはずですし、肝心の原料の量についてもこれから計量する形になります。
少々お時間を頂くことになるかと思いますが」
「ええ、ええ!
それはもう、そうでありましょうとも」
ホドロスは多く頷く。
「是非とも前むきに、ご検討をいただきたく思います」
「今の、なんですぐに即決しなかったの?」
「あんまり軽々しく決めると、そこまで困窮しているのかと足元を見られますよ」
ホドロスが離宮から離れたあと、アポリッテア姫とルスリスはそんな会話を交わす。
「それに、契約内容についても、よく精査しておかないと。
しばらくはこの取引によって生じる収益がわたしたちの生命線になるわけですから、慎重を心がけておくのに越したことはありません」
ともあれ、アポリッテア姫とルスリスによるスデスラス王族としての統治活動は、こうして本格的に開始された。
「ウンコねえ」
バジルニアの自分の執務室で、ハザマが誰にともなく呟いた。
「よくまあ、自力で気づけたもんだ」
「いちいち下品なことを口にしないでください」
傍に居たリンザが軽く顔をしかめながらいった。
「アポリッテア姫様に、助言をするつもりはなかったのですか?」
「いや、自分で気がつかなければ所詮それまで、ってことだろ」
ハザマは冷淡な口調でいう。
「おれたちだって、別にこれから半永久的にスデスラスの面倒を見なけりゃならんってわけでもないし。
相談があれば別だが、基本的に世渡りは自分自身の見識でやって貰わんと」
「そりゃあまあ、そうなんですけど」
リンザは微妙な表情になる。
口ではこういっているけど、この人、妙なところで面倒見がいいからな、と。
あるいは、ハザマ自身にはそうした自覚がないのかも知れないが。
人糞を蓄えて硝石の原料とする、という発想とは、上下水道の完備を推奨しているハザマ領ではむしろ常識であるといってよい。
下水溝を人里から距離を取った森の中にまで引き込んで、そこに掘っておいた穴に流し込む。
その穴がいっぱいになったら、埋める。
下水の引き込み先も、別の穴に変える。
管理と保守に相応の人手が必要になるわけだが、硝石や肥料として有用なヒトの排出物を利用しない手はない、というが、ハザマ領では当然の発想であった。
だからこそ、ごく最近までハザマ領内に在住していたルスリスが自然とそうした発想をなしたわけだが。
この時点でハザマは、ルスリスという少女の存在も、そのルスリスがアポリッテア姫に合流したことも知らない。
「しっかし、スデスラスかあ。
あそこも、ここからが難しいところだなあ」
誰にともなく、ハザマは他人事のような口調でそんなことを呟く。
実際、ハザマにとっては他人事でしかないのであったが。




