双子の教育問題
確かに今の洞窟衆は、それなりの影響力を持ってはいるだろうな、と、ハザマは思う。
農産物や工業製品を扱う際の取引金額はかなり膨大な物になっているし、さらに領地内ならびに再開発地区での土木や建築のためにもかなり巨額な資金を投入している。
表面的に見て、そう見えるであろうことはハザマも否定はしないのだが、実際に洞窟衆自体があげている収益はさほどでもなかったりする。
少なくとも、外から事業内容を見て想像をするほどの収益はあげられていない。
なぜかといえば、洞窟衆の事業によって生じた収益のほとんどは、すぐに人件費として出て行ってしまうからだった。
内部保留分を必要以上に残しておくよりも、人件費としての支出分を多く設定することで金銭の循環を活性化させる、という方針は、財務担当責任者のタマルとハザマとの間で相談した上、かなり初期の段階から一貫して堅持してきた方針だった。
あまり儲けすぎても王国へ納めるべき上納金の比率があがるだけという事情もあったのだが、それ以上に現在の洞窟衆が手がけている事業のほとんどは、ハザマ領が平地と山地の境界線上に位置している、という、地理上の優位性を最大限に生かして収益をあげている。
かなり遠方の国々から買いあげている膨大な量の穀物、麦や米などもそのほどんどはハザマ領内で消費されることなく山地に搬送されて、売買されている。
山地で生産された鉱物資源や工業製品なども、そのほとんどが平地諸国のどこかに運ばれて売買をされ、使用されている。
現在のところ、山地と平地をまたぐこうした取引は、ほとんど洞窟衆が独占しているようなものであったが、これはこれまで両者の関係が決定的に劣悪であり、直接的に商売をしようと考える人間がほとんどいなかったからに過ぎない。
しかし、洞窟衆という成功例を見て、そのあとに続こうとする人間は今後は増えていくであろうし、実際、平地の商人がバジルニアにまで遠征し、場合によってはさらに奥に進もうととする例が最近増加しているようであった。
山地の商人もまた、洞窟衆に仲介手数料を支払うことを嫌い、平地の取引先のところにまで出かけて直接商談をするような例がぼちぼち出はじめている。
洞窟衆の出現と成功によって、平地と山地の両者の文化圏の人間にそれまで存在していた、漠然とした、お互いに相手のことを忌避をする感情が薄れてきた来た結果であり、こうした動きは現在のところはまだまだ無視できるほどの小さな規模に過ぎなかったが、数年先のことを想像すると、洞窟衆はすぐに、現在ほどには独占的な商売はできなくなるだろうな、と、ハザマは予想をしている。
また、ドワーフを筆頭とする職人たちが手がける工業製品などについても、今すぐに真似をすることはできないにしても、長い目でみればいずれ平地諸国の職人たちも同等かそれ以上の製品を作れるようになり、これまた今ほどには優位な立場に居続けることは難しくなるはずだ、とも、ハザマは思っていた。
多少時間はかかるにせよ、どんなに先端的な技術であっても、いつかは陳腐化して当たり前のものになる、というのは、ハザマの持つ常識なのであった。
そうと理解していながら、なぜハザマが富を蓄積することにあまり熱心ではなく、なにかと事業を立ちあげて散財をしているかというと、そうした現在洞窟衆が持っているアドバンテージの意味が薄れてきたとき、山地と平地の間に立って両者の関係を友好なものに保とうとしてきたハザマ領と洞窟衆の印象を、今のうちに周辺諸国にむけて深く刻みつけておこうという意図があるからであった。
領地を丸ごと持って引越しなどができない以上、ハザマ領としては山地と平地の関係が以前のように険悪な形に戻ることは害しかもたらさないわけで、であるとすれば、少しでも実績を積んでおいて、いざというときに両者の仲介をできるような、外交上の立場を今のうちに構築しておこうという目論見である。
それとは別に、今の主力製品があまり大きな収益を生じなくなったときのために、今後新しい商材となりうる新技術や新製品の開発もいくつかは手がけてもいた。
メーカーとしての優位をいつまでも保つためには、今持っている技術が流出するのを防ぐよりは、そうした既存の技術が陳腐化するよりも先に、次々に新しい技術なり製品なりを生み出して世に問い、他の追随を許さないような、そんな存在でありつづけるしかないだろうな、とハザマは思っている。
いずれにせよ、ハザマが元居た世界の、先進的な知識をいくら持っていたところで、こちらで再現ができなければ絵に描いた餅に過ぎず、同時に、仮に再現できたとしても、こちらの技術でも生産できる代物であればいずれは模倣される運命にあるわけで。
よほど都合が良い条件が揃わない限り、知識チートとかあり得ないよな、とか、ハザマは思う。
せいぜい、ごく一時的に優位に立つくらいが関の山であり、その優位をうまく生かして次の展開のために活用するのが、今のハザマの立場でもある。
少なくともハザマは、そのように自認をしていた。
いいかえるとハザマは、これからのことを考え、生存戦略として、できるだけ他者に取って無害かつ有意な存在に、洞窟衆という組織の性格を定めようとしている。
今のところはこの戦略は成功しているかのように見えるのだが、今後の状況の変化によってはあっさりとすべてが変わっていくこともあり得るだろうな、とも予想をしている。
誰にとっても無害かつ有意な存在になり切るということは、考えるほどにはたやすいことではなく、特に外交的な見地からいえば、
「あちらを立てればこちらが立たず」
的な状況が、いずれは発生するはずであった。
ただ、ハザマとしては、そうした不可避な状況が目の前に立ち塞がるまでは、できるだけ洞窟衆を害のない存在にしておきたいと考えており、だから、自分の方から進んで出る杭にはなりたくないと思っている。
このような状況であるから、
「目立つな」
というのは最早不可能なわけであるが。
「あー。
面倒くせー」
双子を伴ってニョルトト公爵家の屋敷を出たハザマは、空をあおいで独り言を呟く。
「なにが面倒臭いって?」
背中から声をかけられて、振り返るとトエスが居た。
双子たちが素早くハザマのそばから離れて、トエスの背中の陰に移動をする。
「なんだ、こっちに着いていたのか」
ハザマはいった。
「着いてたんなら、連絡してくれりゃあいいのに」
「いや、今着いたばかりだし」
トエスはそういって笑顔を見せた。
「それに、せっかくのデートに水を差すのもなんだし」
「デートって、誰と誰のだ」
ハザマは軽く顔をしかめた。
「相手が相手だし、硬い話題しか出なかったぞ」
「相手が相手だからですよ」
トエスは平然とした表情で続ける。
「ニョルトト公爵家のお姫様が男爵様を狙っていらっしゃるのは、今では誰もが知るところですよ」
「こちらではどうか知らないが、おれが前に居たところでは、おれくらいの年齢の男がマヌダルク姫くらいの女性にその手の好意を持つことは、異常かつ犯罪であるとされていたんだ」
アホくさ、と思いながら、ハザマはそういう。
「また、おれ自身もそういう趣味ではない」
「男爵様、胸が大きな女性がお好みですものね」
トエスはしたり顔で頷く。
「マヌダルク姫も、あれでなかなか着痩せをする方だと思うけど。
コルセットを解けば意外と……」
「しつこいぞ、トエス」
ハザマはげんなりとした表情でいった。
「それで、里帰りはどうだった?」
「ああ、それ。
みんな元気でしたよ」
トエスは休暇を取って、アルマヌニア公爵領内の森の中にある、郷里の開拓村へと帰っていたのだ。
「製紙工場ができてて、人も増えていました。
村長は相変わらずでしたし、リンザのお父さんはエルフの女の人とかなり仲がよさそうだったし。
クリフとカレニライナのお爺さんは、村の子どもたちに読み書きを教えているそうで、元気にやっていました」
従来の農作業に加えて、薬草栽培や製紙事業など、洞窟衆が関連する事業も手がけるようになったため、少なくとも金まわりはよくなったらしい。
ま、みんな元気そうなのは、なによりだな、と、ハザマは思う、
スデスラスからあの村まではかなり距離があるし、そちらの騒乱の影響はほとんどないはずであった。
「それよりもこの子たちのことで相談があるんすけど」
トエスが、そんなことをいい出す。
「この子ら、バジルニアでどうでした?」
「思ってたよりも大人しくしていたぞ」
ハザマは即答した。
「官邸の中で暴れられても困るから、昼間はだいたい犬頭人の集落に預けておいたけど」
「やっぱり」
トエスは頷いた。
「だったら、この子たち、託児所に戻すよりは、そのままバジルニアで暮らすようにした方がいいかも」
「それはまた、どうしてだ?」
ハザマは訊ねた。
「いや、この子たち、託児所の子どもたちと、どうもあまり馴染んでいないような感じで」
トエスは軽く顔をしかめていう。
「やっぱり、見た目が違うからか。
しょっちゅうからかわれたり、小突かれたりしています。
本人たちはあまり気にした様子もないのが救いですが。
このままずっとあそこに置いていたら、いずれは人間嫌いになってしまうんじゃないかと」
「虐められてるのか?」
「虐める、というほどに陰湿なところまでは、いっていないようですけどね。
今のところは」
トエスは渋い表情になって頷いた。
「ただ、子どもというのはあれで残酷な面があるし」
「……こんなところで立ちばなしもなんだから、続きは出張所でするか」
そういって、ハザマは歩き出す。
なかなか入り組んだ内容になりそうだった。
久々に商用地区の出張所に顔を出すと、職員たちはすぐにハザマの存在に気づいてざわめきはじめた。
ただそのざわめきは、ハザマが通信によってあらかじめ来意を告げていたためさほど大きなものではなく、どうやら新顔の、つまりハザマがバジルニアに引っ込んでからここで働きはじめた者たちによるものらしい。
肩にトカゲを乗せて歩いている男などハザマ以外にはそうそう存在するはずがなかったし、そうした最近になってここで働きはじめた者たちが直にその目でハザマを目撃するのはこれがはじめてのはずであった。
顔に見おぼえがある職員に案内をされて、ハザマたちはすぐに二階にある応接室へと案内をされる。
「これ以上、託児所に預けておくのはやばそうか?」
そこに落ち着いてから、ハザマは改めて切り出した。
「さっきもいった通り、子どもというのは残酷な面もあるから」
トエスはそういって肩をすくめた。
「この子たち、耳とか外見とかだけではなくて、いや、外見が育って見える割には、おぼえている言葉が少ないから。
子どもっていうのは基本、自分たちとは違う者に対しては敏感だし」
「そうか」
ハザマも、難しい表情になって頷く。
「こいつら、こんななりをしていても、まだ生後一年にもなっていないんだよな」
双子たちは、外見上は五、六歳くらいに見える。
しかし、口にできる単語の数はまだまだ限られており、こちらが駄目だということを理解するていどの知性はあるようだが、少し抽象的なことまでは理解できない様子だった。
外見と中身の発達具合がちぐはぐな存在であり、外見上は同じ年頃に見える子どもたちからみれば違和感がある存在なのかもしれないな、と、ハザマもそんなことを思った。
いや、外見上、耳以外は普通の子どもに見えるから、かえって不気味に思えるのかも知れない。
「できれば、普通の子どもとして育てたかったんだけどな」
そんなことを考えつつ、ハザマは呟く。
「だって、現に、この子たち、普通の子どもじゃないでしょう」
トエスは、そう応じる。
「そんな子を普通に育てようとしても、かえってこの子たちのためにはならないし、周囲にもいい影響はないよ」
トエスのいうことも、もっともだな、と、ハザマは思った。
いや、この双子に対しては一番身近に接しているトエスであるからこその、言葉だ。
「バジルニアでは、犬頭人の集落に預けてたんだよね?」
トエスが確認をしてきた。
「それで、問題は?」
「問題は、なかったと思う。
こいつらも、のびのびやっていたようだし」
バジルニアでの双子の様子を思い出しながら、ハザマは答えた。
少なくとも、ストレスを感じている様子はなかったはずだ。
「ただ、ずっとあっちに置くというのもな」
ため息混じりに、ハザマはそう続けた。
「あそこは今、ほとんど大人しかいないような場所だから。
今のうちから大人や犬頭人ばかりと触れ合うというのも、こいつらのためにはならないんじゃないか?」
ハザマの感覚でいえば、子どもは、まず大勢の同年代の人間の中で揉まれて、社会性を身につけた方がいいような気がするのだった。




