スデスラスの剣士
「ヘルロイ、ねえ」
翌日、ハザマは執務室でそう呟いた。
アポリッテア・スデスラス王女から仕事を紹介しろといわれた男の名である。
傍流ながらも一応王族ではあるらしいので、ヘルロイ・スデスラスというのが正しい姓名であるそうだが、いきさつがいきさつであるし今は姓を名乗ることはないらしい。
昨夜、馬車の中でハザマは、
「腕におぼえがるのなら、まずファンタルさんに見て貰わなけりゃな」
とアポリッテア姫に返答した。
別にいつものように面倒くさがって丸投げにしているわけではなく、仕官志望だったり武名をあげようとたくらんで洞窟衆を訪れる連中は、一律、まずはファンタルに検分してもらうことになっているのだ。
「ああ、はぐれエルフのファンタルね」
アポリッテア姫も気軽な調子で頷いた。
ファンタルの知名度もなかなかのもので、ことによると名が知られるようになってから日が浅いハザマなどよりもよほど広い層に名が浸透しているのかも知れない。
「洞窟衆のファンタルのところを、訪ねればいいの?」
アポリッテア姫は、そう確認してくる。
「そうしてくれると助かる」
ファンタルが見て、使えるようなら使うだろうし、そうでなければ別の職場を紹介するはずだった。
「おれの方からも、こういうやつが行くかも知れないと連絡しておくから」
そして、一夜あけた今、執務室にそのヘルロイに関する情報がまとめられた書類が届けられた。
ご苦労なことに、ハザマ直属の部下たちが一晩かけてまとめあげたものらしかった。
「結構、有名人なのか?」
「一部では、といったところですかね」
その種類を持ってきた者が答える。
「武芸に熱を入れる王族や貴族は別に珍しくありませんが、そのためだけに諸国を漫遊するほどの人はあまりいませんから」
ハザマはパラパラとまとめられた書類をめくる。
そのヘルロイは、現在、三十歳前後。
スデスラス王国崩壊以前も、正式に公務に就いた経験はない。
十年ほど前から師匠や対戦相手を求めてスデスラス王国の周辺諸国と祖国とを出たりは行ったりして生活している。
武芸の方はなかなかのもので、特に剣の扱いに長けているという。
旅の途中、どこぞの盗賊とか悪辣な小役人を退治したとかというありがちな逸話がいくつも書類に記されていた。
が、これもどこまで信用できるものか。
この手の噂は、過大に誇張されることが多い。
それなりに腕が立ち、そして、目の前の不正などを看過できぬ性格の持ち主であるらしいことは、確かなのだが。
「暴れん坊将軍か水戸黄門じゃねーんだから」
ハザマとしては、ついついシニカルな見方をしてしまうのだった。
「急ぎ集めた情報ですから、確かに精度としては劣るかも知れませんが」
この情報をまとめた者がハザマに告げる。
「裏をとるほどの時間がなかったのは悔やまれますが、それでも大きく間違っていることもないでしょう」
細かいところはともかく、そのヘルロイとやらの経歴や行動についてはあまり大きな誤りがない、と保証してくれた。
「強気をくじき、弱気を助ける。
そんな正義の味方気質のやつが、洞窟衆に入ってやっていけるかなあ?」
ハザマは疑問を口にしてみた。
「それは、どうでしょかね」
情報をまとめた者が、応じてくれる。
「個人的な気質や欲望と公務を区別できないほど、物わかりが悪い方には思えませんでしたが」
「ま、いずれにせよ、ファンタルさんの評価待ちだな」
ハザマは、そう結論した。
「ファンタルさんの評価次第では、直接顔を合わせることもなくなるだろうし」
しかし、ヘルロイはその日のうちにファンタルの紹介状を持ってハザマの執務室に現れた。
「こちらで世話になれと、そのように指示を出されました」
ヘルロイという男は、そういって紹介状をハザマの前に差し出す。
紹介状を受け取ったハザマは、ざっとそれに目を通した。
そして、呟く。
「……おれの直属の部下になれと、そう書いてあるな」
なんというか、予想外の結果であった。
ファンタルは、よほどこのヘルロイの腕と性格を評価したらしい。
あるいは、ハザマに対して何事か思うところがあって、あてつけにこんな斡旋をしてきたのかだ。
「そろそろ、腕の立つ護衛も必要だろうと、そのようにいわれました」
真面目な表情を崩さず、ヘルロイはいった。
「護衛、ねえ」
ハザマはぼやく。
バジルの能力を持ち、常人のそれを遙かに超えた身体能力も持っているハザマにしてみれば、あまり切実に必要とする種類の人材でもなかった。
ということは、私兵にしろというわけか。
ハザマは、ファンタルの思惑についてそう想像する。
「ま、無碍にする理由はないかな」
小声でそう結論し、執務室に居合わせた者にヘルロイの身支度を用意させる。
ヘムレニー教団に貸してある地所までは、徒歩だと丸一日とはいわないがたっぷり半日ほどかかる距離があり、この商業地域周辺で寝泊まりできる場所の確保とか、その他の細々とした生活のための手配をさせておいたのだった。
こういうとき、手近に指示を実行させる人員が余分に配置されていると確かに小回りが利いて便利ではあるな、と、ハザマは思った。
山地から帰って以降、ハザマの執務室には常時四、五名の人員が交替で詰めるようになっている。
例のハザマ直属のなんとかというやつで、正式な名称は未定だったが、やはりそろそろそうした部署も正式に設置する必要があるということで関係者の意見は一致していた。
なにしろハザマの気まぐれにより発案される数々の事案が多方面に渡りすぎており、そのすべてを円滑に実行させるためにはそれなりの知識と技能を持った連絡要員が必須であるとされたのだった。
一時期、ハザマ直属の商品の開発部門が設けられたこともあったが、そちらの人員は現在、ハザマ発案の各種商品の開発や改良を行いながら新たなハザマの発案を待ち受けている形だ。
それはそれでいいのだが、ハザマの活動はそれ以外にも政治や軍事方面にも及んでおり、さらには領内で発生する大小の問題への対処なども日常的に行ってかなくてはならない。
加えて、ハザマ自身は常時、このハザマ領内に滞在しているわけではなく、頻繁に長期間外の土地に出張することが多いという事情もあった。
なにかとフットワークの軽いハザマと、このハザマ領内にある各部門との連絡を円滑に行い、なおかつハザマの手足となって多種多様な人員を常時近場に配置しておくことは、ハザマ領と洞窟衆にとっても大きな利益をもたらすことと予想されていた。
実際に配属されたのはルアの肝いりで推挙された若い男女で、当然のことながら最低限の知識とそれにある程度の武芸も仕込まれている。
こうした人員にはハザマならび来客の護衛としての役割も期待されているので、いざというときに役に立たないようでは務まらないのだった。
それ以外に、遠隔地との連絡係として転移魔法使いが数名配置される予定であったが、将来的にはこうした魔法使いたちも洞窟衆内で育成した、生え抜きの人員で固める予定であるという。
現在の洞窟衆が使える人員の中で、かなりスペックが高い連中が集められたと見ていいだろう。
それはいいのだが、せっかく回された人材も、今の段階ではうまく使いこなせていなかった。
人員が来たのはいいが、その組織化に関してはルアはまるで手を着けておらず、各部門との打ち合わせはおろか、直属班内での役割分担や序列さえ、この時点では明確に決まっていない。
現状ではせいぜい、ハザマのいうことを書き留めて保存したり、関係する部署に渡したりといった子どもの使い程度の細かい仕事しかしていなかった。
多種多様な仕事をこなす前例のない部署であり、配置された者たちも戸惑うことが多いようだ。
そうした事情を知ったハザマは、
「おれがいちいち点呼とって希望を聞いて、仕事を割り振らなけりゃならないのか」
と、げんなんりして思ったものだった。
そう思っていた矢先に、山地にとどまっていたリンザがハザマ領に帰還してきた。
それを幸いに、ハザマは直属班の組織化をリンザに丸投げする。
「どうせ、そんなことだろうと思っていましたよ」
一通りの説明を聞いたリンザは、ため息とともにそういった。
そして、その場で、
「やりましょう」
と即答する。
思い返してみれば、これまでリンザがしてきた仕事というのは、大半はこうしてたまたまその場に居合わせた人間に適切な仕事を割り振り、全体としてうまく機能するようにすることだった。
リンザにしてみれば、もはや手慣れた仕事でもある。
「こっちは任せて貰うとして、そちらは例のヘルロイとかいう人のことをファンタルさんに確認しておいてください」
とも、いわれた。
ハザマといえば、手の空いた人間に双子のためのおやつ作りを命じていた。
あの双子の世話は相変わらずこの直属班の管轄ということになっており、さらにいえば焼き菓子が切れるとあいつらは覿面に機嫌を損ねてひどく扱いにくくなるのだった。
『ああ、明け方に来たやつだな』
ヘルロイのことを訊ねてみると、ファンタルは即座にそう返事をした。
『あれはなかなか筋がいい。
五人か十人くらいに囲まれても、あれなら平然と切り抜けてみせるだろう』
こと、武芸の腕に関しては、ファンタルの見方はかなり厳しい。
評価としてみると、これは絶賛に近いといってもよかった。
「だったらどうしてそっちでは使わないんですか?」
ハザマは素朴な疑問を放った。
「腕のたつ兵隊ならば、そちらでもいくらでも欲しいところでしょうに」
『兵はやはり、替えの効くものでなければな』
ファンタルはそんないいかたをした。
『気軽に使い潰せる者でなければ、どうにも使いにくい』
「出自が問題ですか?」
『必ずしも、それだけが問題ではないのだがな』
そう前置きしてから、ファンタルは説明してくれる。
『あれは、個人としては腕はたつが、それまでの男だ。
将としての器ではない』
「人を指揮する能力がない、ということですか?」
『それもそうだが、なまじ才に恵まれているのが問題だ。
あの男は、自分を基準にしてそれに満たさない者を自然と下に見てしてしまう性分がある。
それでは、うまくいくものもうまくいかん』
性格、いや、気質の問題か。
集団行動がうまくできないのであれば、軍の中でうまく立ち回ることも不可能に近いだろうな、とハザマも思う。
『それに、個人がどんなに優れた武勇を誇ろうとも、結局は数の圧力に潰されるのが実際の戦場だ。
戦場に置くと、かえってあれのよいところが生かせなくなる』
とも、いわれた。
「おれのところなら、生かせるっていうわけですか?」
ハザマはそんな質問を発してみた。
『こちらよりはな』
ファンタルは答える。
『近く、ドン・デラに行くかも知れないのだろう?
そうしたとき、身近にそこそこ腕がたち、なおかつ顔の割れていない者がいると使い勝手がいいのではないのか?』
バグラニウス公子からもたらされた情報は、その日のうちにハザマ領内の洞窟衆関係者にも周知されている。
ハザマの方針として、機密扱いにする情報は徹底的に少なくし、情報の共有化を普段から推奨しているためだった。
「微妙な状況判断もできそうですか?」
『極端に頭が切れるというほどでもないが、常識的な判断くらいは十分にできる男だと思うぞ』
ファンタルがそこまで認めるのなら、と、ハザマはヘルロイを信用することにした。
傍らで他の者たちに忙しなく指示を与えたいてリンザにむけ、
「ヘルロイを直属班の護衛隊長にするように」
と告げておく。
リンザは一瞬、なにかいいたげな表情になったが、しばらくして、
「それも、あなたらしいですね」
といって頷いた。
そのとき、噂のヘルロイと双子が連れ立って執務室に入ってきた。
まだ新しい焼き菓子が用意できていなかったので、ハザマはヘルロイに対して、
「初仕事だ」
と前置きして、双子の子守を命じた。
ヘルロイは真面目な表情で頷き、素直に双子を連れて執務室を出て行った。




