車中での会話
「ま、満足などするものか!」
そう叫んだウィッズ伯爵の声は上擦っていた。
「まだぼくが構える前に攻撃して来やがってっ!」
……おやまあ、往生際が悪い。
と、ハザマは思う。
そして、審判役であるガデンスになにかいいたげな視線をむける。
ハザマの視線を受け、ガデンスは微妙な表情をして肩をすくめた。
少なくとも、積極的に止めるつもりはないらしかった。
これ以上やってもウィッズ伯爵にとって恥の上塗りになるだけだと思うのだが、当のご本人がそうなることを望んでいるのである。
ならば、いっそ徹底的にやってやろうじゃないか、と、ハザマは思い、身を屈めてウィッズ伯爵が落とした剣を拾って手渡してやる。
ウィッズ伯爵はいかにも忌々しげにハザマを睨みながら剣を受け取った。
「今度はそちらから攻撃してきてください」
ハザマはまた、ウィッズ伯爵から十歩以上の距離を空けた場所に移動して、いった。
「また文句をつけられて勝負をなしにされるのもごめんですからね」
「そうかいっ!」
ウィッズ伯爵はハザマが剣を構える間に勢いをつけて前に突進した。
聴衆の誰かが黄色い悲鳴をあげる。
剣の刃を潰してあるとはいっても、金属製の刀身を渾身の力で突けば、柔らかい人間の体などあっさりと貫通してしまう。
ウィッズ伯爵の様子は明らかに殺意を含んだものだった。
聴衆の誰もが誰もがハザマがウィッズ伯爵の剣で串刺しにされた光景を予想したのだが、実際には、ウィッズ伯爵の刀身は胸の中に刺さる前にハザマの左手でがっしりとんびぎりと止められる。
「くっ! このっ!」
ウィッズ伯爵が顔を朱色に染めて自分の剣を動かそうとしているのだが、ハザマが握り込んだ剣は少しも動くことなくその場に固定されていた。
「はい、終わり」
しばらくウィッズ伯爵に悪足掻きをさせてから、ハザマは右手で握った自分の剣の刀身でウィッズ伯爵の首元にひたひたとと触れる。
「こ、こんな真似!」
ウィッズ伯爵が叫ぶ。
「これが本物の剣だったら、お前の指もすべて落ちているところだぞ!」
「……仮にこの剣に本物の刃がついていたとしても、引くこともできないこの有様ではなにも斬ることができないと思いますが」
ハザマが、冷静に事実を告げる。
「ですがまあ、まだご納得いただけないようでしたら、もう一度だけおつき合いしましょう」
この場に居る、ウィッズ伯爵以外の誰もが、ウィッズ伯爵に勝ち目がないことを知っていた。
しかし、ウィッズ伯爵にしても、ここまでのあしらいをされると一矢でも報いなければあとに引けない気分になっているらしい。
ハザマとしてもこれ以上につき合うつもりはなかったので、この次で強制的に決着をつけるつもりだった。
またハザマとウィッズ伯爵は十分な距離をあける。
「開始の合図を」
ハザマはガデンスにいった。
「はじめっ!」
ガデンスが声をあげるのと同時に、ハザマは自分の剣を床に落とす。
「……なんの真似だ?」
ウィッズ伯爵はいらだちを含んだ声でハザマに問いかける。
「武器を使うまでもありません」
ハザマは、くいくい、っと、手でウィッズ伯爵を招く動作をする。
「かかってきなさい」
「舐めるな!」
ウィッズ伯爵は、再び猛然と突きかかってきた。
一般的にいえば、それなりに鋭い動きであったのだが、今のハザマの目には止まっているのと同然の緩慢な動きでしかない。
ハザマは半身をずらしてウィッズ伯爵の剣を避け、それと同時にウィッズ伯爵に肉薄する。
そして、十分に手加減しながらウィッズ伯爵のみぞおちに自分の拳をのめりこませた。
カウンター気味にボディにいいパンチを貰ったウィッズ伯爵は体をくの字型に折る。
もちろん、手にしていた剣はその場に取り落としていた。
ハザマはそのまま拳を振り抜き、そしてウィッズ伯爵の体を審判役のガデンスの前にまで運んだ。
そしてガデンスに、ゆっくりとウィッズ伯爵の体を渡す。
途中から動きをゆっくりにしていたので、ガデンスは難なく白目をむいて気を失っているウィッズ伯爵の体を受け止めた。
「これで、余興は終わりということで」
ハザマは、ガデンスにはっきりとそう告げた。
「思慮のない若い者に、寛大な処置をしてくださったことに感謝をします」
ガデンスはゆっくりと首を横に振りながらそういった。
「大ルシアナを倒した英傑を相手にすれば、このようになることくらい想像つきそうなものなのに」
「恨みを買っちゃったかな?」
「しばらく恨みはするでしょうが、あなた様はそれでどうにかなるほど柔でもないでしょう」
ガデンスは苦笑いを浮かべている。
「なに、こやつもしばらく時間が経てば、自分の軽率さに思い当たりいい武勇伝ができたと悟りますよ。
誰もが、あなたのように英雄的に振る舞えるわけではない。
そのことを悟るまでには、多くの若者には時間が必要になるのです」
「だといいですけどね」
ハザマはそういって肩をすくめる。
そのときになって、一連の騒動を見守っていた聴衆たちが一斉に割れんばかりの喝采と拍手をし出した。
面倒なイベントではあったが、見物客にはいい土産話になったようだし、サービスした甲斐があるか。
ハザマは、呑気にそんなことを考えている。
そのあとは、やたらと酒杯を勧められたり質問責めにあったりと、その夜会の主役は完全にハザマになってしまった。
こういう晴れがましいのは趣味じゃないんだがなあ、とか思いつつも、ハザマは適当に対応していく。
今後のハザマ領のことを考えると、ハザマ自身のイメージも悪いよりはよい方がなにかとやりやすいのだった。
適任者が見つかり次第、引き継ぎをしてハザマ自身はこうした社交の場には最小限しかでないつもりではあったが、その前振りとして多少のサービス精神を発揮したのは、それなりの布石になるだろう。
ファンタルとかヴァンクレスとか、知名度やイメージ的に派手な人間が身内にいるせいでハザマ自身の武勇は一般的には印象が薄いようであるが、そのハザマにしてからがいざとなれば相応の働きを見せるということをアピールしておけば、今後、ハザマ領なり洞窟衆なりに手を出そうとするやつも減ってくるはずであった。
結構この世界はガチで弱肉強食的な戦国時代をやっているようだから、こうして武威を示しておくのも対外的なイメージ戦略としてはそれなりに効果があるのである。
目撃者が語るハザマ個人の能力というのは、ときと場合によっては兵数などの数字よりもよほど感覚的に訴える力がある。
いざというときに、
「あんな化け物が治める領地を敵に回したいか?」
という問いが頭を掠めるようになれば、ハザマとしては上々であった。
しばらくして、夜会は盛況のうちに幕を閉じることになった。
集まった客は、自前の、あるいは主催者であるマヌダルク姫が手配をした馬車に乗って次々と帰って行く。
ハザマ自身も、往路と同じく、マヌダルク姫が手配をした馬車に乗り込むことになった。
それはいいのだが。
「なんであんたがいるんだよ」
「ご挨拶ね。
帰る方向はいっしょなんだから、別に同じ馬車でも構わないでしょ?」
四頭だてのそれなりに豪華な馬車の客車に、ヘムレニー教徒のローブを着たアポリッテア・スデスラス王女が乗り込んできた。
客車の中はそれなりに広かったので臨席に密着して、などということはなく、むかいあった座席に座ることになる。
それでも、膝をつつき合わせて、ではあるな、と、ハザマは思った。
「マヌダルク姫の手配か」
口では、そういっておく。
「あれ?
自分でそうするようにお願いしたんじゃないの?」
「しないよ」
ハザマはいった。
「どうもマヌダルク姫は、あんたを籠絡したいらしい」
「ふん」
アポリッテア姫はハザマの忠告を鼻で笑った。
「そんなの、今にはじまったことじゃないし。
物心ついたときから利用されるだけの人生って、あんた想像できる?」
夜会のときとは、ずいぶんと態度や言葉使いが違うな、と、ハザマは思った。
こっちの方が素に近いのか。
「いいや」
ハザマはアポリッテア姫の問いに答えた。
「こちとら、そちらみたいな大身の出でもないんでね」
軽い振動が客車を揺らす。
どうやら、馬車が出発したようだ。
「でしょうね」
アポリッテア姫はハザマの答えに頷いた。
「身のこなしからして、上流の出でないことは丸わかりだし」
これは馬鹿にされているのだろうか、と、ハザマは疑問に思う。
どうでもいいことだから、口に出して確かめはしなかったが。
「それはそうと」
アポリッテア姫は話題を変えた。
「あなた、なんであのウィッズ伯爵なんてまともに相手にしてたの?
あれだけ実力差があるのなら、もっとうまいあしらいようもあるだろうに」
「売られた喧嘩は買う性分でね」
ハザマは即答する。
「最初は適当にあしらって終わらせるつもりだったんだが、途中からやつに対する怒りが沸いてきたから、考えつく中で一番、痛い思いをする方法を採用した」
「あんな身の程知らず、半殺しにでもしちゃえばいいの」
アポリッテア姫はなかなかに物騒なことを口にする。
「あいつ、わたしのこと悲劇のヒロインかなにかと勘違いして、なにかとつきまとってウザかったんだけど」
「ありそうだな」
ハザマはアポリッテア姫の言葉に頷いた。
あのウィッズ伯爵は、自分自身をその悲劇のヒロインを慰め、助けるヒーロにでもなぞらえ、悦にでも入っていたのだろう。
そこに割り込んできたのが、ハザマというわけだ。
もちろん、ウィッズ伯爵の主観の中では、だが。
「あの手のは、一度くらいは痛い目を見ておいた方がいい薬になると思う」
「それには同感」
ハザマの言葉に、アポリッテア姫は同意する。
「あんた、他の連中とはずいぶん感じが違うわね」
「一応、異邦人というやつになるので」
「そうだった。
誰かがそんなことも、いってた」
アポリッテア姫は頷く。
「異邦人ってのは、みんなあんたみたいなの?」
「いやいや」
ハザマは首を横に振る。
「ひとくちに異邦人といっても、多種多様な人間がいる。
こちらの世界と同じですよ」
「そうなんだ」
アポリッテア姫は素直に頷いた。
「あんた、わたしを利用したくはないの?」
「今の時点では、メリットよりもデメリットの方が多いと判断している」
ハザマは説明した。
「あなたなんかを抱え込むとまた、王国内からの嫉妬や反発も強くなりそうだしなあ。
スデスラス王国の名声についてはよく知らないけど、そういった権威よりもこれ以上、面倒事を増やしたくない。
それに……」
「それに?」
「今、あなたはヘムレニー教団というなかなか強力な後ろ盾を得て、あまり不自由のない生活をしていると聞いている。
現状で不満がないようだったら、そのままヘムレニー教団に世話になり続けるのが無難だと思う」
「ふむ」
アポリッテア姫はなにか考え込む表情になった。
「あんたも、あいつと同じ事をいうのね。
教団の世話になれば、たいていの相手は手を出せなくなる。
王族の出であったことなどを忘れ、そのまま市井にまぎれて生きていくのが一番よい選択だと」
「そういった人がいたんですか?」
「いたのよ。
あれもなかなか変わり者だと思ったけど、あんたも負けず劣らずのようね。
ま、あいつにしてみれば、わたしたちみたいなやっかいな荷物とは早々におさらばしたかったのだとは思うけど」
「誰かは知りませんが、その人がいっていることは道理にかなっていますよ」
ハザマはいった。
「今さら、政争の世界に戻る必要もないでしょう」
「そういうあんたはどうなの?」
アポリッテア姫はいたずらっ子めいた笑みを浮かべる。
「なんですか?
何度も断った末、いやいや貴族に叙せられたと聞いているけど」
「事実です」
ハザマは頷いた。
「ですが、おれの場合はもう手遅れかな。
なんだかんだで、しがらみも増える一方だし」
「しがらみ、ねえ」
アポリッテア姫は軽く息をついた。
「やっぱり、あいつと似てる。
あんた、口ではなんのかんのいっても、目の前で困っている人間がいるとほいほい助けちゃうタイプでしょ?」
「さて、どうでしょうね」
ハザマはとぼけることにした。
「そんなあんたを見込んでひとつ頼みがあるんだけど」
アポリッテア姫は身を乗り出した。
「うちの身内で、そこそこ剣の腕がたつ男が居るの。
王城脱出以来、今までそれなりに世話になってきたわけだけど、わたしらももう落ち着いちゃったからね。
ああいうのをいつまでも手元に縛りつけておくのも気が引けるし、なんだったらそちらで仕事でも世話をして貰いたいんだけど……」




