面倒な決闘
「マヌダルク姫はこの件についてどこまでご存じでしたか?」
ハザマはマヌダルク・ニョルトト姫に水をむけた。
「ニョルトト家もこの件については賛同しているとみてよろしいのですね?」
ハザマをここまで案内してきてテオドル勘定奉行と引き合わせている以上、なにも知らないということはありえないのだ。
「賛同しているというか、ハザマ男爵は他の勢力と結びつくよりは権威はあれども実権を持たないスデスラス王家と結びついてくれた方が安定するかな、といったところですね」
マヌダルク姫は悪びれることもなくそういい放つ。
「特に、王国内のどこかの勢力と結びついてしまうのが大変にいけません。
ことによると、それが原因で王国内が大きく割れてしまいます」
そこまでのもんかなあ、と、ハザマは呆れる。
マヌダルク姫は、洞窟衆の勢いを過大評価しすぎなのではないか。
「つまり、できれば王国外の、それもあまり、あー、名分はともかく、実力があまりない勢力と結びついてくれるのがありがたい、ということですか?」
「その方が、安定します」
そういって、ニョルトト姫は微笑む。
「そして、ベレンティア公爵領周辺には今後も長く安定して貰わないと困ります」
例の、学校の件か。
と、ハザマは悟った。
つまりは、こういうことだ。
テオドル勘定奉行をはじめとする旧ベレンティア公爵家臣団は、自分たちの食い扶持を守るため、それに新しく来る上司が必ずしも聞き分けのよい人物であるとは限らないため、できればあまり無茶をいわなそうな者にベレンティア公爵のあとを継いで貰いたい。
今回、ハザマが選ばれたのは、ハザマ領とベレンティア公爵領とが地理的に隣接していることと、現在の洞窟衆に相応の勢いがあること、それにこれまでのハザマのやり方をみた上で、ハザマならば今後も部下や領民に対して無茶な扱いはしないだろうと踏んだのであろう。
そして、ニョルトト姫の方も、自分の利益のためにベレンティア公爵領には長期的な安定が欲しいと思っている。
そこまで状況を推察した上で、ハザマは次の問いをニョルトト姫に発する。
「ベレンティア公爵のあとを継いで領地を治めるべき人物は、まだ決まっていないのですか?」
「王都ではかなり紛糾しているようですね」
ニョルトト姫は表情を変えずに答えた。
「どこかの公爵家の縁者に、という目はなさそうですが。
それでも王国には相応に優秀な人材が大勢いらっしゃるので、選定に時間がかかっているようです」
「それは、その人にベレンティア公爵家を継がせるということですか?
それとも、今後ベレンティア公爵領は王家の直轄地となり、その直轄地を治める人物の選定に時間がかかっているということでしょうか?」
「わたくしも詳しくは知らされていないのですが、おそらくは後者になるかと思います。
山地と接していることからもわかるように、ベレンティア公爵領は王国にとっても重要な土地。
しばらく情勢が落ち着くまでは、王家が直接治めるのではないかと見る者が多いようです」
ベレンティア公爵家を存続させるのかどうか、存続させるとすれば誰に継がせるのかといった問題は、しばらく棚上げにされるようだ。
どちらにせよ、王国公爵家の一角を占める家柄のことであるから、性急に結論したくはないのだろうな、と、ハザマも思う。
そこまで考えて、思いついた疑問をすぐ口にする。
「そんな状況で、先ほどテオドル勘定奉行がいっていたように、アポリッテア・スデスラス姫にそんな領地を与えますかね」
王国中央の意向として、いくら名門の出身であっても余所者のアポリッテア姫に公爵領ほどの大領地をほいほい与えるとも思えないのだが。
「アポリッテア姫は、こういってはなんですが、政にはまるで関心を持たない方です」
ニョルトト姫は即答する。
「そのような方ならば、相応の餌を用意しさえすれば傀儡とするのはたやすいと、王都の官吏ならば判断するでしょう」
わかりやすい例を出せば、アポリッテア姫自身と、それに縁者の身の安全、といったところか。
しかし、すでにアポリッテア姫の一団がヘムレニー教団によって保護されている今、そのカードは使えないわけで。
「具体的には?」
ハザマは、問いを重ねる。
「仮に、王国がアポリッテア姫を抱えることに成功するとすれば、姫の名においてワデルスラス公爵が取り逃がした旧スデスラス王国領の残りを平らげるようとするでしょうね」
ニョルトト姫は冷厳とした様子で言葉を続ける。
「ベレンティア公爵領は、そのスデスラス王国再生事業を完遂するまでの、アポリッテア姫の仮の領地といったところでしょうか。
どのみち、ベレンティア公爵領は王国内の誰が継いでも揉め事になるのですから、無害な外来勢力に一時的に貸し与えておくことはそれなりに利がある選択だと思います」
あくまで、アポリッテア姫が王国の傀儡になることを承諾することが前提になるわけだが、王国内の勢力争いを先送りにするためにはそれなりに有効な措置である、というわけだった。
「祖国の復興を餌にするわけか」
ハザマは小さく呟く。
アポリッテア姫が祖国への帰還を望んでいた場合、それなりに有効な交渉カードになりえる……のか?
仮に、そうした経緯で旧スデスラス王国を糾合したとしても、そのために必要な兵力のほとんどは王国が負担するわけであり、アポリッテア姫が祖国の大半の領土を奪還したとしても、実権のほとんどは王国に持って行かれるはずであった。
「おれにアポリッテア姫を口説かせるのは、王都からの指示ですか?」
ハザマは、頭の中で用意していた最後の問いをニョルトト姫に突きつける。
「まさか」
ニョルトト姫は、やはり即答した。
「アポリッテア姫の処遇については、やはりうまく懐柔せよといわれています。
ですが、アポリッテア姫自身がなんの野心もお持ちでないようなので、まるでうまくいっておりません。
ハザマ様にはなしを振ればなんらかの働きかけをしてくれるのではないのかとそう思いまして。
それで、試しにベレンティア公爵領の方々の案に乗ってみたわけです」
ものは試しの、ことのついで扱いだった。
「こういってはなんですが、おれは女性の扱いについてはまるで自信がありません」
ハザマは、これ見よがしにため息をついた見せた。
「まったくやる気はありませんが、仮にやる気があったとしても、最後までうまくやり通せる自信がありませんよ。
逆に、うまくいかないであろうという自信だけは、たっぷりあります」
「ご謙遜を」
ニョルトト姫はそういって軽い笑い声をたてる。
「あれだけ大勢の女性を侍らせていらっしゃるのに」
「洞窟衆のやつらをいっているのでしたら、やつらは基本的に部下であり仕事仲間です」
ハザマはきっぱりとそういいきった。
「そんな雰囲気になったことは、ほとんどありません」
「それでは、アポリッテア姫を口説くのは無理ですか?」
テオドル勘定奉行が確認してくる。
「やろうとしても、無理でしょうね」
ハザマは即答した。
「そういう用件ならば、もっと適切な人がどこかにいそうに思いますが。
王国内のどこかに、女ったらしの貴族様とかいませんか?」
アポリッテア姫を骨抜きにするだけならば、別にハザマがやらなくてはならないという必然性もないはずだった。
「それが、あのお姫様の周りには優秀な番犬が居るようで」
ニョルトト姫が解説してくれる。
「普通の者は、容易に近づくことができません。
ただでさえ、普段はヘムレニーの神域内に引きこもっていて、近づくのが難しいというのに。
そこへいくとハザマ男爵様は、ヘムレニー猊下とも大変親しい間柄だだそうですから、その意味でも適任かと思えたのですが」
「とにかく、やる気もありませんし、やりきる能力も持ち合わせていません」
ハザマは、ぴしゃりと断言する。
「この件については、これまでのこととしてください」
そんなやり取りを経てようやく解放され、最初に居たホールへと戻る。
気のせいか、会場に居た人々が妙に自分に注目しているようにも感じられた。
「随分と長らくお楽しみでしたな」
ハザマにそんな声をかけてくる者が居る。
「ニョルトト姫は、いったいどんなご用件で」
ウィッズ伯爵とかいう、どこかの国の貴族様だった。
「割と重要な用件でしたが、おれではお力になれないのでお断りしてきました」
涼しい顔で、ハザマは答える。
アポリッテア姫に対する王国の野心を公衆の面前でぶちまけるわけにもいかず、適当に言葉を濁すしかない。
「なるほど、なるほど」
ウィッズ伯爵はしたり顔で頷いてみせる。
「アポリッテア姫にはかなわないものの、ニョルトト姫も相当な美形ですからな」
いや別に、お前の異性の好みなぞ聞きたくもないのだけど、と、ハザマは心の中で感想を述べる。
そもそも、明らかに十代半ばくらいでしかないニョルトト姫を、ハザマはこれまで異性として見たことがない。
「アポリッテア姫は、容姿はともかくとしてあの分だとかなり難しいご気性のようですよ。
並の男性にお相手が務まるものかどうか」
ただ、揶揄されたことは理解できたし少しばかり腹も立っていたので、簡単に反撃しておいた。
ウィッズ伯爵もさきほどのハザマとのやり取りをみて感じるところがあったのか、ハザマの言葉にしばらく身を硬直させている。
実際、
「身近につき合うとすれば、かなり面倒くさそうな女だな」
というのが、ハザマのアポリッテア姫に関する第一印象だった。
そういう反応をしてもおかしくはない経歴があるわけだが、だからといって好んでつき合いたいかといったら、断じて否である。
このウィッズ伯爵は、どうやらそうではなさそうなのだが。
知ったことか、と、ハザマは思ってしまう。
色恋沙汰にうつつを抜かすことができるほど、現在のハザマは余裕のある生活を送っているわけではない。
誰と誰がくっつこうか離れようが、そんなことは当事者同士で勝手にやってくれ。
そんな些事よりも処理待ちの重要な案件が、ハザマの周辺には山ほどあるのである。
「そ、それでは、並ではない男ならばアポリッテア姫を御することができるというのか!」
ウィッズ伯爵が唐突に大声をあげた。
「お、お前が! お前ならばっ!」
唐突に、というのは、数秒間物思いに沈んでいたハザマの主観によればということであり、実際にはハザマの反駁を受けてからウィッズ伯爵は怒りによって顔色を蒼白にしていたのだが。
そもそも、このウィッズ伯爵のことをまるで意識していなかったハザマは、そうした変化に対してもまるで注意を払っていなかった。
いきなりなに怒っているのだろうか、この人は。
他人事のように、ハザマは心中ではそんなことを思っている。
「これほど侮辱をされたのははじめてだっ!」
ウィッズ伯爵はハザマを指さしてそう叫んだ。
「ハザマ男爵!
貴様に決闘を申し込む!」
ああ、なるほど。
そう来るのか。
ハザマは、ウィッズ伯爵の反応をみて、やはり他人事のようにそう思った。
この場合、この世界ではどのように反応してやるのが適切なのだろうか。
流石に、いきなり決闘を申し込まれるとは思わなかったから、そちらの作法についてはハザマは予習していなかった。
「この場合、素直にお受けした方がよろしいのですかね?」
ハザマはゆっくりと周囲を見渡し、そのときにニョルトト姫と目があったので、声をかけてみる。
「そうですね。
この場合、そうした方が穏便に収まるかと」
ニョルトト姫は楽しそうに微笑みながら、ハザマの疑問に答えた。
「もちろん例の能力は使わず、尋常にヒトとしての能力のみで対応する。
その上で、この宴の主催者としては流血沙汰にならないことを望みます」
なんだかんだいって、注文が多いな、と、ハザマは呆れる。
「そういうルールでいいのならば、それに従いますが」
ハザマはいった。
「どなたか立ち会い人? 審判? 仲介人? 見届け人?
名称は知りませんかが、そのような役割を引き受けてくださる方はおりませんか?」
にわかにざわついて来た会場にむけ、ハザマは大きな声を発した。
「おお!
そういうことであるのならば、このオミュヌ王国のガデンスが引き受けよう!」
すぐに壮年の、がっしりとした体格の男性が名乗りをあげる。
「ウィッズ伯爵もそれでよろしいな?」
ガデンスという男が一瞥すると、ウィッズ伯爵は蒼白い顔をしたまま無言で頷く。
「では、日時はどうなさいますか?」
「今すぐ、ここでいいでしょう」
いかにも面倒くさそうな口調で、ハザマがいった。
「こんな野暮用、とっとと済ませてしまいましょうよ。
なんでもいいから、ちゃっちゃとルールを決めちゃってください」
ハザマにしてみれば、不意に出現したタスクのひとつに過ぎないのだった。
ハザマがそういってしまえば、ウィッズ伯爵もあとに引くわけにもいかず、すぐに二人は決闘用の剣を持って十歩離れた距離でむかい合うことになる。
この世界には、刃を潰した決闘用の剣というものがあり、上流階級の家庭には二振り一対のセットが常備されているということだった。
ハザマもウィッズ伯爵も、ともに上着を脱いだだけの軽装になっている。
「はじめ!」
ガデンスのかけ声がかかると、ハザマはフェンシングのような構えをしているウィッズ伯爵のもとへ無造作に近寄り、ウィッズ伯爵の剣の根本を上から強打する。
ウィッズ伯爵はそのまま自分の剣を取り落とし、無手になったところでハザマがゆっくりと自分の剣の切っ先をウィッズ伯爵の喉元に突きつけた。
「これでご満足ですか?」
ハザマは、平静な口調で訊ねる。
バジルの能力なしでも、今のハザマならばこれくらいの芸当は楽勝でできるのだった。




