洞窟衆の立ち位置
「紙を作るためには、原料となる植物が必要となります」
ハザマは説明を続けた。
「おれも詳しいことを知りませんが、どうやら山岳地ならばふつうに自生している植物が使用できるようです。
ただし、自生しているものを根こそぎ使用していったらすぐに量産が不可能になるので、伐採した分くらいは再生しやすいよう、環境を整えることが必要となります。
そうした配慮をすることを約束してくださるのであれば、紙の製法についても公開していいかと思っています」
こうした環境への配慮は、エルフのエルシムからくれぐれも怠らないようにと念を押されていた。
エルフはどうやら、特に森の生態系の保全に関しては、神経質な性質を持つものらしかった。
「その程度のことでしたら、おやすいご用です」
ハイデアル王子はハザマの言葉に頷く。
「山岳地でその原料を採集し、産地に近い平野部のどこかに製紙と印刷工場を建造することにしましょう。
具体的にいいますと、アジエスとブニュエルの北部周辺に用地を確保することになるかと思います」
紙や印刷の潜在的な需要の大きさについては、ハイデアル王子らガダナクル連邦の人々も十分に承知している。
それを任せてもらえるというのなら、多少の出資を惜しむつもりはなかった。
そうした工場が本格的に稼働すれば、出資した金額の何倍もの利益が経常的に帰ってくるはずなのだ。
「では、具体的なことはこちらの部下たちと詰めていってください」
一度軽く頷いて、ハザマはすぐに次の案件に移る。
「風車塔関連に紙や印刷に関連する事業など、物品を加工してよそに輸出するためには足まわりも整備する必要がでてきます。
各地の工場や倉庫を結ぶ道を整備する必要も出てくるかと思いますが」
ガンガジル王国並びに三ヶ国周辺では、これまで人や者の出入りがあまり活発ではなかったことも手伝って、他の周辺諸国と比較すると街道の整備にあまり熱心ではなかった。
舗装された道がないわけではないのだが、整備をするために十分な予算や人手を割いていなかったらしく、あちこちで石畳の石材が破損されたまま放置されていたりする。
また、そうした整備が行き届いていない街道の道幅も、一車線か二車線がせいぜいであり、よその街道を比較すると狭かった。
こちらの人々は馬に直接乗って移動することが多く、馬車を使う者の比率が少ないようなのだ。
そして、馬に乗るのであれば、別に街道を行く必要もあまりない。
それよりは、目的地がある方角にむけ、荒野をまっすぐ突っ切っていく方が早い場合が多い。
と、これまではそれでもあまり不都合はなかったわけだが、一連の動乱前後から外部との物資のやりとりが飛躍的に増大し、そのおかげで整備不良の街道が輸送に際しての大きなボトルネックとなってきている。
今後も輸出入を活発にしていく方針でいくのなら、ガダナクル連邦はこうしたインフラ整備にも力を入れていくべきであろう。
というのが、ハザマの指摘であった。
「おっしゃるとおりです」
ハイデアル王子は即答した。
「いわれるまでもなく、従来の街道の整備と、それに新規の街道の開拓作業はすでに開始しております」
こうした大規模な土木事業には、当然膨大な予算と人手が必要となるわけだが、しかしこれから輸出入に力を入れていきたいガダナクル連邦としては避けて通るわけにはいかない事業なのであった。
「おれがいうのもなんですが……ずいぶん借金が嵩みそうですが、本当に大丈夫ですか?」
あまりにもハイデアル王子のききわけがいいので、なんだかハザマの方が心配になってくる。
どれもこれも、それなりに初期費用が必要となってくる事業ばかりだ。
そして現在のガダナクル連邦には、そうした初期費用に充当できるだけのまとまった財源がない。
つまりは、そのほとんどすべてを国外からの借金でまかなっている状態なわけで……。
「なんとかするしかありませんよ」
ハイデアル王子はそういって首をゆっくり振った。
「ガンガジルなりスデスラスなりの属国にならなかっただけマシなわけです」
属国になったとしたら、その借金だって容易にはできなくなる。
そうした事業を興そうと思っても、いちいち上に宗主国におうかがいを立てて、許可を貰わなければならないわけだった。
「そのかわりといってはなんですが」
ハイデアル王子は、続けてそんなことをいった。
「できるだけ割がいい仕事を紹介してくださるとありがたいです」
ハザマたち洞窟衆との打ち合わせが終わると、今度はガダナクル連邦側の現在進行中の事業計画の説明に移る。
輸送網の整備にもすでに着手している、というのはハザマにむけたポーズだけではなかった。
その証拠に、整備中の街道を書き込んだガダナクル連邦内の地図を掲げて、このルートは現在何割ほどの作業を終えており、などの説明がしばらく長々と続く。
連邦制になったことえそれまでここの国内で完結していた街道網を見直し、新たにバイパスを通して流通網の合理化に着手しているようだった。
『現在、一連の戦争景気のおかげで周辺諸国は金余りの状態になっていますからね』
と、通信でタマルが解説してくれた。
『新たな投資先として、このガダナクル連邦が注目されているところです。
特にスデスラス王国を退けた今、当分、ガダナクル連邦は安泰であろうという見方が強くなっていますから』
今現在、産業的に見ていささかパッとしない状態であっても、自衛力があって長期的に明るい展望があるのであれば、長期的に見ると十分に魅力的な投資先になるらしかった。
『外的な要因で潰れにくいということと、支援する国々が多いというのが好材料になっています』
ハザマ領もだが、メレディラス王国が支援しているのが大きいそうだ。
メレディラス王国は、現在、周辺諸国の中でも一番勢いよく国力を強めている。
という評判があるという。
長年、膠着状態にあった部族連合との戦いに大きな節目を与え、続けて、この一連の騒動でどさぐさまぎれに名門であるスデスラス王国の領土を大きく浸食している。
また、産業的にも、通信術式や印刷技術などの目新しい技術の発信源として注目を集めていた。
そうなった原因として、ハザマたち洞窟衆の存在が大きく関わっているわけであるが、詳しい内情を知らない国外の人々からにしてみれば、ざっくり「最近のメレディラス王国は凄い」という評判になるらい。
もちろん、一部の事情通の間では、洞窟衆の役割が正確に伝わっているわけであるが。
とにかく、洞窟衆の存在からメレディラス大国が大きな恩恵を受けていることは、客観的な事実として確かなことであっった。
ま、いいけどな。
と、ハザマは思う。
もともとハザマ自身は、世間の評判などにはあまり興味はない。
仮にメレディラス王国が大きな恩恵を受けているにせよ、それで洞窟衆の利益が大きく損なわれていない限りは、特に文句をいう気持ちにもなれなかった。
現状のままでも、ハザマや洞窟衆は別に不利益を被っているわけでもないわけである。
逆に考えると、メレディラス王国の洞窟衆に対する依存度が大きくなればなるほど、今後の交渉事に関して洞窟衆の発言力が大きくなるわけでもあり、こうした傾向は別に忌避すべき事柄にも思えなかった。
最悪、メレディラス王国と洞窟衆の関係が悪化するようなことがあったとしても、そのときにはハザマ領を返上してすっぱりとよそに河岸を変えてもいいしな、とさえ、ハザマは思っている。
ハザマ領の経営も、洞窟衆にしてみれば多岐にわたる事業の一端でしかなく、いざとなればスッパリと切り捨てることもハザマは想定していた。
メレディラス王国が洞窟衆を必要としているほどには、洞窟衆の方はメレディラス王国に拘る理由がないのであった。
ハザマがそんなことを考えている間に、ガダナクル連邦内の整備計画に関する長々とした説明が終わっていた。
ここで一時休憩という事になり、ハザマたちは洞窟衆の天幕へと戻ることにする。
「あれはどういう会議なんだ?」
天幕に入ってから、ハザマは疑問を口にする。
「今さらなにをいっているんですか」
ため息混じりに、タマルが答えてくれた。
「この野営地に集った人たちへの、今後のガダナクル連邦の方針を説明するための集まりですよ。
一連の動乱に参加した将兵はもとより、周辺諸国の為政者や大小の商人たちも注目しています。
その場で、連邦内の産業振興に力を入れることを強調できたのはいいと思いますけど」
なるほど。
と、ハザマは思う。
会議というよりは、ガダナクル連邦のプレゼンの場であったのか。
「そういや、うちの兵隊たちはこちらに戻っているんですか?」
ハザマは話題をかえて、ファンタルに訊ねてみた。
「昨日から、ぼちぼちな。
一部の偵察隊など、まだこちらに到着していない者たちも居るが」
ファンタルは即答する。
「こちらに着いた者も、体を洗って食事をして、今頃は高鼾をかいているところだろう。
特に騎馬隊の連中は、連戦で負担が大きかったからな」
「ああ、なるほど」
ハザマは頷く。
「ボーナスも弾まなくてはならないんだろうな」
なにしろ、命のやり取りをして帰還してきたわけである。
「もちろんですね」
ハザマのタマルが頷いた。
「意外だな。
お前は反対すると思ったのに」
「しかるべき技能やリスクには、相応の報酬を支払わなければなりません」
タマルは澄ました顔で答えた。
「それに、こうした際に報酬を出し惜しみしていると、後に響いてきます。
後進の人たちのやる気にも影響してきますし、こういう場ではケチるもんじゃあありませんよ」
「ガダナクル連邦からの報酬が入ってくるのはまだ先なんだろう?」
ハザマは確認した。
「そちらが精算されるまでは、洞窟衆の持ち出しということになるが」
「その程度の金額は十分に吸収できるほどの収益を、洞窟衆は今の時点でもあげていますよ」
タマルは詰まらなそうな表情で指摘をした。
「こうした大規模な戦場は、格好の消費市場なんです。
たとえば今現在、スデスラス王国軍に所属していた人たちは、戦死者を弔うための墓穴を掘っているわけですが、そのための道具もほとんど洞窟衆が製造してこちらに運び込んできたものです。
それに、昨日今日で膨大に消費された医薬品なんかも。
あと、この野営地で消費される食料や細々とした物品も、かなり洞窟衆経由でお世話をしていますね。
そうした物の売りあげをすべてひっくるめると、これがなかなか馬鹿にならない」
「その上、兵隊さんたちのギャラもあとで入ってくるってわけか」
ハザマが、真顔になった。
「さらにいうと、ガダナクル連邦が発行した債券もかなり、うちで買っています。
こちらはかなり長期的な投資になるわけですが」
いずれにせよ、ハザマなどが心配するまでもなく、十分な利益を確保しているわけだった。
「じゃあ、こちらでやる細かい事業に関しても任せちまっていいかな?」
ハザマはいった。
「その方が、こちらもかえってやりやすいですね」
タマルは頷く。
「あの場では、外部のお客さんにむけたパフォーマンスだからハザマさんが直接返答するのが正しいわけですが、実際に細かい打ち合わせが必要となるのは地元の人たち、土地を提供してくれる人だったり、職能ギルドの人たちだったりするわけでして。
そうした現場でのやり取りは完全にこちらに任せて貰った方が、絶対にうまく行きます」
かえって余計な口は出すな、というわけであった。
「だよなあ」
タマルの言葉に、ハザマも頷く。
ハザマ自身も、領主だの洞窟衆の首領だのという自分の立場を、元々飾りくらいにしか思っていない。
その飾りがあまり細かいところにまで首を突っ込み、口を出すようになると、現場の者たちにしてみればかえって煙たがるのではないか。
なにより、
「なにもしないでいい」
といわれるくらいの方が、ハザマの気も楽だった。
「ファンタルさん。
さっきの内容ですが、こちらに残す人数と人選はお任せしてもいいですか?」
ハザマは、今度はファンタルに水をむける。
「丸投げは、いつものことだろう」
ファンタルは、苦笑いを浮かべた。
「人選については、当人の希望を確認してから行いたい。
数日、時間を貰ってもいいか?」
「当然ですね」
ハザマは頷く。
「長期に渡ってこちらに居座る人には、休暇の際に転移魔法使いを優先的に使用できるような手配も行えるようにしてみます」
それくらいの融通は、利かせるべきだろうな、と、ハザマは思う。
「兵隊さんも、ですが」
タマルは指摘をした。
「最終的には、ガダナクル連邦のどこかにハザマ領の公館を置くような形になるかと思います。
長期的なことを考えると、このガダナクル連邦とは、継続してそれだけ深い関係を結ぶことになるはずですから」
「そうだな」
メレディラス王国の王都と同じように、公的な出先機関を置く必要も出てくるわけか。
と、ハザマは思う。
「ハザマ領に連絡して、人選とか必要な準備をさせておこう」




