突然の訪問者
「というわけで、必要な人員をこっちに送れるように手配をしてくれや」
『……ずいぶんと簡単にいってくれますけど』
通信越しに、リンザはため息混じりの返答をしてくれる。
『流石にすぐにっていうわけにはいきませんよ。
人材を育てるのだって、それなりに時間や手間が掛かるんですから。
施工や進捗管理ができる人はそれなりに育ってきていますが、外交や交渉事に強い人は今の段階だとそんなに育ってきていないんです。
それなりに育っている人は、王都の公館なり山岳地なりに出向いてすでに自分の仕事をはじめています』
「うまい具合に育ちかかっている人とかいないかな?」
ハザマはいった。
「基礎的な知識ができていれば、あとは実地に仕事をしながらおぼえて貰うことにしてさ」
『できるだけ、そういう厳しい環境に放り込みたくはないんですが』
リンザは言葉を濁す。
『洞窟衆の組織もだいぶ規模が大きくなってきましたし、ぶっつけ本番も、もう終わりにしてもいい頃なのではないですか?
もっと働きやすい環境を整備していきませんと、有意な人材が逃げていくようになりますよ』
「そんな動きが出てきているのか?」
ハザマは、少し真顔になって訊き返す。
『いえ、今のところはそうした動きはありません。
なんだかんだいって、うちは待遇がいい上、いわれた通りの仕事をこなしていきさえすれば自然といろいろな知識や技能をおぼえさせられますからね。
今の時点では退職希望者はほとんどいなくて、就職希望者の方がずっと多いです。
しかも、次々と新規の仕事場が開設していくので、責任のあるポストも必要となって育ってきた人材を持てますこともありません。
むしろ、まだまだ新しく使える人材を育てていかないと、多様化していく業務に対応できなくなる心配があるほどです。
っていうか、この業務拡張につぐ業務拡張、延々と続く拡大戦略はいつになったら終わるんですか?』
「なにか問題があるのか?」
『業務が多岐にわたりすぎて、ぼちぼち普段あんまり関係していない部門同士の連携がうまくいかなくなりはじめていすね。
今の時点では、そういう傾向があるという程度で問題というほど支障が出てきているわけではありませんが』
「……ふむ」
ハザマは少し考えてみる。
つまりは、関係する人数が増えすぎて、阿吽の呼吸とか暗黙の了解が通用しなくなってきた、ということなのだろう。
リンザたち、第一世代にしてみれば、ほとんど顔見知りだけでやれていた以前と比較すると、なにをするにしても一から説明したり書類を揃えたりしないと動いてくれない新世代たちとの関係に、なにか思うところが出てきているのかも知れない。
だがまあ、それは、ここまで規模が大きくなるとどうしたって避けられないことだよなあ、とハザマは思う。
「その件については、帰ってから実態を調査して一度じっくり対策を練ることにしよう」
内心ではそう思っていたものの、ハザマはそう口に出していた。
「こちらへ派遣する人員に関しては、用意ができ次第、順次送りだしてくれ。
最初から頭数を揃えようとしなくてもいいから、あくまでできる範囲内で。
あ、それから、転移魔法で今までの会議の内容を写した文書を送るから、そちらでも検討するように手配をしておいてくれ」
『はい。
その点は、了解しました』
「お客さんがいらしていますよ」
リンザとの通信を切るのと同時に、タマルが声をかけてくる。
「誰?」
そう訊いてから、ハザマはすぐに、
「今の時期にわざわざ来訪するのだから、通常のお客じゃないんだろうな」
と思い直し、
「いや、誰でもいいや。
通してくれ」
といい直す。
「誰かといえば、ヒアナラウス・グラゴラウス公子です」
タマルは来客者の正体をあっさりと開かす。
「なんでも、今のうちに合意を取っておきたい案件がいくつかあるとかで」
……今度は王国との交渉か、と、ハザマは思う。
ヒアナラウス公子は、メレディラス王国の外交畑の人間としてこの野営地に派遣されている人間である。
今の時期に、私用で訪問してくるとはハザマも思わなかった。
「王国からいくつかのお願いと提案があります」
挨拶もそこそこに、ヒアナラウス公子は本題を切り出してきた。
「本国からは、少し前から洞窟衆の意向を確認しておくよういわれていたのですが、今までそちらが多忙そうだったのでこうして訪れる機会を失しておりました」
「まあ、戦争していましたしね」
それも、昨日までガダナクル連邦の興亡をかけた決戦をしていたのだ。
よほど緊急の案件でなければ、それこそ、のんびりと交渉を仕掛けてくるのも憚られたのだろう。
「それで、ご用件といいますのは?」
ハザマもすぐに用件について聞く姿勢を見せる。
ここで勿体ぶっても、お互いに得るものはないのであった。
「いくつかあるのですが」
ヒアナラウス公子は、ここに来て少し躊躇したようだった。
「まず最初は、以前から打診していました、部族連合からの賠償金を輸送する件についてです」
「その件でしたら、搬送ルートの確認と、現状で具体的にいつから開始できるのかを調査させているところです」
ハザマは即答する。
ハザマ自身の元にもなにも連絡がないところを見ると、今でも確約できるほどの成果があがっていないのだろう。
「ええ、それはいいのですが」
ヒアナラウス公子はもっともらしい表情で頷いた。
「それとは別に、その賠償金をこちら方面にも流すことは可能かどうか、是非とも検討して頂きたく」
ヒアナラウス公子の説明を要約すると、以下の通りとなる。
今回の戦争によって周辺諸国の商取引が活発になり、現金が不足しはじめた。そのため、山岳地からもたらされるはずの賠償金の回収を急ぎたい。
ここまでは、以前に、マヌダルク・ニョルトト姫に説明された通り。
しかし、ヒアナラウス公子は、その賠償金をこのガダナクル連邦周辺ですぐさま使用したい、という。
「どちらのルートを使用するにしても、輸送に関わる費用はかかるわけですしね」
ヒアナラウス公子はそう説明してくれた。
「それに、今、より切実に多額の現金を必要としているのは、王国内よりもこのガダナクル連邦でしょう」
「当然、それは王国の意向なわけですよね?」
「無論です。
王国は、このガダナクル連邦を支援するために、引き続き投資を行う予定です」
「ふむ」
ハザマは、少し考え込む様子を見せた。
そしてすぐに、
「どうして、部族民たちを直接雇って運ばせないんですか?」
と、質問をする。
契約魔法があるこの世界であるならば、信用問題がどうこうという理由だけで人選を行わないはずなのだ。
「なんといっても、ハザマ様はメレディラス王国の男爵様であるわけですから」
ヒアナラウス公子は即答する。
「その男爵を介せずに部族民たちと直接交渉を行うのは差し障りがあるのではないかと思いました。
それに、王国には、部族民たちと直接交渉する行為を経験している人材がほとんどおりません。
これだけ重要な役割なのですから、より確実に仕事をこなせそうな人に仕事を回そうとするのは、選択としてごく自然かと思いますが」
なるほどなあ、と、ハザマは思う。
王国の内部では、ハザマたち洞窟衆は部族民たちを取り扱う際の専門家として見られているわけか。
「部族民たちと交渉して、搬送ルートを開拓、維持する。
その一連の仕事を洞窟衆で監督してくれ、ということですね?」
ハザマが確認する。
「そうなります」
ヒアナラウス公子が頷く。
「実際に可能なのかどうか、確認をするためにいささかお時間を頂く形になりますが」
「当然ですね」
これについても、ヒアナラウス公子は頷いた。
「こちらとしては、当然、できるだけ早く返答が欲しいわけですが」
「善処します。
タマルも、それでいいな?」
「いいです」
そうした問答を聞きながらも、タマルは一心にペンを走らせてなにやら書類を作っていた。
「できた。
ヒアナラウス公子。
こちらで間違いがなければ、署名を頂きたいのですが」
そういって、タマルはその書類をヒアナラウス公子に差し出した。
なにかと思えば、賠償金輸送ルートの開拓が可能かどうか調査する案件についての契約書をその場で手早くまとめていたのだった。
事前の調査や関係者各位に交渉を行うにも、当然ながら人件費は発生する。
結果がどう出ようが、その人件費はすべて王国が負担する、という内容だった。
ヒアナラウス公子はタマルの仕事の迅速さに若干引き気味になりながらもその書類に目を通し、
「問題ありませんね」
と感想を述べてから躊躇することなく署名をしたためる。
「次に、先ほどもガダナクル連邦に軍事技術を教えるという案が出ていましたが……」
ヒアナラウス公子は次の案件に話題を移した。
「まずかったですか? 王国的に」
反射的に、ハザマは訊ね返している。
この手の国際問題は、表面から見ただけでは判断しずらいことが事が多い。
対ガンガジル王国戦、あるいは対スデスラス王国戦においてメレディラス王国が支援したとしても、その支援が今後も永続するとは限らないわけであり、ひょっとしたらハザマがあの場でガダナクル連邦の支援要請に前むきな回答を行ったことが、メレディラス王国の方針に反している可能性すらあった。
「いえいえ。
あれはあれで、結構なことだと思います」
ヒアナラウス公子は真面目な顔をして頷く。
「王国としても、この周辺にはこれ以上騒がしくなっては困るところですし、それに、新興のガダナクル連邦にしてみれば、一刻でも早く確とした国防力を身につけたいところでもありましょう」
そう聞いて、ハザマは内心で安堵をする。
別にメレディラス王国に服従するつもりもないのだが、だからといって意図的に敵対するのも馬鹿馬鹿しい。
こんなことでご機嫌を損なうようであれば、ガダナクル連邦の要請の方を蹴るつもりだった。
「それでは?」
短く、ハザマはヒアナラウス公子の発言を促す。
「ええ。
あれが問題だというわけではなく、ですね」
ヒアナラウス公子はやはり真面目な表情で説明を続けた。
「逆に、あれと同じ事をメレディラス王国内でもやって頂きたいのです」
「あれと同じ事を……といいますと……」
ハザマは、少し戸惑っているようだった。
「つまり、洞窟衆の戦い方を、王国の兵士たちにも教えよと?」
「そうです。
具体的にいいますと、通信術式を多用して、大勢の兵の足並みを揃える方法とか、それに使い魔を多用した索敵方法とかになります」
ヒアナラウス公子は続ける。
「今回、一連の戦闘において、それらの戦法の実効性が確認されたわけですし。
それに、メレディラス王国とその同盟国の軍事力を今以上に引きあげることは、現在重要な課題となっています。
そのために、現在、ベレンティア公爵領のハザマ領と隣接した部分に、かなり広大な敷地を確保している最中です」
おそらく、具体的には国境紛争のとき、メレディラス王国軍が駐留していたあたりの土地を指すのだろう。
「あのあたりを練兵所にして、その洞窟衆もその指導に参加しろということですか?」
ハザマは、そう確認をする。
「実際にやることは、それに近い形になりますね」
ヒアナラウス公子も、ハザマの言葉に頷いた。
「王国では戦術研究所という仮称を用いておりますが。
王国内だけではなく、同盟国から有意な人材を集めて共同で新しい戦術を研究することを目的としております。
ハザマ男爵がご存じの中では、ムヒライヒ・アルマヌニア公子やアズラウスト・ブラズニア公子などにも声をかけております」
と、いうことは。
兵器や軍用魔法の開発も含めた、かなり多様な実験を行うための組織になりそうだな、と、ハザマは予想する。
実現すればおそらく、周辺諸国の中でも最先端の軍事技術研究組織になるだろう。
「その件につきましては」
ハザマは、この場ではそういっておくことにした。
「仲間うちで相談してから回答させて頂こうかと思います。
具体的にどれくらいの人員を割けるものか、確認してみないことにはなんともいえませんので」
そうした組織のために洞窟衆が協力することが、果たして正しいことなのかどうか。
少し考えただけでは、ハザマにはなんとも結論を出すことができなかった。
かなりきな臭いことだな、とは思ったのだが。




