ガダナクル連邦の諸問題
「当面の危機は回避できたようですが、それでも問題は山詰みなわけです」
ハザマたちが会議の場に到着するなり、ハデントン・ガルメラ王子はそんな風に切り出した。
「まず、ガダナクル連邦の体制がまだ正式に整っておりません。
これから防衛やその他の公共事業など、どこまでを連邦で負担するのか。下部組織である国家や集団との役割分担を決めなければなりません。
その前に、正式な形の連邦の意志決定機関を形作らねばならないところなのですが」
「大変ですねえ」
ハザマは涼しい顔をして応じる。
「ですが、おれたちはここでは余所者です。
今後のことを考えると、安易にそうした内情に深く関わるののも考え物ででしょう。
ここで詳細な意見を述べることは、差し控えさせていただきます」
事実、ハザマたちにしてみれば、ガダナクル連邦の内部事業などは完全に他人事なのだ。
下手に口出しをして藪蛇になり、また面倒な仕事を押しつけられるのも面倒だった。
会議の場所は、野営地の外れの野原だった。
風車塔のおかげで雑草が繁った荒野だった場所。
特に仕切とかを設けることもなく、誰もがこの場での応答を見聞することができるようになっている。
ガンガジルの所領地の代表者に三ヶ国各地の有力者、それに、部族民たち。
会議に参加する人数が多すぎるため、それだけの人数を収容できるような広い会場を急には用意できなかったため、それに、今後のガダナクル連邦の基礎となる事項を決する重要な会議であるため、密室で行うことを避けるためにあえて公開された場所で行われている。
ハザマは詳しい事情を知る由もなかったわけだが、それでも漠然と、
「国境紛争のときの停戦交渉のときと雰囲気が似ているな」
程度の印象を持っていた。
案外、この世界では、政治的な交渉ごとを、こうした人目のある開けた場所で行う習慣があるのかも知れない。
「そうですね」
ハザマの突き放したような反応を受けて、ハデントン王子はひっそりとした笑みを浮かべる。
「われわれが、自身の力で決めねばならぬことではあります。
ですが、あなた方のお力を是非にでもお貸しいただきたい案件もいくつかあるわけです」
「実際に引き受けるのかどうかは詳細な内容を聞いてから、身内と相談して決めさせていただきます」
ハザマは慎重ないい方をした。
「その前に、われわれが請け負った対ガンガジル王国戦、並びに対スデスラス王国戦の仕事はこれで一段落したと解釈してもよろしいのでしょうか?」
請け負った仕事が終了したことについて、依頼人との間で合意を得ておくことは、契約魔法が重要な役割を果たすこの社会では重要なのだった。
「はい。
その件については、昨日で終了したものと認めます」
その反応も予想していたのか、ハデントン王子は素直に頷いた。
「こちらが、その件についての契約書になります」
ハデントン王子から受け取った羊皮紙を、ハザマは内容に目も通さずにそのまま同行していたタマルに手渡した。
今回、洞窟衆側からは、ハザマ以外にタマルとファンタルが同席している。それぞれの専門分野について問われたとき、即答できるようにするためだった。
それ以外に、書記役としてクリフをはじめとして数名がすぐそばに控えてペンを走らせていた。
「問題ありませんね」
ガダナクル連邦に属する各団体関係者の署名がずらずらと並ぶ契約書を一通り確認してから、タマルがハザマに頷いてみせる。
「では、来月より報酬の支払いを開始してください。
現金の都合がつかなかった場合は、穀物や貴金属など、こちらが指定する物資での返還も認めます」
ファンタルや偵察班、それに騎馬隊としてこの戦争に参加した洞窟衆の報酬は、この時点では後払いという形をとっている。
そうした報酬は、それぞれの特殊技能に応じる形で報酬を設定しているため、いわゆる人数合わせの傭兵などと比較するとかなり高額な設定になっていた。
返済条件をある程度緩くしているのは、多様な職種に手を出している洞窟衆にしてみれば必ずしも現金での返済に拘らなければならない根拠がないからであり、同時に、現状ですでに多額の援助を行っているガダナクル連邦がこのまま負債を返済しないまま潰れたら洞窟衆の方が困るからでもある。
つまりいわゆる貸し倒れを恐れている面もあり、洞窟衆としては現在の借財をすべて返済し終わることが可能になる程度には、ガダナクル連邦の景気も上むきになって欲しいところなのであった。
「ご配慮、いたみいります」
タマルの譲歩に対して、ハデントン王子はそう応じた。
「他からの債権も早々に返さなくてはなりませんし、今後の産業育成に関しても全力を投じていくつもりです」
今回、一連の騒動を治めるあたって、ガダナクル連邦側が担ってきた負担は決して少なくはない。
しかも、ガダナクル連邦にしてみれば防戦する一方の戦争であった。
つまり、
「負ければ属国化、勝っても以前の通り」
という、はなはだ不利な条件を前提とした戦争なのである。
こうして勝利したといっても、負担に相応しい戦利品があるわけでもなく、それどころか賠償金を求めるあてすらない。
侵攻してきた一方の国であるスデスラス王国は事実上、解体中であり主権のありかさえ明瞭ではなくなっている。
もう一方の国であるガンガジル王国はその領地も半減されていており、実際に賠償金を求めたとしても、果たして実際に支払うことができるだけの経済力が今後維持されていくかどうかも不明であった。
後者に関しては、今後の交渉次第ではあるのだが、いずれにせよ、一連の騒動において消尽された経済的な損失を埋め合わせるほどの賠償金を求めるのは、事実上不可能だろう。
ということで、関係者の一同の見解は一致していた。
勝利の対価は、他者に支配されないというただ一事のみ。
今回の一連の騒動は、「勝利してようやく以前と同じ状態を維持できる」という、ガダナクル連邦側から見れば、かなり不利な条件を強いられているわけだった。
強いていえば、防衛上の必要に迫られて、こうして「ガダナクル連邦」という共同体が成立したことが、成果といえばいえるのかも知れないが。
そしてそのガダナクル連邦は、これまでにかかった戦費など、必要な経費をすべて国外から負債を求めることでここまで凌いできた。
これからは、この負債をどうやって返済していくか、ということが大きな課題となってくる。
これも、関係者の中では一致している見解であった。
「洞窟衆に対する負債の件は、以上でよろしいですね?」
ハイデアル王子が確認を求めると、タマルも頷くしかなかった。
欲をいえば具体的な返済計画も欲しいところであったが、今の時点でそれを求めるのが無理であることもタマルは理解している。
「戦時の話題はこれまでとして、今後は戦後のことに目を移していきたいと思います。
引き続き、洞窟衆に依頼したい案件がいくつかあります。
まず最初にお願いしたいことは、ガダナクル連邦全体の防衛力を維持するため、今後も軍事顧問という形で戦術的な指導を行っていただきたいということです」
「前むきに検討させていただきます」
ハザマは即答した。
引き受けることを前提として検討してはみるが、結論は保証できない、という意味であった。
そういう役割を果たすためには、まとまった人数が長期渡ってこの地に留まる必要がある。
人選や、当事者の同意を得る必要があったし、それ以外にも王国上層部の意向も確認して置かなくてはならない。
これまでの動きからか考えると、王国はどうもこの周辺が政治的な安定をしていることを望んでいるようであったから、おそらくはそういう形で洞窟衆がガダナクル連邦に協力することは問題視はされないだろうが……それでも、洞窟衆が独断で決めてしまうこと自体を取り沙汰してくる者が出てくるかも知れない。
形だけではあっても、正式に返答する前におうかがいをたてておくべきであろう。
と、ハザマは判断する。
「よい返答をお待ちしております」
ハザマの反応を予測していたのか、ハイデアル王子はあっさりと頷いて次の話題に移った。
「次に、各種の技術供与と人材育成事業についてなのですが……」
分かりやすいところでは、風車塔の建造に必要な部材の生産に必要な技術の供与からはじまって、それ以外にも読み書きや初歩的な魔法などを教えるための人員を洞窟衆からする、という案件である。
こうして正式に交渉をはじめるまでもなく、一部ではすでに開始されている案件ではあったが、今回はそれを「ガダナクル連邦対洞窟衆=ハザマ領」という枠組みで明文化したいということらしかった。
そうした知識や技術の供与は別に洞窟衆でなくても可能なはずであったが、洞窟衆はハザマ領内で、ごく短期間のうちに多種多様な分野の人材を実用に耐えるレベルまで育成してきた実績がある。
今後、ガダナクル連邦内の産業を振興させるためには、それにあやかりたいところであった。
「こちらから実際に提供できる人数などについては、ハザマ領内に問い合わせを行わないと返答できませんが、その件についても前むきに検討させていただきます」
ハザマはやはり、前の件と同じような返答をする。
事前に仲間内の意見を統一させていない以上、明確な意志を表明するわけにはいかないのだった。
報酬やこちらに滞在する期間など、具体的な条件なども打ち合わせを行わないと、どれくらいの人数が集まるのかも判断できやしない。
その他、細かい案件についてもいくつかハイデアル王子から提案され、ハザマはその度に「持ち帰って前むきに検討する」という返答を繰り返した。
ハザマとしてもこのガダナクル連邦には早々に立ち直って貰いたいところであったが、ハザマ領内だってまだまだ新規立ちあげのための普請中であり、どれくらいの人的なリソースをこちらに割けるものか、仲間内で相談してみないことには確定できない。
明瞭な返答はできなかったものの、ハザマが明確に拒絶する風でのなかったことで、ハイデアル王子をはじめとするガダナクル連邦の人々はどうにか安心しているようだった。
「これは、明確な要求というよりは、もっと漠然とした希望として受け止めていただきたいのですか……」
ハイデアル王子からの要求が一段落したところで、ハザマは切り出した。
「……こちらとしても、ガダナクル連邦に期待するところがいくつかあります。
まずは、農産物の増産」
「いわれるまでもなく」
ハイデアル王子は頷く。
「風車塔の量産が本格化してくれば、これまで手つかずであった土地の開墾が進むでしょう。
一年二年ではたいした成果は出ないかも知れませんが、数年後からは収穫高も徐々にあがっていくものと予想しております」
ここであえて「数年後から」という条件をつけているのは、たとえ風車塔の整備が進んで水利がよくなっていったとしても、それだけで作物が実るとは限らないからであった。
実際には、土壌の改良などの煩雑な手入れを年単位で行わないと、まともな収穫は望めないものと予想している。
また、このまま、食料を外部からの輸入だけに頼っているようでは、財政的な意味でもガダナクル連邦は破綻してしまう。
ハザマに指摘されるまでもなく、連邦の領土内での食料自給率をあげることは、大きな課題であった。
「それと、輸送力の強化。
具体的にいうと、荷馬車を牽くような馬をもっと殖やして欲しいです」
ハザマは、そう続ける。
「これも、風車塔によって餌場の面積を増やしていけば、決してできないことではないはずです」
「確かに、現状では輸送力が大いに不足していますね」
ハイデアル王子も頷く。
「馬というものは人間の都合でいきなり殖えるものでもありませんが、できるだけ対処するつもりです」
現状でも馬車が足りず、付与魔法をかけた人間が手運びで荷物を運んでいるような状態であった。
これも、ハザマにいわれるまでもなく対処すべき問題だろう。
ガンガジル王国は名馬の産地として近隣に知られているくらいだから、そちら方面のノウハウもあるはずだった。
「それと、こちらのガダナクル連邦内で、大規模な製紙と印刷工場を整備していただきたい」
最後に、ハザマはそう要求した。
「必要となる経費の何割かを、こちらで負担してもかまいません。
正直、この部門はずっと洞窟衆内部だけでやり続けたいくらいのおいしい商売なのですが、いかんせん、現状では需要と供給のバランスが大きく偏っております。
ここいらで供給の方を大幅に増やしておかないと、今後なにかとやりにくい。
手っ取り早く収入を得ることが可能な事業ですし、そちらにとっても十分に利がある案件になると思いますが」
事実上、共同事業の打診であった。




