若き為政者たちの問答
三人の要人の中でも、アズラウスト・ブラズニア公爵は一番奇妙な動きを見せていた。
そもそも、実質上に独立国家の首長である公爵家当主自身が、自国を長く離れるということは、通常、あまりしない。
日数を限定するわけでもなく、目的も明瞭でないままこんな、なにもない場所に長逗留するということ自体、責任のある地位に就いている人物の行動としてはかなり異例であるといえる。
そのアズラウストがこのゴドワでなにをしているかというと、街道整備公団の者たちに魔法兵としての教練を行っていた。
「公爵自身が手ずからするべき仕事でもなかろうに」
と、バイデアル王子などは思ってしまう。
兵士の教練などの仕事は、配下の者に任せておくのが一般的だ。
少なくとも、数万から数十万単位の領民を抱える領主がするべき仕事ではない。
バイデアル王子だけに限らず、一般的な基準に則しても、アズラウストのやり方はおかしいといえた。
「とはいえ、常雇いの兵士を維持できる状況というのが、普通ではないからね」
アズラウスト自身は、そう説明をする。
「当地でこの状況が長続きをするのだとすれば、それに応じた兵士たちの運用法も必要になってくる。
高度に専門化された兵種を揃え、状況に応じてそれを使い分ける。
そうした方が、なにかと使い勝手がいい」
「夢物語だな」
そうした発想を、バイデアル王子は一蹴した。
「高度に専門化された、といえば聞こえはいいが、要するに専門バカを意図的に作るということだ。
非常時において、最適な能力を持った人間を即座にその場に投入することが可能かといえば、現実には難しい」
アズラウストは、こちらに来てから頻繁に会食などに誘い、バイデアル王子と接するようにしていた。
ニライア姫との婚姻が成れば、バイデアル王子とアズラウストは義理の兄弟、親類ということになる。
それを気にかけてか、積極的に交渉する機会を作っているらしい。
「兵などというのは、愚直で素直でありさえすればよい」
それが、バイデアル王子の認識だった。
「こちらの命令に疑問を抱かず、犬死にせよといえばそのまま犬死にしてくれる。
それくらい素直な方が、なにかと使いやすい」
能力よりも、忠誠心。
多少の能力差なども、個人間では大きな問題になっても、集団となればそんなに意味はなくなってくる。
大軍を指揮する立場としてみれば、従順に命令をこなす人間をどれほど用意で出来るのか、という部分の方が兵士たち個人の能力よりも重要だった。
勝敗は、結局兵力差と士気の高低によって決まることが多く、兵士個々の能力差は誤差程度にしか影響しない。
そうした、ある意味では身も蓋もないリアリズムが、バイデアル王子をはじめとする、この世界の支配者層の間で信じられている共通認識になる。
「これまでは、そうだった」
アズラウストは、すぐにバイデアル王子の発言を否定しなかった。
「しかし、これからはどうでしょうかね?
ここでは、というより、洞窟衆の影響下にある場所では、以前とはかなり条件が違って来ますから」
「優位の兵力、常備軍を養える、ということか?」
バイデアル王子は、即座に反応する。
「その部分は、他ではすぐに真似出来ないことは確かだが」
数万から数十万の人間を、生産性のない事業に投入し続ける。
つまりは、恒常的に養い続ける。
それだけ豊かな国というのは、ほとんどない。
この森東地域においても、比較的に近隣の地域に火種を抱えていること、それに加えて、将来的な展望を考慮した上で、常備軍を用意している。
一種のリスクヘッジとして、軍隊を作ろうとしている形であり、そうすることによって未来の損害を少しでも減らそうとする投資でもある。
かなり特殊な状況でなければ、こうした無駄はしない。
普通の為政者ならば、そんな、なにも生み出さない支出を好むことはない。
「それもありますが、極論をいえば、経済的に豊穣な土台さえあれば、常備軍は誰でも維持することが出来ます。
これまでは、各国の生産性がそこまで高くなかっただけで」
アズラウストは、平然とそういい放った。
「しかしこれからは、各国がわれわれの後を追うように動くでしょう。
そうしないと貧しくなる一方ですし、それに、そうする方がずっと理に適っているからです。
そうした経済的な要因だけではなく、専門に訓練された兵士、ああ、職業軍人、とでも呼ぶことにしましょうか。
平時でもずっと訓練を続けていますから、否が応でも練度は高くなります。
さらにいえば、適切な場所に配置するという問題も、街道と転移魔法札により解決が可能です」
「街道はともかく、転移魔法札、だと?」
バイデアル王子は目を見開いた。
「あんな高価なもん、そうそう数を揃えられるか!」
軍を動かすために使うとなると、それこそ数万とか数十万単位で一気に消費することが前提となる。
膨大な魔力を消費する転移魔法は、その魔力を札に封じ込めることが可能になった今でも、相応に高くつく。
「ですが、軍事的な必要性を考慮すれば、そんな、おおよそ馬鹿げた、非常識なまでの蕩尽も正当化される」
アズラウストは、そう指摘をした。
「いくら高価であっても、金で解決することが可能ならば、是非もなくそうする。
いくさの場では、そう判断される事例が多いことは、王子もよくご存じでしょう。
それに、緊急時に転移札を使うのは、最小限の精鋭だけでもあまり問題にはなりません。
一般的な兵士であっても、どこに配備されている兵士であっても、最低限必要な能力は持っている。
職業軍人の存在が前提となった国というのは、そうでなければいけません」
「あ、いや」
バイデアル王子は慌てて思案する。
「職業軍人、か。
仮にそうした人種が国土の隅々にまで遍在している状況が出来たとして、だ。
そうなると今度は、容易く反乱を起こされるのではないか?」
そうした兵士たちが遍在する、ということは、為政者の側から見れば、いつ反乱を起こされるのかわかったものではない、ということにもなる。
これまでは、つまり、職業軍人が存在しない社会では、地方領主など特定の有力者を監視していれば、用心としては十分だった。
しかし、職業軍人が存在する社会では、そもそも監視の対象が多過ぎて、意味のある監視も用心も可能であるとは思えない。
バイデアル王子は、そう思ったのだ。
「それは、軍事ではなく政治の問題になりますね」
アズラウスト王子はいった。
「その解決方法は、簡単です。
反乱が起こるような治世を、為政者側が行わなければいい。
領民たちが不満に思うようなことを、なにもしなければいいだけです」
「それは理想論だ!」
バイデアル王子は吐き捨てるような口調でいった。
「領民たちがどれほど傲慢で贅沢でわがままな存在か、国を治める人間ならば誰もが知るところだ!」
「必要以上に干渉をせず、豊かに暮らせるように取り計らえばそんなに不満は出ませんよ」
アズラウストは、そう指摘をする。
「軍人だけではなく、職人が増えて便利な仕掛けや道具が増えていけば、国全体も自然と豊かになります。
必要以上に税率をあげず、そうした流れに逆行しないようにすれば、税収も増えて領民の間にも大きな不満は出ません」
「公爵の土地ではそうだったのだろうよ!」
バイデアル王子は荒い口調でそういった。
「しかし、ガンガジル王国ではそうもいかない!
わが祖国は貧しいんだ!」
資金と人手を投入し続けなければ、耕作地の維持も難しい。
手をかけることを怠れば、すぐに荒れ地に返ってしまう。
ガンガジル王国の国土のほとんどの土地は、そうした厳しい土質を持っている。
こうした場所では、領民も国も、そう簡単に豊かになってはくれない。
「それもじきに、変わっていきますよ」
アズラウストは、平静な口調でそういった。
「現に、風車を利用した井戸が普及した地域では、土壌改良がはじまっていると聞いています。
いきなり状況がよくなるということはないでしょうけど、数年単位で見れば、いい方向へ変わっていくはずです。
それに、広大な土地を利用した牧畜などでは、ガンガジルは現状もかなりの利益を得ているはずですが」
「……そういう報告は、あるな」
しぶしぶ、といった感じで、バイデアル王子は認める。
「ただ、そうした変化が起こったのはおれが国を離れてからなので、詳細はよくわからない」
実感が湧かない、というのが、本当のところだった。
「国とは、それほど簡単に豊かになれるものなのか?」
そしてバイデアル王子は、ぽつりと感想を漏らす。
「豊かにならなければいけません」
アズラウストは、静かな口調で指摘をした。
「豊かにならなければ、これからは国としての体制を維持出来なくなるでしょう。
それに、他の国々にも簡単に遅れを取ることにもなり、最悪、周辺諸国に併合されてしまうはずです。
軍事衝突という形を取らなくても、国が滅びることは十分にあり得ます」




