バイデアル・ガンガジル王子の憂鬱
「どうしてこうなった」
バイデアル・ガンガジル王子はその場で頭を抱えこみたくなった。
「なんでここに姉上が!」
その前後、バイデアル・ガンガジル王子は、故国から引き連れて来た手勢とともにゴドワという洞窟衆の拠点を守る仕事に就いていた。
とはいえ、周辺地域には洞窟衆がすでに浸透している状態であり、実際には、ゴドワという拠点が敵対勢力に攻め込まれる心配はほとんどない。
必然的に、バイデアル王子の仕事は拠点の整備およびその周辺の雑事になる。
雑事、とはいえ、その内容は様々だった。
なにせここには、簡単な事務仕事をする人員にさえ、不足しがちな現状がある。。
そうした人員も、人数的にはそれなりに用意されて、現在進行形で増員に次ぐ増員をしているところだった。
が、そうして冒険者ギルドが手配をする人員は、実務経験に乏しい者がほとんどであり、見ているとはがゆくなるほどモタつくことが多かった。
バイデアル王子とその手勢は、困ったことに、次代のガンガジル王国を担う人材として鍛えられて来た人員になる。
そうした不慣れな者たちを見るにつけ、どうしても手出し口出しをせずにはいられなかった。
王国を統べる仕事と、洞窟衆の管理職とは、内容的に共通する部分が多い。
物資や人員、金銭の出入りを書類に記録する、いわゆる事務仕事である以上、共通しない部分の方が少ないくらいだ。
組織の管理運営ということに関していえば、バイデアル王子の手勢はそれなりの専門家であると、いってもよかった。
警備業務というのは、敵襲がない場合は暇を持て余すことになる。
その持て余した時間を利用して、仕事に不慣れな連中にあれこれと助言をしたり、などの手助けをするうちに、冒険者ギルドの方から、
「それでは、そちらの方の手間賃もお支払いしましょう」
という申し出を受け、結果としてそっちも正式な仕事になってしまった。
冒険者ギルドとしても、事務員や管理職の育成は急務であり、いくらかでも有用な存在を厚遇するべき理由は持っていた。
さらにいえば、バイデアル王子の手勢はそもそも荒廃した故国を立て直す資金を得るために出稼ぎに来ているわけであり、より多くの賃金を得られるというのなら文句をいうべき筋合いもない。
だが、ゴドワ周辺の物流量は、バイデアル王子の想像を超えて増え続けていった。
洞窟衆が進出する土地が広がれば広がるほど、新しい街道が整備されればされるほど、ゴドワでの仕事は増え続ける。
すぐに増員、あるいは、すでに仕事に就いている人員が熟練していく速度を凌駕するほどに、事務仕事の方も増え続けた。
ゴドワで仕事に就いている者たちも、再三、冒険者ギルドに意見を出している。
ゴドワを通過する物量自体を減らすか、それとも事務員の質と量を根本的に改めるか。
そのどちらかにしてくれ、というわけである。
そうした声を応える形で送られてきた人員を出迎えて、冒頭の光景となる。
やって来たのは、メキャムリム・ブラスニア姫とその兄のアズラウスト・ブラズニア公爵。
それに、バイデアル王子の実の姉である、ニライア・ガンガジル姫。
もちろん、ブラズニア公爵家の兄と妹は、大勢の手勢を引き連れていた。
メキャムリム・ブラズニア姫は洞窟衆の首領、ハザマの婚約者であり、ブラズニア公爵はニライア・ガンガジル姫と婚約している。
三人とも、かなりの重要人物といえた。
洞窟衆という組織から見れば、ということだが。
バイデアル王子がその顔ぶれを見て驚くのも、決してゆえなきことではなかったのだ。
「なんでといわれても」
ニライア姫はそういって、首を傾げた。
「ええと、こちらでの出来事も、ちゃんと身近に見ておきたかったから、かなあ。
頼まれたわけではないけど、ここで起こっていることはちょっと前例がない。
後々のためにも、きちんと記録しておいた方がいいかな、と」
そういえば。
と、バイデアル王子は思い出す。
この姉は、ガンガジル動乱について各方面に対して詳細に取材した上、実録した著作を執筆しているとの噂を耳にしていた。
バイデアル王子が知るニライア姫は、身内に等閑視されて城内の目立たない場所に引きこもっているような人物であり、そうした才覚を持っていたことを意外に感じた記憶がある。
その著作が完成したとか出回った、という噂は聞いたおぼえがないが、つまりは、そういうことに興味と資質を持っていたのだろう。
「ぼくはねえ、その護衛」
アズラウスト・ブラズニア公爵は快活な口調でいった。
「と、いいたいところだけど、実はうちも少しはこちらで功績を立てておかないととね。
これからのことを考えると、存在感を出しておかないと、将来的に困ったことになりかねない」
独立を宣言したばかりのブラズニア公爵家は、現在、微妙な位置にいる。
そのことは、バイデアル王子も知っていた。
存在感を出しておきたい。
つまりは、対外的にアピールをするべき実績を作っておきたい、ということだ。
そうした思考は、バイデアル王子にも十分に理解が出来た。
「こちらは、流通網、その効率化というか梃子入れですね」
メキャムリム姫は、バイデアル王子にそう説明をする。
「これからは、直接森東地域に居て陣頭を指揮した方がいいと判断をしましたので。
森東地域内で安全が確保されている場所であればどこでもよかったのですが、今の時点ではこのゴドワがなにかとやりやすいとのことで」
このメキャムリム姫のいうことも、納得するしかなかった。
メキャムリム姫は、流通管理の名人だといわれている。
その噂は、バイデアル王子の耳にも届いていた。
王国と洞窟衆が関わってきた数々の戦乱も、このメキャムリム姫の名人芸がなければ成立しなかったともいわれるほどの人物なのだ。
バイデアル王子に限らず、メキャムリム姫の名人芸については、かなり広く知られている。
「ということで、しばらくお世話になるよ!」
困惑するバイデアル王子に、アズラウスト・ブラズニア公爵が明るい口調で声をかける。
「将来的には義理の兄弟になるわけだし!」
うわあ。
と、バイデアル王子は内心でたじろいた。
ニライア姫とブラズニア公爵との婚姻が成立すれば、必然的にそう、なるのだ。
これまで理解はしていたが、努めて意識から排除していた可能性を突きつけられて、バイデアル王子は動揺した。
このアズラウストとメキャムリム姫とは、一応顔と名前くらいは知っているが、これまで正式に、改めて名乗り合うような機会がなかった。
洞窟衆に関連する人間は数が多く、敗戦国の出身であるバイデアル王子自身は、その中でも特に重視されているわけでもない。
この兄妹のような重要人物に対して、わざわざバイデアル王子を引き合わせ、紹介しようとする人物など存在しなかったからだ。
そして、実の姉であるニライア姫のことを、バイデアル王子はこれまで軽視して来た経緯がある。
バイデアル王子だけではなく、ガンガジル王国ではほとんどの人間がニライア姫のことを重視していなかった。
そうした引け目も手伝って、バイデアル王子は複雑な心境になっている。
「ゴドワを洞窟衆から預かっているだけの身ですが」
バイデアル王子はいった。
「可能な限り快適な生活が送れるよう、取り計らいます」
内心の動揺をどうにか表に出さなかったのは、これまで王族として育てられて来た成果だった。
三人の中では、メキャムリム姫が引き連れていた人員が一番最初にめざましい活躍を見せた。
ゴドワ周辺の各地に散ったかと思うと、紙挟みを手に物資の数を検め、それが済んだら即座に人足に指示を出してどこかに運ばせる。
搬送先のどこか、とは、近くの倉庫である場合もあったし、もっと遠く離れた場所に送られることもあった。
数多くある倉庫にもすべて立ち入り、検品と整理をはじめた。
そうした作業の最中も、頻繁にどこかと通信を取り、打ち合わせをしながら作業している。
このゴドワ周辺のみ限らず、関係各所と随時連絡を取りながら、必要な場所に必要な物資を無駄なく運んでいるのだと、しばらくしてバイデアル王子はそう悟った。
このメキャムリム姫の一党は、おそらく、かなり広い範囲で各種物資の現在地を把握し、その数量を制御している。
そのことに思い当たった時、バイデアル王子は目眩がしたかのような錯覚に陥った。
バイデアル王子が知る物流や兵站の概念の、遙かに先を行っていると、そう理解したからだ。
通信を活用することで各地の物資量を連絡、把握し合い、その上で実際に運ぶべき数量を決する。
そんな肌理の細かい作業を普通にやっているのだとすれば、メキャムリム姫の一党はバイデアル王子たち凡俗のはるかに未来を生きていることになる。
姉のニライア姫は、テンロ教徒だという粗末な服を着た者だけを連れて、身軽にどこへでも姿を消していた。
場合によっては、数日ゴドワを留守にすることも珍しくはない。
統治者の側からはほぼ例外なく疎んじられるテンロ教徒をわざわざ連れ歩くこと自体、かなりの酔狂に思えたが、それ以上に、仮にも王族の姫たる者が身軽にどこへでも出かけていく様子を、バイデアル王子は半ば呆れながら見ていた。
なんでも、身分を問わずにそこいらの人間を捕まえてはあれこれと訊いて回っているのだ、という。
取材、とか説明されたが、バイデアル王子はそんなことが一体なんの役に立つものか、まるで理解出来なかった。
バイデアル王子がもう少しニライア姫のことを重んじていれば、そんな危ない真似を絶対にさせなかっただろう。
実際には、バイデアル王子はニライア姫の身を案じる気持ちが少なかったので、積極的に止めようともしなかった。
ニライア姫の婚約者であるブラズニア公爵も、そうしたニライア姫の奔放さに掣肘をかけることなく、やりたいようにやらせている。
ブラズニア公爵は、なぜニライア姫の行動を止めようとしないのか。
このことも、バイデアル王子のとっては理解の外になる。
とにかくその三人は、バイデアル王子が知る王侯貴族とは、まったく別の規範で動いているようだ。
バイデアル王子はすぐに、そう察した。




