変貌の片鱗
「あんたのような野蛮人になにがわかるの!」
交渉要員のビステは叫んでいた。
「戦うことしか取り柄がない癖に!」
「そいつは否定しねえけどよ」
ヴァンクレスはしごく真面目な態度で、そう受けた。
「その野蛮人にだって、こっちが圧倒的に優位に立っている時、ことさらに偉そうな態度を取ることが得策じゃあねってことはわかる。
もっとこう、余裕を持った態度でいた方が、相手の側が自然に折れてくれる形に収まるんじゃねえか。
こっちじゃあ、洞窟衆が圧倒的に強力な勢力であるってのは、誰の目から見てもわかるだろう?」
「ぐ」
そういわれて、ビステは二の句が継げなかった。
軍事面でもそうだが、豊富な物資とそれを的確に流通させる管理能力や経済力など、この森東地域にひしめく諸勢力の中で、洞窟衆がかなり巨大な存在であることは、すでに周知の事実となりつつある。
それを強く印象づけたのが、他ならぬ目前のヴァンクレスも参加した、アゴウルとバネマ、二つの港町を一気に、ほぼ一日のうちに制圧した作戦だった。
同一の勢力がこれほど短期間のうちに、二つの町を制圧するというのは、この時代の常識でいうとかなり異常なことといえる。
一つの町を制圧するのでさえ、数日から場合によってはもっと長期間に渡ることがある。
それが、ごく普通の感覚だ。
異常というか非常識というか、この二つの港町を日付が変わらないうちに二つとも、それもほとんど損害らしい損害も与えずに手中に収めたという事実は、結果として洞窟衆という勢力の異質さを強く印象づける結果になった。
そんな異常な洞窟衆が、進出してきた地域の住人に対して尊大な態度で接することは、決していい結果を生まないだろう。
というのが、ヴァンクレスのいい分だった。
「いくさでもな。
どう見たって優位に立っている時には相応の、余裕を持った態度ってもんがある」
ヴァンクレスは、そう続けた。
「洞窟衆はどこからどう見ても強いわけでな。
だったらなおさら、態度の方も落ち着いた、余裕のあるもんにしておかないと、相手をする側が無駄に怖がるだろう。
そいつは、今後に悪い影響が出るんじゃないか?」
洞窟衆はすでに、この時点で圧倒的な優位に立っていることを証明しつつある。
だとすればなおさら、洞窟衆の側から威圧をするような真似は控えるべきだ。
反感を買うような真似をしても得るところはほとんどないし、この東森地域の連中の神経を逆撫ですることは、デメリットこそあれメリットはほとんどない。
ヴァンクレスの主張をする内容を言語化すれば、そういう意味になる。
「声を怒らせて相手を威嚇するのは、三下がやることだ」
ヴァンクレスは、静かな口調でいった。
「お前さんは洞窟衆の名代としてここに立っているわけでな。
そんなお前さんがそんなチンピラまがいの真似をする意味なんかどこにもねえだろう」
優位に立っている者には、それにふさわしい振る舞い方がある。
ヴァンクレスの主張する内容は、つまるところそれに尽きた。
そうした態度を取っておかないと、かえって対面した相手に軽視されるのだ。
そうしたことを、多くの戦場に立ってきたヴァンクレスは、自然と学んでいた。
この森東地域の中で、洞窟衆の存在感のことを振り返ってみれば、必要以上に威圧的に振る舞うべき理由はほとんどない。
そんなことをしても現地住人の反発心を刺激するだけであり、有害でしかないのだ。
「でも!」
しばらく二の句が継げなかったビステが、ようやく口を開いた。
「力ある者には、相応の振る舞いがあるでしょう!」
「あんたのいう力っていうのは、洞窟衆という集団が持つもんだ」
ヴァンクレスは冷静に指摘をした。
「ここで優位に立っているのは洞窟衆って集団であって、別にあんた自身じゃない。
洞窟衆が強いからって、あんたが偉そうな態度を取っていい理由にはならねえんじゃねえか?」
とくとくと説明しながら、ヴァンクレスは、
「なんでおれがこんなわかりきったことを説明しなけりゃならないんだ」
と、内心ではかなり辟易している。
背後に存在する洞窟衆の力を自分のものと錯覚して威張る。
交渉要員という連中は、こんな小者ばかりなのだろうか?
「あなたのいい分は理解しました」
何度か深呼吸をした後、ビステはヴァンクレスに対してようやくそういった。
「一理あるとは思いますが、この場で、大勢の部外者が居る前でわざわざ指摘をすることではないと思います。
このことについては、上の方に報告させて貰います」
「好きにするさ」
ヴァンクレスはそう返した。
正直、そんなことはどうでもよかった。
ただ、このビステのような連中が横行するようになると、これまで居心地がよかった洞窟衆も、かなり様子が違ってきそうだな。
という、漠然とした危惧は、抱きはじめている。
古参の連中とは違い、後から入ってきた連中は、強大な洞窟衆しか知らない。
その強大な洞窟衆の力を、自分のものと錯覚する連中がこれからも増えてくるとすれば。
「なんだかそいつは、酷くつまらねえな」
と、ヴァンクレスは思うのだった。
この一件に関して、後でいくつかの波紋が起こった。
交渉要員のビステは、ヴァンクレスにいった通りに、
「重要な交渉の場で、なんの権限もないヴァンクレスがしかじかの横車を入れて邪魔をしてきた」
といった内容を報告する。
洞窟衆上層部は、ビステを交渉要員から外し別の部署に回すことによって対処した。
ヴァンクレスが指摘した通り、
「この時期にわざわざ現地勢力を刺激するような言動を取る人間は、交渉要員として不適切である」
と、そう判断された形だった。
摩擦を少なくして洞窟衆側の思惑に相手を乗せることが、交渉要員の第一の目的になるわけで、かなり順当な判断といえた。
しかし、このビステを事実上切り捨てにした洞窟衆の判断に対して、同情的なまなざしを送る一派が、洞窟衆の中にも出来はじめていた。
同情は同情でしかなく、そのことを理由に今すぐ仕事に支障を来すようなこともないのだが、どうやらヴァンクレスが重要な交渉の場で口を出してきたことにたいして警戒をする一派が、存在するらしい。
この場合、そう指摘をしたのがヴァンクレスである、ということが、問題視をされているようだった。
ヴァンクレスは、洞窟衆の中でも随一の功績を誇り、知名度も高い人物だった。
その、これまではあくまで自分の領分にしか関心を示さなかったヴァンクレスが、他の部署のやることに口を出してきた、という事実を重視している形になる。
ことの正否はこの際どうでもよく、洞窟衆内部でのヴァンクレスの影響力がこれまで以上に大きくなるのを警戒している人間は、意外にも多かった。
ヴァンクレス自身がそのことを知れば、
「馬鹿馬鹿しい!」
と一蹴するだけのことだったが、ヴァンクレスのひととなりをよく知らない人間ほど、そうした無駄な心配をしはじめている。
この時点で巨大な組織となった洞窟衆は、内部でそんな疑心暗鬼を抱く、そんな組織にもなりつつあった。
人間が三人集まれば政治がはじまる、との俗諺があるが、洞窟衆もその例外ではなかった、ということになる。
いや、ほとんど身元を確かめることもなく、多種多様な人材を吸いあげ続けている洞窟衆であるからこそ、そうした側面や性質も自然に強くなる、という傾向はあるのだろう。
洞窟衆も人間の集団である以上、そうした、ある意味ではくだらない内部抗争の場となることは、避けられないようだった。
これまでは、要求される仕事量が多すぎたので、そうした足の引っ張り合いにまで手を出している余裕を持つ者はほとんど目立たなかったわけだが、森東地域にまで勢力圏を拡大したおかげで、隅々まで上層部の意向が通達しきれず、同時に目が届かない部分も徐々に大きくなってきている。
こうした変質が洞窟衆の姿をどのように変えるのか、この時点で予見できる者はどこにもいなかった。




