交渉要員のビステ
五つの港町を短期間のうちに使用可能にした洞窟衆は、怒濤のごとくそれらの港町に輸送船を着けはじめた。
それらの港町はもともと、規模としてはさほど大きくはない。
その大きくはない港町に次々と絶え間なく船が着いては荷を降ろして帰って行く。
その日を境に、それまでの十倍、まではいかないまでも、数倍の量が荷揚げされるようになったわけで、そうした港町の住民たちは突如増えた作業量に忙殺されるようになった。
起重機などを活用して荷下ろし自体の効率化が図られても、港に降りた荷をさっさとどこかに移動させねば次の荷物が降ろせない。
そうなると結局、町の外に急遽作った置場にまで短時間のうちに運び出す方法を工夫しなければならなかった。
街路の整備や場合によっては、町中に専用道を用意するなどの大規模な開発も必要になってくるのだろうが、そうした方策には金も時間も必要で、少なくとも急場に間に合う対策とはいえない。
強引だが短期的に実現可能な対策として、人海戦術を採用するしかなかった。
具体的にいえば、冒険者ギルドを介して人を集め、そうした陸上輸送に関する問題の解決を図った形になる。
こうした荷物のほとんどは穀物や缶詰などの食料であり、そうして大勢の、場合によっては洞窟衆が介入する以前の人口、その数倍にもなるよそ者を集めても、少なくともすぐに破綻することはなかった。
そうして集まってきた者たちは、仕事があるから呼び込まれたわけであり、いいかえれば立派な購買能力を持っているということになる。
人間が一気に膨れあがったことによる摩擦や軋轢は、当然いずれは顕在化してくる可能性は大きかったが、少なくとも当面はみんな、従来の住人も、新参者の労務者も、目前の仕事が忙しくてそれどころではなかった。
小さな港町に、ごく短期間のうちに数万単位の人間が集まって来れば、衣食住に関しても相応のものを用意する必要が出てくるわけで、そのうちの食糧や衣服を含めた日常の消耗品などは洞窟衆が運んで来る荷物、その一部分を充てればだいたい解消可能であったが、住居だけは地元の人間がなんとかするしかない。
当然のごとく天幕などを多用することになったが、そうした簡易住居は短期間ならばともかく、長く人間が居住するのには不向きでもあった。
当然の帰結として、それら港町の周辺には住宅を含む新たな建物を多数、建築することが計画される。
場当たり的に建物が増殖し、市街地が広がっていくような形ではなく、かなりしっかりとした都市計画に基づき、動線や上下水道の整備までも考慮した拡張計画が必要とされ、これまた当然の帰結としてハザマ領開発のノウハウがこちらでも活かされることになった。
ハザマ領の開発は、大小様々な目新しい技術の実験場という側面もあったわけだが、そうした場で経験を積んだ技師たちが多数、こうした港町に招聘されて、都市拡張計画の陣頭指揮を執りはじめる。
そうした拡張計画が実現するのはまだ少し先になるだろうが、ともかくこれらの港町では人口と仕事の急増による好景気が訪れ、誰も彼もが多忙な状態になった。
ことの是非、これから先、自分たちがどのような境遇に陥るのか。
そうした想像力を働かせる余裕すらなく、ただひたすらに目の間に飛び込んでくる仕事を消化し、相応の報酬を得て、その報酬を散財した。
洞窟衆がもたらした影響は甚大で、しかし、急に誰も彼もが小金持ちになりはじめたため、こうした状況を批判的に見る者はほとんどいなかった。
一言でいえば、これら港町の住人たちは洞窟衆という巨大な機構に見事に絡め取られ、わけもわからず翻弄されている形になる。
この時期に洞窟衆が傘下に収めた五つの港町は、洞窟衆から見れば森東地域を安定させるための補給基地でしかなかった。
しかし、こうした港町の住人にとって、洞窟衆に入ったという事実は、だいたい以下の二つの変化に集約される。
金回りがよくなり、港町の規模が一気に大きくなった、と。
こうした好景気をもたらした洞窟衆のことを、敵視したり批判的な目で見る者は、皆無とはいわないがほとんどいなかった。
こうした港町の開発、というよりは、改良と並行して、トエスやヴァンクレスらは交渉要員を引き連れて移動し続けている。
五つの港町とゴドワ、ブビビラ村とを繋ぐ動線を確保し、最終的には長く使える街道を整備したいと考えていたからだ。
内陸部の物流は、量的な面で見れば陸上の輸送よりも水運の方が、比重的に多い。
一度に積める荷物の量は、馬車よりも船の方がよほど多かったからだ。
恒常的に運べる量の問題は別として、洞窟衆としては陸路も決して軽視していなかった。
森東地域では、どうした加減かこれまで大きな権力を持った為政者が出てこなかっため、包括的に交通網の整理がかなり遅れていたこと。
それに、洞窟衆自体の組織的な体質として、交通や通信に関しては、線よりも網状に整備しようとする指向性を持っていたためだった。
経路を複数用意しておけば、そのうちのどれかが断線したとしても、迂回路に待避するだけであり、機能不全になる可能性が少なくなる。
また、道さえ整備しておけば、文物の動きも自然と活発化し、それは森東地域全体の未来にもいい影響を与えるはずでもあった。
洞窟衆が、最終的には森東地域を安定させることを目指している以上、誰でも安心して通行できる街道の整備は、むしろ必須といえた。
理屈はそれでいいとしても、それを実現させるためには、あまたの障害が存在しているのだが。
「ですから!」
冒険者ギルドから派遣されてきた交渉要員は、感情を爆発させる一歩手前だった。
「絶対、あなたたちのためになる提案なのです!」
見てらんねえな。
と、背後に控えていたヴァンクレスは思う。
基本的に、ヴァンクレスは細かく物事を考えるのが苦手だった。
この手の交渉というのは、つまるところそうした細かく、様々な用件を思案しながら行う必要があるわけで、本来であればヴァンクレスが口出しをしたくなるようなものではない。
そのヴァンクレスにしても、交渉が一種の戦いであることは理解していた。
交渉とは、こちらのいい分を相手に呑ませるか、その反対に相手にいいくるめられてしまうのか。
単純化してしまえば、その二通りの結果しかない。
その戦いの場で感情的になることは、ヴァンクレスにいわせれば下策でしかない。
感情的になるのは、いい。
ヴァンクレスは、そう思う。
だが同時に、その感情をうまく御して使いこなせないようでは、勝てる戦いにも勝てない。
この交渉要員は、まだ年若い娘だった。
洞窟衆の中では、若年の女性が責任のある地位を任されることも決して珍しくはないのだが、この娘にはどうもヴァンクレスが知っている洞窟衆の少女たちとは、決定的に違うものがあるようだった。
どうすっかな。
と、ヴァンクレスは考える。
ヴァンクレスの役割は、この交渉要員の護衛だった。
ヴァンクレス自身は、
「洞窟衆側が出した人間が、現地の人間に舐められないように睨みを利かせる」
役割だと、理解している。
背後に控えていて、いざという時にだけ役に立てばいい。
ただそれだけの役割だと、理解してはいるのだが。
どうにも、見てられねえな。
ヴァンクレスは、そんな風に思いはじめている。
今回の交渉も、周辺の有力者を集めて、このあたりを貫通する街道を整備する。
そのことに理解を求めるための会合であった、はずなのである。
これまでに、どうにかこの周辺でも広まりつつあった洞窟衆の名前があったので、どうにかこの会合に集まってくれた人間は多い。
だが、そんな場で、
「黙ってこちらのいい分を丸呑みしてればいい」
なんて正面切っていっちまったら、まとまるもんもまとまらねえだろう。
「なあ、ビステさんよう」
あれこれぐだぐだと悩むのは性分ではなかったので、ついにヴァンクレスはその交渉要員の背中に言葉をかけた。
「そのやり方は、あんまりうまくねえな。
誰だって、上からの物いいをされたら気分がよくねえし、ついつい逆らいたくなるってもんだ」
おそらく、この場でこんな風に声をかけられるとは思わなかったからだろう。
ビステは一度大きく身震いをしてから、背後を振り返る。
「な、なんですかいきなり!
しかもこんな場で!」
交渉要員のビステは、さらに大きな声をあげた。
「この会合は、護衛のあなたなんかが口を出せるような場ではありません!」
「おれに口出しをする資格がないなんてのは、先刻承知だ」
ヴァンクレスは、静かな口調でいった。
「それを承知した上で、あえて口出しせずにはいられなかった。
それだけ、あんたのやりようは酷く拙い」
「な!」
交渉要員のビステは、恥辱に顔を朱に染めて絶句した。




