6話 いつも通りに
それから一週間。
エレノアは、ずっと考えていた。
ジュリアンに、どう接すればいいのだろう。
今まで通りでいいのか。
それとも――。
何度考えても、答えは出なかった。
今までなら、ジュリアンが女遊びをしているという噂を聞けば、呆れたり、腹を立てたりしていた。
けれど今は違う。
あの噂の裏に、別の理由があったのだとしたら。
セリーナと会っていたのも。
娼館へ出入りしていたのも。
すべて、何かのためだったのだとしたら。
(……私、何も知らなかったのね)
そう思うと、今までジュリアンに向けていた言葉まで、少しだけ申し訳なく思えてくる。
けれど、だからといって、急に態度を変えるわけにもいかない。
今まで散々冷たくしていた自分が、突然優しくなったら不自然だ。
それに――。
エレノアは、父のことを思い出した。
以前、ジュリアンについて尋ねたとき。
父は、明らかに何かを知っていた。
『お前が心配するようなことはない』
そう言った。
あのときは、ただ女遊びの噂について答えているのだと思っていた。
けれど、今なら分かる。
(……お父様も、知っていたのね)
ジュリアンが何をしているのか。
『……まあ、色々と事情があるんだ』
だから、あのとき言葉を濁した。
エレノアは膝の上で手を握った。
(だったら、やっぱり私から聞いてはいけないわ)
ジュリアンにも。
父にも。
きっと、話せない理由がある。
それなら、自分は何も知らないふりをしているべきなのだろう。
けれど――。
あの冷たい瞳が、頭から離れない。
自分の知らないところで、何か危険なことをしているのかもしれない。
そう考えると、今までのように「勝手にすればいい」なんて思えなかった。
(……ジュリアン)
知りたいと思った。
もっと、彼のことを知りたいと思っていた。
なのに、いざ知ってしまうと、怖くなる。
それでも、エレノアは一つだけ決めた。
ジュリアンには、今まで通り接する。
少なくとも、自分が何かを知っているとは悟らせない。
それが一番いい。
◇ ◇ ◇
そして週末。
いつものように、ジュリアンが侯爵家へやって来た。
「やあ、エレノア」
「……こんにちは」
顔を合わせた瞬間、エレノアは緊張した。
いつものジュリアン。
だが何を話していいかわからない。
「……」
「……エレノア?」
「何です?」
「いや」
ジュリアンが不思議そうにこちらを見る。
「なんか、今日のお前変じゃない?」
「……!」
エレノアの心臓が跳ねた。
「そ、そんなことありません」
「そう?」
「ええ」
「ふーん……」
ジュリアンはしばらくエレノアを見つめていた。
エレノアは視線を逸らす。
(気づかれてはいけない)
そう思うほど、どうしても意識してしまう。
そんなエレノアを見て、ジュリアンは小さく息を吐いた。
「……まあ、いいけど」
「何ですか?」
「いや」
ジュリアンはいつものように笑った。
「先週、先に帰ったから怒ってるのかと思った」
「別に、怒ってません!」
「怒ってんじゃん」
「違います」
「いや、今のはどう考えても怒ってるだろ」
「違います。怒ってないのに、怒ってるって言われたから怒ってるんです」
「……それ、結局怒ってるじゃん」
「だから! あなたが余計なことを言うからでしょう!」
「はいはい」
「何です、その返事は!」
ジュリアンは楽しそうに笑った。
「やっといつものエレノアに戻ったな」
「……!」
エレノアは言葉に詰まった。
ジュリアンは私が知ってることを知らない。
今までと同じように、自分をからかっているだけ。
なのに、そのことが少しだけ嬉しかった。
「……そういうあなたは、いつも通りですね」
「何だよ、それ」
「別に」
エレノアは小さく笑った。
少しだけ肩の力が抜ける。
これまで通りにしていればいい。
少なくとも、今は。
「そういえば」
エレノアはふと思い出したように口を開いた。
「騎士団のお仕事はいかがですか?」
「……え?」
ジュリアンが目を瞬いた。
「何?」
「騎士団のお仕事です」
「いや、それは聞こえたけど」
ジュリアンは不思議そうにエレノアを見る。
「エレノアがそんなこと聞くの、珍しくない?」
「そうですか?」
「うん。今まで一度も聞かれた記憶がない」
「……そうでしたっけ?」
「何かあった?」
「特にありません。ただ、婚約者なのですから、少しくらい聞いてもいいでしょう?」
「まあ、それはそうだけど」
ジュリアンは少し考えてから答えた。
「特に変わらないよ。訓練したり、警備に出たり」
「そう……」
「最近は王都の警備が少し増えてるかな」
「何かあったのですか?」
「大したことじゃないよ」
ジュリアンはいつものように笑った。
「念のためってところかな」
「そうですか」
エレノアはそれ以上聞かなかった。
――聞けなかった。
けれど、ジュリアンの言葉の一つ一つが、以前とは違う意味を持って聞こえる。
警備。
巡回。
王都。
そして、その裏で彼が追っているもの。
「……」
エレノアが黙っていると、ジュリアンがふと彼女の髪に目を向けた。
「あれ?」
「何です?」
「この間買った髪飾り、つけてないんだ」
エレノアは少しだけ目を見開いた。髪飾りのことなんて、すっかり忘れていた。
「……はい」
「気に入らなかった?」
「いえ。気に入っています」
「じゃあ、つければいいのに」
「……」
エレノアは自分の髪に触れた。
「まだ、一度もつけていないだけです」
「ふうん」
ジュリアンは少し笑った。
「次に会うときは、つけてよ」
「どうしてですか?」
「見たいから」
「……」
「それに、せっかく買ったんだから」
「……分かりました」
「ほんと?」
「ええ」
ジュリアンが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、楽しみにしてる」
「そんなに楽しみにするようなことではないでしょう」
「俺にとってはそうだけど?」
「……」
エレノアは返す言葉に困って、視線を逸らした。
来週。
あの髪飾りをつけよう。
そう思った自分に、少しだけ驚いた。
それでも、彼が喜ぶなら――と思ってしまった。




