↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/22

4話 街歩き

翌週の週末。


 約束通り、エレノアとジュリアンは街へ出ていた。


「どこか行きたいところはあるか?」


 ジュリアンが尋ねた。


「そうですね。雑貨屋や、お菓子のお店に行ってみたいです」


「分かった。エレノア、チーズケーキ好きだったよな?」


「……え?」


 思わず足が止まる。


「覚えていたんですか?」


「そりゃ覚えてるよ」


 ジュリアンは何でもないことのように言った。


「ケーキと言えば、チーズケーキばっかり食べてただろ」


「……そうでしたっけ」


「婚約者の好みくらい知ってるよ」


 さらりと言われて、エレノアは少し黙った。


(私は、ジュリアンの好みを知っているのかしら)


「美味しいって評判の店があるんだ。行ってみる?」


「……行きます」


 即答してしまった。


 ジュリアンが笑う。


「素直だな」


「チーズケーキが食べたいだけです」


「はいはい」


 連れて行かれた店は、表通りから少し外れた場所にあった。こぢんまりとした造りだったが、店内は客で賑わっている。


「可愛いお店ですね」


「味もいいんだ」


 店に入り、席に着くと、メニュー表を前に、エレノアは少し悩んだ。


「レアチーズケーキにするか、ベイクドチーズケーキにするか、迷ってしまって……」


「じゃあ一つずつ頼んで、半分こしよう」


「いいのですか?」


「別にいいよ」


 しばらくして運ばれてきたチーズケーキを、半分こする。エレノアは一口食べて、思わず声を漏らした。


「……美味しい」


「だろ?」


「レアチーズケーキも、ベイクドチーズケーキも、どちらも美味しいです!」


「気に入ってもらえてよかったよ」


 ジュリアンが楽しそうに笑う。


 そんなやり取りをしながら店を出る。


 エレノアは、ふと気づいた。


 ――楽しい。


 本来の目的を思い出して、少しだけ複雑な気持ちになる。


(そうだった。私はジュリアンを調べに来たのよ)


 どこへ行くのか。誰と会うのか。普段、どんな場所を利用しているのか。それを知るために、今日は街へ来たはずだった。


 なのに。


「次、どこへ行きます?」


 気づけば、自分からそう聞いていた。


「そうだな」


 ジュリアンはエレノアの顔を眺めた。


「じゃあ、次は俺のおすすめの店に行こう」


「また食べ物ですか?」


「違う。雑貨屋」


 店に着くと、ジュリアンはエレノアが好きそうな小物を次々と見つけていく。


「これ、エレノア好きそう」


「……どうして分かるんですか?」


「何年一緒にいると思ってるんだよ」


「でも……」


「違った?」


「……いえ」


 エレノアは手に取った小さな髪飾りを眺めた。


「好きです」


「じゃあ買おう」


「自分で買います!」


「婚約者に買わせてくれよ」


「結構です!」


「遠慮しなくていいのに」


「遠慮ではありません」


「じゃあ、意地?」


「……そうです」


「なるほど」


 ジュリアンは笑った。


 結局、その髪飾りはエレノア自身が買った。


 店を出てからも、二人は王都の通りを歩いた。


 ジュリアンは驚くほど多くの店を知っていた。


「ここも知っているんですか」


「まあね」


「さすが、おモテになる方は違いますね」


「なんでそうなるんだよ」


「女性と一緒に来ることが多いのでしょう?」


「違うって」


 ジュリアンが苦笑する。


「騎士団の仕事で街に出ることが多いんだよ。警備とか、巡回とか。だから覚えただけ」


「……そうですか」


「何、その顔」


「別に」


「絶対なんか思ってるだろ」


「思っていません」


 ジュリアンは呆れたように笑った。


 けれど、その横顔はどこか嬉しそうだった。


 エレノアもまた、気づかないうちに笑っていた。


 調べるつもりだった。

 ジュリアンを観察するつもりだった。


 なのに、気づけばエレノアの好きそうな店ばかりに連れて行かれている。


 チーズケーキを食べて、店を見て回って、くだらないことで言い合いをして。


――普通に、この時間を楽しんでしまっている。


 そのことに気づいたエレノアは、少しだけ戸惑った。


(……いけないわ)


 今日は、調べに来たのだ。


 そう思い直した、そのときだった。


 通りの先に、大きな看板が見えた。


 ――ヴァレンティ商会。


 エレノアが足を止めるより先に、隣を歩いていたジュリアンの視線が、ほんの一瞬だけ動いた。


 商会の向かいの露店。


 その脇に立つ、商人風の男。


 男が、帽子のつばにそっと指を添える。


 それだけだった。


 次の瞬間には、ジュリアンの顔は元に戻っていた。


 他の誰かなら、見逃していただろう。


 けれど調べるつもりで、今日一日ずっと彼を見ていたエレノアには、分かってしまった。


 穏やかな表情が、ほんの一瞬だけ、消えたことに。


(……何?)


 その視線の先にあるものを、エレノアも知っていた。


 セリーナの実家、ヴァレンティ商会。


「悪い。ちょっと急用を思い出した」


 ジュリアンは、何事もなかったように笑った。


「急用?」


「ああ。ここで別れよう」


 エレノアはジュリアンの顔を見つめた。


「……分かりました」


「エレノアは、護衛と一緒に帰ってくれ」


「あなたは?」


「少し、行くところがあるから」


 そう言うと、ジュリアンはエレノアに背を向けた。


 その瞬間、エレノアは確信した。


 ――何かある。


「……ジュリアン」


「ん?」


「お気をつけて」


「ああ」


 ジュリアンはいつもの笑顔を見せた。


 けれど、その笑顔はどこか硬かった。


 ジュリアンが歩き去っていく。


 露店の脇にいた男も、いつの間にか人混みに紛れていた。


 エレノアはしばらく、ジュリアンの背中を見つめていた。


「……」


 どうするべきか。


 ここで帰るべきなのだろう。


 けれど。


 エレノアは護衛へ振り返った。


「殿下を追います」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。