4話 街歩き
翌週の週末。
約束通り、エレノアとジュリアンは街へ出ていた。
「どこか行きたいところはあるか?」
ジュリアンが尋ねた。
「そうですね。雑貨屋や、お菓子のお店に行ってみたいです」
「分かった。エレノア、チーズケーキ好きだったよな?」
「……え?」
思わず足が止まる。
「覚えていたんですか?」
「そりゃ覚えてるよ」
ジュリアンは何でもないことのように言った。
「ケーキと言えば、チーズケーキばっかり食べてただろ」
「……そうでしたっけ」
「婚約者の好みくらい知ってるよ」
さらりと言われて、エレノアは少し黙った。
(私は、ジュリアンの好みを知っているのかしら)
「美味しいって評判の店があるんだ。行ってみる?」
「……行きます」
即答してしまった。
ジュリアンが笑う。
「素直だな」
「チーズケーキが食べたいだけです」
「はいはい」
連れて行かれた店は、表通りから少し外れた場所にあった。こぢんまりとした造りだったが、店内は客で賑わっている。
「可愛いお店ですね」
「味もいいんだ」
店に入り、席に着くと、メニュー表を前に、エレノアは少し悩んだ。
「レアチーズケーキにするか、ベイクドチーズケーキにするか、迷ってしまって……」
「じゃあ一つずつ頼んで、半分こしよう」
「いいのですか?」
「別にいいよ」
しばらくして運ばれてきたチーズケーキを、半分こする。エレノアは一口食べて、思わず声を漏らした。
「……美味しい」
「だろ?」
「レアチーズケーキも、ベイクドチーズケーキも、どちらも美味しいです!」
「気に入ってもらえてよかったよ」
ジュリアンが楽しそうに笑う。
そんなやり取りをしながら店を出る。
エレノアは、ふと気づいた。
――楽しい。
本来の目的を思い出して、少しだけ複雑な気持ちになる。
(そうだった。私はジュリアンを調べに来たのよ)
どこへ行くのか。誰と会うのか。普段、どんな場所を利用しているのか。それを知るために、今日は街へ来たはずだった。
なのに。
「次、どこへ行きます?」
気づけば、自分からそう聞いていた。
「そうだな」
ジュリアンはエレノアの顔を眺めた。
「じゃあ、次は俺のおすすめの店に行こう」
「また食べ物ですか?」
「違う。雑貨屋」
店に着くと、ジュリアンはエレノアが好きそうな小物を次々と見つけていく。
「これ、エレノア好きそう」
「……どうして分かるんですか?」
「何年一緒にいると思ってるんだよ」
「でも……」
「違った?」
「……いえ」
エレノアは手に取った小さな髪飾りを眺めた。
「好きです」
「じゃあ買おう」
「自分で買います!」
「婚約者に買わせてくれよ」
「結構です!」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮ではありません」
「じゃあ、意地?」
「……そうです」
「なるほど」
ジュリアンは笑った。
結局、その髪飾りはエレノア自身が買った。
店を出てからも、二人は王都の通りを歩いた。
ジュリアンは驚くほど多くの店を知っていた。
「ここも知っているんですか」
「まあね」
「さすが、おモテになる方は違いますね」
「なんでそうなるんだよ」
「女性と一緒に来ることが多いのでしょう?」
「違うって」
ジュリアンが苦笑する。
「騎士団の仕事で街に出ることが多いんだよ。警備とか、巡回とか。だから覚えただけ」
「……そうですか」
「何、その顔」
「別に」
「絶対なんか思ってるだろ」
「思っていません」
ジュリアンは呆れたように笑った。
けれど、その横顔はどこか嬉しそうだった。
エレノアもまた、気づかないうちに笑っていた。
調べるつもりだった。
ジュリアンを観察するつもりだった。
なのに、気づけばエレノアの好きそうな店ばかりに連れて行かれている。
チーズケーキを食べて、店を見て回って、くだらないことで言い合いをして。
――普通に、この時間を楽しんでしまっている。
そのことに気づいたエレノアは、少しだけ戸惑った。
(……いけないわ)
今日は、調べに来たのだ。
そう思い直した、そのときだった。
通りの先に、大きな看板が見えた。
――ヴァレンティ商会。
エレノアが足を止めるより先に、隣を歩いていたジュリアンの視線が、ほんの一瞬だけ動いた。
商会の向かいの露店。
その脇に立つ、商人風の男。
男が、帽子のつばにそっと指を添える。
それだけだった。
次の瞬間には、ジュリアンの顔は元に戻っていた。
他の誰かなら、見逃していただろう。
けれど調べるつもりで、今日一日ずっと彼を見ていたエレノアには、分かってしまった。
穏やかな表情が、ほんの一瞬だけ、消えたことに。
(……何?)
その視線の先にあるものを、エレノアも知っていた。
セリーナの実家、ヴァレンティ商会。
「悪い。ちょっと急用を思い出した」
ジュリアンは、何事もなかったように笑った。
「急用?」
「ああ。ここで別れよう」
エレノアはジュリアンの顔を見つめた。
「……分かりました」
「エレノアは、護衛と一緒に帰ってくれ」
「あなたは?」
「少し、行くところがあるから」
そう言うと、ジュリアンはエレノアに背を向けた。
その瞬間、エレノアは確信した。
――何かある。
「……ジュリアン」
「ん?」
「お気をつけて」
「ああ」
ジュリアンはいつもの笑顔を見せた。
けれど、その笑顔はどこか硬かった。
ジュリアンが歩き去っていく。
露店の脇にいた男も、いつの間にか人混みに紛れていた。
エレノアはしばらく、ジュリアンの背中を見つめていた。
「……」
どうするべきか。
ここで帰るべきなのだろう。
けれど。
エレノアは護衛へ振り返った。
「殿下を追います」




