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20話 いつから気づいてた?

それから数日後。


 王都の騒ぎも、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。


 敵組織の主要な構成員は捕らえられ、武器の調達に関わっていた貴族たちも次々と拘束された。


 事件の詳細は、騎士団から正式に発表されることになっている。


 ただ、ジュリアン自身が潜入捜査をしていたことについては、表向きには伏せられることになった。


 そんな中でも。


 週末になると、ジュリアンはいつものように侯爵家を訪れていた。


「……それで?」


 エレノアが紅茶を口に運ぶ。


「何です?」


「いや」


 向かいに座っていたジュリアンが、じっとエレノアを見ていた。


「何か?」


「前から気になってたんだけどさ」


「はい」


「お前、いつから気づいてた?」


「……何にですか?」


「俺が、セリーナと本当に付き合ってるわけじゃないってこと」


「……」


 エレノアの手が止まった。


「どうして急にそんなことを?」


「事件が終わったから」


 ジュリアンは紅茶を飲みながら答える。


「今なら聞いてもいいかなって」


「……」


 エレノアは少し考えた。


「最初からではありません」


「だよな」


「そもそも、最初はあなたの噂を信じていましたし」


「ひどいな」


「自業自得でしょう」


「まあ、それはそうだけど」


 ジュリアンが笑う。


「じゃあ、いつ?」


「最初に、おかしいと思ったのは夜会です」


「夜会?」


「はい」


 エレノアは頷いた。


「セリーナと一緒にいるところを見かけたんです」


「ああ……」


「二人で話していたでしょう?」


「そうかもな」


「そのときは、またやってる、と思いました」


「……」


「でも」


 エレノアは少しだけ眉を寄せた。


「セリーナと別れたあと、あなたの顔を見たんです」


「俺の?」


「はい」


「どんな顔だった?」


「……すごく冷たい顔」


 ジュリアンが黙った。


「いつものあなたとは、まるで違いました」


「……」


「それで、おかしいと思ったんです」


「なるほど」


「それから少し調べました」


「俺のこと?」


「はい」


「何か分かった?」


「何も」


 エレノアは首を横に振った。


「あなたがセリーナと会っていることくらいしか分かりませんでした」


「まあ、表向きにはそれしか分からないようにしてたからな」


「だから、余計に気になってしまって 、一緒に街に行った日に、あなたを追いかけてしまいました」


「尾行したってこと?」


「……そういうことです」


 ジュリアンが目を丸くする。


「エレノアが?」


「……悪かったと思っています」


「いや」


 ジュリアンは思わず笑った。


「ちょっと意外だっただけ」


「笑わないでください」


「ごめん、ごめん」


 ジュリアンは笑いを堪えながら、エレノアを見る。


「それで?」


「騎士の方と話しているところを見てしまいました」


「……ああ」


「そのとき聞いた話で、セリーナやヴァレンティ商会、それから武器や神殿のことを知りました」


「うん」


「そこで、ようやく分かったんです」


 エレノアは少しだけ視線を落とした。


「あなたは、セリーナと本当に親しくしていたわけじゃないんだって。何か理由があるんだって」


「それで?」


「それ以上は調べませんでした」


「どうして?」


 エレノアは少しだけ迷ってから答えた。


「……私が知ってしまったら、よくなかったんじゃないかと思ったからです」


「……」


「それが、あなたが誰にも話せないことなら」


 エレノアは膝の上で手を重ねる。


「私が勝手に調べ続けるのも、よくないと思って」


 ジュリアンはしばらく黙っていた。


「……そっか」


 そして、少しだけ笑う。


「じゃあ、お前が急に俺に歩み寄ってきた理由も、それだったんだな」


「……」


「街に行こうって言ったのも」


「はい」


「騎士団の仕事を聞いてきたのも」


「はい」


「噂を気にしなくなったのも」


「はい」


「髪飾りをつけてきたのも?」


「それは……」


 エレノアは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす。


「あなたが見たいと言ったからです」


「うん」


 ジュリアンが笑う。


「知ってる」


「……」


 エレノアは少しだけ頬を膨らませる。


「……何ですか」


「いや」


 ジュリアンは嬉しそうにエレノアを見る。


「俺のこと、ちゃんと気にしてくれてたんだなって」


「……婚約者ですから」


「それ、最近よく言うよな」


「本当のことです」


「うん」


 ジュリアンは頷いた。


「そういうことにしておく」


「……もう」


 エレノアは呆れたように笑った。


 けれど。


 ジュリアンは、少しだけ真面目な顔になる。


「ありがとう」


「……何がです?」


「俺のこと見てくれてて」


「……」


「でも」


 ジュリアンは少しだけ笑った。


「もう、調べなくていいよ」


「……え?」


「これからは、俺に聞けばいいから」


 エレノアは目を瞬く。


「……聞いてもいいんですか?」


「ああ」


 ジュリアンは頷いた。


「もう隠す必要はないからね」


「本当ですか?」


「ああ」


「女遊びの話も?」


「それは……」


「どうしました?」


「できれば聞かない方向でお願いしたいかな」


「……やっぱり、あるんですね」


「いや、そういう意味じゃなくて!娼館の噂のことなら、あれも仕事だ」


「仕事?」


「敵組織の人間が出入りしてる店があってさ。客のふりをして、情報集めてただけ」


「……」


「誓って、何もしてない」


 必死な顔で言うジュリアンに、エレノアは思わず笑ってしまった。


「ふふっ」


「お前、最近俺で遊んでない?」


「気のせいです」


「絶対そうだろ」


 二人の間に、以前とは違う笑い声が広がる。


 エレノアはふと思った。


 事件が終わった今。


 これから二人は、知らなかったことを一つずつ埋めていくのだろう。


 今までより少しだけ近い距離で。

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