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18話 約束

「俺は――最初から、君たちの仲間じゃない」


「……」


 セリーナは、何を言われたのか理解できないように、ジュリアンを見つめていた。


「……嘘」


「嘘じゃない」


「だって……」


 セリーナの顔から血の気が引いていく。


「あなたは、私たちのことを理解してくれたでしょう?」


「ああ」


「王家に不満を持っていることも。あなた自身が『半分』と言われてきたことも」


「ああ」


「私のことも……」


 セリーナの声が震えた。


「私のことを、好きだと言ったじゃない」


 ジュリアンは一瞬だけ黙った。


 そして、困ったように笑う。


「それについては……まあ、仕事だったからね」


「……」


「君に信用してもらう必要があった」


 セリーナの表情が歪む。


「じゃあ、全部嘘だったの?」


「全部?」


「私と会ったことも」


「それは違う」


 ジュリアンは静かに答えた。


「君から情報を聞き出していたのは本当だ。でも、君と過ごした時間まで全部嘘だったわけじゃない」


「……何、それ」


「君と話すのは、普通に楽しかったよ」


「……」


「まあ、君が俺を騙そうとしていたように、俺も君を騙していた。それだけだ」


 セリーナはしばらく黙っていた。


 その間にも、神殿の周囲では騎士たちが敵の構成員を次々と制圧していく。


「どうして……」


 セリーナが呟く。


「どうして、私を騙したの?」


「潜入捜査だから」


「そんな答えが聞きたいんじゃない!」


 セリーナが声を荒らげた。


「私は……あなたなら分かってくれると思ったのに!」


 ジュリアンは、少しだけ目を細めた。


「それは、君が勝手にそう思っただけだよ」


「……」


「俺は王家に捨てられたわけでもない。王位を奪われたわけでもない」


 ジュリアンは自分の金色の瞳を指差した。


「この瞳を持っているからって、王になりたいとも思ってない」


「でも……!」


「俺は、兄上とも、オスカーとも仲良しだし、今の生活が気に入ってるんだ」


 その言葉に、セリーナが息を呑む。


「……エレノア?」


 ジュリアンの表情が、ほんの少しだけ変わった。


「そういうこと」


「……あの女」


 セリーナの目に怒りが浮かぶ。


「あなたは、あの女を選ぶの?」


「選ぶ?」


 ジュリアンは苦笑した。


「俺とエレノアは、ずっと前から婚約してるんだけど」


「でも、あなたは私と――」


「それは君を信用させるためだよ」


「……」


「それに」


 ジュリアンは剣を構え直した。


「君が言ってたじゃないか」


 少しだけ笑う。


「これが終わったら君を俺にくれるって」


「……!」


「残念だけど、俺には必要ない」


 セリーナの顔が強張る。


「そんな……」


「悪いな」


 ジュリアンは軽く肩をすくめた。


「約束は守れそうにない」


 そのとき。


「セリーナ様!」


 少し離れた場所から、敵の構成員が駆け寄ってきた。


「退路がありません!」


「……!」


「西側も騎士団に押さえられています!」


「そんなはず……」


 セリーナが周囲を見回す。


 神殿の周囲は、すでに王国騎士団によって完全に包囲されていた。


 敵が事前に聞かされていた情報では、騎士団は東側へ兵力を集中させるはずだった。


 西側は手薄。


 神殿の裏手から逃げられる。


 そう聞いていた。


 けれど。


 そこにも、すでに騎士がいる。


「……まさか」


 セリーナがジュリアンを見る。


「あなた……」


 ジュリアンは笑った。


「気づいた?」


「私が聞いた王宮の情報……」


「うん」


「全部……」


「全部じゃないけど」


 ジュリアンは淡々と言った。


「君たちが欲しがっていた情報を、少しずつ渡していた」


「偽情報……」


「そういうこと」


 セリーナは愕然とした。


「だから……」


 敵が予想していた場所には、兵がいなかった。


 いや。


 正確には、いるはずのない場所に兵が配置されていた。


 逃げ道だと思っていた場所も。


 攻撃が成功すると信じていた場所も。


 すべて。


「私たちは……」


 セリーナの声が震える。


「最初から、あなたに誘導されていたの?」


「まあ、結果的にはそうなるね」


「……っ」


 セリーナは唇を噛んだ。


 そして、ふと笑う。


「……本当に、酷い人ね」


「そう?」


「私を何度も抱き込んで……」


 ジュリアンは眉を上げる。


「いや、そこは語弊があるな」


「……」


「キスしかしてないだろ、俺たち」


「……!」


 セリーナが目を見開く。


「それは……」


「全部終わったら、って話だったじゃないか」


「……そうだけど」


「だから、結局何もないままだったな」


 ジュリアンは苦笑した。


 セリーナも、一瞬だけ呆れたような顔をする。


「……最後まで、そういうところだけは軽いのね」


「よく言われる」


 けれど。


 その笑みは、すぐに消えた。


「終わりだ、セリーナ」


 ジュリアンの声が静かになる。


「君たちの計画は失敗した」


「……」


「武器も押さえた。主要な構成員も、もう逃げられない」


「あなたが……全部……」


「そうだ」


 セリーナはジュリアンを見つめた。


 怒り。


 悔しさ。


 そして、ほんの少しの寂しさ。


 いくつもの感情が、その瞳の中を揺れていた。


「……あなた、本当に最後まで騙していたのね」


「そうだな」


「一度くらい……」


 セリーナが小さく呟く。


「本当に私を選んでくれてもよかったのに」


 ジュリアンは少しだけ困った顔をした。


「それは無理だよ」


「……そう」


 セリーナは目を伏せた。


 その直後、騎士たちが彼女を取り囲む。


「セリーナ・ヴァレンティ。逮捕する」


「……分かったわ」


 セリーナは抵抗しなかった。


 騎士に腕を取られながら、最後にもう一度だけジュリアンを見る。


「……金色の瞳、本当に綺麗ね」


「今さら?」


「ええ」


 セリーナは少しだけ笑った。


「最後まで、あなたに似合っていたわ」


 そう言って、彼女は騎士たちに連れていかれた。


 ジュリアンは、その背中をしばらく見送った。


 そして、小さく息を吐く。


「……終わったな」


 けれど。


 まだ一つだけ、やることが残っている。


 ジュリアンは空を見上げた。


 王都を覆っていた煙は、少しずつ薄くなっている。


 中央神殿も、大きな被害を受ける前に制圧できた。


 そして――。


 エレノア。


 約束した。


 また来る、と。


 今度こそ。


 何も隠さずに会いに行ける。


 ジュリアンは剣を収めた。


「……帰るか」


 その顔には、ようやく任務中には見せなかった、いつもの笑みが戻っていた。

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