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17話 最初から

少し前。


 中央神殿では、礼拝のために大勢の人々が集まっていた。


 いつもと変わらない朝。


 そう思われていた。


 だが。


 神殿の外では、すでに異変が起きていた。


「予定通りだ」


「兵士たちは?」


「まだ動いていない」


「よし」


 人目につかない場所で、武装した者たちが次々と配置につく。


 その中に、セリーナの姿もあった。


「ジュリアンは?」


「もう来ている」


「どこに?」


「あそこだ」


 男が指差した先。


 神殿の前に、一人の男が立っていた。


 明るい茶色の髪。


 そして。


 王家にしか現れない、金色の瞳。


 ジュリアンだった。


 彼は周囲を見回しながら、静かに立っている。


 その姿を見た者たちが、ざわめき始める。


「……あれは王弟殿下では?」


「なぜ、ここに?」


「まさか……」


 その反応を見て、ジュリアンは心の中で小さく息を吐いた。


(思った通りだ)


 敵は、自分をここへ立たせることで混乱を起こそうとしている。


 王家の金眼。


 王弟。


 そして、平民の血を引くという出自。


 これまで自分に向けられてきた言葉すら、すべて利用するつもりなのだ。


「ジュリアン」


 背後から声がした。


 振り返ると、セリーナが立っていた。


「来てくれたのね」


「ああ」


 ジュリアンは笑った。


「君との約束を守りに来ただけだよ」


「ふふ」


 セリーナは嬉しそうに笑った。


「あなたは本当に素敵ね」


「そう?」


「ええ」


 セリーナはジュリアンの金色の瞳を見つめる。


「その瞳を、今日ここにいる人たちに見せてあげて」


「分かってる」


「そして、何も話さなくていい」


「ああ」


「ただ、私たちの側に立っていて」


「……それだけ?」


「それだけよ」


 セリーナは満足そうに微笑んだ。


「あなたがそこにいるだけで、王家はもう絶対的なものではないと、みんなが知ることになるから」


「なるほどね」


 ジュリアンは笑った。


「じゃあ、ちゃんと役に立たないとな」


「ええ」


 セリーナはジュリアンの腕に手を添えた。


「これが終わったら――」


「分かってる」


 ジュリアンが笑う。


「君をくれるんだろ?」


「忘れてなかったのね」


「楽しみにしてるよ」


 セリーナは満足そうに微笑んだ。


 けれど。


 その約束が本当に果たされることはない。


 ジュリアンは、すでに知っている。


 この日のために。


 何度もセリーナと会った。


 彼女から情報を引き出した。


 敵が欲しがる情報を、あえて渡した。


 そして。


 王国側には、敵の動きをすべて伝えてある。


 ジュリアンは、ふと神殿の時計へ目を向けた。


(……そろそろだ)


 礼拝が始まる。


 敵が動く。


 そして、王国側も動く。


 その瞬間まで。


 自分は、敵の仲間でいなければならない。


「ジュリアン」


「ん?」


「何を見ているの?」


「時間を確認してただけ」


 セリーナが笑う。


「緊張してる?」


「少しだけ」


「珍しいわね」


「今日が大事な日だからね」


 ジュリアンも笑った。


 そして。


 礼拝の鐘が鳴り響いた。


 ――ゴーン。


 人々が神殿へ入っていく。


 敵の構成員たちも、静かに動き始める。


 そのときだった。


 ジュリアンの視界の端に、わずかに動く影が見えた。


(来た)


 王国側の兵。


 事前に決めていた位置にいる。


 ジュリアンは表情を変えない。


 敵にも。


 民衆にも。


 王国側にも。


 自分の意図を悟らせない。


 ただ、金色の瞳を持つ王弟として。


 敵の側に立つ。


「さあ」


 セリーナが小さく呟いた。


「始めましょう」


 ジュリアンは彼女を見て、笑った。


「ああ」


 そして。


 次の瞬間。


 神殿の裏手から、大きな爆発音が響き渡った。


 ――ドォン!


「きゃあああ!」


 悲鳴が上がる。


 人々が一斉に逃げ始める。


 神殿内が混乱に包まれる。


 敵の構成員たちが動き出す。


「今だ!」


「神殿を押さえろ!」


「王家の兵が来る前に――!」


 その声を聞きながら。


 ジュリアンは、静かに息を吐いた。


 そして。


 セリーナにも聞こえないほど小さな声で呟く。


「……ここまでだ」


 次の瞬間。


 神殿の正面に、王国の騎士たちが一斉に姿を現した。


「王国騎士団だ!」


「武器を捨てろ!」


 敵の構成員たちが振り返る。


「なぜだ!?」


「どこから来た!」


 混乱が広がる。


 その中で。


 ジュリアンだけが、静かに立っていた。


 セリーナが振り返る。


「ジュリアン……?」


 その顔から、初めて笑みが消えた。


 ジュリアンは彼女を見つめる。


 そして。


 いつもの軽い笑みを浮かべた。


「悪いな」


「……何?」


「約束は、守れそうにない」


 セリーナの目が見開かれる。


 ジュリアンは、ゆっくりと剣を抜いた。


「俺は――最初から、君たちの仲間じゃない」

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