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13話 オスカー

翌朝。


 ジュリアンは王宮の廊下を歩いていた。


 昨日は首元の跡をエレノアに見られた。


「……」


 思い出すと、少しだけ気が重い。


 けれど。


 エレノアが自分を好きなのだと、あらためて感じられたことについては、正直嬉しかった。


 そんなことを考えながら歩いていると、前方から見慣れた姿が近づいてきた。


「叔父上」


「オスカーか」


 王太子オスカー。


 ジュリアンの甥である。


 父親である国王によく似た顔立ちだが、母親譲りのシルバーの髪に碧眼だ。


 年齢はジュリアンとそれほど離れていない。


 年の近い叔父と甥ということもあり、二人は昔からそれなりに親しい。


 オスカーはジュリアンの顔を見ると、ふと目を細めた。


「……あれ?」


「何?」


「忙しいって言ってた割に、機嫌いいね」


「そう?」


「うん」


 オスカーはジュリアンの顔をまじまじと見る。


「最近かなり忙しかったんでしょう?」


「ああ」


「なのに、なんか嬉しそう」


「気のせいだろ」


「そうかな」


 オスカーは少し考えるように首を傾げた。


 そして、何か思いついたように笑う。


「エレノア嬢?」


「……」


 ジュリアンの足が止まった。


「図星?」


「違う」


「じゃあ、なんで止まったの?」


「……」


 ジュリアンは小さく息を吐いた。


「お前、朝から暇なのか?」


「これから父上のところへ行くところだよ」


「なら早く行け」


「その前に聞きたいな」


「何を?」


「昨日、エレノア嬢のところへ行ったんでしょ?」


「……行ったけど」


 オスカーが楽しそうに笑う。


「何があったの?」


「別に」


「別に、でそんな顔になる?」


「どんな顔だよ」


「嬉しそうな顔」


「……」


 ジュリアンは、自分の頬に触れた。


「そんなに分かるか?」


「分かるよ」


「嘘だろ」


「昔から見てるからね」


 オスカーは笑った。


 ジュリアンは少し困ったように眉を寄せる。


「……まあ、少しはいいことがあった」


「へえ」


「でも、同時に悪いこともあった」


「何それ」


「エレノアを傷つけた」


 その言葉を聞くと、オスカーの表情が少し変わった。


「……何かあったの?」


 ジュリアンは自分の襟元へ触れた。


「跡を見られた」


「ああ……」


 オスカーはすぐに察した。


「任務の?」


「そう」


 ジュリアンは苦笑する。


「隠すのを忘れた」


「珍しいね」


「昨日は任務がギリギリまであったからな。着替えて、身なりを整えるので精一杯だった」


 ジュリアンは小さく息を吐いた。


「本当なら出る前に確認するべきだったんだけど」


「エレノア嬢に会うのを急いだ?」


「……まあな」


 ジュリアンは少しだけ視線を逸らした。


「だから、仕事だって説明した」


「任務のことは?」


「そこまでは言えない」


「だよね」


 オスカーは少し考えてから、尋ねた。


「でも、エレノア嬢は信じてくれたんだ?」


「ああ」


「それならよかった」


「……ただ」


「うん?」


 ジュリアンは少しだけ言い淀んだ。


「嫌だって言われた」


「……」


 オスカーは数秒黙った。


 そして、じっとジュリアンを見る。


「それ、喜んでる?」


「……」


「叔父上?」


「……少し」


「やっぱり」


 オスカーが笑い出す。


「何がおかしい」


「いや。だって、あれだけエレノア嬢に嫌われてるって悩んでたのに」


「……」


「本人から『嫌』って言われただけで、そんなに嬉しそうにするんだ」


「……うるさい」


 ジュリアンは顔をしかめる。


 けれど、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。


「それで?」


 オスカーが尋ねる。


「何?」


「叔父上は、どうするの?」


「……どうするって?」


「エレノア嬢のこと」


「……」


 ジュリアンは少し黙った。


 そして、ふっと表情を緩めた。


「待つよ」


「待つ?」


「あいつが自分で言えるようになるまで」


「へえ」


「俺から無理に聞いたりしない」


「そっか」


 オスカーは頷いた。


「エレノア嬢も、叔父上のことを好きなんだろうね」


「……俺も、そう思ってる」


 ジュリアンは少し照れたように笑った。


「本人が認めてくれるまでは、確かなことは言えないけどな」


「じゃあ、そっちのほうはもう問題ないね」


「まあ……たぶん」


 ジュリアンはそう言ったあと、表情を変えた。


「でも、任務は別だ」


「……」


「早く終わらせないと」


 オスカーも、その言葉の意味を理解した。


「エレノア嬢のため?」


「ああ」


 ジュリアンは迷わず答えた。


「結婚するまでには終わらせる」


「……そう」


 オスカーはしばらく叔父を見つめた。


 そして、ふっと笑った。


「頑張って、叔父上」


「言われなくても」


「父上にも、ちゃんとそう伝えておくよ」


「余計なことは言うな」


「はーい」


 オスカーは笑いながら歩き出し、そのまま父の執務室へ向かっていった。


 ジュリアンはその背中を見送る。


 そして、気持ちを切り替えるように息を吐いた。


 これから先は、もっと慎重に動かなければならない。


 エレノアとの未来を手に入れるためにも。


 任務を終わらせる。

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