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12/22

11話 誕生日

それから、少し経ち。


 エレノアの誕生日が近づいていた。


 十八歳になる。


 成人を迎える歳でもあり、卒業も近い。


 つまり――ジュリアンとの結婚も、そう遠くない。


 そう考えると、少しだけ不思議な気持ちになった。


 以前なら、結婚なんてまだ先のことだと思っていた。


 ジュリアンと結婚する。


 それは幼い頃から決まっていたことで、今さらどうこう思うようなものではない。


 ……そう思っていたはずだった。


「そういえば、もうすぐ誕生日だね」


 ある週末、いつものように侯爵家を訪れたジュリアンが言った。


「そうですね」


「十八歳か」


「ええ」


「早いな」


「ジュリアンに言われたくありません」


「なんで?」


「私より三歳上でしょう」


「三歳くらい誤差だよ」


「全然違います」


 エレノアが呆れたように言うと、ジュリアンが笑った。


「じゃあ、誕生日には何が欲しい?」


「別に……、欲しいものなんて、特にありません」


「困ったな」


「何がです?」


「プレゼントを選ぶ俺が困る」


「なら、いりませんよ」


「それは困る」


「どうしてです?」


「せっかくの十八歳の誕生日なのに」


 ジュリアンは少し考えるようにしてから、笑った。


「俺が何か贈りたいから」


「……そうですか」


 エレノアはそれ以上何も言わなかった。


 けれど。


「それと、誕生日の日は学園が終わってから会いに来るよ」


「……来るんですか?」


「うん」


「でも、遅くなるのでは?」


「たぶん夜になるけどね」


「そう……」


「嫌?」


「そんなことは言ってません」


「じゃあ、いい?」


「……はい」


 答えてから、エレノアは少しだけ視線を逸らした。


 ジュリアンはそんな彼女を見て、楽しそうに笑った。


「楽しみにしてて」


「……別に、楽しみにするほどのことでは」


「はいはい」


「何ですか、その言い方」


「素直じゃないなって」


「ジュリアンに言われたくありません」


「俺は素直だよ?」


「どこがですか」


「エレノアに会いに来てる」


「……」


 エレノアは言葉に詰まった。


 ジュリアンは、何でもないことのように紅茶を飲んでいる。


「……そういうところですよ」


「何が?」


「そうやって、変なことを言うところです」


「変かな?」


「変です」


 ジュリアンは笑った。


 けれど、その日から。


 エレノアは、誕生日のことを少しだけ意識するようになった。


 十八歳になること。


 そして、その日の夜にジュリアンが会いに来ること。


 それだけのことなのに。


 誕生日が近づくにつれて、少し楽しみになっていた。


 ◇ ◇ ◇


 そして、誕生日当日。


 学園があるため、朝からいつも通りの一日だった。


 友人たちから祝われたり、教師から声をかけられたり。


 特別な一日ではある。


 けれど、エレノアが気にしていたのは、それとは別のことだった。


 今日の夜、ジュリアンが来る。


 そのことを考えると、少しだけ心が浮き立った。


 自分でも、それを認めるのは少し恥ずかしかった。


 放課後、侯爵家へ戻る。


「おかえりなさいませ、エレノア様」


「ただいま」


 いつものように屋敷へ入ると、侍女が声をかけてきた。


「エレノア様。ジュリアン殿下からお届け物がございます」


「ジュリアンから?」


「はい。それと、伝言も」


 差し出された箱を受け取る。


「殿下は、急なお仕事が入ってしまったそうで……」


「……仕事?」


「はい。ただ、今日は遅くなるけれど、仕事が終わり次第、こちらへ伺うと」


「……そう」


 エレノアは小さく頷いた。


「分かりました」


 急な仕事。


 ジュリアンなら、そういうこともある。


 それでも、来ると言ってくれた。


 それだけで、少し嬉しかった。


 自室へ戻ると、エレノアは箱を机の上に置いた。


 しばらく眺めてから、そっと蓋を開ける。


「……」


 中には、小さな箱が入っていた。


 蓋を開ける。


 そこにあったのは、細い金の鎖。


 その中央に、水色の石が一つだけついている。


「……綺麗」


 思わず、声が漏れた。


 水色の石は、自分の瞳とよく似た色だった。


 それを繋ぐ細い金の鎖は、あの人の瞳の色だった。


 エレノアは指先でそっと触れる。


 その瞬間、胸の奥が温かくなった。


 ジュリアンが選んだ。


 そう思うだけで、嬉しかった。


「……」


 エレノアは鏡の前に立つと、侍女に頼んでネックレスをつけてもらった。


 首元で、小さな水色の石が揺れる。


「よくお似合いです」


「……そう?」


「はい」


 エレノアは鏡の中の自分を見る。


 そして、ふと頬が緩んだ。


 今夜。


 ジュリアンが来る。


 きっと遅くなる。


 けれど、会える。


 そう思っていた。


 ◇ ◇ ◇


 夕食を終えても、ジュリアンは来なかった。


 エレノアは窓の外を見る。


 もうすっかり暗くなっている。


「……遅いですね」


 誰に言うでもなく呟く。


 けれど、今日は遅くなると言っていた。


 まだ時間はある。


 エレノアは自室へ戻り、本を開いた。


 数ページ読んだところで、時計を見る。


 まだ来ない。


 また本に目を戻す。


 けれど、今度は文字が頭に入ってこない。


 もう一度、時計を見る。


「……」


 自分でもおかしいと思う。


 どうしてこんなに気になるのだろう。


 仕事なのだから仕方がない。


 それくらい、分かっている。


 それでも。


 約束したのだから。


 今日は、自分の誕生日なのだから。


 少しくらい、早く会いたいと思ってもいいだろう。


 そう自分に言い聞かせながら、エレノアは窓の外を見た。


 馬車の音が聞こえるたびに、もしかしてと思ってしまう。


 けれど、どの馬車も屋敷の前で止まらない。


 そして、夜もかなり深くなった頃。


 ようやく侍女が部屋を訪れた。


「エレノア様」


「はい」


「殿下から、再びご連絡が……」


 その声を聞いた瞬間。


 エレノアは、何となく分かってしまった。


「……そう」


 侍女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「お仕事が終わらず、本日は伺えないとのことです」


「……分かりました」


 胸の奥が、すっと冷たくなる。


「殿下からは、今日は本当に申し訳ないと。明日、改めてお伺いすると……」


「そうですか」


 エレノアは微笑んだ。


「仕事なら仕方ありません」


「……はい」


 侍女が部屋を出ていく。


 一人になった部屋は、急に静かになった。


 エレノアは首元に手をやる。


 指先に、冷たい水色の石が触れた。


「……」


 今日一日。


 この日を楽しみにしていた。


 プレゼントをもらったことも嬉しかった。


 ネックレスも、本当に嬉しい。


 それなのに。


 どうして、こんなに寂しいのだろう。


 しばらく黙っていたエレノアは、やがて小さく息を吐いた。


「……会いたかった」


 自分の口からこぼれた言葉に、エレノアは目を見開いた。


 静かな部屋に、その声だけが響く。


「……私」


 胸に手を当てる。


 そこには、確かな痛みがあった。


 プレゼントが欲しかったわけではない。


 誕生日を祝ってほしかっただけでもない。


 ただ――。


「ジュリアンに、会いたかった……」


 その瞬間。


 エレノアの中で、何かが静かに繋がった。


 最近、彼が来るのを楽しみにしていたこと。


 会えないと寂しいと思ったこと。


 セリーナと一緒にいる姿を見たとき、あんなにも胸が苦しくなったこと。


 そして今。


 誕生日に会えなくなっただけで、こんなにも寂しいこと。


 もう、分からないふりはできなかった。


 自分は――。


 ジュリアンが好きなのだ。


 認めてしまえば、驚くほど簡単なことだった。


 けれど。


「……本人には、言えないわ」


 そう呟いて、エレノアは小さく笑った。


 首元の水色の石を、そっと握りしめる。


 今夜、会えなかったことは寂しい。


 それでも。


 ジュリアンが自分のために選んでくれたこのネックレスは、すごく嬉しかった。

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