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ゼロ・リアル・ストロング  作者: 深津 弓春


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8 拮抗


 果樹園はかつての色彩を褪せさせて、どうしようもなく渇ききっていた。

 何年も足を運ばない間に何があったのか、あるいは何もなくただ放置されたのか、事情は分からなかったが、ビルの谷間の果樹園はすっかり枯れ果てていた。木々の葉は姿を消し、下草もまた枯れてぼろぼろと崩れて、今は敷地一体が黒い土を足元に覗かせている。ところどころに葉や草の残骸と思しき褐色の灰のような物体が縮こまって散乱している。果樹の幹は残っていたが、ひび割れた樹木たちは最早どれが何の木かも判然としない。

 寂寞とした空間に、それだけが当時と変わらないサクの姿が踊る。


「サクは、あなたと会う前、どうしてたか知ってる?」


 サクの姿――ゴーストは死んだ木々の間を軽い足取りで歩きながら僕に訊いた。一瞬僕はその光景に、かつてのサクの姿を想起する。今は緑も果実も降り注ぐ光も何もないが。


「知らないんだ。彼女とは突然出会って、突然別れることになった。それなりに話をしたけれど、彼女はそういうことはあまり語らなかったんだ」


 答える。ゴーストはふぅん、と気のないような声を零して、つま先で地面をとんとん、とつついた。


「ここさ。どういう場所か、知ってる?」

「いや」

「古いSゼロの生産・貯蔵地なんだよ。昔のSゼロを少数生産して保存しておく場所。いわばSゼロアーカイブ。未来のSゼロのためにそれまでの過去のSゼロを保っておく場所」

「地図にもない場所が?」

「非公開情報だから。国内にはいくつもこういう場所が隠されてるよ。ここの果樹園はね、原料でもあるんだ。かつてのレパートリーの原材料なんだよ」

「今は放棄されてるようだけど」

「うん。サクが停止させたから」

「サクが?」

「ツミがここのことを知ってたからね。真似させたくなかったんだよ」


 何を言っているのか分からない。と同時に、何か嫌な感覚が胸の中で頭をもたげる。サクは僕に残したメッセージの中で大量の古いSゼロと共に映っていた。真似させたくない?


「君は何を知っているんだ。サクのことを聞きたいと言ったくせに、僕の知らないサクを知っているような口ぶりだ」

「私が知ってるのはサクの一部だけ。知っておきたいのは知らない部分があるから。私はSゼロを通してしか知らないから」


 筋の通らない謎かけのような言葉だった。ゴーストは僕を上目遣いに見上げて、招くように手を差し出す。


「理由、知りたくない? サクが、消えた理由」


 教えろ、と心のどこかが反射的に怒声を上げそうになった。代わりに僕は無言で頷いた。

 ゴーストが歩く。僕は亡霊に先導されて果樹園の跡を離れていく。


   *


 サクは奇妙奇天烈珍妙無茶苦茶な行為に僕を度々誘った。

 最初のストリーキングは彼女の言う通り上手くいった。僕は数時間もの間、古い時代の悪質なイメージビデオにしか出てこなさそうな小さな水着を纏っただけの彼女の姿のせいで、目のやり場に困りながら街を闊歩することになった(しかもその水着は旧現実的には物理実体のない幻で僕にしか見えない)。緊張したしびくびくしたしそれはなかなかにスリリングでわけの分からない時間だった。

 街を歩く中、サクは様々なものを僕に見せ、語り、時に誘った。半裸で無人店舗から食事や飲み物を買い、旧現実の町並みや昔に比べて随分綺麗になったという空の色や空気の味を彼女は僕に教えた。夜になって帰宅した後、しばらくの間僕はいつもの不全感を忘れていることに気付いた。翌朝になると既に感覚は戻り可変現実にはどこか靄のかかるような不満を覚えたが、サクは数日後にまた僕を呼び出し旧現実に誘った。そしてその時にはまたも僕は不全感を忘れることが出来た。

 彼女の誘いは日によって様々だった。ある日は、


「ファイトクラブやろうよ。ルールその1、クラブのことは口外しないこと」


 と完全無欠に似ていないブラッド・ピットの物まねと共に街中での殴り合いを求めた。まさか彼女を殴り倒すわけにもいかず戸惑う僕に彼女は何故かやたらとダーティーな関節技や寝技を連発しファイトは「よく分からん」の一言で表すしかない代物となった。

 またある日は今日日誰も立ち入らないような山に出かけた。科学の申し子のようなSZ社会において見向きされなくなった自然の一部に踏み込み、衛星情報などの支援を縛って前時代的なサバイバルを行おうとして僕らは盛大に遭難しかけた。最終的にはサクが「しょうがない」と呟き謎の勘でナビゲートしてくれて生還することが出来たが。

 また更に別の日には完全機械化された廃墟の解体現場で監視網とロボット制御をハックして好きなように瓦礫を積み上げつなぎ合わせて前衛オブジェを作ったりもした。完全に犯罪だし速攻でばれるはずだが、何故かどこからも咎めはされなかった。

 そういう馬鹿をやっている間、サクは僕を自分と共に旧現実においていた。どんな馬鹿な行為も可変現実なら可能だし当たり前だが、旧現実でやるのは取り返しがつかない。その取り返しのつかなさに僕は何故か少し惹かれていたし、実際馬鹿やっている間、僕は不全感から解放されていた。

 サクは様々なことに僕の目を向けようとした。美しいもの、楽しいもの、心地よいこと。やることなすこと過激で問題行為なのは多分彼女自身の趣味というか嗜好というかそんなようなものだと思われたが、とにかく彼女はそうした行為を通じて全力で楽しみを僕の上に降らせていた。彼女の誘いは半年近く続いて、僕は自然にサクの提案を楽しみにするようになっていた。

 その頃にはわかっていた。最初出会ったとき、彼女がどういう場所に僕を導こうとしたのか。ストリーキングは口実というか、旧現実、あるいは現実の根本構造全般に僕を誘うための入り口だったのだ。まあ、やっぱり多少は彼女の趣味でもあったのかもしれないけれど。

 現実の構造、現実の価値構造というものに、深く近く、触れること。サクがさせたかったのは、それだ。


「ねぇツミ、どうして人は、現実ってものを大層な存在だと考えるんだろうね?」


 ある日サクは、誰も立ち入れないはずの高層ビルの屋上へリポートの真ん中に寝転がって呟いた。


「なんで人は、現実ってものに重きを置くんだろう。確固たる現実を求め、あやふやな、夢や幻となりかねない脆弱な現実を嫌うんだろう。それは、人が『物語』をどこまでも求める生き物だからじゃないかな」

「物語?」


 単語を鸚鵡返しする僕にサクは続けた。


「あやふやな現実、ふとした瞬間にベッドで目が覚めて消えてしまうような儚い幻の現実は、人が求める物語の強度を担保してくれない。あやふやな現実じゃあ、あやふやな物語しか紡げない。人間は本質的に物事に意味を、繋がり続く一連の意味を求める生き物なんじゃないかな。ばらばらの無意味な物事の集合としての宇宙をどうにかして意味づけし因果を見出し時間順序をつけて物語にしたい、してしまう――そういう性質があるんじゃないかな。だから、あやふやさを嫌う。確固としていない現実で物語を紡ごうとしても、まともなものは紡げない。意味がすぐに歪み、通らなくなる。それに耐えられないんじゃないかな」


 言っていることは何となく分かるような気がした。僕らを取り囲む世界にある物事は、一つ一つを取ってみればてんでバラバラの物事でしかない。にもかかわらず人はそこに意味を見出す。世界を調べるだけで満足せず、解釈し、物語にしてしまう。人の一生という、有機物の一定期間の振る舞いを大層な物語にするし、歴史という物語を大事に作り上げるし、星の動きも、それどころかちょっとした散歩や会話さえ意味のある一連の出来事として理解される。他方で全く無意味にただそうなっている、という事実を飲み込むのに時間がかかる。「君は君だ」と言うと物語チックなにおいを嗅ぎ取ってあっさり理解できる(した気になる)のに、「A=A」という抽象は理解するというより飲み込むしかなかったりする。

 それはあるいは生物としての適応進化の賜物かもしれなかった。物事に繋がりを見出し因果関係を見出すことで未来予測が可能となり生存の助けとなる、といったような。世界にただ反応するだけでなく世界を解釈することで人は人になったのかもしれなかった。

 故にこそ、夢幻のようなあやふやさを現実に生きることを嫌い避けるのではないか。意味が通らず、突然消えたりするようなものを現実としたくないのではないか。


「人は現実というものを意味ある存在として見出すことでそこから多くのものを得た。幸福もその一つ。けれど、幸福と同時に不幸も見出した。意味づけされた現実は意味づけされたがために、人にとってそういうものになったんだよ。それで不幸から逃れるために人は様々な方法を取った。例えば、お酒に逃げた」

「例えば、Sゼロに?」


 相槌を打った僕にサクは天を見つめたままで僅かに頷いた。


「そ。でも一時現実から逃げるだけじゃ満足できなかった。一つながりの幸不幸という構造そのものが問題だったから。不幸だけを消すことも、幸福だけを得ることも人は出来ない。ただ『幸せになりたい』って願いを人はお酒に、Sゼロに求めた。Sゼロは――可変現実は、旧現実と同等の確固たる現実を好きに作り出すことに成功した。でも足りない。まだまだ足りないんだよ」


 でしょ? とサクは傍に立つ僕を見上げて言った。ひどく高い場所にいるせいか、やや冷たい風が吹いて彼女の綺麗な髪を揺らし、舞わせる。


「好きに作れる可変現実とは言っても、現実であることには変わりない。現実が現実として根源に抱える問題は全然変わってない。不幸を廃した現実を作ろうとしても、全てが幸福だけになった時、人は幸福を幸福とは感じ取れなくなる。幸福はそれが完全ではないこと、いつか消えることによってその価値を支えられている。不幸が幸福によって成り立っているのと同じでね。Sゼロが作った可変現実はだから、人を永続的な幸福には導けないし100%満足させることもできない。時々……そのことに気付く、感づく人が出てくる」


 センシティブな少年とかね、とサクは僕を視線で指して冗談っぽく笑った。


「可変現実でも駄目なら――どうすれば良いと思う?」


 問いかけられて、僕は言葉に詰まる。不全感。可変現実ですら満足できないこの意識をどうすれば良いのか。

 簡単だよ、とサクはそれまで聞いたことのないほど優しい声を出した。


「拮抗すれば良いんだよ。現実に。旧現実でも可変現実でも関係ない。幸不幸という構造に、拮抗するんだよ」

「拮抗する……?」

「現実の根本構造は変えられない。私たち人間自身がその一部として組み込まれているから、変えると私たちも変質する。自分の尻尾を追いかけるようなもので、不幸を制圧しようとすれば幸福が無意味化する。だから意味がない。変えられない。大事なのはね、拮抗すること。支配したって、されたって、駄目なんだよ。不幸なのを諦めて支配されても、幸福を求めて不幸を支配しようとしても、徒労に終わる」


 だから、拮抗する。

 できる限り幸福を目指しつつ、不幸を受容し、しかし支配はされない。

 人間が現実に対してとれる姿勢は多分、そこに極まるんじゃないかな。

 サクはゆっくりと僕の意識に染み渡らせるように言葉を紡いだ。


「それができるだけの力を、人は持ってるよ。その力を得るだけの価値を世界から見出すことが出来るだけの力をさ」


 世界の価値。輝かしいあれこれの価値を見出すことが出来る。そして価値と一体として存在する不幸をその為に飲み込める。飲み込んで、耐えて先に進める。

 そうした一連の構造は、十分に幸福に至れるだけのものではないか、と彼女はそう語ったのだった。


「サクはなんか、時々難しいことを言うね」

「賢いからかな。天才だからかも。褒めて良いよ」


 調子付いて言うサクに、しかし僕は冗談でなく本気で答えることにした。


「そうだね。ありがとう、サク」


 意表を突かれてサクは真顔になったあと、けらけらと笑った。

 拮抗すること。口の中で小さく言葉にしてみると、それは思った以上に馴染んだ。まるで渇いた土に水を垂らしたように抵抗なくすっと飲み込むことが出来た。

 サクが僕に見せてくれた価値。僕はそれを味わうと共に、自分自身のある歪みにも気づき始めていた。けど、やっていけそうな気はした。

 旧現実の価値をサクは僕に見せつけた。可変でなくとも存在する、現実そのものの価値を。それを知っていれば可変現実だろうが旧現実だろうが生きていけそうな価値を。まだまだ不全感は残っているが、サクといる間は気にならなくなっていた。

 サクは笑い、僕らはじゃれあい小突きあい、無人の屋上で好きなだけだらけ、いつものように別れた。

 サクは強い。そう素直に思った。彼女は可変現実だろうが旧現実だろうが生きていける。もし今すぐ体内からSゼロ要素が失われても、生きていけるだろう。僕もまたそうなるのだと、想像してみると気分は良かった。「代わりにいいのある」と言ったサクの言葉は嘘ではなかった。

 目指す強さを見た、と思った。次に彼女の澄んだ笑みに相対するときには僕はまた一つ彼女に近づくだろうと思った。「拮抗」できる存在になるのだと。



 けれど彼女と次に会う機会、というのは訪れなかった。拮抗できると語った日から十日ほど後、馬鹿げた唐突さで一本の映像メッセージが僕に届いた。

 メッセージの中でサクは、「さよなら、ツミ」と呟いて、それっきり僕の前には姿を現さなかった。彼女は消えたのだ。映像の中の、1000ケースの古いタイプのSゼロと共に。

 

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