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ゼロ・リアル・ストロング  作者: 深津 弓春


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9 諦観の残滓


 SZ社会の到来がこの国の多くを変えた。文化、文明、政治、人種構成、様々なものが変わった。そういう諸要素を支える現実からして変化したのだから当たり前だ。

 多くのものが変化の揺らぎに晒された。国境線もまた、その揺らぎの一部だった。

 サク・ゴーストが枯れた果樹園の次に僕を連れて訪れたのは、そんな揺らぎに何年か晒されていた場所のひとつだった。つい最近まで主権が曖昧だった南方の離島の一つ。

 島は小さなものだったが、民間人の立ち入りは制限されていた。土地の大半は手付かずの自然のままだが、警戒用と思しきレーダー施設や無人機の発着場のようなものが港には造成されていた。

 僕らは都市部からここまで、小型の垂直離着陸機に乗ってきていた。勿論運転は自動だった。個人がレンタルするような類の機体ではなかったが、ゴーストは僕を果樹園から空港に導き、当然のように用意されていたそいつに乗り込ませたのだった。

 それから数時間で島にたどり着いていた。すっかり日は傾き落ちようとしている。


「ここは、つい最近まではSZ196のカバー範囲じゃなかったの」


 黄昏時の玄妙な色合いを顔に乗せて、ゴーストは僕と共に島に降り立ち、語る。


「何十年も昔から私たちの国は国土の一部だと主張してきたけれど、いくつかの他の国もそれは同じだった。政治的な衝突も断続的にではあるけれど存在した。でもね、実のところここはそれほど魅力的な場所じゃなかったの。当時の世界情勢においては戦略的に重要なポイントでもなかったし近くに資源があるわけでもない。島自体狭いし、観光に使えそうでもない」


 言葉の通り、島は殺風景であまり滞在したいと思えるような場所でもなかった。


「昔から少数居住者もいたけれど、どこの国の住人といえるようなものでもない凄く中途半端な人々だった」


 言って、ゴーストは港から伸びる細い道の先を指し示した。暗い風景の中、何の明かりもないがかすかに建物の群の影が僕の目に映る。小道を歩いて進むと、やがてぼろぼろに古びた家々の廃墟にたどり着いた。


「SZ社会が始まってSZ196が支配AIになると、勢力図も変わった。ここに住んでた人もほとんどは退去したの。得体の知れないアルコール国家が怖かったのかもね」


 SZ196によって世界でも最も力持つ先進国家となった共同体が領有を主張していたのだから、まあ分からなくもない話ではある。


「けどSZ196はそれ以後もここを本格的に統治も開発もしなかった。まあ住みたいって人もいなかったし領土広げる必要もなかったしね」


 と、肩をすくめる。


「まあ、そりゃそうか……」


 考えて、僕は呟いた。SZ196は支配AIであり、他の追随を許さないトップだ。やろうと思えば世界中どこの土地でも資源でも獲れる。SZの民は人口をさして増やしてはいないし、主要な国土である列島内部ですら過疎地域は多い。魅力のない海の真ん中の島ひとつをどうしようとは思わないわけだ。


「サクはここで数年を過ごしたの」


 打ち捨てられた家々を目に映してゴーストが囁く。廃墟の群は、かつての生活の名残や文明の名残よりも、その場を見捨てた人々の諦観の残滓の方が強く残っていそうに思える、ひどく寂寥とした景色を形作っていた。


「みんな退去したんじゃなかったのか?」

「ほとんど、って言ったでしょ。ほんの僅かに、残った人がいた。サクの保護者もその一人」

「保護者、っていうのは――」

「父親。母は不明。サクは数年間この土地で生きて、その後SZ社会に、SZ196に、保護された。SZ社会が成熟するにしたがって増えてきた反SZ国家たちがいくらか争いを起こす中で、この島も警戒すべきポイントに変わってしまったの。それで、本格的に監視と管理を始めることになって無人機が送り込まれ通信拠点が作られケーブルが引かれ……そういう開発の中でこの島もSZの社会システムに組み込まれた。その流れの中でサクは保護されたの」


 世界情勢が変化し、島の重要性が増し、SZ社会が本格的に手を入れた、ということか。そして真っ当な社会機構や国籍に組み込まれていなかった島の僅かな人々もSZ196が伸ばした手に触れられたというわけだ。


「保護されたサクが最初に施されたのは、再生治療」

「再生治療?」

「それもなかなかに大規模な治療をね。彼女は、ここで数年間共に生活していた父に虐待を受けていた」


 と、ゴーストは僕の頭の中にデータを放り込んでくる。接触式アルコール通信でもなく(ゴーストなのだから実体は存在しない可能性が高いので、当たり前だ)、無線通信の通知も許可もなく放り込まれた情報は、どこかの医療機関のログだった。医療行為の記録、経緯、患者の様態、投薬、医療微小機械の利用などなど――。

 専門的な知識がないために細かなことは分からなかったが、大まかな治療内容や治癒仮定については平易な言葉に変換されており、理解が可能だった。

 記されていたのは、なかなかにえげつない内容だ。大規模な皮膚培養と張り替え、大小二桁に昇る骨折の処理などはまだ軽い方で、骨から培養して再生した歯の数が片手の指の数を超えていたり(つまりそれだけ必要だったということだ)、一部内臓、循環系の重大な損傷まであったらしい。

 苦い唾を飲み込み、思い返す。サクが放っていたあの独特な雰囲気。天真爛漫というわけではないが、しかしどこか突き抜けた活発さ、そこから感じる僅かな、そしてひどく危うい何か。

 尋常一様な人間ではないと思っていた。可変現実アーティスト、地図にない果樹園で寝転がる少女、わけの分からない思い付きを謎のクラック技術で実現したりするその手腕。

 サクのルーツは、どこからどう繋がっているのか。その原初が、この悲惨な医療データだというのだろうか。驚きと困惑に眩暈のようなものを覚えて、しかし僕はデータから目を話すことが出来ない。


「最後の仕上げは、SZの民だった」


 胸糞悪い情報を拡張視界で確認する僕にゴーストは続けた。


「サクの父は恐らく反SZ国家の一つの技術者だったと考えられてる。本人が島の制圧・サクの保護時に自死したから厳密には不明だけれど。彼はSZ関連技術の解析と応用の技術を研究していた。その知識を活かして、SZの民をこの島に数人誘ったの」

「それは、なんのために」

「本当のところの理由は分からない。多分本人にしかね。やった事だけを言うなら、サクにとどめを刺すため、かな。彼はSZ国外の人間でありながら可変現実のセットを作製したとしてSZの民の一部に連絡を取り、この島に招いてそれを体験させようとしたの」


 国外の人間に可変現実が? と反射的に考え、しかし僕は声に出す前に飲み込む。SZ関連技術の多くはSZ196の管理下にあるが、完全な秘匿技術ではない。というかそういうあり方にはなりえない。なにせ民間人が日常的に(人生そのものとして)扱う技術だ。国外旅行を行うSZの民は非常に少ないが、ゼロではない。海外との通信は監視や管理の元にはあるが封鎖されているわけでもない。知識は少しずつ拡散する。

 そもそも、SZ196にとって、この国にとって、SZ関連技術が広まるデメリットは少ない。SZの文化思想はSZ関連技術と共に在り、広がれば広がるだけSZ196の領域が増えるだけだ。軍事転用して攻撃されれば、という心配も、支配AIたるSZ196の能力を考えれば問題にもならない。


「招待を受けたSZの民たちは皆、AIの作製した可変現実に飽いていた。ちょっとした興味本位で、当時まだSZ196の監視下にはなかったこの島を訪れた」

「可変現実に飽きてた、って、いくらでもバリエーションはあるだろう?」


 オーダーメイドでもランダムでもなんでも、可変現実のバリエーションはほぼ無限だ。

 しかし、ゴーストは呆れたような笑みを見せて、短く嘆息する。


「ツミがそれを言うの? どんな現実にも満足できずにサクを求めたあなたが」


 反論のしようもない。その通りだ。


「僅かにね。いるんだよ。可変現実に十全満足できない人間が――理想的な酩酊を理想的だと感じきれない人々が」


 その言葉だけは、奇妙な響きを帯びていた。サクをそっくりトレースしたゴーストの声はサクの声でしかないのだが、その言葉だけはどこかノイズが混じったように、サクから乖離しているように聞こえた。


「ともかく、招かれた人々は国外人の作った奇妙な可変現実を楽しんだ。それはある種の趣味嗜好を持つ人間を満足させるための可変現実だった。まあ、SZ国内でもありふれた種類の可変現実だったけれど、人間が作った拙い出来の現実であることがちょっと珍しかったのかもね、それなりに楽しめたみたい」

「ある種の趣味嗜好、っていうのは?」

「例えばツミはさ、可愛くてか弱い動物とかを支配したりいじめたりしたいと思ったこと、あるかな」


 その一言で大体理解して、僕は胃のムカつきを吐き出すように大きく息をつく。嗜虐や支配。酷い怪我を負った状態で保護されたサク。大体何があったかは推測できる。体の筋や骨が強張りながらも脱力するような奇妙な感覚が背筋から全身に広がる。


「招待されたSZの民たちは、可変現実の中で可変現実を楽しんでいた。誰に迷惑がかかるわけでもない好き好きな現実としてね」


 SZ196の調節の元、国内では多くの可変現実が駆動している。可変現実は旧現実では叶わぬ欲望を大きく叶えてくれる。

 倫理規定も何もない国外の人間の作った稚拙な可変現実。SZ196の管理調整が及ばぬ域外で、SZの民たちは何を見て、何を楽しんだのだろうか。


「彼らは彼らの現実の中で楽しんでいた。サクは苦痛を訴え声を上げたけれど、誰の耳にも入らないどころか、誰の『現実』にも届いてはいなかった」


 ゴーストの言葉に僕はいつか思ったことを想起する。

 Sゼロを愛さぬものにぼくらは用は無い。そんな人々とは向き合うことも話すこともない。それどころか、同じ現実を共有することすらない。

 誰にも届かぬ、別の現実からの訴え。サクは現実を異にする人々を前にしていたのだ。

 サクの父だという男は、何を考え感じていたのだろうか。可変現実の中にのみ生きる人々が、旧現実に生きる少女に蛮行を働く様を彼はどう捉えていたのだろうか。ひょっとすると、そこには愉悦があったのではないか、と僕は空想する。彼が反SZ国家の人間で、SZの思想、可変現実に反する者だとすれば、その可変現実に耽溺しそれと知らずに旧現実の人間を痛めつけて喜ぶSZの民というものは、ひどく滑稽ではないか……。


「そんなことを、どこから聞いたんだ……?」

「サク本人からだよ」


 けろりとゴーストは言う。意味不明だと思いつつも、僕は何か収まるべきものがどこかに収まったような、奇妙な納得感を覚える。なんだろうか、これは。このサク・ゴーストは、誰なんだ?


「丁度タイミングとしてはSZ196が島に手を伸ばす直前だった。発見された時のサクは瀕死で、生きていたのが不思議なくらい」


 ゴーストは僕の手を取り、空いたほうの手で廃墟の家屋のうち一つを指し示した。存在しないはずのゴーストに腕を引かれて、僕は歩き出す。


「行こう、ツミ。次が最後だよ」

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