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ゼロ・リアル・ストロング  作者: 深津 弓春


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10 ぜんぶ飲むまで。私が私でなくなるまで。


 ツミ。突然いなくなってごめんなさい。色々と私はえらそうなことを言ったけれど、でも実際には臆病で、軟弱なところが沢山残ってるの。面と向かっては恥ずかしくて言えなかったけれどね。

 最初に私たちが出会った時のことを覚えてるよね? 私はさ、あの時、一つの決心をしようとしていたんだ。どうすることもできない袋小路にいて、それでもどうにかしようと考えて、ある手段を思いついたの。結構、馬鹿馬鹿しいやり方をね。

 拮抗について――そう、拮抗について、私はツミに伝えた。人間にとって、現実にとって、価値にとって、何が大切で、どんな態度こそがそこで求められるのか。私はそれが、拮抗することだと言った。そのことに偽りはなかった。

 人が世界という構造、世界という論理、幸不幸という生の文脈に相対するとき、きっとそれこそが出来うる限り最良の方法だと、ずっと考えてきた。不幸に折れず、しかし不幸を圧倒しない。圧倒された不幸は、支配された不幸は、最早不幸でもなんでもない。幸不幸だけでもないかもしれない。あらゆるものを、人は本当の意味で完全に支配は出来ないし、できたとしてもした瞬間から無意味になってしまう。

 けれどそうした構造自体は、別に不幸でもなんでもない。受け入れ、拮抗できればわたしたちは十分な価値を享受できる。じゃなきゃ、誰も皆これほど生きれてはいない。

 私にはそれが分かっていたから、ツミに伝えることが出来た……と、言いたいところだけれど。

 ごめんね、ツミ。偉そうに語っておいてさ、多分、私は不完全にしか分かってなかったんだと思う。

 何かを本当に分かるってことは、それを出来るってことと同義だよね。

 ツミと出会ったとき、語り聞かせた時間、それに今も、私は自分でツミに語ったことを本当に分かってはいない。実行できてない。

 多分、私よりずっとツミのほうが強いんだと思う。私はね、色々考えた上で、やっぱりはじめから考えていた方法を取ろうと思うんだ。

 これ、なんだか分かる? ツミはほとんど見たことないかな。昔はこんな形で、こんなパッケージで、町中で売られていたんだって。

 一〇〇〇ケース分の、Sゼロ。昔の、とっても懐かしい、原始的な酩酊の導き手。

 ずっとね、ずぅっと私は、現実について考えてきたんだ。ツミと出会う前、この国でSゼロの酩酊システムに繋がれるよりも前からね。

 その間意識の端にへばりついて一度も離れなかったのは、放棄するってこと。

 拮抗も支配も何もしたくない。全部打ち捨てて、放棄して、この価値構造の中で蠢くことに背を向けてしまおうってこと。

 私にとって、ツミに見せたような現実の価値は輝かしい喜びそのもの。けどね、その正反対になるようなものも、沢山知ってる。

 人はどこまで拮抗できるんだろうね? 現実に相対するための最善手が分かったとして、人はどこまでそこにコストを払えるんだろう。どこまでの現実に拮抗できるんだろう。

 私にとって現実は、旧現実も可変現実も全て、価値であり、同時に触れたくもないおぞましい存在なの。

 受け入れて拮抗して生きていくべきもの。拒否して放棄してそのおぞましさから離れるべきもの。私にとっての現実はその二つの重ね合わせ。こんな状態はそうそう長くは続かない。

 だからね、時間を区切ることにしたの。

 あるところまでは何とかやってみる。でも、それで駄目ならそれまで、ってね。

 耐え難いことに耐えて乗り切れるか。そんな苦痛に満ちた挑戦を無限には続けられないからさ。

 私たちSZの民のアルコール耐性は、昔の人たちとは比べ物にはならない。強化された臓器がものすごい速度でアルコールを分解できるし、常時身体のエラーは監視され修復される。Sゼロに24時間365日浸っていても何十年も生きられる。

 でも、そのアルコール分解能やその他身体維持システムにも限界がある。SZプラントを稼動させたままで、更に外部からも強烈なアルコール飲料を異常な量流し込み続けた場合、どこかで上限を超えることになる。

 ここには、2万4千缶、1200万ミリリットルの原初のSゼロがある。

 これ、ぜんぶ飲むまで。私が私でなくなるまで。

 それを私のとりあえずの人生の期限にしようと思うんだ――。

 ツミには、拮抗することが出来ると思う。きっとね。私も耐えられるだけの時間内で、頑張っては見るよ。飲み終わるより先に、私が私であるままで、拮抗できる人間になれればいいと、そう思ってる。

 もしも成功したら。またどこかで会おう。その時はツミが見つけた現実に私を招いて欲しいな。


   *

 

『それを私のとりあえずの人生の期限にしようと思うんだ』


 古く煤け、退廃した部屋の中に、過去の景色が重なって映し出されていた。二重の景色が僕の視界のなかで同時に像を結び意識を刺激する。

 元は何か物資の集積所だったのだろうか。味気ない造りの倉庫のような場所だった。天井は高く、壁は金属むき出しの寒々しい場所だ。奇跡的に天上の電灯はいくつかがバッテリー駆動で生きており、その白々しい光が尚のこと寒々しさを誇張している。

 僕はこの場所を知っている。繰り返し視聴した映像メッセージの背景。サクがかつていたはずの場所だ。ゴーストは僕の中からメッセージを再生し、この一時、僕の視界に現実の光景を重ねて表示していた。

 現実の――何の修飾もない旧現実のこの場所は、周囲に広がる廃墟と同様くすみ、汚れ、あちこちが壊れ、打ち捨てられた建物特有の時間の流れの中に埋もれた頽廃とでも呼ぶべき景観を僕とゴーストに晒していた。対して、メッセージの中のこの場所はまだ綺麗と呼べる場所だった。

 メッセージの中できらきらと輝く山と詰まれたSゼロの缶は、旧現実では誇りの積もった空き缶の山だった。どうやらサクは飲み終わった缶を一つ一つ綺麗に積み上げていったらしく、室内の一角には空き缶の壁が出来ている。

 映像メッセージを受け取って以後、サクからの連絡は一度もなかった。

 不思議なこと僕はどこかでそれを当たり前のことだと考えていた。その瞬間を見たわけでもないのに、サクはどこかへいってしまったのだと、すんなり考えてしまっていた。

 思えば、サクには危うさがあった。張り詰めた美しい危うさだ。

 彼女の表情は、仕草は、言葉は、尋常じゃなかった。清冽で、突飛で、ぞっとする気配があった。だからだろうか、メッセージはどこまでも滑らかに理解できた。これはサクの言葉で、サクの決意で、サクの至る場所なのだ、と。

 僕は取り乱さなかった。捜しても無駄なことは分かっていた。彼女はどんな隠れ方だって出来るだろう。あの人間業とも思えないクラックの技術があればどうとでも隠れられるだろう。

 僕は取り乱さなかった。サクがいなくなって、僕はそのまま元の日常に復帰した。不全感を抱え、適当な可変現実に身を埋め、SZの民として生活する。

 僕は取り乱さなかった。サクが消えて、ほとんど自殺みたいな文言と共に消えて、僕はそれでも落ち着いていた。いや――それだからこそ、落ち着いていた、ような気がする。

 私が私でなくなるまで。

 悲愴な言葉だ。その悲愴さを思うとき――僕は常に、凪いだ、平穏さと共に在った。

 そして、時折旧現実に戻ることを人生の癖として覚え、自分が十分に「拮抗」できていないことを知りながら、生き続けた。

 そして、今ここにたどり着いた。サクの形をしたゴーストに導かれて。

 僕はぐるりと室内を見回す。綺麗に並べられた空き缶を、簡単な視覚系アプリで数え上げる。びっしりと規則的に詰まれていたために計数はあっさりと終わる。2万4千。ここにかつて運び込まれた全てのSゼロが消費されたことになる……。


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