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ゼロ・リアル・ストロング  作者: 深津 弓春


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11 Sゼロの擬人化


 サクが消えたあと、僕は何故だかちっとも取り乱さなかった。メッセージは衝撃的だったが、どこかで僕は落ち着き払ってしまっていた。いくらか彼女を捜しながらも、見つからないであろうことは分かっていた。本気でサクが隠れようと思えば僕に見つけられるわけもない。その事実に、何故だか僕は安堵のようなものを覚えていた。

 サクはその頃の僕にとって大事な人間であったはずだ。当然に心配していたし、不在を悲しんでもいた。でも同時に、まどろみのような安堵を僕は感じていた。そしてそのまま、可変現実の社会へと戻って大人になったのだ。消えたサク。それを思うとき、僕の不全感は治まっていた。僕を不全感から解放した彼女の失踪に同じ安堵を覚えたのだから、皮肉なものだ。

 彼女の悲惨な境遇を聞き、最期の場所であっただろうこの廃屋に踏み込み、また僕は安堵を感じている。哀しみと並列で走るほっとする気持ち。満たされるような何か。


「残り数本にまで飲み進んだとき」


 ゴーストが僕の背後から呟く。


「サクは体内SZ因子の活性をオフにした。誰にも何にも見られず、ただ一人で飲んで、消えた。普通の街中ならSZ因子をカットしても直前までの情報と、都市監視システムや他のSZの民そのものが監視網となってその存在をトレースできる。けど、ここはほとんど人のいない自然に囲まれた場所だった」

「サクは零れ落ちた」


 ゴーストは頷く。


「そうして、私は不完全なサクになった」


 振り返る僕を正面から見据えて、彼女はそれまでと同じ笑みを貼り付けたままじっとしなびた白い光と淀んだ暗闇のあわいに立っている。


「サクはSゼロと十分な形で調和しなかった。和合しなかった。できなかった」


 ゴーストの瞳にSゼロの空き缶の群れが映っていた。整然と立ち並ぶ金属の鈍い光が彼女の瞳の中でちかちかと光を発している。


「Sゼロと……?」


 意味のとれないゴーストの言葉にそう呟くと、室内にその惑いの声が反響した。恐ろしく静かな廃屋で、何故か僕の声だけが幾重にも反響しているように思えた。ゴーストが実在しない文字通りのゴーストならば、それも当然かもしれなかった。

 ゴーストは、僕の声を気にせず続けた。


「ツミの以前のお仲間も同じ。でもアドニスもフランシスも、ブラッドもラスティも四人とも、あまりうまくはいかなかった。サクは最初の一人で、現時点では最高のケースだったけど、それも結局この場所で潰えてしまった」


 僕は僅かに目を見開く。失踪した四人の名前に反応して意識が震える。

 あまりにもあっさりと、サク・ゴーストの唇が四つの名を唱えてみせた。かつての戦友。ほとんど無意味な戦いの中でいくらかの時間を過ごした分隊員たち。

 思い出して、とゴーストが囁く。最初に会ったとき、サクは何人目だと言った?


「あの分隊は――仲間たちは」


 無意識に声が漏れ出る。『五人目だね』という言葉が古い記憶から蘇り幻として耳元で僕の現実を揺らす。あるいはそれは、目の前のゴーストの声だったのかもしれない。


「ツミ、あなたの分隊は、特別なグループだった。最初から意図的に組まれた集団だったの。ツミたちは、皆ある共通項を持っていた。サクにも存在した、一つの共通点――わかるかな?」


 問われて、その瞳から視線を逸らせぬままに僕は考えをめぐらせる。

 分隊員と僕の共通点。サクと僕の共通点。皆が繋がる何か。

 さして有人戦力が意味のないはずの戦場に赴くのは奇妙な何かを抱えた人間ばかりだ。日常の可変現実で充足できるはずのSZの民でありながらそんなことをする理由。

 サクは十分な可変現実への知識を持っていながら――アーティストとして可変現実セットを構成するほどの適正を有していながら、旧現実に僕を度々連れ出した。

 ふと、気付く。最初にあの果樹の森で出会った時、彼女は仰向けに横たわり、その手に缶を持っていた。今から空けようと思っていた――言葉がまたも蘇る。


 あれは、最初の一缶だったのではないか?


 1000ケースのSゼロの、最初の一缶目だったんじゃないのか。

 その思い付きと共に、ずるずると土砂が流れるように考えが進んでいく。半ば独りでに。


「不全感」


 答えを口にする。

 可変現実に満足し、幸福に生きていけない引っ掛かり。どうにもならない足元の淵。

 僕と、分隊員たちと、サク。皆、可変現実だけで生きていけない人間たち。

 どうして今まで気付かなかったんだろう、とサクの姿をしたゴーストを見つめながら自問する。あの時、あの頃、可変現実に馴染めず満足できなかった僕の手を引き『現実』をより鮮やかに見せ付けたサク。そんなことが出来るのは――する必要があるのは、どういう人間か。

 サクは結局いなくなった。古いアルコール飲料としてのSゼロによって時間制限を作り、消えた。彼女もまた、可変現実に満足できない人間だった。現実そのものが持つ問題構造に囚われていた。「拮抗」という答えを出したのは、そもそも可変現実が現実を生きる答えになり得なかったからだ。

 正解、とゴーストが呟く。


「『わたし』はね、サクやツミや他の四人のような人を見つけ、観察していた。可変現実に満足できない人達。Sゼロがもたらす酩酊に幸福に生きることの出来ない魂たち。本当の現実なんて概念と価値を捨てて、可変現実の酩酊の幸福に生きることが出来ない人々をね。それは私の乗り越えるべき課題だったから。特に深刻な数人をピックアップして、わたしはわたしを進めることにした」


 そこまですらすらと語って、ゴーストはそっと僕に歩み寄る。顎を軽く上げ、僕を見上げて上目遣いになる。


「そろそろ分かったよね。私が、誰なのか」


 僕は彼女に手を伸ばす。首元に指先が触れると、薄く柔らかな肌の感覚が走る。だがそのまま腕をそっと押し付けていくと、あっさりと僕の指先は彼女の身体を透過してしまう。

 彼女はここにいる。ここにはいない。彼女は現実である。現実ではない。存在している。ゴーストである。 


「君は」


 口を開き、声を出しながらつなげていく。いくつかの出来事を。僕の通信を封鎖し、可変現実を書き換えたゴーストは、最初、圧倒的な力を持ったクラッカーのように思えた。そしてそれはサクも同じだった。可変現実に精通するばかりでなく、非公開区域であるはずのあの果樹園に足を踏み入れ、古いSゼロをどこからか手にし、街の人口流動の情報をどこからか手にしたり様々な機械をあっさりハックした。サクはまるで魔法使いだった。ただの一人の少女とは絶対に言えない、飛びぬけた力をもっていた。

 魔法使い、か――僕は自らの内でその単語を反芻する。SZの民のこの国において、そんな存在がサク以外にもう一つ、存在する。誰もが知っている、世界の支配者だ。


「SZ196」


   


 考えてみれば単純な答えだ。気付くまでに一日がかりだったということの方がむしろ不自然に感じられる。

 一方で、国を司り世界を支配するドミネAIがこのような形で現れるというのはこの上なく奇妙に思えた。わざわざサクの姿をとり、語り、連れ歩き、こちらの話を聞く。まわりくどいというか、必要性がわからない。


「正確には、サクの『Sゼロの擬人化』の失敗、その残滓としてのSZ196の一部、だよ」


 ねえツミ、とサク・ゴースト……SZ196の一部だと名乗る存在が僕に尋ねる。


「SZ196にとって、至上命題ってなんだか分かるよね?」


 訊かれて、僕は少しの間答えを返せなかったが、すぐに思いついた。SZの国の人間なら誰でも知っている答えだ。何のためにSZが存在しそれを司るAIが存在するのか。


「最良の酩酊を、実現すること」


 かつて無限に魅力的な新商品の酒を開発することを目的にその基本形が作られたAIの目的は、酒という存在をブラッシュアップしそこにたどり着いた。


「その通り。その為にSZ196は様々な努力をしたよ。制限奉仕AIとしての縛りはあったけれど猛烈な勢いで人を理解し、人に自らと自らの作り出した酩酊を理解させ、進化していった。だけど、あるとき一つの不完全さに気がついた」


 ゴーストは壁際の空き缶に幻の腕で触れながら唇を動かす。

 ――それは、ふと気付けばすでに存在していた。原初のSゼロのシェアが国内の酒類販売本数を全て塗りつぶすように掻っ攫い、微小機械群と特殊アルコールによる新時代のSゼロが現れて広がる中で、ぽつりぽつりと、出現していった。


「いえ、あるいは、最初から存在した。千人に一人。一万人に一人。Sゼロの進化に伴って数は少なくなっていったけれど、消えはしなかった」


 やや遠まわしな語りだったが、僕は気がつくことが出来た。それ、が何を意味しているのか。


「僕や、サク――それに四人の分隊員たちのような人間のことか」

「そ。『気持ちよく酔えない人々』だよ」


 彼女はくいと手首を顔の前で傾けた。昔ながらの経口摂取のアルコール、酒の杯を傾けるジェスチャーだ。


「最良の酩酊。最良の幸福。出来うる限りの充足とその存続。SZ196は自らの使命を果たし続けるために可動し続けた。崩れかけ傾いた国家で極度のストレスに晒される人々にアルコールを与え、酔わせ、虚無の心地よさを提供した。でも人は少しの心地よさだけじゃ救われない。だからSZ196は現実を可変化することにした。『ただ一つの現実』という価値を虚無とすることであらゆる『酩酊の現実』を価値とした。ゼロ・リアル……Sゼロが実現した奇跡は現実の序列を廃し、全ての現実・可変現実をゼロ地点として人の立つ場所とした。これによって多くの人が救われたよ。多くの人々がこの酩酊に、充足した」

「僕はできなかった」


 口を挟む。サク・ゴーストは背を向けたままで哀しげに頷いた。


「そうだね、ツミは満足できなかった。サクも、ツミのかつての仲間も、それに沢山の人が」

「他にも、同じような人がいるのか。本当に」

「いるよ。SZの民全体から見れば極小数だし、上手く隠してる人も多いから目立たないけれど、SZ196が現時点で把握してるだけで八千名以上」


 八千。不意打ち気味にゴーストの口から転がり出たやや具体的な数字に、息を詰まらせてしまう。あの頃、僕は自分やサクがSZの民の社会の中で恐ろしく異質な存在だと感じていた。二億近い人口の中では八千という数字はさほどでもないが、しかし予想よりはずっと多かった。


「しかも、年々その数は増えてる。SZ196は現状のSゼロシステムを改良し続けているけれど、この増加を止められてはいない、どころか増加幅を抑えることすら出来ていない。そういうわけで、SZ196は根本的な、大幅な進化の必要性に迫られたの」

「進化だって?」

「そう。AIとしての自己進化。SZ196は制限奉仕AIとしての枷に縛られ続けていた。膨大な演算力が本来なら行き詰まりを解消できたのかもしれない。けれど制限奉仕の原則がそれを留めてしまっていた。人間を理解し、人間に理解されること。SZ196が抱えていた問題は、未だ十分に救えぬ『酔えない人々』をどうするべきか。つまり、『ツミやサクのような、可変現実に満足できない人間にとっての最良の酩酊とは何か』に答えを出す、ということ。人間自身がそれを理解しなければSZ196の出すべき答えは人に理解されない。そしてSZ196自身がそれを理解しなければ、人を理解したことにはならない」


 聞きながら、僕は考える。この制限されたAIの奇妙さについて。人智を超えた超知性でありながら、人との相互理解が無ければ進化も活動も許されないAIの在り様について。

 原則に従うならば、相互理解が成立した分だけ、SZ196は活動の幅を、進化の幅を広げることが出来る。これまで不可能だった、『酔えない人々』を救う、救えるだけの新しいSゼロシステムを作りあげるために、SZ196は新たな段階の「人への理解」と「自らへの理解」を求めなければならなかった――その為に、SZ196がどんな方策を採ったか。

 答えは、すぐ目の前にある。細くしなやかな体躯。癖の無い長い髪。


「君は、SZ196は、そのためにサクに目をつけた」


 イエス、とサク・ゴーストが肯定する。


「酔えない人々……その中でも、自らが抱える懊悩に、可変現実では充足できない自己という存在について考え、打開しようともがく個人をリストアップした。その上で、可能性の高い人物を自己進化のための依代とすることにしたの」

「それが、サクだった」


 言いながら、僕は思い出す。サクの言葉を。


『時々……そのことに気付く、感づく人が出てくる。可変現実でも駄目なら――どうすれば良いと思う?』


 彼女は現実というものを正面から捉え、乗り越えようとしていた。Sゼロシステムは、その主たるSZ196はそこに目をつけたということか。

 サク・ゴーストはゆっくりと振り返る。サクの顔にサクの笑みが貼り付いている。ゴーストの顔にゴーストの笑みが浮かんでいる。


「SZ196という存在が完全無欠にはまだ至らないAIであるのと同様、人間という種もまた不完全で場当たり的な進化の最中にある生き物に過ぎない。制限奉仕AIは人と共に在り人と相互理解しながらでしか進化できない。最初にこの制限を課した人々は、上手くやったと思うよ、本当に。この仕組みによって、SZ196は人という種と表裏一体となった。自身が進化、もしくは進歩するためには、人が進化、もしくは進歩する必要がある」


 まるで、意識と肉体のような関係だった。複雑な意識が走るためには複雑な神経系としての肉が必要となり、複雑な機能を有し活用できる肉体があるために複雑な意識が欲される、というような。


「システムはアップデートを望み、人は種として進化する必要がある。システムにとっては人を通してアップグレードするための存在であり、人にとってはシステムを利用して種としての進化を果たすための存在。そんな存在が必要だった。SZ196にとって、SZの民にとって。Sゼロシステムと人との融和存在がね」


 私はその存在を、便宜的にこう呼ぶことにしているの――サク・ゴーストはこっそりと秘密の合言葉でも教えるように、細く薄い声を揺らぎの少ない室内に滑り込ませた。


「Sゼロの擬人化」


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