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ゼロ・リアル・ストロング  作者: 深津 弓春


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3 見える


 一人目はブラッド。次はアドニス。その更に次はフランシス。最後――今のところとりあえずの最後――に二十二歳になったばかりのラスティが。およそ半年間に一人のペースでいなくなった。

 フランシスが失踪したあたりで僕は軍を抜けていた。蓄えは十分にあったし、なくてもこの国ではそれなりに生きていける。幸福は基本的人権として保障された可変現実で手に入るのだから、富裕層と貧困層の差は精神的にはひどく小さい。

 僕は消える仲間を尻目にたまに戦場と同じように旧現実を眺めた。失踪の理由も方法も不明だった。高度AIであるSZ196が見守るこの社会で「失踪する」ということは恐ろしく困難である。SZプラントを備え付けた全国民がSZ196の目であり肌であり耳であり複合センサーであるし、可変現実同士を刷り合わせ「皆別々の現実を生きながら社会が存在している」という奇妙奇怪な状態を維持しているのはSZ196の膨大な計算能力のなせる業だ。つまり人々は常にSZ196とSゼロを通じて繋がっている。

 失踪――いなくなることのハードルはだから、とても高い。人間の知性などとうの昔に追い越しきったSZ196はちょっとした手がかりからでも人を追跡し発見することが出来る。

 それなのに、誰も見つからなかった。かつての僕の仲間たちは一人も見つからず、僕はそんな中ただ生き、眠っていた。

 そしてその日起きてみれば、部屋の壁際に備え付けられたベッドの端にサクが座っていた。


 サクは女の子だ。可愛らしいおでこと、好奇心の強そうな、大きな瞳が特徴的な少女だ。

 本名はコノハ・サクヤ。十六歳で僕と同い年だけれど、年齢より少し幼く見える。

 十六歳? 僕は二十八だ。

 そこまで考えて僕は覚醒した。身を起こし、ベッドから床に足を下ろす。


「おはよう、ツミ」


 彼女はそんな僕を振り返ってそう挨拶した。唇が小さく開き、吐息と声が同時に漏れる。長い睫を揺らして瞬きし、呼吸に合わせて僅かに胸の辺りが上下する。

 僕は頭をぐるりと動かして、部屋の中を見渡した。真っ白な統一構造材で作られた壁面が取り囲む一辺五メートルほどの見慣れた部屋があるだけだった。紛れもなく僕の部屋であり、可変現実によって好き好きに肉付け――というか現実付け――することを前提とした淡白なデザインと構造をもった部屋だ。

 視線をサクに向ける。面白がるような笑顔の彼女は、白いワンピース姿だった。その服装はあまりに清楚で綺麗すぎてどこか間の抜けた漫画みたいだな、とそんなことを思ってしまう。


「ね。なんかさ、言うことないの?」


 彼女は僅かに首をかしげて呟いた。姿かたちだけでなく、澄んだ声音も抑揚のつけ方すらもサクそのものだった。

 僕はしばし考えて、息を一つ吐いてから尋ねた。


「なんで水着姿じゃないの?」

「それ最初に訊くことぉ?」


 笑みを濃くして、サクは「なんで水着よー」とリアクションをとって見せた。


「一番印象に残ってる姿だからだよ。化けて出るなら水着だと思ってたんだ」


 その服は見たことないしさ、と付け加える。


「化けてないし。なに、ツミ、水着の方がよかったの?」


 サクは顔をこちらに突き出すようにして身を寄せてきた。


「いや、今の、そっちの方が良い。水着じゃ目のやり場に困る」

「なんだロリコンかよぅ」

「同い年だったんだがらロリコンでもないだろ。同年代にあれやこれや思うのは」

「だってツミ、今はもうおっさんでしょ」

「そうだね」


 頷いて、僕は一度目を閉じて、ゆっくりと開いた。その通り僕はもう三十路手前だ。色々あれこれ経験してこの十数年を浪費した人間だ。

 なら、どうして、


「どうして君は、いるんだ。サク」


 声に出しながら、僕は自分自身の現実をチェックし始めていた。可変現実の活性状況、そのディテール、他者の現実との競合部分の処理は順調か、バグやエラーは。

 可変現実では出会いたいものに出会える。死んだ人間消えた人間埋めたはずのペットに捨ててしまった人形。やろうと思えば記憶だって封鎖・改変できてしまう。

 しかしながら、僕はサクを「現実にした」覚えなどなかった。そんなことは考えもしなかった。彼女が消えた十六のときから一度たりとも。

 そこまで考えてふと気付く。ブラッドが最初じゃない。僕の人生の中での顔見知りの失踪者は。一人目はサクだ。

 脳裏に蘇るのはぎらぎら輝く金属缶の群だ。彼女を取り囲むように置かれた無数のチューハイ缶。メッセージ映像の中の、古い古いタイプのSゼロ。

 僕はじっと隣に座るサクを見つめた。記憶と違う部分は服装以外何もない。けれど彼女は消えた。けろりとした顔をして十年以上前のままの姿で現れているというのは、怪奇だ。


「君はサクじゃない」


 よって僕はそう結論付けた。


「じゃあ、何者かな」


 サクが――サクの姿をした彼女が面白がるように訊く。僕が何か言葉を返す前に、彼女は更に言葉を続けた。


「可変現実の診断を走らせてるね。けど、異常なんかないでしょ」


 僕は僅かに目を見開いてしまう。先ほどから行っている可変現実のチェックを見抜かれた。同時にその結果が出る。いかなるバグもエラーもなし。おかしなカスタムを受けた可変現実のプリセットも入ってない。それどころか、今の僕はどんな可変現実もセットアップされていなかった。

 今更気がつく。淡白なデザインの部屋。それが淡白に見えるのは可変現実がないからだ。旧現実――いかなる可変現実もない、古い現実だけがそこにある。


 なのに、彼女の姿は見える。


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