この世界のこと
——
あれから、どのくらい経ったのだろう。
あれから?いつのこと?思い出せない。
体が痛い。
手先の感覚がない。
寒いのか、暑いのか分からない。
私は今呼吸をしているのだろうか。
眠っているのだろうか。起きているのだろうか。
誰かが私に触る。背筋あたりがチクンとして、冷たい何かが血流に流れていくのを感じる。
「もうこいつはだめだな。結構長持ちだったけどな。ほら、立て」
誰かの声がする。誰だろう。
そんなことより、立たなくちゃ。立たなくちゃ。立たなくちゃ。
体がふわふわしてる。立ててるのかな?いまって歩いてる?
さっきより、冷たくて狭い部屋。ここはどこだろう?眠りたいな。
「今夜、店が出る。流しとけ」
また、誰かの声がする。世界が揺れて移り変わっていく。
——
いつの間にか眠ってしまったのか、気がつくと見えている景色がいつもと違っていた。
暗い施設から一変して、ナナセは夕暮れ時の地面の上だった。
久しぶりの外だった。ゆっくりと薄暗くなっている。
静かな風が時折ナナセの居る”部屋”を通り抜ける。
風に乗って錆びた鉄の匂いがする。
ぼんやりとした頭で、ああ、ここは檻なんだ、と思ったがそのまま目を閉じる。
自分は今、店頭に並ぶ1つの商品なのだと理解した。
特に感じることは何もなかった。
何か行動を起こす気持ちも、力も無かった。
——
辺りはすっかり暗くなって、所々で明かりが灯っている。
ナナセは、ふと、自分の前に数人の気配を感じた。
その人達が発しているのだろうか、何やら会話をしているようだ。
商人らしき男と、二人の声。
「いやぁ、お兄さん方。使役妖精をお探しかな?うちは良いのが揃ってますよぉ」
「従順に躾けてある。扱いやすい妖精たちですよぉ。今なら破格のお値段で……」
「この妖精を貰う」
「おっ、お目が高いですねぇ……。さすがぁ。今鍵を持ってきますんでねぇ」
ああ、自分が売れたのか。ナナセはそんなことをぼんやりと考える。
鍵が開く音と、誰かに持ち上げられる感覚。
地面から少し高いところに身体が上がり、建物の隙間から吹き抜ける生暖かい風を感じた。
ナナセはうっすらと目を開ける。
「……おい、大丈夫か」
低くて静かな声にそう問いかけられている。
薄暗くて、顔がはっきりと見えないが、この声になぜか、懐かさを覚える。
どこかで会ったことがあるのだろうか?この人を知っている気がした。
思い出そうとするが、頭がぐわんぐわんとしていて、寒い。
それに、知っているから何なのだろう。思い出せたら何だというのだろう。
そう思うと考える気もなくなって、眠くなっていく。
背中に感じる手の感覚が、じわりとナナセの体温を温めていた。
ナナセは再び眠る直前、ほのかに花の香りを感じた。




