遊離
——
しばらくして。
セレンの先ほどまで浅かった呼吸が、だんだん眠っているように深く上下し始めた。
ゆっくりと小さくなる傷口は黄金色に淡く光を放っている。
セレンは微睡の淵で、温かい光を感じながら、うっすらと目をあけた。
(隣に誰かいる気がする……)
(治療されている……?)
自分の身体の異変を感じるも、意識が覚醒しきれずはっきりと確認できない。
ふと影が落ちる。花の香りがする。
太陽の陽ざしに透ける羽。ふわりと流れる髪。少女は少し尖った耳に、細く白い指が髪をかける。
「あ……あの、……えっと、もう少しで、終わりますから」
息を含んだような、可憐な響きの小さな声。彼女の口から発されているらしい。
返事するべきかと思ったが、声は出ないままだ。
妖精か。生き残りがまだいたのか。と、そんなことをぼんやりと考える。
傷口の痛みはなく、じわじわと温かい。この妖精が自分を治療しているようだ。
彼女の指先から伝わるぬくもりは、どこか懐かしく触れたくなるような不思議な魔力を感じる。
逃げなくて良いのだろうか。そもそもなぜ助けているんだろうか。
彼女へ問いかける余裕もなく、じっと彼女の羽から放たれている光を見ているだけだった。
——
ナナセは、うっすらと目を開けている青年を見る。
出血量が多かったこともあってか、焦点がはっきりと定まっていない様子だ。
自分への反応を見る限り、いま森にいる妖精狩りの一味ではないようだ。
半分ほど開くまぶたから見えるグレーの瞳が、時折こちらを捉えている。
何か言いたげなのは感じるが、まだ話せないのだろうと思いながら意識を傷口に戻す。
ナナセは、相当な魔力を流してやっと塞がりだした傷口をみて、ここまでの傷を負っていながら生きていたことに少し驚いていた。
傷に流す魔力が少しずつ軽くなるのを感じる。
改めて青年の様子を観察していると、黒い外套の下に銃がみえている。
彼の装いから推察するに、どこかの保護部隊なのだろうか。
ここで何をしているのか、他に妖精は見たか、そう問いかけようとしていると。
「……おい……に、…ろ……」
青年が何か話そうとしている。その時だった。
ナナセは突然身体何者かの魔法に引っ張られ、目の前から青年が消えた。
先ほどまでの光の粒子が残像に変わる。
「「もう1匹見つけたぞ!これで引き上げる!とっととずらかるぞ!」」
狩人たちの声だった。ナナセは拘束魔法で抵抗する間もなく抑えつけられる。
狩人たちが何かを唱えていて、ナナセの身体がはジンジンと火傷しているように熱くなる。
「いやっ……!離して!やめ……て……」
そんな声も虚しく、意識が遠のいていく。
視界が暗くなる直前、青年が身体を必死に起こし、自分を見ながら何か叫んでいるような気がした。
——
「まて……行くな……!」
セレンが妖精を見たのはそれが最後だった。
遠くで狩人たちが来た道を戻り、森を去っていくのが見える。
力が入らず、銃を構えることができない。
急な動きに身体が耐えられなかったのだろう、思わず地面へ倒れこむ。
「……おい、セレン!!」
合流したらしい仲間の声が聞こえてきた。
自分に駆け寄るのが見える。
あの妖精を助けてくれ、言葉にしようと何度も声にしようとするが音が出ない。
仲間たちがセレンを抱え、何か話しているが、だんだん声が遠くなっていく。
黄金色の光がわずかに瞬く傷口の熱を感じながら、セレンは意識を落とした。




