夕暮れの祈り
——
「ナナセ」
セレンの呼び声に、ナナセは花と花の間から顔を覗かせた。
周りにきらきらと精霊の光を漂わせているナナセは、あの森で見たときの面影を呼び覚ましているようだった。
「あ、セレン!」
名前を呼ばれるたび、自分が受け容れられているということを悟り、言葉のない許しを得たような気持ちになる。
目が合い、ふわりと笑いかける彼女の様子で、今日という一日が何事もなく過ぎたのだと安堵した。
「……もう大丈夫なのか?」
「うん?」
「朝は眠っていたから」
「朝、来てたの?寝坊したの、見られちゃったんだ」
「……好きなだけ寝たらいい」
「ふふ。でも、夜に来る庭園も好き」
ナナセはそう言うと、再び花へ視線を戻した。
淡く光る花をそっと撫で、小さな光を瞬かせる。
昼間見た姿とは違う、幻想的でどこか儚い姿に視線を奪われると、セレンは小さく息をのんだ。
「……セレン?」
そして気が付けば、セレンは手を伸ばし、花の上を添っていたナナセの手を握っていた。
どうしたの?と不思議そうにする彼女の手はひんやりとしていて、手の中で解け落ちてしまいそうだった。
「……手、冷えてる」
衝動的に手を握ったことの理由となる言葉が見当たらず、目前の所感で取り繕うように返事をする。
「……そうかな?セレンの手は温かいね」
ナナセが、手の温度を確かめるように小さく握り返した。
いまだに不思議そうにしながらセレンを見上げるナナセと、静かに視線が重なった。
セレンは、花の優しい光をまとったナナセの瞳に、自分という存在を焼き付かせるように、じっとナナセを見つめていた。
彼女が暗い記憶の中にのまれそうなとき、記憶の片隅に残っていればいいと、何かに突き動かされるような気持ちだった。
「ナナセ、俺はここに居る」
ぽつりとセレンの口から零れ出た言葉に、ナナセは少し驚いたように瞳を揺らした。
ナナセは握られた手をそっと引き寄せて、両手で包むと優しく微笑んだ。
「……うん」
セレンは、ナナセの両手から伝わる温度とは別の、確かなぬくもりを感じて胸が洗われるようだった。
小さく瞬く光たちと共に消えそうなひとつの星を、そっと掴めたような気がした。




