影を落として
——
ある日の夕方。
「……ねぇキサ、これから庭園に行っていい?」
「はは、そんな目で言われたら断れないな」
あれからナナセは定期的に庭園へ出られるようになっていたが、日によって体調が不安定な日も多く、比較的涼しい朝や夕方の時間帯で出るようにしていた。
今日は少し遅めに起きてしまい、朝の庭園に行きそびれたナナセがねだるように問いかけると、キサが目を細めて笑う。
1日に出られるのは短い時間だったが、それでもナナセにとって楽しみになった日課のひとつになっていたのだった。
キサに連れられ、夕焼けに染まった庭園へ訪れる。
ナナセが庭園の草地を歩きだすと、草花が歓迎するかように優しく揺れた。
こうしてナナセが夕方に訪れると、庭園の気配が少しだけ変わる。
揺れた花にナナセがそっと触れるたび、ほんのりと淡い光を放った。
普段は身を潜めている小さな精霊たちも星光のように身体を光らせて、花の周りを蛍のようにふわふわと飛び始めていた。
「……かなり歓迎されてるね。花たちが魔力をナナセに集めてる」
「……ふふ、嬉しい。身体も少し楽になった感じがする」
「それはよかった」
そんな声を聞いていたかのように、小さな光たちはナナセの周りにふわふわと集まると、きらきらと小さな煌めきを残す。
少しずつ紫紺が降りだした空の下、ナナセの周りでは一足早く星空が広がっているようだった。
——
「セレンさん、来ましたよ。ナナセさん」
任務から帰還し、ムーンバレルのカウンターの端に座っていたセレンに、一緒に来ていたリツがそう呼びかける。
セレンを含めた戦闘班の面々が、グラスから庭園に顔を向けた。
「あぁ」
セレンはすでに席を立ち、そう返事をする前には庭園に向かい出していた。
「最近あいつ忙しそうだな」
カウンターの奥で、セレンの座っていた席に残された飲みかけのグラスを片付けているルナが面白そうに目を細める。
「……セレンさんって他人に興味あったんですね。まあ面倒見は良い方だと思いますけど」
「ほら、ずっと前の任務の時にぶっ倒れてた森で会ったってのがナナセちゃんなんでしょ?知り合いなんじゃない?」
リツの言葉で、隣に居たナギが思い出すように空を見つめながら話し始めた。
「あの人、外に知り合いとかいるんですか?」
「……たしかに。任務以外で誰かと話してるの見たことない」
「あの時の怪我も珍しかったですよね。あそこまで死にかけてるの初めて見ましたよ」
「ね。俺も不死身系だと思ってた!」
「……ふっ。お前たち、言いたい放題じゃない?」
話を聞いていたルナが吹き出すと、つられて二人も笑いに包まれた。
「……それにしても、ナナセちゃんって不思議な魔力だなぁ」
笑ながら庭園にいるナナセを見ていたナギが、辺りに舞う光を見ながらぽつりと呟いた。
「綺麗ですね」
リツのその言葉に、二人とも静かに頷くと再び庭園に視線を戻した。
いつもより少し賑やかになった庭園を歩くセレンの影が、ゆらゆらと揺れていた。




