夜明け前の庭
——
「……後は任せて、セレンも今日は休め。何かあったらまた連絡する」
キサにそう言われると、ちらりと診察台の上の彼女に目線を戻したあと、セレンは医療室を後にした。
自分に出来ることはもう何もない、そう判断したようだった。
医療室を出ると、外でアスレイがセレンを待っていた。
「お前がそんな顔をするのは珍しいな」
セレンの顔をみて、優しく笑っていた。
渡り廊下を二人で歩く。
廊下からはギルドハウスの中心にある庭園が見えていて、もうすぐ夜が終わろうとしていた。
「……軽くて。……小さかった」
歩きながら、セレンが言葉を探すようにぽつりとつぶやいた。
アスレイは、じっと考え込む彼の顔から白んで見える庭園の花々に目を移した。
「なるようにしかならない、というのはお前が一番よく知っていることだろうが、彼女に救われ、彼女を救いあげた」
「この世界での、お前の一粒の変化だ。それをどう捉えて生きるかはお前次第さ」
「……あぁ」
そう返事をすると、セレンも庭園へ目を向けた。
庭園の中心にある噴水の音が静かに流れていた。
——
セレンは自室へ戻ろうと思ったが、眠れる気もしなかったため、アスレイとは別れ、ダイニングバーへ行くことにした。
庭園を囲むように続く渡り廊下を少し引き返し、間を抜けて庭園を横切るように歩く。
手に持っている彼女に被せていた上着が、花の上をかすめて花びらを散らした。
【ムーンバレル】と書かれた小さな看板を抜け、店に入る。
この時間の店内にはバーカウンターに一人、マスターが作業をしているだけだった。
セレンはカウンターの一番端の席へいつものように腰かけた。
「おや、今帰ってきたの?あいつに連れ回されて大変だねぇ」
「しばらく前に戻っていた。……ルナ、酒を頼む」
カウンターの奥からセレンに話しかけている男、ルナ。
ルナはアスレイと同い年くらいの魔法使いだ。
ギルドハウスに併設されているダイニングバー・ムーンバレルの経営を任されている。
彼の魔法により彩られた店内は、落ち着いた雰囲気の空間になっている。
アスレイとはアルカが結成される前からの知り合いらしく、ギルド内で彼のことを唯一「あいつ」と呼ぶ存在だ。
気さくで打ち解けやすい彼のいる店は、アルカの憩いの場として親しまれている。
「なんだか浮かない顔だね。ハードな任務だったの?」
そう言いながらルナは果実酒を差し出した。
「いや……」
続く言葉はない。店の大きな窓から見える庭園を静かに見つめていた。
ルナはその様子を静かに見守るだけだった。
特に何かを話しかけるわけではない。そこに居るだけ。
しかし、セレンは不思議と落ち着いた。
いつものムーンバレル。やっと帰ってきた、という感じがした。
静寂の中。店内にはルナの作業する音だけが聞こえている。
セレンは、果実酒を口にする。
半年程かかってようやく彼女を見つけることが出来た安堵。
今にも消えそうな彼女の姿をみて落ち着かない心。
セレンの2つの感情を包み込むように、甘酸っぱい味が口の中に広がっていた。
窓の外は徐々に明るくなっていて、花たちが朝を迎える準備をしていた。




