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『異世界で最強賢者になった俺、帰還した日本がAIロボットに滅ぼされかけていたので最強ハーレムを召喚して反撃します』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第39話 防衛区を“聖域”に変えろ

 新宿外縁線の地下防衛区は、いつからか一つの街のようになっていた。


 ただし、それは平穏な街ではない。

 地上をAIロボットに覆われ、空を観測ドローンに睨まれ、明日まで残っている保証などどこにもない、仮初めの街だ。


 それでも人はいる。

 兵がいて、技術班がいて、医療班がいて、避難民がいて、子供がいて、眠れない夜に誰かが誰かへ湯気の消えた紙コップを差し出すような、小さな人間の営みがまだ残っている。


 その地下防衛区の中心、旧搬入口区画に面した技術分析室で、榊原玲奈はホワイトボードへ大きく三つの円を描いた。


 一本目の円には、境界貫通。

 二本目の円には、異世界側接続。

 三本目の円には、聖域化。


「ミレーネ召喚を成功させるには、この三つが必要」

 玲奈がペン先で円を叩く。

「一つ目。高純度コアによる“向こうへ届く針”。二つ目。恒一とセレフィアによる“向こう側との縁”。そして三つ目が――」

「“こちら側に、ミレーネが降りてよい場を作ること”」

 セレフィアが静かに言った。


 恒一は腕を組み、ホワイトボードを見つめていた。


 敵中枢の地下深部。

 そこから響いた“帰還個体、確認”という声。

 あれを聞いてしまった以上、中心部攻略はもう先延ばしにできない。だが同時に、今の戦力のまま、あの地下へ踏み込むのが危険なのもはっきりしていた。


 だから聖女が必要になる。


 回復。

 結界。

 浄化。

 戦場の持久力そのものを変える存在。


 だが、セレフィアやリュミエルの時と同じように“強く呼ぶ”だけでは足りないらしい。


「問題は三つ目なのよね」

 玲奈が少しだけ肩をすくめる。

「“聖域化”って言葉は便利だけど、やることはかなり重い」

「防衛区全体を、一種の召喚装置へ組み替える必要があるからでしょう」

 リュミエルが、机に広げた地下区画図を見ながら言った。

「ええ」

 玲奈は頷いた。

「今回の召喚は、搬入口区画だけじゃ狭い。高純度コアの歪みを薄めるためにも、もっと広く“受ける場”が必要になる」

「どのくらい広く?」

 雫が聞く。


 玲奈は区画図の上へ指を走らせた。


「ここ」

 医療区画。

「ここ」

 民間居住区。

「それと搬入口、補給路、電源管理室前の通路。この五つを最小単位で繋ぐ」

「……防衛区の中核じゃん」

 木村三曹が顔をしかめる。

「そう」

 玲奈はあっさり認めた。

「だから今回は“召喚陣を作る”じゃなくて、“防衛区そのものを一時的に儀式構造へ再設計する”って考えた方が近い」

「無茶をさらっと言うな」

「無茶じゃないわよ」

「いや無茶だろ」

「でも必要」

「それはそうなんだよな……」


 真田一佐は、区画図を見下ろしたまま低く言った。


「防衛区全体を使う以上、軍事動線と避難動線の両方を組み替える必要がある」

「はい」

 玲奈が即答する。

「しかも、ただ空けるだけじゃ駄目。秩序が必要」

「秩序」

 雫が小さく繰り返す。


 その言葉を引き取ったのは、セレフィアだった。


「聖女の術式は、“整っている場”を好みます」

 金の瞳がまっすぐ皆を見る。

「豪華である必要はありません。清く正しくなければならない、という意味でもない」

「じゃあ何が要る」

 恒一が聞く。


 セレフィアは少し考えてから言った。


「守るものがあり、そのために人が役割を持って立っていることです」

「……」

「祈りと言い換えてもよいですが、もっと実際的に言えば“この場に込められた意思”でしょうか」

「意思、か」

 木村三曹が腕を組む。

「綺麗事に聞こえるが」

「綺麗事ではありません」

 セレフィアはきっぱり言った。

「戦場において最も強く残るものは、案外そういうものです。誰を守りたいのか、何を持たせたいのか、どこを生かしたいのか」

「その積み重なりが場を作る、と」

 真田一佐が低く確認する。

「はい」

「……なるほどな」


 リュミエルが鼻で笑う。


「そういう説明をされると、宗教じみて聞こえるわね」

「理屈でも説明できます」

 セレフィアがすぐ返す。

「聖属性術式は、人の精神配置や役割の整合性に強く影響される傾向が」

「分かってるわよ」

 リュミエルは肩をすくめた。

「そういうところ、本当に真面目よね」

「褒めているのですか」

「半分は」

「残り半分は?」

「少し面倒」

「あなたにだけは言われたくありません」

「言うと思った」


 その二人の応酬を見ながら、恒一は少しだけ息を吐いた。


 戦争の話をしているのに、どこか異世界のパーティー会議を思い出す。

 だが今回は、違う世界の人間たちまでその輪の中にいる。


 それが少し、不思議で。

 少し、頼もしかった。


「要するに」

 恒一が整理するように言う。

「ミレーネ召喚には三つ必要だ。高純度コアで向こうへ届くこと。俺とセレフィアで縁を繋ぐこと。で、防衛区全体を“迎えられる場”に変えること」

「そういうこと」

 玲奈が頷いた。

「今回のキモは三つ目。これができないと、高純度コアがどれだけ強くても“歪んだ針で聖女を引く”ことになる」

「嫌がる、ってやつか」

 雫が聞く。

「嫌がる」

 リュミエルが即答した。

「かなり」

「断言するなあ」

「するわよ。だってミレーネだもの」

「ミレーネさんってそんな感じなんだ」

 雫が少し首を傾げる。

「優しいけど、そういうところは一番繊細だ」

 恒一が言った。

「壊れたものも弱ったものも見捨てない。でも、だからこそ“歪んだ場”を嫌う」

「ええ」

 セレフィアも頷く。

「彼女は傷ついたものを救うために立つ子です。ならばこちらも、少しでも“救える形”で迎えねばなりません」


 真田一佐は、そこで区画図の端を指先で軽く叩いた。


「なら、軍としてやることは明確だ」

「何だ?」

 木村三曹が聞く。

「防衛区の再編だ」

 一佐の声は平坦だが、判断は速い。

「医療区画、民間区画、補給路、搬入口、電源系統。この五つを儀式構造の支点に使うなら、その間の無駄な荷、壊れた資材、不要な敵残骸は全部どかす」

「現場が死ぬほど嫌がりそうだな」

「だがやる」

 一佐は即答した。

「通路幅を揃える。避難動線を重ねない。医療区画前の混雑を分散させる。補給路を片方向化する」

「……」

「軍事上も合理的だ」

 真田一佐は言う。

「召喚のためだけではない。中心部攻略を見据えるなら、ここを一度“整え直す”のはむしろ必要だ」


 木村三曹が小さく唸る。


「確かに」

「今の防衛区、継ぎ足しの継ぎ足しで回してるだけだしね」

 玲奈も言う。

「ミレーネ召喚を名目に、一回ちゃんと中核部を再設計できるなら大きい」

「つまり」

 雫が少し目を開いた。

「召喚準備と、防衛区再整備を同時にやるってこと?」

「そう」

 玲奈が笑う。

「だから今回、かなり面白いのよ」

「その“面白い”って感想、毎回ちょっと腹立つ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」


 その時、区画の外から短く無線が鳴った。


『監視班より。高高度観測ドローン、北西上空から三機追加』

『攻撃行動なし。旋回継続』


 全員の顔つきが少しだけ変わる。


「……見てるな」

 恒一が低く言う。

「ええ」

 リュミエルが頷く。

「防衛区の動きが変わり始めたのに気づいてる」

「向こうも賢いからな」

「賢い、というより性格が悪いわね」

 リュミエルは淡々と言う。

「こういう時の観測って、攻めるためだけじゃなく“こっちが何を準備してるか”を測る意図が強い」

「なら隠すか?」

 木村三曹が聞く。

「全部は無理」

 玲奈が首を振る。

「この規模の再配置をやる以上、動きは出る」

「ええ」

 真田一佐も同意した。

「だが、見せていい動きと見せたくない動きを分けることはできる」

「偽装も混ぜる、か」

 恒一が言う。

「そうだ」

 一佐の目が鋭くなる。

「搬入口だけをいじっているように見せ、実際には医療区画と電源系統も並行して組み直す。召喚の中核がどこか、外からは分かりにくくする」

「なるほど」

 玲奈が少し感心したように頷く。

「好きよ、そういう軍の意地悪さ」

「褒めても何も出ん」

「でも大事」

「知ってる」


 恒一は、そのやり取りを聞きながら、ふと防衛区の外にいる人たちの顔を思い出した。


 医療区画の看護要員。

 補給列に並ぶ子供。

 夜間に瓦礫を運んでいた整備兵。

 ここで生きている人たち全員が、次の召喚に少しずつ関わることになる。


「……なあ」

 恒一が言う。

「何?」

 玲奈が顔を上げる。

「この話、防衛区全体にどう伝える?」

「そこなのよね」

 玲奈がペンをくるくる回す。

「“聖女を呼ぶから掃除して”だと意味不明だし」

「間違ってはいません」

 セレフィアが言う。

「間違ってないけど、そのまま言うと混乱する」

 雫が突っ込む。


 少しの間、皆が考える。


 そして、意外にも最初に口を開いたのは木村三曹だった。


「“防衛区再編のための協力要請”でいいだろ」

「それだけでいいのか?」

 恒一が聞く。

「いい」

 木村三曹は言い切った。

「兵にはそれで通じる。で、民間区画には“この先もここで持ちこたえるための整備”って伝えりゃいい」

「……」

「嘘は言ってねえ」

「そうだな」

「その先に聖女召喚があるのは、こっちが知ってりゃ十分だ」


 真田一佐が小さく頷く。


「採用する」

「了解」

「三崎」

「はい」

「民間区画側の説明、頼めるか」

「うん」

 雫は頷いた。

「変に難しく言うより、その方が伝わると思う」

「セレフィア殿は」

「兵と医療区画を回ります」

 彼女は即答した。

「秩序と意味を言葉で補います」

「助かる」

 一佐は短く言った。


 リュミエルは図面の上へ身を乗り出した。


「じゃあ私は玲奈と術式骨格」

「当然」

 玲奈が頷く。

「高純度コアの歪みをどこまで薄められるか、まず計算し直す」

「コーイチ」

 セレフィアが視線を向ける。

「ん?」

「あなたは媒介調整です」

「分かってる」

「本当に?」

「お前それ好きだな」

「大事ですので」

「はいはい」


 雫がそのやり取りを見て、少しだけ笑った。


「なんか、次の召喚って今までよりみんなでやる感じなんだね」

「そうだな」

 恒一が答える。

「防衛区全体で呼ぶって感じだ」

「悪くない」

「うん」


 その短いやり取りのあと、真田一佐が最後に全員を見渡した。


「ここから先は速い」

 一佐の声は低く、よく通る。

「敵も観測を強める。こちらの再編を見て、妨害の形を変えてくるだろう」

「ええ」

 リュミエルが頷く。

「だからこそ、準備を中途半端にしない」

「防衛区を“聖域”に変える」

 玲奈が言う。

「少なくとも、ミレーネが降りるに値する場所へ」

「言い方が大げさですね」

 セレフィアが言った。

「でも本質でしょ?」

「……否定はしません」


 恒一は立ち上がった。


 もう、迷っている時間ではない。

 敵中枢の入口は見つかった。

 帰還個体という言葉も突きつけられた。

 ならば次は、あそこへ降りるための支えを呼ぶ。


 そのために、防衛区を一つの儀式構造へ組み替える。


 戦場と避難所と生活の場が、全部一つになって仲間を迎える。

 そんな無茶苦茶な話を、今この終末日本の地下防衛区は本気でやろうとしていた。


 そして、それはきっと間違っていない。


「行くか」

 恒一が言う。

「ええ」

 セレフィア。

「当然」

 リュミエル。

「働きましょう」

 玲奈。

「はいはい」

 木村三曹。

「……ほんとに、もう後戻りできないね」

 雫が小さく呟く。


 その言葉へ、恒一は少しだけ笑って返した。


「最初からできてないだろ」

「それはそうか」


 こうして、防衛区を“聖域”へ変えるための再編が始まった。

 それは単なる召喚準備ではない。

 敵中枢攻略前夜の、新宿外縁線そのものを作り替える大仕事だった。

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