表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界で最強賢者になった俺、帰還した日本がAIロボットに滅ぼされかけていたので最強ハーレムを召喚して反撃します』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/40

第40話 祈りの線、補給の線

 新宿外縁線の地下防衛区は、その日、いつもの戦場の顔とは少し違っていた。


 もちろん、戦争が止まったわけではない。

 地上では相変わらず高高度観測ドローンが円を描き、遠くでは散発的な砲声も響いている。地下でも発電機の低い唸りが途切れることはなく、補給班は走り、医療班は眠れぬ顔で担架を押していた。


 それでも、目に見える景色の一部が変わっていた。


 通路脇へ雑に積まれていた空箱が片づけられ、壁際の破損資材が選別され、倒れた簡易棚が起こされ、床の乾ききった血痕へ水が撒かれている。

 民間区画では布仕切りの位置が調整され、避難導線を塞いでいた私物が少しずつ整理されていた。

 戦場のど真ん中で、まるで大掃除のようなことが始まっている。


 だが、それは単なる清掃ではなかった。


「そこ、その箱は左じゃなくて奥。通路を細くしちゃだめ」


 三崎雫は、毛布を肩へ引っかけたまま、民間区画の一角で声を張っていた。

 相手は避難民の中年男性と、その隣で小さな荷物を抱える少女だ。二人とも最初は戸惑っていたが、雫の言い方が不思議と具体的で、しかも押しつけがましくなかったので、今では素直に手を動かしている。


「こっちですか?」

「うん。そこに寄せると、いざって時に人が流れやすいから」

「いざって時、って……」

「また何かあった時」

 雫は曖昧に笑った。

「ここ、何もない日の方が少ないでしょ」

「……それはそうだな」


 男は苦い顔で頷き、段ボール箱を抱え直した。


 雫はそこで一度、区画全体を見回す。


 薄い布で区切られた生活スペース。

 毛布。保存食。子供用の古い絵本。水のポリタンク。

 それらが全部、ぎりぎりの空間へ押し込められている。


 今までは、生きるだけで精一杯だった。

 置ける場所へ置き、寝られる場所へ寝て、凌げるだけ凌ぐ。それでよかった。

 だが今は違う。防衛区そのものを、次の召喚のための土台にしなければならない。


 玲奈はそれを“聖域化”と呼んだ。

 雫にはまだその言葉の半分も分かっていない。

 ただ一つ分かるのは、ちゃんと整えることが、次の仲間を呼ぶために必要らしいということだけだ。


「雫」

 静かな声がして振り返ると、セレフィアが立っていた。


 黄金の騎士鎧ではなく、防衛区支給のジャケットを羽織った軽装だ。

 それでも立ち姿には変わらぬ張りがあり、この雑然とした地下通路の中で妙に目を引く。


「そちらはどうですか」

「今のところ順調」

 雫が答える。

「最初はみんな“何で今こんなこと”って顔してたけど、理由を話したら手伝ってくれる人が増えてきた」

「良いことです」

「セレフィアさんの方は?」

「医療区画を一通り」

 彼女はわずかに頷いた。

「物品の位置、寝台の間隔、出入口の導線。少し変えるだけで流れはかなり良くなります」

「……ほんとに何でもできるなあ」

「そうでもありません」

「いや、だいぶ何でもできるよ」


 雫は少しだけ笑ってから、小声で続けた。


「でもさ」

「はい」

「正直、まだちょっと不思議」

「何がです?」

「こういうの」

 雫は民間区画を見回した。

「敵と戦うために掃除する、っていうか。整理して、整えて、それが召喚に繋がるって」

「不思議ではありません」

 セレフィアは穏やかに言う。

「守るために剣を振るうのと、守るために場を整えるのは、本質的には同じことです」

「……」

「人が立つ場所が乱れていれば、心も乱れます。心が乱れれば、術も、判断も、祈りも歪む」

 彼女は真っ直ぐ区画を見た。

「ですから今やっていることは、決して回り道ではありません」


 その言葉には、不思議な説得力があった。


 雫はこくりと頷き、それから少しだけいたずらっぽく言う。


「そういうの、天城さんには効かなそうだけどね」

「……コーイチは少々例外です」

「やっぱり」

「ですが、例外にも支える場は必要です」

「それは分かる」


 その時、区画の奥から小さな子供の声が聞こえた。


「ねえ、おねえちゃん」

 振り向くと、昨日も見かけた少女が紙を一枚持って立っている。

「これ、ここに置いていい?」


 紙には拙い字と絵が描かれていた。


 大きな丸。

 笑った顔らしい三つの線。

 その下に、子供らしい文字で、みんなかえってきますように。


 雫は一瞬、何も言えなかった。


「……それ、描いたの?」

「うん」

「誰が帰ってきますように?」

「おとうさんも、おにいちゃんも、あと、みんな」

 少女は当然のように言う。

「だめ?」


 セレフィアが、その紙を見て、ほんの少しだけ目を細めた。


「だめではありません」

 彼女は静かに言う。

「むしろ、置いてほしいものです」

「ほんと?」

「ええ。とても、大事なものです」

「じゃあ、ここ!」


 少女は嬉しそうに、通路脇へ新しく張られた白布の一角へその紙をぺたりと貼った。


 それを見て、雫は小さく息を吐く。


「こういうのでも、意味あるの?」

「あります」

 セレフィアは即答した。

「ミレーネは、そういう願いに強く応える子です」

「……」

「人が守りたいと願った痕跡は、思っているより場へ残ります」

「そういうものなんだ」

「そういうものです」


 その紙一枚をきっかけに、不思議と周囲の空気が動き始めた。


 別の子供が、自分も描くと言い出す。

 近くにいた年配の女性が、じゃあ布をもう少し綺麗に張り直そうと言う。

 補給班の隊員が通りがかりに、通路へはみ出ていた荷物を黙って奥へ寄せる。

 大きな変化ではない。だが、小さな整えが連鎖し始めていた。


 防衛区の別の一角――医療区画でも、似たような変化が起きていた。


 寝台の並びが見直され、出入り口に近い場所へ重傷者、奥へ安定者。

 点滴具と薬品箱は手前へ寄せられ、通路に面した位置からは敵残骸由来の検体が撤去される。

 看護要員たちは最初こそ戸惑っていたが、セレフィアが一つずつ理由を説明すると、みるみる動きが変わった。


「そこを空けるのです」

「でも、ここに薬品箱があると便利で……」

「今は便利でも、搬送時に詰まります」

 セレフィアははっきり言う。

「一人を助けるための近道が、次の一人を遅らせることもあります」

「……」

「秩序は冷たく見えますが、結果として多くを守ります」

「……分かりました」


 その横で、医療班の年若い女性がぽつりと呟いた。


「本当に、騎士様みたい」

「騎士です」

 セレフィアが即答し、周囲にいた何人かが思わず吹き出した。


 その笑いが、妙にやわらかかった。


 一方その頃、補給路の再編はもっと現実的で、もっと泥臭い仕事になっていた。


「いや、だからこの箱はこっちじゃねえって!」

 木村三曹が怒鳴る。

「医療回しと前線回しを混ぜるな! 次に取り違えたら俺が泣くぞ!」

「泣くんですか」

 横から玲奈が言う。

「泣かねえよ! 比喩だ!」

「でもかなり切実そう」

「切実なんだよ!」


 恒一はそのやり取りを、補給路の端で見ていた。


 自分は今、玲奈とリュミエルと一緒に、搬入口区画と各支点区画を繋ぐ魔力導線の仮設計をしている。

 足元の簡易地図へ色線を引き、どこに高純度コアの負荷を逃がし、どこで人の意思を拾い、どこを“清浄な支点”にするかを調整する作業だ。


 それは派手さとは無縁の、だが間違いなく重要な仕事だった。


「ここ」

 リュミエルが地図を指す。

「医療区画と民間区画のあいだ、今のままだとノイズが溜まる」

「何で?」

 恒一が聞く。

「人の流れが交差しすぎてる」

 玲奈が答えた。

「交差点って、物理的な意味でも魔力的な意味でも乱れが生まれやすいの」

「じゃあ分けるか」

「分けるだけじゃなく、一方向化」

 玲奈が言う。

「補給路と祈りの線を混ぜない方がいい」

「祈りの線って言い方、いまだに慣れねえ」

「でも本質よ」

 リュミエルが言う。

「ここ、面白いくらい“人が願った痕跡”が残ってる」

「……それ、見えるのか」

「少しね」

 彼女は肩をすくめた。

「防衛区全体、ぐちゃぐちゃのくせに、中心だけ妙に踏ん張ってる感じがある」

「それを土台にする、と」

「そう」

 玲奈が頷く。

「だから今回の聖域化は、“綺麗にする”っていうより“揃える”の方が近い」


 恒一はその言葉を反芻する。


 揃える。


 人の流れ。

 物資の流れ。

 祈りの流れ。

 戦場の中に散らばったそれらを、一つの方向へ寄せる。


 敵中枢攻略のために。

 ミレーネを呼ぶために。

 この終末日本の防衛区全体が、一つの意思を持った構造へ変わろうとしている。


「……悪くないな」

 思わず漏れると、玲奈が横目で見た。

「何が」

「この感じ」

 恒一は補給路の向こう、紙を貼る子供たちと、それを見守る避難民を見た。

「みんなで次を呼ぶって感じ」

「ロマンチスト」

 玲奈が言う。

「違う」

「でも嫌いじゃないでしょ」

「……まあな」

「私は結構好きよ」

 彼女はあっさり認めた。

「珍しく、理屈と人間の気持ちが綺麗に噛んでるから」

「博士にそう言われると、ちょっと嬉しくない褒め方だな」

「失礼ね」


 その時、リュミエルがふと顔を上げた。


「来た」

「何が」

 恒一も周囲を探る。


 高高度観測ドローンだ。


 直接攻撃ではない。

 だが明らかに、搬入口上空から医療区画側へ向けて旋回軌道が変わっている。


「観測角度、変えたわね」

 玲奈が言う。

「再配置に気づいた」

「気づくだろうな」

 恒一が言う。

「隠せる規模じゃない」

「ええ」

 リュミエルは頷いた。

「でも全部は読ませない」


 その声はいつもの軽さが少し消えていた。


 敵もまた、こちらの変化を見ている。

 ならばこの再編は、ミレーネ召喚の準備であると同時に、敵への偽装でもなければならない。


 戦争は、相手より少しだけ先に読むことの積み重ねだ。

 魔法も銃も、その原則からは逃れられない。


 雫が、少し離れた民間区画の入口から恒一へ向けて手を振った。


「天城さん!」

「何だ!」

「こっち、子供たちの紙もっと増えてる! どうする!」

「増える分にはいいんじゃないか!?」

「いいの!?」

「多分!」

「多分って何!」


 セレフィアがその横へ来て、静かに言った。


「良いのです」

「ほら」

「でも、位置は揃えましょう」

「そっちはちゃんとしてるな!」


 その声に、周囲の何人かがまた笑った。


 笑い。

 整理。

 補給の線。

 祈りの線。


 それらは今、確かに防衛区の中で繋がり始めている。


 終末世界のただ中で、人々は次の仲間を迎えるために場を整えていた。

 それは奇妙で、無茶で、でも確かに前へ進む行為だった。


 防衛区を“聖域”に変える仕事は、始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ