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『異世界で最強賢者になった俺、帰還した日本がAIロボットに滅ぼされかけていたので最強ハーレムを召喚して反撃します』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第34話 高層廃墟に潜む眼

 東京中心部の空気は、音より先に人を削る。


 それは風でも臭いでもない。

 もっと曖昧で、もっと嫌なものだった。


 高層ビル群のあいだを抜けるたび、耳の奥で薄い耳鳴りがする。

 遠くの物音が近く感じたかと思えば、すぐ隣の足音がやけに遠く聞こえる。

 視界そのものは正常だ。建物も道路も瓦礫も、ちゃんとそこにある。だが、それらを包む“世界の手触り”だけが少しずつずれている。


「……気持ち悪い」

 雫が小さく言った。

「これ、ほんとに空気のせいなの?」

「空気だけじゃないわね」

 リュミエルが前方を睨んだまま答える。

「空間の歪み。こっちの世界の理屈に、向こうの境界痕が薄く混ざってる」

「分かりやすく言うと」

 木村三曹が低く聞く。

「街全体が、ちょっとだけまともじゃない」

 リュミエルは即答した。

「最悪だな」

「ええ、最悪よ」


 偵察隊は今、中心部高層エリアの外縁をなめるように進んでいた。


 高架下と地下搬送路をつなぐ複合ルートは使わず、地上寄りの遮蔽が多い道を選んでいる。

 それでも隠れきれるわけではない。ここまで来ると、街そのものが人間のための隠れ場所を失っていた。ビルは高く、道は広く、視線を切れるポイントが少ない。

 逆に敵側から見れば、観測には最適だ。


 だからこそ、雫の案内とリュミエルの索敵が命綱になっている。


「左、止まって」

 雫が手を上げる。


 一行が足を止め、崩れた歩道橋の陰へ身を寄せる。


 前方の大通りを、四脚機が一体だけ横切った。

 単独。

 だがそれは異様だった。通常の巡回というより、決められた角度で決められた範囲だけを舐めるようにセンサーを振っている。


「見張り?」

 恒一が小さく聞く。

「ええ。でも、前線で見る巡回と違う」

 リュミエルが言う。

「探してるんじゃない。確認してる感じ」

「何を?」

 雫が聞く。

「それが嫌なところ。多分、“ある前提のもの”を見てる」

「ある前提?」

 木村三曹が眉をひそめる。

「例えば、“侵入者はこの高さの遮蔽に隠れる”とか、“人間はこういうルートを使う”とか」

 リュミエルは淡々と答える。

「つまり、敵の観測がもう経験則を持ってる」

「……ほんと嫌になるな」

 恒一が言う。


 セレフィアは、少し離れたビル壁面を見上げていた。


「コーイチ」

「何だ」

「上にもいます」

「上?」

「ええ。こちらを見ています」


 恒一が視線を上げる。


 最初は分からなかった。

 割れた窓。黒い外壁。崩れた看板骨組み。朝とも昼ともつかない薄明の光の中では、それらが全部同じ色に見える。

 だが、よく見れば違った。


 ビル中腹の影に、赤い点が一つ。

 いや、一つではない。

 少しずつ位置を変えながら、三つ。四つ。

 点在している。


「……目、だな」

 恒一が低く言う。


 敵の観測個体。

 戦うための配置ではない。

 ただ“こちらを見続けるため”に、高層廃墟の中腹へ張り付いている。


「撃つ?」

 木村三曹が聞いた。


 恒一は一瞬だけ迷い、それから首を振る。


「まだだ」

「理由は?」

「今撃ったら、“ここにいます”って宣言するだけだ」

「正解」

 リュミエルが言う。

「しかも、ああいう個体は多分一体じゃない。撃てば別の眼が反応する」

「なら、無視するしかないか」

「ええ」

 リュミエルは頷く。

「でも、見られている前提で動く」


 そうしてさらに奥へ進んだ時だった。


 高層ビル街の谷間に出る。

 そこは、かつてならオフィスワーカーと観光客で埋まっていたのだろう大通りだった。片側三車線、中央分離帯付き。今は道路の真ん中に機械搬送の巨大な擦過痕が残り、倒れた街路樹と看板の残骸が、かえって“何もなさ”を強調している。


 そしてその先。

 崩れた高層ビルのガラス外壁へ、何かが張りついていた。


「……何だ、あれ」

 雫が呟く。


 人型ではない。

 四脚でもない。

 細長い。

 壁面に沿って、蜘蛛のように張りついている。だが脚は見えず、代わりに節の多い細いアームがいくつも伸びている。

 頭部らしき位置には、赤いレンズが縦に三つ並んでいた。


 しかも一体ではない。

 向かいのビル。

 さらに奥のタワー。

 少なくとも三体。


「観測特化個体」

 リュミエルがほとんど即答した。

「前線の兵士型じゃない」

「戦う気配がないのか?」

 恒一が聞く。

「戦うより“見る”ために最適化されてる」

 リュミエルは細く息を吐く。

「嫌なことにね」


 セレフィアの声が、少しだけ低くなった。


「この個体、気配が薄いです」

「ええ」

 リュミエルも頷く。

「火力や装甲を削って、認識されにくさと観測精度に寄せてる」

「人間でいうと、斥候とか?」

 雫が聞く。

「いや」

 木村三曹が低く言う。

「もっと嫌だ。斥候っていうより、“見て記録して上に送るだけの眼”だ」

「同じこと言ってるわよ」

 リュミエルが言う。

「でも、そういうのが一番気持ち悪い」


 恒一もそれは分かった。


 兵士はまだ分かりやすい。

 殺しに来る。

 壊しに来る。

 だから止めればいい。


 だが、こういう個体は違う。

 ただ見ている。

 記録している。

 敵の“研究者”や“中枢”へ、こちらの動きと反応を渡すためだけにいる。


 つまり、戦場そのものが“観察対象”になっているということだ。


「……実験場みたいだな」

 恒一が呟く。


 その言葉に、リュミエルの目が少し鋭くなる。


「ええ」

 彼女は短く答えた。

「私もそう思った」


 雫が、不意に腕をさすった。


「なんか、すごく嫌」

「分かる」

 恒一が言う。

「前線の敵より、こういうのの方が嫌かも」

「嫌よ」

 リュミエルが即答する。

「“見てるだけ”の顔して、向こう側の学習を回してるんだから」


 木村三曹が低く言う。


「撃ちてえな」

「分かる」

 恒一が答える。

「でも、まだだ」

「分かってるよ」


 そこで、リュミエルが視線を細くした。


「待って」

「何だ」

 恒一が聞く。


 彼女は一番近い観測個体を指差す。


「レンズの動き、見て」

「……?」

「私たちを面で見てない」

「どういうことだ」

「個別に追ってる」


 恒一は目を凝らした。


 確かに、縦に三つ並んだ赤いレンズが、同じ方向を向いていない。

 一つは恒一。

 一つはセレフィア。

 一つはリュミエル。


 分かれた視線。

 個別の追尾。


「……最悪だな」

 恒一が言う。

「ええ」

 リュミエルが返す。

「こちらを“パーティー”としてじゃなく、“個体別の特性”として見てる」

「それ、かなり嫌なんだけど」

 雫が顔をしかめる。

「嫌で正しい」

 リュミエルは言う。


 その時、観測個体の一体が、ほんの僅かにレンズの角度を変えた。


 何かを確認した。

 そういう動きだった。


 次の瞬間、その個体の胸部らしき部位から、細い金属片が剥離する。


「――来る!」

 木村三曹が叫ぶ。


 金属片は弾丸ではなかった。

 それ自体が小型の観測端末のように分裂し、空中で三方向へ散る。


「っ、分裂型!」

 玲奈がここにいたら喜びそうなことを考える余裕はなかった。


 恒一は即座に雷刃を飛ばし、一つを撃ち落とす。

 セレフィアが二つ目を斬り払い、リュミエルが最後の一つを術式障壁へ叩きつける。


 小さな機械片が、火花を散らして道路へ落ちる。


 だが、その短いやり取りだけで十分だったらしい。


 ビル中腹の観測特化個体たちが、一斉にレンズを明滅させた。


「……送ったわね」

 リュミエルが言う。

「何を?」

 雫が聞く。

「多分、“こちらの反応優先順位”」

「うわあ……」

「本当に研究者側の眼だな」

 恒一が低く言う。


 それはつまり、向こうがこちらを単に敵戦力として見る段階を越えつつあるということだ。

 誰が何を優先し、どう庇い、どう応答するかまで観測している。


 真田一佐がここにいたら、間違いなく嫌な顔をするだろう。

 そして玲奈は、“これでもっと敵の意図が読める”と目を輝かせるに違いない。

 どちらも容易に想像できた。


「ここ、もう長居しない方がいい」

 雫が言う。

「うん」

 恒一が頷く。

「見るものは見た」

「ええ」

 リュミエルも同意した。

「観測個体の存在は大きい。しかも、ただの監視じゃなく“分析のための眼”」

「中心部は、私たちが思っている以上に“待たれている場所”かもしれませんね」

 セレフィアが静かに言った。


 誰も反論しなかった。


 それでも、一つ収穫があった。

 この高層廃墟にいる眼は、ただ巡回のついでで配置されたものではない。

 明確に、こちらのような侵入者を観測し、記録し、敵中枢へ渡す役目を持っている。


 つまり、中心部にはやはり“考える側”がいる。

 単なる群体の暴走ではない。


「帰る?」

 雫が聞く。

「いや」

 恒一は少し考えてから答えた。

「もう少しだけ進む」

「まだ?」

「今の眼がいるってことは、その先にもっと濃いものがあるはずだ」

「……」

「無理はしない。けど、ここで引くには惜しい」

 恒一がそう言うと、セレフィアはすぐに頷き、リュミエルも露骨には反対しなかった。


 木村三曹だけが深いため息をつく。


「やっぱりそうなるよな」

「何だその顔」

「お前が“惜しい”って言う時、大体ろくでもない方向へ行くからだ」

「今回は偵察だ」

「そう言ってる時ほど危ないんだよ」


 それでも、隊は前へ進む。


 高層廃墟に潜む眼を確認したことで、逆にこの先へ進む意味がよりはっきりしたからだ。

 東京中心部は、こちらの侵入を恐れているのではない。

 観察し、記録し、待ち構えている。


 その事実だけでも、来た価値はあった。


 そして恒一の中では、その観測個体が残した“嫌な印象”が、別の不安へ繋がっていた。


 もし敵がこれほど観察しているなら。

 帰還した自分がここへ来ることすら、もう前提に含まれているのではないか。


 その考えは、まだ確証を持たない。

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