第26話 対異世界戦力用個体
リュミエルが「次は私たち用の個体が出る」と断言した、その翌日だった。
新宿外縁線は、朝から妙に静かだった。
静か、といっても終末日本の防衛区基準の話だ。
遠くで散発的な砲声はある。上空には高高度の観測ドローンが点のように浮かび、時折、地下防衛区の天井を揺らす程度の爆音も落ちてくる。
だが、これまでのような大波は来ない。
兵たちは警戒を解いていない。
むしろ真田一佐の顔つきは前日より険しかった。
「嫌な静けさだな」
木村三曹が土嚢の陰で言う。
「嵐の前ってやつか」
「その通り」
リュミエルが、少し離れた鉄板壁の脇で端末と自前の簡易術式メモを見比べながら答える。
「向こう、観測してるわよ。正面から雑に押すんじゃなく、配置と反応を見てる」
「昨日も言ってたな」
恒一が言う。
「私たち用の個体が出るって」
「ええ」
リュミエルはさらっと言った。
「そして来るなら、多分今日」
その断言が終わるか終わらないかのうちに、監視班の無線が荒く入った。
『南東外縁、接触反応!』
『地上機多数! ただし隊列が変です!』
『前回までの波と違う! 散開しながら接近!』
真田一佐が即座に無線を取る。
「大型は」
『未確認! だが中型級複数! 上空はドローン分散配置!』
「……来たな」
その一言で、防衛線全体の空気が切り替わる。
歩兵が銃を構える。
対空班が上を見る。
16式機動戦闘車の残存車両がエンジンを唸らせ、砲塔を南東へ向けた。
恒一、セレフィア、リュミエルもそれぞれ持ち場へ出る。
配置は前回までと少し違った。
恒一は中央やや右。
セレフィアは左前寄り。
リュミエルは一歩後ろ、だが高所視界の取れる半壊ビルの二階相当位置。
その背後には玲奈と技術班が観測装置を並べ、敵反応の変化を逐一拾う構えだ。
「今回は、こっちも観測し返す」
玲奈が言う。
「戦いながら、敵の対異世界戦力用調整を全部拾う」
「忙しいな」
恒一が苦笑する。
「忙しいのは当たり前」
玲奈は端末から顔を上げない。
「それでもやるの。じゃないと次に死ぬのはこっち」
前方の道路に、赤い単眼が現れ始める。
人型殲滅機。
四脚制圧機。
それ自体は今までと大差ない。
だが、並び方が違った。
間隔が広い。
互いを庇わない。
前衛、中衛、後衛の役割分担がよりはっきりしている。
さらに上空ではドローン群が散開し、塊にならずに点で存在していた。リュミエルの広域殲滅を避けるような、高度差付きの配置だ。
「……露骨」
リュミエルが小さく呟く。
「私の範囲魔法、もう一回見ただけでそこまで学ぶ?」
「敵のログ共有が前提なら、あり得る」
玲奈が答える。
「分かっちゃいたけど、腹立つくらい早いわね」
さらに、地上の中型支援機らしき個体が視認された瞬間、恒一は嫌な違和感を覚えた。
「形が違う」
低く言う。
セレフィアも同時に気づいたらしい。
「ええ」
金の瞳が細くなる。
「肩部兵装の位置が低い。胸部外装も厚い」
前に出てきた中型個体は、前回より一回り細い。
だが、無駄が削がれ、明らかに“こちらへの対処”を意識した形状へ変わっていた。
肩部ユニットはセレフィアの斬撃が入りにくい角度へ落とされ、胸部コアへ至る装甲の傾きも妙だ。
まるで、前回までの戦闘映像を何度も見返して設計し直したような形。
「はっ」
木村三曹が吐き捨てる。
「本当に“対お前ら用”じゃねえか」
「でしょうね」
リュミエルは涼しい声で言う。
「じゃなきゃここまで可愛げのない改修しないもの」
真田一佐が命じる。
「全隊、前回までと同じと思うな! まず様子を見る! 撃ち急ぐな!」
「了解!」
接敵。
まず動いたのは上空だった。
ドローン群が一斉に突っ込むのではなく、三層に分かれて展開する。
高高度で観測を続ける群れ。
中高度で妨害弾を撒く群れ。
低高度で歩兵火線を探る群れ。
「嫌らしい……!」
玲奈が言う。
「露骨に“蒼雷天幕”避けてきてる!」
「当然」
リュミエルはすでに魔法陣を展開していた。
「じゃあ今度は散らばった相手用の術に変えるだけよ」
だが、その直後。
上空ドローンの一部が、彼女の術式展開と同時に高度を変えた。
普通の機械相手なら気づかない程度の僅かな魔力の立ち上がり。
だが敵は、それを見ている。
「っ、展開前に避ける!?」
雫が思わず叫ぶ。
リュミエルの目が鋭くなる。
「なるほど。予兆観測を優先してるわけね」
「今のが?」
恒一が聞く。
「ええ。術式そのものより“撃つ前の私”を見てる」
リュミエルは舌打ちした。
「気持ち悪い」
同時に、恒一の前方では四脚機二体が今までよりも低く構えて突っ込んできた。
しかも真正面ではなく、こちらが雷撃を撃ちにくい散開角度を取っている。
「来るぞ!」
木村三曹の怒号。
恒一は雷槍を放つ。
だが、四脚機の片方が一瞬早く噴射して角度をずらし、直撃を避けた。
「避けた……!」
雫が顔を引きつらせる。
完全回避ではない。
脇を焼かれている。
だが、以前ならそのまま貫けていたはずの一撃が、“嫌がられて”いる。
「分かりやすいな」
恒一は苦く笑った。
「学んでる」
セレフィアは左前方で、その“学習”をさらに直接受けていた。
人型殲滅機二体と中型一体が、明らかに彼女の剣筋を意識した隊形を取っている。
正面から受けるのではない。
斜めに装甲を立て、斬撃の入りやすいラインからコアを外し、さらに四脚機が足元へ割り込むように動く。
「……そこですか」
セレフィアの声が冷える。
彼女が踏み込む。
金の残光が走る。
人型の胴を切り裂く――はずだった斬撃は、装甲角度のわずかな違いで深度を殺された。
浅い。
致命傷には届いていない。
その瞬間、中型支援機が肩部ユニットから細い火線を放つ。
セレフィアは障壁で受けるが、その一瞬だけ踏み込みが遅れた。
「セレフィア!」
恒一が叫ぶ。
「問題ありません!」
彼女は後退ではなく、逆にもう一歩前へ出た。
人型の浅傷をあえて無視し、足元へ潜ろうとした四脚機を踏み台のように蹴って体勢を上げる。
そのまま上から斜めに、今度は“装甲角度を殺す角度”で聖剣を叩き込んだ。
「《ルクス・ブレイド》!」
金の光刃が、中型支援機の肩部と胸部の接続を貫く。
コアそのものには届いていない。だが深く入った。
そこへ歩兵火線が流れ込む。
「今だ、撃ち込め!」
木村三曹の号令。
「開いてるところを叩け!」
20式小銃、89式、機関銃。
人類側の火力が、セレフィアの作った“浅いが意味のある傷”へ集中する。
中型個体の単眼が激しく明滅する。
そして最後に、恒一の雷刃が胸部へ突き刺さり、ようやく沈黙した。
「……なるほどね」
玲奈が後方で早口に呟く。
「完全耐性じゃない。でも“一撃でやられない形”へ明確に寄せてる」
「やっぱり面倒だな」
恒一が舌打ちする。
リュミエルの方も同じだった。
彼女が《星落とし》に似た広域術式を展開しようとすると、散っていたドローン群がさらに細かく崩れ、互いの距離を取る。
しかも中高度の妨害群が薄いノイズ散布を開始し、術式座標の固定精度をわずかに乱してきた。
「うわ、本当に嫌」
リュミエルが露骨に顔をしかめる。
「気持ち悪い真似してくるじゃない」
「撃てるか?」
恒一が聞く。
「撃てるけど、前と同じ効率じゃない」
リュミエルは指先で空へ幾何学模様を描く。
「なら、絞る。《蒼雷杭》」
広域ではなく、点制圧。
青紫の杭のような雷撃が、高度差を読んで上空へ順番に突き刺さる。
ドローン三機がその場で爆ぜる。
だが群れ全体は壊滅しない。明らかに、以前より損耗率が下がっていた。
「広域殲滅を嫌がって、点制圧だと時間を稼ぐ」
真田一佐が低く言う。
「面倒な進化だ」
「ええ」
リュミエルが答える。
「しかも、こっちがどの手を嫌がるかまで分かってきてる」
敵の進化は明らかだった。
恒一には恒一用。
セレフィアにはセレフィア用。
リュミエルにはリュミエル用。
完全なメタではない。だが、こちらの長所を“削る方向”へ最適化し始めている。
「でも」
雫が壁際で補助通信をしながら言う。
「それでも勝てないわけじゃないんだよね?」
「勝てる」
恒一は即答した。
「ただし前より頭を使う」
「……それ、だいぶ嫌だね」
「だいぶ嫌だ」
リュミエルが珍しく恒一に同意した。
第二接触は数分で終わった。
新型とまでは言えない。
だが“対異世界戦力用に寄った個体群”は確かにいた。
そして人類側も、異世界戦力側も、その脅威を肌で理解した。
敵をすべて撃退したあと、前線には短い静寂が落ちる。
焦げた道路。
散ったドローンの欠片。
傷を負った中型支援機の残骸。
そして、今までより明らかに“嫌な知恵”を感じさせる戦場の跡。
リュミエルは崩れた鉄板へ片手をつき、落ちた中型個体の残骸を見下ろした。
「はあ……」
大きく息を吐く。
「本当にやってくれるわね」
「想定通りか?」
真田一佐が聞く。
「ええ。想定通りで、想定以上に腹立つ」
玲奈がすぐに残骸へ走り寄る。
「ログ拾う! 絶対今のうち!」
「博士、待て! まだ通電してるかもしれん!」
木村三曹が叫ぶ。
「だから急ぐの!」
「いつもの流れだな」
恒一が疲れた顔で呟く。
セレフィアは、その中型残骸の断面をじっと見ていた。
「コーイチ」
「何だ」
「次はさらに来ます」
「ああ」
「もっと露骨に、もっと私たちを嫌ってくるでしょう」
「そうだろうな」
その会話に、誰も異論を挟まなかった。
そして、玲奈が中型個体のログ断片を拾った直後、さらに面倒な事実が見つかる。
「……ん?」
端末を覗き込んだ彼女の顔が変わる。
「これ……」
「何だ」
恒一が聞く。
「遠隔同期の痕」
玲奈が早口になる。
「この個体単体で学んでるんじゃない。もっと奥、もっと深いところと繋がってる」
真田一佐の視線が鋭くなる。
「どこだ」
「まだ確定までは無理」
玲奈は画面を拡大する。
「でも方向は……東京中心部」
その一言で、防衛線の空気がまた一段変わった。
敵はただ現場で賢くなっているのではない。
もっと奥、もっと大きな“考える場所”があるかもしれない。
対異世界戦力用個体の出現は、単なる敵の進化を示しただけではなかった。
それは、東京のどこかにある敵中枢の存在を、より濃く匂わせるものになったのである。




