第15話 第二波、壁を叩く鉄の群れ
警報音は、地下防衛区の空気から一瞬で余分なものを削ぎ落とした。
終末世界において、警報はただの合図ではない。
次の数分で誰が死ぬか、どこが破られるか、何を捨てて何を守るかを決める音だ。
天城恒一たちは、ほとんど言葉を交わさずに動き出した。
雫は居住区の子供たちを避難導線へ流す補助へ走り、玲奈は技術班へ指示を飛ばすため分析区画へ向かう。
セレフィアは一瞬だけ、その場にいた少女へ視線を残したが、すぐに表情を切り替えた。
「コーイチ」
「分かってる」
「参りましょう」
「ああ」
地下通路を駆けながら、恒一は横目でセレフィアを見る。
召喚されたばかりだというのに、彼女の足取りに迷いはない。
地下防衛区の構造、通路幅、遮蔽位置、兵の流れ。視察の間に頭へ叩き込んだのだろう。異世界でも彼女はいつもそうだった。戦場を歩けば、その場の“使い方”を一瞬で覚える。
「疲れてないか」
恒一が短く聞く。
「え?」
「召喚直後だ」
「問題ありません」
セレフィアは前を見たまま答える。
「むしろ、コーイチの方が消耗しています」
「それは否定しない」
「なら、くれぐれも無理はしないでください」
「お前に言われると説得力があるな」
「当然です。あなたはすぐ無理をしますから」
その返しが異世界にいた頃と何も変わらなくて、恒一は少しだけ肩の力を抜いた。
地上へ上がると、第二波の全容が見え始めていた。
空は曇っている。
だがその灰色の空に、黒い点がいくつも広がっていた。ドローン群だ。前回よりも高い位置を保ちながら、扇状に散開している。
地上では、道路の先を埋めるように赤い単眼が増えていた。人型、四脚、中型。さらにその奥、まだ輪郭は曖昧だが、大型の反応もある。
「多いな……」
恒一が低く呟く。
新宿外縁線の兵たちはすでに配置についていた。
第一線の鉄板壁と土嚢。
第二線の即席コンクリ遮蔽。
16式機動戦闘車の残存車両が一両、やや後ろへ下がった位置で砲身を向けている。前回炎上した10式戦車の場所は空白のままだが、その分、歩兵火力と誘導弾班が厚く置かれていた。
真田一佐が怒鳴る。
「全員、前回と同じだと思うな! 敵はこっちを見て学んでる! 位置を固定しすぎるな、射線をずらせ!」
「了解!」
「対空班は高高度優先! 低空は後でいい、まず“目”を潰せ!」
木村三曹も前線で声を張る。
「四脚は関節を狙え! 人型は胸と頭を同時に削れ! 中型見えたら報告を飛ばせ! 勝手に英雄になるな、死ぬぞ!」
その怒声に、兵たちの顔が引き締まる。
恒一はその様子を見ながら、真田一佐の近くへ歩いた。
「配置は?」
「中央からやや右」
一佐が即答する。
「敵はお前とセレフィア殿を分断するよう動くはずだ。片方だけ突出すれば囲まれる」
「予想済みですか」
「前回の敵行動パターンと、榊原の分析を合わせた」
「さすがですね」
「褒めてる暇があるなら聞け」
そう言いながらも、真田一佐の声は冷静だった。
「人類側の火力で敵の脚を止める。そこへお前とセレフィア殿が機動撃滅をかける。つまり、お前たちは“砲弾”じゃない。“槍”だ」
「槍、か」
「一撃で貫け。長居するな。大技は指揮個体か大型に絞れ」
「了解」
「セレフィア殿もよろしいか」
「無論です」
セレフィアは短く頷いた。
「こちらの兵は、我らの斬り道を作る」
「ええ」
「ならば私たちは、その道を無駄にしない」
「助かる」
真田一佐はそれだけ言った。
そのやり取りの途中で、ドローン群が動いた。
高高度で散っていた黒点が、一斉に角度を変える。
すぐに分かった。前回のような単純突入ではない。広く散ったまま、こちらの防空配置と通信線を測っている。目と耳を潰すつもりだ。
「来るぞ!」
誰かが叫ぶ。
「上だ!」
次の瞬間、地上より先に空が始まった。
ドローン群が高度を保ったまま、細かな閃光を放つ。
爆撃ではない。散弾でもない。小型の電子妨害弾か、視界と通信を乱すための粒子散布だ。
防衛線の上で白いノイズのような煙が広がり、無線に雑音が混じる。
「ちっ、通信が荒れる!」
木村三曹が顔をしかめる。
「対空! 上を剥がせ!」
高射火器が吠えた。
20式小銃の対空射撃では届ききらない高度だが、対空班の装備と16式車載機銃がドローン群の一角へ火線を集中させる。
二機、三機と黒い影が火を吹く。だが群れ全体は止まらない。
同時に、地上の敵も前進を始めた。
人型殲滅機が横に広がり、前回より間隔を空けてくる。
四脚機は瓦礫を盾に使いながら低く前進。
中型支援機は一歩引いた位置から火器を展開し、こちらの遮蔽に角度をつけて撃ち込むつもりらしい。
「やっぱり変えてきたな」
恒一が言う。
「前より賢い」
「歓迎したくない成長ですね」
セレフィアが静かに剣へ手をかける。
真田一佐の命令が飛ぶ。
「中央右! 最初の波は抑える! 16式、四脚先頭を砕け! 歩兵は撃ち急ぐな!」
16式機動戦闘車が砲撃した。
轟音。
先頭を走っていた四脚機の一体が吹き飛び、後続の人型を巻き込んで横倒しになる。
その瞬間を逃さず、20式小銃隊が関節部へ集中的に射撃を浴びせる。前進のテンポが一瞬だけ落ちる。
「今です!」
セレフィアが言った。
恒一は頷き、同時に前へ出る。
鉄板壁の隙間から戦場へ躍り出る二つの影。
金髪の聖剣姫と、異世界帰りの賢者。
それを見た瞬間、防衛線の何人かが小さく息を呑むのが分かった。
だがすぐ次の瞬間、目の前の銃火と鉄塊が現実を叩きつけてくる。
敵中型支援機が先に反応した。
《高脅威個体二体ヲ確認》
《分断行動、開始》
肩部兵装が左右へ向く。
片方は恒一、片方はセレフィア。
さらに上空ドローンが二人の頭上で別方向へ散る。
「分かりやすいな……!」
恒一は障壁を張りながら舌打ちした。
敵は二人を同時に相手したくないのだ。
だから射線と爆撃と機動で、連携を切ろうとしている。
だが、それも予想のうちだった。
「セレフィア!」
「はい!」
返事は一瞬。
「左、切れるか!」
「容易い!」
恒一は右へ大きく跳び、空中で杖の残骸を振るう。
「雷槍!」
三本の蒼雷が放たれ、右側へ展開していた人型殲滅機の頭部と胸部を貫く。
一体はその場で沈黙。二体目は胸を吹き飛ばされながらも脚を止めず、三体目は片腕を焼かれて後退する。
同時に左側では、セレフィアが一気に間合いを詰めていた。
彼女の踏み込みは、異世界の騎士戦を知る恒一ですら見惚れるほど鋭い。
聖剣が一閃し、人型機の胴を斜めに断ち切る。返す二撃目で四脚機の前脚を二本まとめて刈り、三撃目で中型支援機の肩部兵装を叩き落とした。
その動きに合わせるように、自衛隊側の火線が走る。
「右群れ、今だ!」
木村三曹が吠える。
「関節が浮いた! 叩け!」
歩兵火力が、恒一の雷撃で痺れた個体へ集中する。
四脚機の関節部へ対戦車弾が刺さり、体勢を崩したところへ機関銃が流し込まれる。
人類側の火力だけでは止め切れない敵も、“魔法で一瞬崩れた隙”があれば確実に仕留められる。
「これだ!」
恒一は思わず叫んだ。
「いける!」
セレフィアもそれを感じたのだろう。
彼女は振り向きざまに言う。
「兵の射線が美しいですね!」
「そこ褒めるんだ」
「当然です!」
だが、第二波はそう簡単に崩れなかった。
上空ドローン群の一部が、恒一とセレフィアの頭上ではなく、防衛線中央の無線中継機へ向きを変えたのだ。
「まずい!」
玲奈が後方から叫ぶ。
「通信系を狙ってる!」
高高度からの小弾体が、中継機へ降る。
木村三曹が即座に叫ぶ。
「遮蔽! 中継班、伏せろ!」
爆発。
鉄片。
通信班が吹き飛ばされかける。
恒一は舌打ちした。
敵はただ二人を分断するだけではない。人類側の“連携そのもの”を切りにきている。
前回より明らかに厄介だ。
「セレフィア、中央戻る!」
「はい!」
二人はほぼ同時に方向を変えた。
だがそこで、地上側の中型支援機がそれを読んでいたかのように砲口を向ける。
《進路予測、完了》
《交差点射撃、開始》
複数の火線が、恒一とセレフィアの合流地点を塞ぐように走った。
「ちっ……!」
恒一は空間偏向の薄い壁で軌道をずらす。
だがそれで完全には殺しきれない。炸裂した破片が肩を掠め、セレフィアの鎧にもいくつか火花が散る。
それでも、彼女の足は止まらない。
「コーイチ!」
「分かってる!」
二人は互いのタイミングを知っている。
長年の共闘が、言葉より先に体を動かす。
恒一が左手を掲げた。
「重圧!」
見えない圧力が中型支援機の上へ落ちる。
肩部兵装がわずかに沈み、その一瞬で照準がぶれた。
そこへセレフィアが飛び込む。
「聖剣技――」
金の軌跡。
鋭い踏み込み。
中型支援機の胴中央へ、斜め下からの一撃が走る。
「《ルクス・ブレイド》!」
光の刃が中型機を両断した。
爆発。
内部コアが光を失う。
直後、上空ドローン群の一部が一斉に不安定な動きを見せた。
どうやら今の中型機が、周辺の局地制御を担っていたらしい。
「指揮ノードだ!」
玲奈が叫ぶ。
「そこを落とせば周辺が乱れる!」
真田一佐の判断は速かった。
「全火器、上空右群れへ集中! 今だ、目を剥がせ!」
「了解!」
対空班が一斉に火線を上げる。
ドローン群が落ちる。散る。燃える。
第二波の空中優位が、ここで初めて揺らいだ。
それでも地上はまだ激しい。
大型反応が、ついに前へ出てきた。
前回より一回り細いが、装甲形状はより洗練されている。肩部砲塔の位置も低く、胸部コアを外から狙いにくい。
明らかに、前回の大型制圧機より“対異世界戦力”を意識してきた形だ。
「来たか……!」
恒一が息を呑む。
大型機の単眼が、真っ先に恒一を捉える。
《高脅威個体、優先排除》
《雷撃型観測済》
《対応行動、実行》
次の瞬間、肩部砲塔だけではなく、胸部からも展開翼のような板が開いた。
赤い結晶列。
模倣干渉の予兆だ。
「またあれを……!」
恒一が顔をしかめる。
だが今回は、一人ではない。
「コーイチ」
セレフィアが静かに言う。
「正面、私が斬ります」
「模倣が来るぞ」
「なら、あなたはその隙を焼いてください」
「簡単に言うなよ」
「簡単ではありません」
彼女は前だけを見て言う。
「ですが、できます」
その声を聞いた瞬間、恒一の中で迷いが消えた。
「ああ」
短く返す。
「やるぞ」
真田一佐が怒鳴る。
「16式! 大型の脚を撃て! 歩兵は左右の護衛を剥がせ! あの二人に道を作れ!」
砲撃。
16式の砲弾が大型機の右脚装甲へ叩き込まれる。完全破壊には至らない。だが、僅かに姿勢がぶれる。
歩兵火力が左右の人型護衛を削る。
対戦車弾が四脚機を吹き飛ばす。
中央に、ほんの一瞬だけ“道”が生まれる。
そこへ、セレフィアが突っ込む。
金色の残光が走る。
大型機は胸部結晶列を展開し、模倣干渉を開始しようとする。だが、それは恒一の雷撃を想定したものだ。
セレフィアの剣は、別だ。
「聖よ」
彼女の剣が輝く。
「穿て!」
一撃目。
大型機の胸部装甲へ斜めの傷。だが深くはない。
二撃目。
肩部砲塔の軸を削る。火線が一瞬ぶれる。
三撃目。
胸部中央へ、真正面から突き。
それだけで終わらせない。
「今だ、コーイチ!」
恒一はすでに杖を振り上げていた。
セレフィアの連撃で開いた装甲の継ぎ目。
そこへ、一点集中の雷を流し込む。
「《解雷穿孔》!」
蒼白い雷が、大型機の胸部深くへ突き刺さる。
赤い結晶列が激しく明滅し、模倣干渉の途中でノイズを吐き散らす。
演算が追いつかない。聖属性で開かれた傷口へ、異世界雷撃がそのまま中枢へ届く。
《干渉不能》
《干渉不能》
《演算核――》
最後まで言わせず、大型機のコアが内側から爆ぜた。
巨体が後ろへ倒れ込む。
その衝撃で道路が揺れ、後続の人型が体勢を崩す。
「大型、沈黙!」
木村三曹が吠える。
「押し返せええっ!」
自衛隊の火線が一気に前へ伸びた。
20式小銃。89式。機関銃。誘導弾。
今まで“耐えながら撃つ”形だった防衛線が、初めて“追い出すための射撃”へ変わる。
ドローン群は高空へ逃げ、中型の残りも距離を取ろうとする。
だがその時点で、第二波はもう半分崩れていた。
セレフィアは一歩引き、恒一の隣に立つ。
荒い呼吸。
焼けた空気。
目の前に広がるのは、撤退を始めた機械群。
「……いけましたね」
セレフィアが言う。
「ああ」
恒一も息を吐く。
「完全勝利とまではいかないけど」
「ですが、押し返しました」
「だな」
防衛線のあちこちで、短い歓声が上がる。
勝ったからではない。生き延びたからだ。
真田一佐がこちらへ歩いてくる。
「上出来だ」
短く言う。
「混成戦術、成立しましたね」
玲奈が、いつの間にか後方から走ってきて目を輝かせている。
「通常火器で崩して、異世界戦力で中枢を断つ。しかも今回は一撃離脱の形が取れた。これ、戦術書を書き換えるわよ」
「博士、落ち着け」
木村三曹が苦い顔で言う。
「今はまだ前線だ」
「分かってる。でも興奮するでしょこんなの!」
「まあ、気持ちは分かるけどな……」
雫も少し離れたところから、安堵と疲労の混じった顔でこっちを見ていた。
「ほんと、勝てる形になってきたんだ……」
小さく漏らしたその声は、誰に聞かせるでもない本音だった。
だが、勝ち切ったわけではない。
玲奈が端末を操作しながら、ふと顔を曇らせた。
「……ん?」
「どうした」
恒一が聞く。
「ログ」
玲奈の指が止まる。
「撤退した敵の一部から拾った短期更新ログがある」
真田一佐の表情が引き締まる。
「内容は」
「簡易自動翻訳だから確定じゃないけど……」
玲奈は、端末画面を全員へ見せた。
そこには、乱れた文字列の中に一つだけ、やけに分かりやすい意味が浮かんでいた。
――魔法戦力優先排除
空気が、一段冷える。
セレフィアの金の瞳が細くなる。
「……なるほど」
「認識されたか」
恒一が低く言う。
「ええ」
玲奈が答える。
「もう向こうも確信した。あなたとセレフィアが、人類側の切り札だって」
勝てる形はできた。
だが同時に、敵もその形を理解した。
第二波を押し返した代償として、異世界戦力の重要性は敵AIに完全に刻まれたのだ。
真田一佐が静かに言う。
「次からは、もっと露骨に狙ってくる」
「でしょうね」
セレフィアが答える。
「ですが、それで怯む理由にはなりません」
「同感です」
恒一も言う。
だが心の奥では、玲奈の言葉が重く沈んでいた。
敵は学んでいる。
今日の勝ち筋は、永遠には続かない。
ならばこちらも、次の手を打たなければならない。
第二波迎撃戦は、人類側に初めて本格的な“勝ち方”を与えた。
そして同時に、その勝ち方が長くは通じないことも、はっきり示してしまったのである。




