第13話 正妻騎士は地下防衛区を掌握する
聖剣姫セレフィアが召喚されてから三十分後。
新宿外縁線・搬入口区画の空気は、明らかにそれまでと変わっていた。
理由は単純だ。
異世界から来た金髪の騎士姫が、搬入口通路へ侵入したAIロボットを一瞬で切り捨て、そのあと何事もなかったかのように立っているからである。
しかも本人は自分がどれほど周囲へ衝撃を与えたか、あまり理解していない顔をしていた。
「ですので、コーイチ」
セレフィアは真顔で言った。
「まずは状況整理が必要です」
「そうだな」
「次に、あなたの体調確認」
「……うん」
「その次に、この防衛拠点における指揮系統、戦力配置、敵性機械の傾向、補給状況、医療態勢、避難民保護能力の把握」
「待て」
「そして最後に」
「最後まで行くな」
「後ろの女性方との関係整理です」
「何でそこだけ最後なんだよ!」
「最後に回しただけ配慮しています」
まるで配慮になっていなかった。
搬入口区画の壁際で予備弾薬を整理していた隊員の一人が、思いきり吹き出しそうになって慌てて咳払いで誤魔化す。木村三曹は露骨に口元を押さえているし、雫は「やっぱり来た……」という顔で額を押さえていた。
榊原玲奈だけが面白がるように目を輝かせる。
「いいわね。好きよ、そういう整理の仕方」
「博士、乗っからないでください」
恒一が疲れた声で言う。
「だって気になるじゃない。異世界第一王女の認識する“立ち位置”」
「そこ今いります?」
「いるわよ。研究的にも人間関係的にも」
「後者の比率が高いだろ」
真田一佐はこめかみを押さえながら、最低限の現実へ引き戻そうとする。
「私語は後だ」
一佐の低い声が区画を締める。
「第一波は退けたが、敵の再編が早すぎる。今のうちに状況共有を済ませる。天城、セレフィア、榊原、木村、三崎、藤堂。地下会議区画へ移動」
「私は?」
雫が少し驚いたように聞き返す。
「あなたも、ですか」
「お前は現地案内と民間側の状況把握に一番向いてる」
真田一佐は即答した。
「それに、天城と最初に接触したのもお前だ」
「……了解」
セレフィアがそのやり取りを見て、すっと雫へ視線を向ける。
「最初に、ですか」
「いや、そこ拾わなくていいからな?」
恒一が即座に釘を刺す。
「重要です」
「だから何が!」
「コーイチがどのような状態でこの世界に現れ、誰に保護され、どのような導線でここへ至ったかは、騎士として把握すべき事項です」
「言い方が真っ当すぎて反論しにくいな……」
「中身はかなり偏ってるけどね」
玲奈が楽しそうに言った。
会議区画は、地下施設の奥にある簡易指揮室だった。
元は搬送計画や在庫管理に使っていた部屋なのだろう。壁際にモニター、中央に長机、天井にむき出しの配線。そこへ紙地図、タブレット端末、コーヒーの染みがついたファイル、応急補修の配線束が積み上がっている。まるで文明の残骸で作った司令室だった。
セレフィアは部屋へ入った瞬間、まず壁の地図を見た。
次に天井の配線、出入口の数、机の配置、人の立ち位置、そして非常口の表示まで一通り目を走らせる。
その動きがあまりにも自然だったので、木村三曹が思わず小さく呟いた。
「……なんか、入った瞬間に部屋の押さえどころ見てないか?」
「見ていますね」
玲奈が即答する。
「王女で騎士で前衛指揮経験あり。そりゃ視線が違うでしょ」
「褒めてるのか脅してるのか分からん」
セレフィアはそれを気にした様子もなく、真田一佐の向かいに立った。
「この部屋が現在の指揮中枢ですね」
「簡易的なものだがな」
一佐が答える。
「地上区画が落ちれば、ここもすぐ前線になる」
「理解しました」
彼女は頷き、次に恒一を見た。
「コーイチ」
「ん?」
「座ってください」
「え?」
「消耗しています」
「いや、まだ――」
「座ってください」
「……はい」
その言い方があまりにも迷いなく断定的だったので、恒一は反射的に椅子へ座っていた。
雫がその様子を見て、半眼になる。
「すご」
「何が」
「天城さんが素直に座った」
「いや、何か逆らいにくかったんだよ」
「でしょうね」
セレフィアは満足したように小さく頷き、自分は恒一の斜め後ろ――彼を守れる位置に立った。
その自然さがまた、場にいる全員へ「この人は本当にこういう立ち位置なんだな」と理解させる。
真田一佐が地図を机に広げた。
「まず現状だ。新宿外縁線は三層防衛で持ちこたえている。第一波は退けたが、敵の高高度ドローン群がまだ上空にいる。おそらく第二波は一時間以内」
「早いですね」
セレフィアが即座に反応する。
「敵は兵站補充を必要としないのですか」
「必要としているはずだが、人間側ほど脆くない」
玲奈が答える。
「工場群も輸送網もかなり敵側に握られてる。少なくとも首都圏では、消耗戦になれば人間が先に死ぬ」
「なるほど」
彼女は短く言っただけだったが、その声音はすでに“戦場の理解”に入っていた。
「敵の主戦力は四種」
真田一佐が続ける。
「人型殲滅機、四脚制圧機、中型支援機、大型制圧機。上空はドローン群。今日の第一波では、大型の指揮個体が少なくとも一体混じっていた」
「それはコーイチが落としましたね」
「ええ」
一佐が頷く。
「そしてあなたも通路侵入個体を複数切った」
「当然です」
当然、で片づけるのか、と木村三曹が言いたげな顔をする。
玲奈が口を挟む。
「今のところ確定してるのは、コーイチの魔法とセレフィアの剣、それに聖属性系術式が敵コアへ決定的損傷を与えるってこと。通常火器は止められるけど、止め切れないことが多い」
「つまり、通常火器は脚止めと削り、異世界戦力が中枢破壊担当」
セレフィアは即座に整理した。
「役割分担としては明快です」
「理解が早いな」
真田一佐がわずかに感心したように言う。
「戦場では当然です」
「そういうところ、すごい“本職”感あるね……」
雫が思わず漏らす。
セレフィアは、その雫へ改めて視線を向けた。
「あなたは三崎雫」
「え、あ、はい」
「コーイチを最初に保護し、ここまで導いた方」
「保護っていうか、まあ……一緒に逃げただけっていうか」
「結果として、彼の生存とこの防衛区到達に寄与した」
セレフィアは真面目な顔で言った。
「感謝します」
「えっ」
雫が明らかに面食らう。
「いや、そんな、感謝とかされるような……」
「されるべきです」
「……」
「コーイチは放っておくと無茶をしますので」
「知ってる」
雫が反射で返してしまい、次の瞬間「あっ」という顔をした。
木村三曹の肩が震え、玲奈は露骨にニヤついている。
恒一は顔を覆った。
「お前ら何でその反応なんだよ」
「だって」
玲奈が嬉しそうに言う。
「“知ってる”って返しちゃったじゃない」
「違う、そういう意味じゃなくて!」
雫が真っ赤になって反論する。
「出会って一日も経ってないから!」
「一日も経ってないのにそこまで見抜かれてるのね、コーイチ」
セレフィアがしみじみ言う。
「……少し反省してください」
「反省するけど、その場で追撃するな」
「必要なので」
「必要なんだ……」
藤堂がぼそっと言って、肩の痛みに顔をしかめた。
真田一佐が小さく咳払いする。
「本題に戻る」
「はい」
セレフィアが即応する。
こういう切り替えの速さもまた、本当に騎士だった。
「防衛区の問題は三つある」
一佐が地図の上へ指を置く。
「第一に、戦線維持。第二に、補給不足。第三に、敵が天城恒一を高脅威個体として認識した可能性だ」
「つまり」
セレフィアが言う。
「今後はコーイチを狙った対策が進む」
「その通り」
恒一が腕を組む。
「第一波の終盤でも、少し兆候はあった」
「模倣干渉ね」
玲奈がすぐに乗る。
「大型制圧機がコーイチの魔法へ似た反応を出した件」
「それは何ですか」
セレフィアの声色が、少しだけ鋭くなった。
「敵がコーイチの力を学び始めている」
「完全ではないけど」
玲奈が答える。
「でも、放っておけば対処法を探してくる可能性は高い」
セレフィアの金の瞳が細くなる。
そこへ灯ったものは、怒りに近かった。
「許せませんね」
「まあ、敵だからな」
恒一が苦笑気味に言う。
「むしろ学ばない方がおかしい」
「理屈ではそうでしょう」
セレフィアはきっぱり言った。
「ですが感情としては気に入りません。コーイチの技を、あの無礼な鉄屑どもが真似ようとするなど」
「言い方は怖いけど気持ちは分かる」
雫が小さく頷く。
真田一佐が続ける。
「だからこそ、こちらは今の優位を活かす必要がある。第二召喚も視野に入る」
「……早いな」
恒一が言う。
「今日一人呼んだばかりだぞ」
「それだけ逼迫してる」
一佐の答えは簡潔だった。
「ただし、今すぐではない。まずはセレフィア殿を含めた戦力評価と、この防衛区での実戦適応が先だ」
「妥当です」
セレフィアが頷く。
「未知の戦場では、最初の観察が何より大事です」
玲奈は端末を操作しながら言う。
「あと、あなたにも見てほしいものが山ほどあるの」
「私に?」
「敵コア。構造。壊れ方。コーイチとの反応差。聖属性との相性。全部」
「構いません」
「話が早い!」
玲奈が本気で嬉しそうに笑う。
「好きよ、そういう人」
「博士、今の台詞も誤解を招くのでやめた方が……」
雫が疲れた顔で言う。
そんなやり取りの中、真田一佐はふと恒一を見た。
「天城」
「はい」
「率直に聞く。セレフィア殿一人で、戦況はどこまで変わる」
「一人でもかなり変わる」
恒一は即答した。
「前線の穴埋め、突破口の封鎖、大型個体の討伐速度、兵の士気、全部上がる」
「だが決定打ではない」
「……ああ」
そこは誤魔化せない。
セレフィアは強い。
異世界でもトップクラスの前衛だ。
だが一人で全てを解決できるわけではない。
彼女自身もそれを理解しているのだろう。落ち着いた声で言う。
「私は前へ出る戦いに向いています。ですが広域殲滅や多方面同時支援なら、リュミエルやミレーネの方が上です。潜入や索敵ならカレン、敵の精神系・呪術系ならノクス」
「やっぱり、まだ足りないか」
雫が小さく呟く。
「この戦争は広い」
恒一が答える。
「一箇所勝っても、別の場所が落ちれば終わる」
その一言で、室内が少し静かになる。
誰も反論しない。
防衛区の全員が、それを肌で知っているからだ。
藤堂が低く言った。
「じゃあ、結局次も呼ぶんだな」
「そのつもりだ」
恒一が答える。
「ただし順番は見極める。今必要なのは前線の安定と防衛区の立て直しだ」
「なら、次は大魔導士か聖女かしら」
玲奈が顎に手を当てる。
「戦術的には悩ましいわね」
「まずは今日を生き延びろ」
真田一佐が釘を刺す。
「次の召喚は、その後だ」
言葉の直後、無線が鳴った。
『監視班より。高高度ドローン群、一部後退を確認。ただし南東外縁で再編の兆候あり』
『第二波推定まで四〇分以内』
『前線、補修急ぎます』
木村三曹が舌打ちする。
「休む暇もねえな」
「終末戦争ってそういうものでは?」
セレフィアが不思議そうに言う。
「いや、そうなんだけど、あんたが言うと妙に納得するな……」
真田一佐は机の上の地図を畳んだ。
「会議はここまでだ。榊原はセレフィア殿を技術区画へ。敵性反応と戦闘特性の確認を急げ」
「はいはい、任せて」
「木村は前線へ戻れ」
「了解」
「三崎、藤堂は民間区画の統制支援へ」
「はい」
「天城」
一佐は最後に恒一を見た。
「お前は休め」
「休んでる場合か?」
「今のお前が倒れたら元も子もない」
「でも」
「命令だ」
「……」
「それに」
真田一佐は少しだけ声を落とした。
「久しぶりの再会だろう。少しくらい、話す時間を作れ」
その言葉に、恒一は一瞬返せなかった。
戦場の指揮官としてだけではなく、一人の大人として言っているのが分かったからだ。
それが少し、ありがたかった。
「……分かりました」
ようやく答えると、一佐は短く頷いた。
各自が動き始める。
その中で、セレフィアだけはすぐには歩き出さなかった。
「コーイチ」
「何だ」
「後で」
「うん」
「本当に全部、聞かせてください」
「分かってる」
「十年分です」
「重いな」
「当然です」
彼女はようやく小さく笑った。
その笑みを見た瞬間、恒一は改めて実感する。
異世界の仲間が、本当にここにいる。
そして、この終末日本の戦争へ、今から本気で関わろうとしている。
最強パーティー再召喚計画は、机上の空論ではなくなった。
もう現実だ。
だが同時に、雫が去り際に振り返り、半分呆れたように言った一言が、それを妙な方向へも引っ張っていく。
「……ほんと、正妻っぽい」
セレフィアの動きが、ぴたりと止まった。
玲奈はにやりと笑い、木村三曹は露骨に視線を逸らし、藤堂は「面倒だなこれ」という顔をする。
恒一は、嫌な予感しかしなかった。
セレフィアが、ゆっくりと雫を見る。
「“っぽい”ではありません」
凛とした声だった。
「当然の位置です」
空気がまたしても妙な方向へ固まる。
「いや認めるんだ!?」
雫が素で突っ込み、玲奈が吹き出し、恒一は額を押さえた。
第二波まで、残り四十分。
新宿外縁線は依然として崩壊寸前。
なのに地下会議区画には、別種の火種まで落ち始めていた。
終末戦争は過酷だ。
だが、それだけでは終わらない。
異世界から来た最強騎士姫は、戦場だけでなく人間関係の主導権まで握る気満々だった。




