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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 12

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本当の番

「アルトゥールが!?なんだ、あのときは疑って損したな。熊のくせに妙な気配だからマークしてたんだ、そういうことか」


 ブリジットが後をつけたときのことを思い出してハハッと笑った。ブリジットの笑い声にアデルバートは肩をすくめた。


「アルトゥールはアルトゥールで、君に追跡されていたのを見落としたと大層落ち込んでいたから、あれはお前よりも長い年月活動している玄人だと説明しておいた…」


「…正体をバラされても困ることはありませんが…ついでに陛下にお知らせしたいことがございまして。私を追いかけて西から密入国してしまった者が一名いるのですが…思いのほか魔力中枢もボロボロで重傷だったので、滞在している部屋に運び込みました。その者は竜になり立てで、成り行きで仕方なく私の夫の身分を与えました。害をなさぬよう、こちらでしっかりと見張りますので、監視している陛下の部下にはその任務を解いていただければと思います…問題を起こした場合は私がきっちりと処分致しますので」


 ブリジットの揺るぎない瞳にアデルバートは苦笑するしかなかった。


「処分とな…その言葉を聞いて私は君の夫にだけはならないでおこうと今、心底思ったよ。第二王子の客人に化けて、商人に混じって入って来たらしいが…重症だとは全く気付かなかった…いやはや、あの魔力で重症とは…恐ろしいな」


「私には妻は必要ですが…夫はあまり必要としてはいないのです。ただ家門を継ぐには夫を用意せねばならない決まりですから、父の用意した禄でもない男よりは幾分かはマシだと思われる禄でもなしを選んだに過ぎません…今回の一件で魔力中枢を半分失っても竜はなかなか死ねないことが分かりましたし…」


 ブリジットの淡々とした言葉に、エリンとヴェルダのみならずエメリーまでが困ったような顔をした。


「…そんなにおかしなことでもないと思うが…私は妻のことは愛しているし大切にも思っているが、いくら身体の機能としては両方持っているからと言っても、男も女も平等に愛せるかと言ったらそうではないのだよ。レイはどうか知らないが…」


「そんな繊細な話題を僕に振らないで下さいよ。僕はたとえジュディスが男でも女でも性別を超越して大切な存在だと思っています。師匠だって何とも思っていない相手を夫の座に据えるほど甘い人じゃないってことくらいは僕にだって分かります。これ以上言ったら呪われそうなので言いませんけど…」


 レイはブリジットの瞳におそれをなしたように次第に小声になる。ところがブリジットはなぜか急に笑い出した。皆がギョッとする中、ブリジットは言った。


「ジュディスもレイも忘れていると思うが、蜂蜜草の子株を預けられたアリシアとブラッドウッドがいつになったら戻ってくるんだと恨めしそうな顔をしてるぞ?」


 実のところ預けたままだったのをすっかり忘れていた二人はハッとする。どうやら前庭で交流したようだった。


「どれ、私が行って回収してこよう」


 ブリジットは立ち上がると珍しく扉の方へと向かう。


「この建物の遮断をぶち壊すと困るからな。蜂蜜草を回収したらまた戻るよ」


 ブリジットはそう言って建物から外に出て姿を消した。



***



 どのくらい時間が経ったのか、ケリーは不意に目覚めて辺りを見回した。それから自分の腕の中にしっとりとした滑らかな肌触りの少女が眠っているのを見つけて安堵する。青い艷やかな髪を撫でてケリーは少しだけ感傷的な気分になった。それは子ども時代との決別であり、ニーナと番になった際の感覚に思いのほか支配された自身の本能と欲望に対する後ろめたさでもあった。ついに大人の仲間入りを果たしたという感慨深さと同時にニーナに対する愛情もケリーは確かに感じていた。ケリーの気配を感じたのか腕の中の少女が身動ぎをして顔を上げた。


「…ケリー…」


 名前を呼んだ少女は恥ずかしそうに頬を赤らめる。ケリーはニーナに口付けをした。


「ニーナ、大丈夫?痛いところとか…ない?」


 ケリーが尋ねるとニーナは驚いた表情になった。ケリーはどうしてそんなに驚くのかと思った。


「西の雄は…番になったらそういう心配までしてくれるの?」


「え?あ…あぁ…みんながみんなって訳じゃないかもしれないけど…僕の周りの人…例えば王子とかは、そういう気遣いを大事にするべきだって考えだよ?兄ちゃんは口下手だから、なかなかうまく言えないみたいだけど。それに僕も…さっきはちょっと我を忘れて蛇になっちゃったから…大丈夫かなって…」


「それを言うなら私だって…ケリーに夢中になって…気づいたら蛇になっていたから…一緒」


 ニーナは言いながら次第に赤くなり、ケリーの胸に恥ずかしそうに額を押し付けた。すっかり絡まり合って離れなくなっていた。ニーナは小声で言う。


「痛くなかったし…すごく…気持ち良かった…ケリー…は?」


「僕もだよ…一緒…紋章も…痛くない?」


 ケリーは密着するニーナの胸に美しく盛り上がったアイビー家の家門を見る。止血のタイミングを王子に教えてもらったのと、少しジュディスの唾液の毒で麻痺している間に刻んだからなのか、自分の太ももで練習したときよりも上手く出来た気がした。


「ケリーの紋章は痛くない…やっと…本物の番になれたからとても嬉しいの…」


「…番になると…魔力が強くてもさみしくないね…二人で一つだから…」


「うん…私…少し自分のことが…好きになれるかも。ケリーは?」


「そうだなぁ。前よりは好きになれそうかな」


 ケリーはもう一度ニーナを抱きしめる。柔らかい女の子の身体だと思った。それに何だかいい匂いがする。ケリーの本能を刺激する蠱惑的な香りだ。ケリーは思わず舌を出して匂いを確認し、胸いっぱいに吸い込んだ。


「ニーナ…すごくいい匂いがする…多分…同族にしか分からない香り…他の蛇の雄に嗅がせたくない…」


 ケリーの言葉にニーナは恥ずかしそうに顔を上げた。いつも雄たちは廃屋の薄汚い床にニーナを置き去りにして笑いながら去ってゆく。だから、一緒に目覚めてこんなことを言われたのは初めてだった。あの頃の自分はもういないとニーナは思った。今自分の目の前にいるのは榛色の髪と深い緑の瞳を持った、とても優しい同族の雄だ。その雄がこうして柔らかいベッドの中で新しい皮膚になったばかりの自分を抱きしめてその香りを堪能している。胸に刻まれた紋章をこれほどまでに誇らしいと感じたこともなかった。完成した紋章はケリーとニーナの心の距離を徐々に埋めてゆく。こうして抱きしめ合っている間にも。それに触れていると安心する。


「ニーナ、一生大切にするよ。だから一緒に西に来て」


 ケリーが耳元で囁く。ニーナはこくりと頷いた。閉じたまぶたから嬉し涙が一粒こぼれ落ちた。



***



 ブリジットは蜂蜜草を二人に渡すとまたすぐに去って行った。どうやらケリーとニーナが目覚めたらしかった。辺りはすっかり暗くなっている。アデルバートは放置した公務を片付けにいなくなっていたし、ブルーノもアデルバートと共に姿を消していた。残ったのはエメリーだった。エリン皇太子は太ももでの紋章の練習を終えて少し疲れた様子でレイに傷を癒してもらっていた。


「エメリーは…樹氷国の王女以外に誰か好きな人はいないのか?」


 蜂蜜草と戯れていたジュディスの言葉にエメリーは驚いた顔をした。


「そ…そんな人はいません…」


「本当に?少しでもいいなと思う人でいいんだけどな…」


「私はエリン皇太子にお仕えすると決めていますから、そのようなことにはもう懲りたのですよ…」


 エメリーの言葉を聞きながら、レイはおよそジュディスの考えていることが分かった。


「少しでも愛情のある相手がいるのなら、古代術式の魔法薬でその目を再生できると思ったんですよ。あ、みんな驚くんですけど、魔法薬は満月の夜に材料さえあれば作れるので大した物ではないんです」


「私にはいずれにしても、そのような相手もいませんから…」


 そのときエリンが不意に声を上げた。


「…それは同性でも可能なのかな?」


 不思議そうな顔でジュディスとレイに見つめられたエリンは慌てて言い訳をするかのように言った。


「いや…その…厳密には僕の身体は明確な男でも女でもなくて…レイ王子もそうなのだろうけど…雌雄同体なんだ。僕は少なくとも…エメリーに対しては…愛情というか…その…身内に対する情のようなものは持っているから…古代術式の発動条件に含まれるのかと思って…」


 ジュディスは考え込んだ。


「ブリジットでも発動したから…多分、条件としては満たしているんじゃないのかな?あとはエメリーと皇太子が熱い口付けを交わせるかどうか…ってことなんだけど…」


「く、口付けですか!?そんな畏れ多い…!!」


 エメリーは慌てて首を横に振る。けれどもエリンは微笑んで言った。


「口付けの一つや二つ程度でエメリーの第三の目が取り戻せるのなら試す価値はあると思う…」


 傍らのヴェルダまでが頷く。レイはふと思い出してエリンの胸の包帯を外して網目模様を確認した。見た目は大幅に変化はなかったが蔦で触れると他の部分は奥深くまで根深く網目模様が続いているのに対して種を潰して塗った方は皮膚の表面のみに模様が残っているだけだった。レイは前庭の方に意識を向ける。エテルネルの領域とは少し離れたところにアデルバート国王陛下の作った領域があって、アレクシアが美しい金の狼の姿で寛いでいるのが見えた。アレクシアはレイの気配に気付いて顔を上げた。


(国王陛下は…?)


(こんばんは。レイ王子。陛下は溜まった公務を片付けているようですね。アドルファス王子も手伝っているようですよ?)


(陛下に伝言願えますか?東の皇太子の呪いに蔦の種が効きそうです。一粒飲ませてみる価値はあるかと…)


 アレクシアは頷くと光る蔦になって姿を消した。

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