園庭にて
やがて荷馬車は王宮に到着し、荷物専用の通用口から中に入ったが入り口の警備兵は御者の渡した通行証を見るなり敬礼をして通常の荷物を運び込む場所とは別の通用口に案内した。荷台から一番先にアデルバートが飛び降りる。ステップを用意していた警備兵の一人が慌てた。
「陛下!!」
「なんだ、そんな物は私には不要だ。年寄り扱いするな」
けれども明らかに出かけたときよりも大人数が中にいて幌を開けて中の顔ぶれを見た彼は驚きの表情になった。
「あぁ…その珍妙な格好の二人は愚息と東の皇太子だ。皇太子にはくれぐれも触れるなよ。目が開いたばかりだから今は遮断している。ヴェルダと共に少し休ませてやりたいから、このまま園庭の離れに連れてゆく」
「え…園庭ですか?」
「フォス族の力を最大限発揮できる場所の方がいいだろう」
警備兵は不審そうな顔のまま開いた幌を結ぶ。その間にアドルファス第三王子が降りてブリジットをエスコートした。ブリジットはフッと思わず笑ってしまった。変な格好なのに動作だけは美しい。
「そんなにおかしいですか?」
「すまない。いや案外似合っているのがおかしくてな。商人の放蕩息子なら可愛がってやったものを」
「それはさすがに…遠慮させていただきますよ」
二人のふざけたやり取りを見て警備兵は呆気に取られる。その間にジュディスとレイが素早く降りて、最後にエリンとヴェルダが現れた。御者のフリをしていたエメリーがやってくる。彼は気まずそうな顔をしたエリンを見ていつものように一礼した。
「エメリー…悪かった…」
「いえ…ついに開眼したのですね。おめでとうございます」
エメリーは静かに片膝をつくと頭を下げた。
「ところで…エリンはどこに移動するんだ?私が遮断してるから、そのままついて行くつもりだけど…」
「そうしたら今ジュディスを遮断してる僕も必然的についていかなきゃならないんだけどね」
レイがジュディスの手を握る。
「ぞろぞろ歩くのも目立つな、皆ちょっと寄ってくれ。まとめて案内する。エメリーも来い、こっちだ」
アデルバートは床に魔法陣の描かれた場所に来た。
「荷馬車の積荷は西の学院長に届けておいてほしい。では我々は少々園庭の隠れ家に移動する…火急の用以外は呼ぶなよ?うるさい事を言う者には開眼の儀式だとでも言っておけ。分からなくても大概納得したフリをする。知らぬのが恥だと思う連中はな」
アデルバートはそう言って笑うと足元の魔法陣に魔力を放った。すぐに園庭に到着した。少し歩くと熱帯の植物が生い茂った中にその建物はあった。
「ここは大概のものは遮断できる建物なんだ。発情期に入ったアドルファスも閉じ込めたことがあったな…」
「…そんな、昔の話を持ち出さないで下さいよ…」
「よいではないか。アドルファスはまだ子どもだと思っていたのに、私が所有していたサフィレットの痕跡の残った私物の匂いを嗅いだら突然発情してしまって、あの時は本当に驚いたよ…」
「お父さま、その辺にしておいていただけませんか?僕だって恥ずかしいですよ。だいたいそれって少し危ない嗜好の持ち主みたいだし…」
「別に恥ずかしくはないと思うけどな。ここにノアとサフィレットの私物を持ってきてなくて良かったよ。封印して荷物の中に入ってる。痕跡を辿るのに必要だからね…」
ジュディスの言葉にヴェルダが首を傾げたので、アデルバートが答えた。
「ヴェルダは知らないだろうが…アドルファスの婚約者はこの王宮内のどこかに潜んでいるようなんだ。西から記憶を失ってここまでたどり着いたらしいのだが…子どもの頃の呪いのせいで姿も気配も時々変えられるから、見つけ出すのが困難なんだよ」
さすがにアデルバートはリシャールの部分には触れなかった。
「姿も気配も変えられる…?半獣人…なんですよね?」
エリンは不審そうな顔をした。エリンの額の目は開いたり閉じたりと落ち着きがない。ジュディスがヴェルダの手を取りエリンの額の目に当てる。
「慣れるまでは、たまにこうやって番がふさいでやると落ち着く…はず…」
ジュディスはやや自信なさげに言った。
「どうしたの?」
レイが首を傾げる。
「昔読んだ本が元々部分的に破れていて修復不可能だったんだよ…写本だったんだけど…誤字もあって読みにくくてさ…だから、多分そう、ってことしか分からない…有眼種とは仲も悪かったのと…何より他の種族よりも情報が少なかったから…」
「…合っていますよ。とても古い知識なのに…よくご存じですね」
そのときエメリーが微笑んで言った。考えたらエメリーやエリンがその知識を知らぬはずはないのだ。ジュディスは自分が出しゃばってしまったと思った。だがエメリーは続けた。
「王子には有眼種の詳しい知識はありません。開眼してからでないと一族として認められないからなのです。有眼種の情報が少ないのはそのせいもあります…他種族に比べて秘密主義なところがありますから、助かりました」
そう言ってエメリーは額で切り揃えた前髪を避けた。そこには確かに目があったと見受けられるような切れ込みがあった。だが黒い糸で縫い付けられている。それはどこか禍々しくも見えた。
「私も…実は有眼種なのです。これは罪人の証…最も罪深い者に下される、ある意味殺されるよりも効果のある処刑方法です。私には有眼種の目はもうありません。樹氷の国でくり抜かれましたから…」
エメリーは淡々と告げた。アデルバートはすでに知っていたらしく、エメリーの肩をポンと叩いた。
「エメリーは罪人ではないよ。ただ愛した相手が悪かった。北の樹氷国の王女だっただけだ…」
樹氷国では魔族の血を王族に混ぜることは禁忌とされている。だからエメリーは罪人にされた。
「…私は西の王族に魔族の血を混ぜてしまったぞ?」
ジュディスが気まずそうな顔をした。
「あぁ…うん。だって…王族と認める条件の中には魔族の血が禁忌とも明記されてはいなかったからね。議会では揉めてたけど、僕が生き残ったのはジュディスのお陰だから認めざるを得ないって、お父さまが怖い顔をしたら反対派は震え上がったよね。樹氷国もエリンの国のように魔族との婚姻を認めていたら良かったね…」
レイは気の毒そうにエメリーの顔を見た。エメリーは目を伏せて言った。
「元々…分不相応だったのです。罰せられても仕方のないことです…私はあのとき皇太子に拾っていただかなければ、鞭打たれた傷が悪化して死んでいたかもしれません…。その日から私の命は皇太子と共にあるのです。ですから、今後は私を置いて勝手にその命を儚んで向こう見ずな行動に走るのは止めて下さい!!」
突然怒りの矛先を向けられてエリンはギョッとする。一見すると穏やかそうに見えるが、実のところエメリーは怒らせると怖いのだ。
「エメリー…すまない。今後は気をつける…」
エリンは素直に謝罪した。エメリーは頷くとエリンの側にやってきた。
「私は一生、エリンさまにお仕えするつもりでこの国にやって来たのです。エリンさまがどんな選択をなさったとしても、私はエリンさまのゆくところならどこへでも付き従うつもりですから、覚悟をなさって下さい。それから…ヴェルダさま…エリン皇太子をどうぞよろしくお願い致します」
エメリーに頭を下げられたヴェルダは慌てた。
「私はそんな…頭を下げられるような身分ではありません。ただ…魔族の血の影響で魔力が他の者よりも強いので、皇太子のお相手をするようにと神官長から命じられました。本来ならば、魔力の強さではなくもっと美しい者が選ばれるはずだったのです…私はフォス族の力もそれほど強くはありませんし、申し訳ございません…」
「ヴェルダは美しいよ」
エリンが即座に言った。ヴェルダはパッと恥ずかしそうな顔をする。アデルバートが二人を見て告げた。
「エリン皇太子の魔力が安定するまでここを使っていて構わない。それから…番の紋章をもしも刻みたいのなら、その際はヴェルダの望む者に見届け役を頼むといい…こういうときは雄の意向よりも雌の気持ちを優先すべきだからな」
「ヴェルダ、本当に…紋章を刻んでいいの?」
エリンが尋ねるとヴェルダはこくりと頷いた。
「見届けは…」
ヴェルダの視線がジュディスを捉える。
「私か?いいよ、見届け役を引き受けても。ただ私を遮断してるレイも一緒になるけどいいかな?レイが外に出るとさすがにこの建物自体にかけられている遮断に阻まれる気がする…古い魔術だし強力だから」
ヴェルダは頷いて言った。
「王子も一緒にお願いします…」
「確かに、治癒師が一緒の方が安心だろうな。で?エリン皇太子は、紋章を自身の太ももで練習するのか?実に興味深い講義だったと、学生に混じって偵察していた私の部下が伝えてきたぞ?他国の者との交流はやはり積極的に行うべきだと私にも学びがあった。まさか…手本として西の王子がやってのけるとは思っていなかったがね。普段は口数少ない部下が珍しく熱く語るから、直接私も見てみたかったと思ったよ…」
「…部下…ですか?」
レイの不審そうな声にアデルバートはニヤリと笑った。
「あぁ…ここにいる君たちには共有しておこう。彼は現役の学生だが…私との取り次ぎも可能な唯一の存在だよ。王立学園の副会長…黒熊のアルトゥールだ」




