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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 12

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生きる意味

 しばらくしてハーシェルの店の裏に荷馬車が到着した。荷馬車を引くのはこの街では比較的よく見かける茶色い毛並みの馬で、王宮ではミューをよく使用するが何頭かお忍びの外出用として馬も飼育されていた。南部の家畜は馬、牛、豚、鶏でその他は魔獣の肉を時折食べることはあるが、基本的にはそれ以外の肉は食べないのが主流で、こうして車を引かせるようなこともなかった。


(そういえば、馬や牛の半獣人はいないよね…)


 レイが荷馬車を引く馬を見ながらジュディスの心の中に話しかける。


(…猪はいるが、豚も鶏もいないよ。それでも猪の一族は豚肉を食わないし鳥類も鶏肉は敬遠する…卵は食べるけどね。本能的なものなんじゃないか?蛇の一族に蛇の魔獣トゥアバーンの肉を勧めないのと同じだ…その点魔族は節操がないから何でも食うんだ。北方には…古くは馬の半獣人がいた記録もあったが…いつの間にかいなくなっていたな。確か流行り病のせいだったような…)


 乗り込んだ荷台の中は外の古臭い見た目とは裏腹に清潔で乗り心地も良かったが、ブルーノは現れた父と顔を合わせてため息をついた。


「…お父さまもいらっしゃるなら…こんなふざけた格好はしなかったのに…どうして今日は街にいるんです?」


「なんだ?お前も珍しくはしゃぐことがあるのかと思って、面白く観察していたのだが…まさか、エリン皇太子までがアドルファスの真似をするとは思わなかったな…」


 エリンは気まずそうな顔付きで品のない派手な服を見下ろした。外を知らないヴェルダの方が街の住民に近い質素な服を身に着けている。ヴェルダは下働きの女性から借りたのだと言っていた。ブリジットは露店でいつの間にか買っていたブローチを指先につまんで眺めていた。何やら妙な気配がする。


「ブリジット…?何、それ…」


 ジュディスの言葉にブリジットはニヤリと笑った。


「露店の古物商の店先にあったんだ。私には影響はないが、これを買い取った店主の具合があまり良くなさそうだったから、言い値で引き取ってやった。この程度なら私が浄化できる。魔力の弱い者が持つと食われるけどね…」


「もう…あまり変な物を気軽に持ち込まないで下さいよ…」


 レイが呆れた顔をする。ブリジットはブローチを封印すると袋の中にしまった。


「…雄に騙された雌の情念のようなものだ。放っておくと呪いに成長するから、私のような変わり者が買った方が世のためになるんだよ」


 ブリジットの言葉にヴェルダは自分の肩に移ったエリンの呪いをちらりと見た。中途半端な能力しかないのにエリンのことをどうにか出来ると思い上がった自分の未熟さが恥ずかしくなる。不意に視線を感じて顔を上げるとブリジットがヴェルダを見ていた。


「…ヴェルダはうちの講師と同じ匂いがするな。有翼種の血か。身体に特殊な模様が現れるんだな…もう少し魔力が上がれば翼も出せるんじゃないかな?」


 ヴェルダは力を解放した訳でもないのに見透かされたことに少し驚いた。気配を抑えてはいるが相手から立ちのぼる魔力に少し酔いそうになり、ヴェルダは慌てて目を逸らす。瞳をじっと覗き込んではいけない相手だと瞬時に判断した。


「その危機回避能力はとても役立つが、きっとそれがエリン皇太子の呪いと向き合うことを邪魔をするのだろうな…」


 ブリジットの言葉にアデルバートが低く笑う。


「…ブリジット…呪いを抱えているとエリン皇太子の呪いもよく見えるのだろう?ヴェルダにはそれが見えないからな。だからこそ紋章で繋がれば見える物もあるのではないかと私は思ったんだが、君ならどう対応する?」 


 ブリジットは上品に微笑む。


「国王陛下が介入なさろうとしているのでしたら、私が余計な口を挟まずとも、なるようになるかと。でもそうですねぇ…エリン皇太子、乱暴なことを言うようですが、私は南で皇太子が亡くなったことにしてしまって、ヴェルダと共に西に駆け落ちさせることも可能なのですよ?想像してみて下さい…そうしたら少し生きてみたいと思えますか?気持ちを変えるのですよ」


「な…か、駆け落ち…!?」


 エリンは衝撃を受けたように目を見開いた。ブリジットは今度はニヤリと笑った。


「死ぬことばかり考えるなら、その命を私が貰い受けるということです。新たな名前も与えます。私はそういうことが得意なのですよ。家業と言ってもいい。エリン皇太子はヴェルダと共に国に帰って立太子として胸を張って宣誓する自分を想像できていないとお見受けしました…今日のようにお忍びで外出中にヴェルダ共々攫われて後日死体になって発見される…南の国の印象は悪くなりますが、西も南も辺境に近付けば近付くほどに野盗がいます。さほど現実離れした話でもありません」


「……」


 エリンは沈黙する。国を継ぐ者として自分が立つことを想像できていないのは確かだった。端から父は自分に期待などしていない、そう思っていたからだった。だが。


「ただそうなると、皇太子のお目付役の彼が何と言うか…エリン皇太子、彼は何者なんだ?」 


 アデルバートが少し眉を寄せて尋ねた。エリンの瞳には迷いが見えた。


「彼…エメリーは…僕が死ぬときの…番の代理です。番が見つからなかった場合には彼を…それに見立てて…死ぬようにと言われています…僕は彼に死んで欲しくない…死ぬなと言っても彼は聞き入れないと思います…ですから、僕は逃げられません。嫌でも生きなくては…ヴェルダを巻き込んで…この扱いにくい身体にしがみついてでも…!」


 エリンの生気のなかった瞳に、わずかな光が蘇る。夕焼け色の瞳が美しいとブリジットは思って見つめる。不意にエリンが被った布で覆っていた額に手を当てた。


「……っ!」


「エリン!?」


 ヴェルダが慌ててその肩に触れる。エリンは手についた血を見て怯えた表情になった。


「目が…開く…?」 


 ジュディスが素早く立ち上がるとヴェルダの手を取ってエリンの額に触れさせた。ジュディスは辺りを遮断した。


「番になる者が開眼を手伝うんだ。私は補助する…怖くないよ。ヴェルダ、傷を舐めてあげて。その方が多分痛みも少なくて済む…」


 ヴェルダは困惑しながらもエリンの額の裂けた部分から流れる血を舐め取って傷口に唇を這わせる。こんなときなのにヴェルダはエリンの血が美味しいと思った自分にドキリとした。額の傷口がピクピクと動いている。ヴェルダはエリンの頭を抱いて懸命に舐め続けた。


「あ…!ヴェルダ…!もう…大丈夫…」


 ヴェルダは慌てて唇を離す。額にエリンの瞳よりも濃い鮮やかな赤に近い夕陽の色の瞳が現れていた。


「少し…クラクラする…」


 エリンは胸元を見下ろす。網目模様はあまり変わったようには見えなかった。なのに瞳が開いてしまった。エリンは思わず目の前のヴェルダを抱きしめる。


「エリン…美しい色です…」


「そう…なの?自分じゃ分からないや…」


 エリンはつぶやいてヴェルダの腕を感じて安堵する。自分はどうしてしまったのだろうと思った。アデルバートはそんなエリンに向かって告げた。


「開眼したなら…身体は少なくともヴェルダを番と認めたということだろうな。先ほども言っていた少しの気持ちの切り替えだ。エメリーを死なせる訳にはいかないという君の思いが、君自身の意識を生きる方へと少し引っ張った…」


「あぁ…エメリーは…怒っているだろうな…撒いてきてしまったから…」


「それはどうかな?」


 アデルバートはニヤリと笑って荷馬車の前方に目線を移した。エリンは不審そうな顔をしてそれからハッとした顔付きになる。まさか、と思った。


「お目付役はわざと撒かれたんだ。それで君の気分が変えられるのなら、と。この国には君に死んで欲しくない者がたくさんいるんだよ?君が思っている以上にね。愚息のルドルフだって…そう言うに違いないさ」


 御者のフリをしているのがエメリーだと知ってしまったエリンは過去と比べても一番羽目を外したと思っていた今日の外出ですら全てエメリーの手中で踊らされただけのような気分になって、少しだけ腹立たしくなった。自分に対して皆、甘い。腹を立てつつもどこか切ない気分になる。東の国では感じなかった感情だった。胸の奥が苦しいのにその苦しさは呪いの痛みとは違っていた。


「あぁ…そういえば…僕は今日、人生で初めて誰かに殴られたんだ…」


 左の頬に手を当ててエリンはどこか恥ずかしそうに小声でつぶやいた。

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