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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 12

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ハーシェルの裏の顔

 外に出るとハーシェルを呼んだ青年は一緒に出てきたレイを見て面食らった表情をした。レイはちらりと見てその青年の手首にもアウルム商会の印を見つける。


「こいつのことは…気にするな。空気だと思え」


「えぇ…?ハーシェルさん…空気って…こんなに存在感が強いのにそんなの無理ですってば」


 レイは慌てて頭の上に日除けの布を被る。青年は不思議そうな顔をした。魔道具に気を取られて彼はレイを美しい人とだけ認識した。


「…へぇ…魔道具ですか。珍しいですね。それにしてもこんな美人どこで拾ったんですか?」


「余計な口は利くな。さっさと案内しろ」


「はいはい、怖いなぁ」


 青年はぐねぐねと入り組んだ道を進む。途中ハーシェルがレイに言った。


「…ついてきたってことは、もしや知り合いかと疑ってるってことか?」


「ま、当たらずとも遠からず…ですね」


「これだからお忍びの連中は厄介なんだ。街が無駄にざわつく」


 ハーシェルは舌を鳴らす。青年は不審そうな顔でレイを再度振り返って、まじまじとその顔を見つめてから口元を押さえた。


「なっ…言って下さいよ!ハーシェルさん!これはとんだご無礼を!!」


「気にしないで。本当に私用で来ただけだから。あと僕がいちいち許可しなくても喋って大丈夫だから」


「私用でハーシェルさんの店にいらっしゃったんですか?あんなおっかないところによく入れましたね」


「あぁ…ルディが案内してくれたから」


「なるほど…」


 しばらく歩くと、いかつい男性が二名戸口の所に立っていてハーシェルを見ると頭を下げた。ハーシェルは街の仕切り屋か何かなのだろうかとレイは思ったが口にはしなかった。


「で?中に?乱暴はしていないだろうな?街の品性が疑われるぞ?」


「逃げようとしたので追ったら転んでしまって…少し擦りむいてますが…」


「信じていいんだな?」


「…!すみません、抵抗するから一回殴りました」


 隣の男性が首をすくめる。ハーシェルは殴ったと言った方の首を掴むと、自分よりも大柄な相手を壁に叩きつけるようにして軽々と持ち上げてしまった。


「…その拳は疑わしい者を殴るためにある訳じゃないぞ?街の治安を守るためだ」


 ハーシェルは相手の首から手を離す。犬の半獣人の男性は地面に崩れ落ちた。


「野蛮で悪いね」 


 悪びれもせずにハーシェルはレイに向かってそう言うとヒヤヒヤした様子の青年と共にその建物の中に入る。中に入ると室内は薄暗くて、目が慣れるまでに少し時間がかかった。汚れた床に座っているのはやはりヴェルダだった。ヴェルダは少し泣いたのか目をこすってこちらを見上げた。レイは床の上に転がったままの人物を見る。ブルーノのことを笑えないとレイは思ってやや呆れた声を出してしまった。


「アドルファス王子もびっくりするような変装をするんですね…悪目立ちする訳ですよ」


 目が痛くなりそうな極彩色の衣装に身を包んでいるのはエリン皇太子だった。レイはハーシェルを振り返ると言った。


「彼はミナス・アナトリカの皇太子エリンです。こんな格好をしてますが…間違いありません。彼女は第二の楽園のヴェルダです。エリン皇太子?ヴェルダはずっと…あなたの所に滞在しているのですか?」


 床の上にみっともなく転がっていた貴族の放蕩息子のような姿のエリンはレイを見上げてひどく驚いた表情をした。起き上がった彼は咳込んで血を吐いた。ハーシェルが慌てて歩み寄る。


「どこか具合が悪いのか?」


 ハーシェルはエリンの背中に手を当ててハッと厳しい表情を浮かべた。


「呪い…です。ヴェルダのことを好きになったのに…呪いが…解けないんだ…血も交わした…できることは全て…行った…なのに…」


 エリンは苦しげに胸元をあらわにする。心臓を中心にして赤黒い不揃いの網目模様が身体に広がっていた。


「前よりも…広がってしまって…皇太子は…私の願いを叶えようとしてくれただけだったんです。禁止されているのは分かってます。私も逃亡する気はありません。でも…自分の死に様くらいは自分で決めたい…私は死ぬときはエリン皇太子と一緒に死にます」


 ヴェルダはエリン皇太子の腕にすがる。ヴェルダの身体にも一部その網目模様が移っていた。


「ヴェルダ…呪いの肩代わりは…危険だよ?ジュディスにも言われなかった?呪いは肩代わりしてもいいことはないんだ…むしろ呪いごと相手の全てを受け入れる…そう考えたらいいかな。まぁ、自分でやってみた結果そう思ったってだけだけど…」


 喋りながらもレイはエリン皇太子の体内の乱れた魔力にさっと自分の魔力を流してあっという間に整えてしまった。ハーシェルは片方の眉を上げた。恐ろしく早い。


「治癒師も驚く腕前だな。王子にしとくのはもったいない」


 レイは小さく吹き出した。


「ありがとうございます。僕もけっこうな腕前だと自負してますけど、生憎と誰もそんなことは言ってくれないんですよ。ジュディスと僕とで治癒師一本でもそこそこやっていけそうなんですけどね…西には僕の他にはまだ後継者がいないから…しばらくは王子としての役目を遂行するしかないんですよね…エリン皇太子、しっかりして下さい、あなたもヴェルダさんも死ぬことばかり考えてしまっていけませんね。まるで少し前の自分を見ているようで嫌になります。僕の腕にも以前は寿命を吸い取る黒い蔦の呪いがありました…ジュディスがいなければ本当にダメだったかもしれません」


 そこでレイはハーシェルの顔をちらりと見た。


「ハーシェルさんも治癒師ですよね?こういう場合はどうするのが良いでしょうか…」


 ハーシェルはエリン皇太子の右の胸の赤黒い網目模様をじっと見た。


「乱暴なことを提案するなら、俺なら胸の皮を剥ぐか、炎で焼き尽くすね。傷跡は残るだろうが…」


「…!エリンの身体は日に日に弱ってます、そんなことをしたら…!」


 ヴェルダは青ざめた。本当に死んでしまうかもしれない。


「フォス族のお嬢さん…エリン皇太子に番の紋章を刻んでもらっちゃどうだい?この王子の番も王家の紋章を刻んでもらってたが…ちらりと見ただけだが、なかなかにいい眺めだった。フォス族だから身体に傷を残したらいけないなんて誰が言った?刻まれて交わって魂の番になっちまえば、離れられなくなる。あんた本当は怖いんだろ。楽園から外に出るのが。市場の雑踏にだって怯えてるくらいだ。だからうちの連中は無理矢理連れ出されたんじゃないかって勘違いしたんだ」


「え…私のせいで?」


 ヴェルダは青ざめた。レイはすでにエリン皇太子の殴られた顔を癒していた。レイはそっとエリンの胸元に触れる。エリンはビクリとする。あまりに何の警戒もない触れ方だったせいでエリンは本当に触れられるとは思っていなかった。誰でもこの見た目で警戒する。


「うーん…なるほど…触ると痛い?じゃあこれは?」


 レイは指先から蔦を出して触れる。エリンはピリピリするような感覚がした。正直にそのことを伝えるとレイは頷いた。


「そっか。多分…蔦とは相性が悪いんだろうね。ってことは…試す価値はあるのかな。どうなるか分からないから…決めるのはエリン皇太子だけど、とりあえずすり潰して一部に塗ってみようか。精霊の蔦の種を」


「は?な、何を言ってるんです!?すり潰す?高価で希少な種を!?精霊の冒涜ですよ…!」


「うーん、そうかな?そろそろ僕の肩の種が弾けそうなんだよね」


 レイはそう言って肩に二重にしてかけていた薄い布を避ける。その下から明らかに花の咲き終わった場所に膨らんだ種があった。レイの言葉通りに色付いている。


「そ、それは…」


 ハーシェルはなぜか急に慌ててわずかに顔を赤らめた。


「あぁ、もしかして陛下の種を見ましたか?そうなんですよ…もうあまりの早さに抵抗する間もなく手のひらから陛下の蔦を入れられて…交配してしまいました。ですから種はまたすぐにでも作れるんです」


「まったく…あの狼は…さすがにやり過ぎだろう」


 ハーシェルは渋面になった。


「塗った場所に良い影響が出るならその方法を用いましょう…様子を見ながら…番の紋章を刻むか考えてはいかがです?僕はたまたま第二王子の挑発に乗った結果、ジュディスの胸に刻んだだけなんですが、ジュディスが言うには…嬉しかったと…僕は罪悪感を抱いたのに、そんなことを言うんですから、驚いてしまいましたよ。ヴェルダの血もジュディスと似通っているものがあるなら、本能で身体がそう感じると思ったんです」


 レイはヴェルダの手に触れた。


「ヴェルダも人に酔った?少し魔力を流すよ?急に慣れないことはまだしない方がいいよ…ジュディスだって…王立学院から外に出るまでにはけっこう掛かったんだ。フォス族の本能なんだと思う…緑の多い場所の方が落ち着く…」


 レイは手のひらから黄緑の蔦を出してヴェルダの手に絡めた。


「少しこちらの気配に集中して…そうしたら、身体が楽になるよ…」


 レイは蔦でヴェルダの視界も覆ってしまうと、呆気に取られているハーシェルを不思議そうに見た。


「どうしました?」


「いや…アデルバートは…蔦で攻撃するのは見たが…そんな風に使うのは見たことがなかったので」


 ハーシェルの言葉にレイは少し笑った。


「もちろん攻撃にも使えますよ。魔術よりも早いスピードで繰り出せる場合もありますから、魔族との戦いにはむしろ有利ですね…」


 穏やかに笑いながらレイは背筋の寒くなるようなことを言った。ハーシェルは優しそうな見た目の王子の中に初めてアデルバートの苛烈さに似たものを感じた。


「騒ぎにならないように…こっそり連れ帰った方が良さそうですね。ここからハーシェルさんの店の中に瞬間移動してもいいですか?」


 レイはまたとんでもないことを言った。


「いや、しかし…かなり離れていますし建物全体に防御の魔力を張り巡らせているから…」


「ハーシェルさんが一緒なら大丈夫ですよね?距離はあまり問題ありません。ジュディスがいる場所ならどこでも戻れますから。そこを経由してヴォルフラムさんの店に戻ります。成金趣味の商人の息子のような変装をしたアドルファスを置いてきてしまったので…」


 レイの言葉にハーシェルはハッと短く笑った。彼を案内してきた青年は滅多に笑わないハーシェルが笑ったことにあ然とした。そして偉そうな貴族よりもよほど気さくな西の王子を見て不思議な人だと思った。

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