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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 12

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鱗の取引

 ハーシェルはブリジットの青い鱗を一枚手に取ると光に透かして眺めたり匂いを嗅いだりしていたがやがて頷いて言った。


「確かに…良い媚薬が作れそうだな。滅多に手に入る商品でもないし、西の英雄の鱗の倍の金額で買わせてもらおう。そうすると…今回の種と薬草の代金の分を除外して…」


 ハーシェルとブリジットは何やら計算をしていたがやがて商談が成立したらしく互いに握手を交わしていた。


「できれば…定期的に取引したいところだが…その辺りは商会の代表にも話を通さないといけないからな…」


「あぁ、アウレリアか?だったら…ちょっと待ってくれ。確かヒューバートがうとうとしていたから…」


 ブリジットは少しの間、目を閉じる。突然代表の名前を出されたハーシェルは目を剥いた。商会の者でも下っ端だとアウレリアには会ったこともないし名も知らない。ハーシェルはそれなりの付き合いがあるから知っているが、アウレリアは魔族の血を引いているので気軽に会うには少し身構える相手だった。それに今は行方不明だ。


「…それ…ここだからいいけど…他の場所ではあんまりしないでよ?ブリジット…」


「分かっているさ。この店の中なら問題ない。やはりアウレリアにも蔦の種を飲ませるべきだな…ヒューバートを介すると少々時間がかかる…うん?私の鱗の取引だ。あぁ、今はハーシェルの店にいる…何か書くものを…」


 渡した紙にブリジットの書いた物を見たハーシェルは驚いた。ブリジットが書いているのに筆跡はアウレリアだった。通常の者なら解読できないアウルム商会独自の通信文だ。魔族の文字に南の文字を混ぜているので書いているブリジット本人は読めなかった。しかもこれは南の砦を通過できない文章でもあった。この手の怪しい手紙は処分されるので西から出したアウレリアの手紙をアウルム商会の者に届けることは不可能だった。


「すまない、突然呼んでしまって。あぁ、モリス教授に頼まれた物はちゃんと購入したよと伝えておいてほしい。うん?時忘れの種?分かった。買っておくよ、他には?夜光茸?何に使うんだ?お茶?じゃあまた」


 ブリジットは目を開けると、自分の書いた物に不審そうな顔をした。


「ジュディス…読めるか?」


「えぇ?そんな魔族の血を引いてるからって無茶言わないでよ。ごちゃ混ぜの文字だなってことくらいだね。アウレリアのことだから夜光茸でお茶でも作るんでしょ。西には乾燥した物も売ってないのかって、教授の薬草保管庫に頭を突っ込んで嘆いてたからさ」


「夜光茸でお茶…?あまり飲みたいとは思わないんだが…」


 ブリジットの言葉にレイが苦笑する。


「確かに…。でも夜光茸のお茶には魔族の衝動の抑制効果があるのは本当ですよ…ん?でも今はヒューバートさんもいるのに、なんで衝動の抑制が必要なんだ?」


 レイが首を傾げるとジュディスは肩をすくめた。


「アウレリアはきちんと段階を踏みたいんだと思うよ?じゃないと、本能のままに貪って相手に怪我をさせるかもしれない…」


「…あの…これは間違いなく代表の使用する文字で、夜光茸のお茶を飲むのも本当だから疑う訳じゃないんだが…その…ヒューバートってのは何者なんだ?」


 ハーシェルの言葉にブリジットはニヤリと笑った。


「うん?代表に悪い虫がついたと気にしているのか?恐らく想像とは少し違うよ。ヒューバートは戦災孤児でまだ学生だ。もうじき卒業して薬草学の教授の助手になる…」


「な…!!」


 ハーシェルは度肝を抜かれた表情になる。偏屈そうな男の顔がこうも変わるのかと思ってブリジットは少し意地悪なことを言った。


「好きなら好きとさっさと言わないから、横から突然現れた若いのに奪われる…そういうことだ。恐らくアウレリアはヒューバートの呪いも含めて惹かれたんだろうな。どうも過去にその一族と関わりがあるようだし…」 


 ジュディスが頷いた。


「アウレリアが北に売られたときにできた縁だよ。厳寒な北の大地のアルドリッド伯爵…アウレリアは極寒の地に身体がついていけなくて南に戻されたんだ。そのとき護衛を務めたのがヒューバートの祖先で多分、初恋の人…今その家門はもう残っていないみたいだけど…ヒューバートが要するに最後の生き残り…なんだろうな。アウレリアはヒューバートの血を飲んでその事実に気付いたんだと思う」


 不意にハーシェルはそう言ったジュディスの横顔にアウレリアの面影を見てドキリとした。そうして今まで謎多き代表のアウレリアの過去について自分はほぼ何も知らないに等しいことに思い至る。ジュディスはハーシェルの顔を見て何かを察したようだった。


「別に隠してた訳じゃないと思うよ。魔族の血を引いてると時間の感覚がちょっと違うだろうし。だからもう少し仲良くなってから話そうって思った頃には相手は墓の下なんてこともザラに起こる…それにこれは体感なんだけど、やっぱり魔族にとって初恋の人の血の味ってのは忘れられないと思うから、すぐに子孫だって気付いたんだと思う…」


「ジュディスにも忘れられない味があるのか?」


 ブリジットが微笑むとジュディスはちらりとレイを見上げた。


「一番最初は…別に好きじゃないって思ったんだよ。でも羽化の守の儀式のときに、レイの血を流し込まれて…あの頃はまだ魔族の血にも目覚めた訳じゃなかったのに…あぁやっぱりこの血だって…思っちゃったんだよね…あれが不味かったら多分、今こうなってないと思う…」


「…そこは素直に好きって言ってくれないかなぁ…僕は君の餌じゃないんだよ?」


 レイはため息をついた。


「魔族にとって血が旨いか旨くないかはけっこう重要なんだぞ?番になるときに首を噛みたくなって実際に噛む事例が今も続いているのだって、元はと言えば相手の魔力をもっと知る行為なんだ。最初は挨拶程度に口付けで試して、もっと深く相手のことを知りたいと感じたら血を飲む…その頃には好きだって言ってるのと同じくらいの関係性にはなってる訳だから今更だけどさ。好きだよ?当然じゃないか」


 さらっと言ってジュディスは微笑むと、なぜかブリジットがその頭を撫でた。


「私の血はどうだ?」


「ブリジットの血も美味しいよ。竜の血だもん、そりゃ有角種にとってはご馳走だよ」


「そうか。よしよし」


「なんだか師匠にそうされると腹立たしいなぁ…まったく、みんなでそうやって僕をからかうんだからさ。ルディは僕みたいに番に振り回されちゃダメだよ?」


 ルディは何と答えて良いものか分からなくて困ったような顔をした。


「アウレリアのことは、こちらの神殿の内情が落ち着くまではエテルネルでお願いしますよ。神殿への出資者は口うるさくてかなわない…」


 アデルバートがそこまで言ったときに、外壁が特徴的なリズムで叩かれる気配がした。片手でアデルバートを制してハーシェルは魔術で壁に小窓を作る。


「市場でフォス族らしき者を連れ回している怪しい人物を見たので自警団が捕らえたと…どういたしますか?」


「……分かった。今行く…」


 ハーシェルは小窓を消す。ジュディスは妙な顔をして首を傾げた。


「私のことじゃないよな?とすると…」


「僕も同行してもいいですか?」


 レイが言う。ハーシェルは一瞬渋い顔をしたが渋々といった様子で頷いた。


「ジュディスは私が遮断しておく。危ないときは呼んでくれ」


 ブリジットの言葉にレイは笑った。


「多分大丈夫だとは思うけど…今はジュディスの遮断の方が大事だね。切れたらみんなが大変なことになるから」


 レイはハーシェルと共に一瞬開いた扉から出て行った。

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