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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 12

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ヴォルフラムの傷

 ブリジットは最後にその店で高価な方の酒を買うと元の美少女の姿に戻った。


「これは従弟のフレディの分だよ。一応年齢設定的には南でも飲酒可能な十八にしてるんだが…この度数はちょっと私でもキツい」

  

 ブリジットは笑う。ようやく目覚めたブルーノは隣がいつの間にかレイに入れ替わっていることに気付くと、慌てて飛び退った。 


「えっ…!?びっくりしたなぁ、もう!」


「そんなに驚かなくてもいいじゃない。魔力交換もした仲なのに?」


「…レイ…この状況でそれを言ったら誤解されるから止めてくれないか?」 


「ふーん、誰だっけ。僕の髪色が探している狼に似ているからギリ許容範囲だって言ってたのは」


「……君、それ…相当根に持ってるよね?確かに初対面の相手に言う台詞じゃないとは思うけどさ」


「寝たフリをしてた僕にキスしたのは出来心?」


「……!」


 ブルーノはレイを見て動揺し、それを聞いたジュディスは吹き出した。笑いながら言う。


「そんな事までしてたのに、なんで二人は番にならなかったんだ?」


「あれは…魔力量を測ったんだよ。君には秘密が多かったから。ま…その結果…僕じゃ無理だと思った。誰かとキスしてあんなにゾッとしたのは初めてだったよ…心臓に悪いったらない…ブリジットもさ…いくら気配を抑えていてもほんと…怖いから…あぁいう落とし方は…次からはしないでよね…」


「注文の多い奴だな…まったく。せっかく優しくしてやったのに。すやすや寝てたじゃないか」


「あ…アドルファス王子!?」


 クロエとルディはそこでようやく下品な服装で熟睡していたのがアドルファス第三王子だと気付いて目を剥いた。 


「あぁ…クロエ…今日も相変わらず美人だね」


「王子は呼吸をするように、そういう台詞を恥ずかしげもなく言いますよね…」


 クロエは肩をすくめて苦笑する。毎回のことなのだろう、ヴォルフラムも困ったように笑っていた。


「でも…ブリジットのお陰でぐっすり眠れたよ。頭の中がスッキリした」


「今度眠らせるときは私が落としてやろうか?」


 ニヤニヤ笑いながら言ったジュディスの言葉にブルーノは心底嫌そうな顔をする。


「絶対に嫌だよ…!ジュディスもレイも…今は番になって前よりも気配が混ざってるんだからさ…そんなことされた日には悪夢を見そうだよ。自覚ないだろうけど!」


「そうかなぁ…?自分ではあんまり分かんないよ。そうだ、ヴォルフラムさん、薬草や種を取り扱う店で信用の置ける所を紹介してほしいのですが」


 ジュディスは立ち上がるとヴォルフラムの方へとスタスタ歩いて近付いた。じっと見て首を傾げる。


「あぁ…薬草と種と…ありますよ。どうしましたか?」


 ヴォルフラムは近付いても気配の小さな相手を見下ろした。強いて言うなら美しすぎて心臓に悪い。保護区にいるというフォス族を思い出す。


「うん?少し屈んで貰えませんか?時々…魔力の流れが不安定になることがある…違いますか?」


「あ…あぁ…怪我をしてから…たまに…後遺症だって治癒師には言われましたが…」 


「ちょっと座って貰った方がいいかも。途中で倒れると困るから…十分もあれば終わるので…」


「ジュディス、僕も必要?」


 レイが声をかけると、ジュディスは笑って大丈夫だと言った。


「ヴォルフラムさん、僕とジュディスも治癒師なんです。大丈夫ですよ。少し他の治癒師とは違う方法を使いますが」


 椅子に座ったヴォルフラムの前に立ったジュディスは手のひらから淡く光る青白い蔦を出した。


「これは…!!」


「私は蔦の眷属です。だからこれで治します…その代わり少しその時の記憶も見えてしまうことがありますが…いいですか?」


 ジュディスはヴォルフラムの胸元の傷を蔦で触れる。驚くヴォルフラムの身体の中に蔦が入り込んできた。ジュディスは見た。目の前に立つのは見上げるほどの狼の獣人だった。殺らなければ殺られる。殺せ!殺せ!と闘技場に熱気を帯びた声が地鳴りのように響く。弱ったフリをして相手を引きつけてから、残った力で魔力を込めて相手に剣を突き出した。何度も何度も。視界が赤く染まる。生き残ってしまった…でも家族を残して自分が殺られる訳にはいかない…。ヴォルフラムの心の葛藤が聞こえた。


「…獣人相手の戦いは…なかなかしんどいですね…レイの傷跡と似ていたからもしやとは思ったんです…表面上は治っているようで獣人の爪は魔力の流れの深いところに悪影響を及ぼすので…」


 身体の中に時折痛むところがあった。治癒師にも伝えたがその治癒師には原因が見つけられなかった。ちょうどその場所に蔦が触れている。ヴォルフラムはビクッとした。


「大丈夫…もうあなたの戦いは終わったんです。彼も納得している…あなたを恨んではいません…」


 ジュディスは片手でヴォルフラムの頭を掻き抱いた。ヴォルフラムは目の前の少女が見たままの少女ではないことを悟る。ヴォルフラムは少女に連なる長い年月が見えた気がした。翡翠の髪の青年が長剣を片手に笑う。累々たる魔獣の死骸が積み重なっている。だが、ほんの一瞬の間にそれは姿を消して目の前の少女しか見えなくなった。やがてそっと蔦の離れる気配がした。それが名残惜しいとすら感じてヴォルフラムは動揺した。


「終わりましたよ。もう痛むことはないと思います」


「あ…あぁ…ありがとうございます…」


 長い夢から覚めたような気分でヴォルフラムは我に返る。


「あなたは…いつもこんな風に通りすがりの人を…助けるのですか?」


 ヴォルフラムの言葉にジュディスは微笑むと首を横に振った。


(どうかな…それ以上に奪った命の数の方が多いから…私はこうすることで過去の自分を救いたいだけなのかもしれません…生かすのは難しい。むしろ殺す方が楽なこともありますから…一瞬見えたものは見なかったことにしておいて下さい。あまり知ると厄介なことに巻き込まれる可能性がありますから。さすがは狼の半獣人は勘が鋭いのですね。南の砦の人狼と呼ばれたブリジットと双璧(そうへき)をなす(くら)き森の人狼と呼ばれていたのがあなただったとは…)


「いや…俺は…そんな大層なもんじゃないですよ。周りが勝手に言い出しただけで…」


「ところで、他のタトゥーに埋もれているせいで見落とすところでしたが…その手首の印…ヴォルフラムさんもアウルム商会のメンバーだったんですね」


(代表…アウレリアは生きています…安全なところで怪我を癒していますから大丈夫です)


 心の中に響いた声にヴォルフラムはハッとしたように隻眼を見開いた。


「な…本当に!?」


「えぇ、ですから安心して下さい」


 ヴォルフラムは喜びと安堵のあまり思わず脱力してしまった。


「良かった…神殿付きの兵士に引っ張られたときは…もうダメかと…その後何の音沙汰もなくなってしまって…ルディに今手紙を持たせて薬草と種を扱う店に案内させますんで。そこもアウルム商会に入っているのでちゃんとした店です。店主は昔馴染なので…やっぱり見た目はちょっとアレですが…」


 ヴォルフラムはサラサラと手紙を書くとルディを呼んだ。


「ルディ、ハーシェルの店に案内できるか?」


「うん、任せて…僕…ハーシェルさんは…ちょっと苦手だけど…あの人、王子さまに失礼なこと言わないかなぁ?」


「確かに偏屈な奴ですが、仕事にはきっちりした奴ですから、大目に見てもらえると助かります…」


 ヴォルフラムはそう言って頭を下げた。 

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