ブルーノの驚き
お忍びでブリジットが酒を買いに街に行くと聞きつけたジュディスとレイがその話に乗らない訳はなかった。学院長が同行者をどうすべきか思案しているころにふらりとブルーノが現れた。
「あぁみんな…って、どうしたの?ちょっと!ジュディスはこんなところで何をやってるの!?それに学院長先生にしては竜の気配が薄いなと思ったら…誰!?」
ジュディスはテラスの植物のソファーに移動したサイラスの首の後ろを熱心に舐めているところだった。サイラスは少し震えている。ブリジットがそれを面白そうに見ているところだった。
「ブルーノ、質問が多いよ。今、ジュディスは印を消してるところ。誰かって質問に関しては…ブリジットの新しい夫って言えばいいかな」
レイが答える。
「私はこっちだ。間違えないでほしい…彼は私の姿を少し真似ているだけの別人だ」
奥のソファーに座っていた学院長がブルーノを振り返る。ブルーノはそれでも納得いかないような顔付きでサイラスを見つめた。
「竜の気配って真似できるものなんですか?」
ブリジットがフンと鼻を鳴らした。
「君は竜にケンカを売っているのか?そんな器用な芸当ができるなら誰も苦労などしないよ。こいつは竜の呪いを受けた。この私が呪ったから竜になったんだ。うかつに竜に手を出すからこういう目に遭うという悪い見本だな…」
ブリジットの言葉に色々と言いたいことはあったもののブルーノは口をつぐむ。手を出した、というからには今アドリアーナのお腹に移動した子の父親は恐らくこの男性なのだろう、と思った。それすらもブリジットとアドリアーナの子という体で世間を欺いている。その子の命が再び狙われるのを避けるためにも余計なことは言わないでおこうとブルーノは思った。学院長が言う。
「これから街に少し出たいと思っていて誰が同行すべきか話していたところだったのだが…アドルファス王子、この後の予定は?」
「三時間くらいなら空いてますよ。ん?」
ブルーノはそこでもう一人見慣れない人物がいることに気付く。彼はブルーノと目が合うと恐れたように頭を下げた。その姿と首輪からすぐにブルーノは彼が性奴隷だと気付く。先ほどは気付かなかったが柱の陰になるところにレイの握った鎖が見えた。ブルーノの胡乱な目付きにレイは気まずくなる。
「君が買ったの?ひょっとして…ジュディスのために?」
「違う!!」
サイラスの首から顔を上げたジュディスがブルーノを凄まじい顔で睨んで即否定した。ブルーノは思わず首をすくめる。けれどもレイの気まずそうな表情に気付きブルーノはニヤッと笑った。
「…もしかしてだけど……間違えたの?レイ…こんなに分かりやすい格好をしてるのに?…フフッ…君がまさか初歩的なミスをするなんてねぇ。性奴隷じゃ雑用に使うにしても…ねぇ…」
ブルーノはレックスに近付くと頭を撫でて微笑んだ。レックスは身構える。
「触れるだけだから大丈夫。それ以上はしない。レイ、こうしてあげるといいよ。基本を教えてあげる。犬科はね…」
ブルーノはレックスの背中から腰の辺りを撫でる。腰にブルーノの手のひらが触れるとレックスは少し震えて茶色の尻尾が出た。レックスは恥じ入る表情をする。ブルーノはレックスを軽く抱きしめるようにして尻尾の付け根をマッサージした。レックスはブルーノにそうされながらも潤んだ瞳で必死にレイを見つめていた。
「レイもここを触ってあげると喜ぶよ。ご主人さまの愛撫が一番のご褒美だからね…」
言われたレイは複雑な心境でブルーノの真似をしてレックスの尻尾の付け根を撫でる。レックスの尻尾が嬉しそうに揺れた。レイは小声でブルーノに言った。
「君のお姉さんから引き取ったんだよ…首を切って自害しろとか言うんだもの…」
レイの言葉にブルーノは首を横に振る。
「姉が本気ならとっくに彼の首と胴は分かれてるよ。君は試されたんだ。西の王子はどんな反応をするのかって。食事の席に血の雨が降り注ぐのはちょっとね…子どもの頃に見せられて以来、僕は伯父上と食事をする気が失せたんだよ…その人はもう墓の下だけどね」
何か嫌な記憶が蘇ったらしくブルーノは眉をひそめる。ブリジットは片方の眉を上げた。
「細部に至るまで想像しないでほしいな、アドルファス王子。鳥の半獣人の中にはそうなる者もいると話には聞いたことがあるが…首を刎ねた状態で走り回られてはね…それで君は子ども時代にそんなものを見せられたせいで、そういう少しひねくれた性格になったという訳か。子育ての環境は重要だな」
「十分にひねくれてるブリジットには言われたくないですよ。ま、でもクレメンスは確かにいい子だと思いますよ?少なくとも僕よりはね…。お忍びで外出するにしても、レイはその奴隷をどうする気?部屋に繋いでおく?先に言っておくけど市場に行くのに同行させたら、奴隷を交換して楽しみたいって誤解されるから面倒なことに巻き込まれるよ?すぐにいかがわしい裏道に引き込まれるから、留守番をさせるなら誰かと一緒の方が…」
そこでブルーノはぐるりと辺りを見回して適当な人物を探そうとしたが、そこで首を傾げた。
「…君たち…何か他にも隠してる?なんでこんなに遮断してるの?」
「あぁ…バレちゃったか。これだから鼻の利く王子は嫌なんだ。別に遮断を解いてもいいけど、この気配に引っ張られたらブルーノも危ないかも。念のために聞くけど抑制剤は飲んでるんだよな?」
ジュディスがサイラスの首の後ろを指先で撫でながら言う。サイラスはくすぐったいのと少し心地よい感覚からようやく解放された。
「当然だよ。それに君の角の香りの耐性もあるからそっちに関しては前よりは自制できると思ってるけど…なに?」
「ケリーが蛇になってるんだ」
「なんだ、そんなことか…」
言いかけたブルーノはジュディスの後から続けたレイの言葉の意味を一瞬理解できなかった。
「ケリーだけじゃなく、女の子の方も蛇になってるんだ。ニーナもだよ」
「え?二人が蛇に…?」
「…だから南の風習に従って祝いの酒を買いに行くんだ。ついでに薬草とか種も入手出来たらいいなと思ってる訳だけど…」
ジュディスの言葉にブルーノはようやく理解が追いついた。それにしてもケリーが、とブルーノは少し意外に思った。何だかんだ言ってもキス以上のことは出来ないと思っていたのに突然過ぎて想定外だ。
「…ケリーが?あのケリーがニーナと?牽制のフリじゃなく本気で?」
「…ニーナは俺の大切な娘なんです…ニーナに必要ならば、親子だと公に名乗り出てもいいほどに…」
それまで黙って首の後ろを治癒されていたサイラスが静かに口を開いた。ブルーノはなぜかそこでサイラスではなくジュディスの顔を見る。
「なんだ?私も二人の血を飲んで検証したからそれは本当だよ?嘘じゃない」
「ニーナは…蝙蝠の子爵の第二夫人の連れ子だったね…子爵の番の子も今、学園に通ってるよ。ま、当然仲は良くないよね…このことをどう思うかは…ま、発表してみないと分からない」
「詳しいね、さすがだよ」
レイが言うとブルーノは目を細めてレイの方を見る。
「君だって西の学院内の人間関係は細かく把握してるじゃないか。まだ僕は西に留学中に入学した学年については全部を把握できてはいないけどね…で?結局、どうするの?」
「学院長先生はどうしますか?」
レイが尋ねると彼は苦笑した。
「ブリジットが行くなら私は遠慮するよ。気配や顔も変えないといけないし、ケリーたちの様子も気になるからね。そうだな…ウォード先生に…レックスを頼むことにしよう。サイラスのことは私が見ているよ。ジュディスとレイは髪を隠しなさい。アドルファス王子はどうする?」
ブルーノは学院長の顔を見てニコリと笑った。
「せっかくですから、僕が責任を持って市場をご案内しましょう。昔は王宮をこっそり抜け出してはよく叱られていたものです…今は堂々と変装して出かけていますよ」




