宮廷魔術師
ようやく戻ってきたブリジットとフレディは次に向かうべき部屋の扉を叩いた。中からくぐもった声が聞こえる。ブリジットが扉を開けるとカミーユがベッドから少し気怠そうに起き上がった。
「体調はどうかな?」
「お陰さまで…ようやく有角種の力に慣れてきたところです…」
「それは良かった。ところで昨日の夕方五時頃君はどこにいた?」
「え…?ずっと部屋にいましたが…」
「翼竜の世話をしている者が、君に良く似た気配の者を出発前のミューの車の近くで見たと言っていたが…見間違いだったのかな?」
「どなたか存じませんが恐らく別の者と勘違いしたのでしょう…」
「カミーユ、何か困っているのではないか?」
フレディが静かに告げる。カミーユは首を横に振った。ブリジットはカミーユの目を見つめる。カミーユは目線をなぜか天井に逸らす。ブリジットも顔を動かさずに素早く天井に向かって蔦を伸ばした。キィと短い声が聞こえて何かが落ちてくる。フレディも蔦を伸ばして他の合成獣を落としていた。
(ラーレイのところにも合成獣が…!)
「分かった、私が行く」
ブリジットは素早く蔦になって溶けるとその場から姿を消す。
「合成獣は全て消したよ。いつの間にこんなことになっていた?」
「…具合が悪くて休んでいたら…豹の部族からの遣い鳥が来たのです…その手紙を開いたら…合成獣が現れました…レオナルド教授が乗るミューの車に…細工をしろと…しなかった場合はラーレイにも被害が及ぶと…」
「宮廷魔術師と君とは…師弟関係だったとか…そのせいで?」
「…えぇ…」
カミーユは言及を避けた。ラーレイは宮廷魔術師として陛下にとっては必要な存在だ。そして自分にとっては番にはなれないが、大切な存在だった。
「…なぜ豹の部族が合成獣を所有している?」
「分かりません…ですが…予想では、第二王子と繋がっているのではないかと…迷宮を作るのに物資を提供している可能性が…」
「なるほど。ブリジットが行ったからキミの大切な師匠に危害が加えられることはないと思っていて大丈夫だ」
フレディの言葉に脱力するあまり、カミーユは魔力が乱れてしまった。
「君が…私との魔力交換が嫌でなければ行うが…」
フレディの言葉にカミーユは困ったような表情になる。竜との魔力交換は少し怖いというのが本心だった。けれども本来の豹の半獣人の魔力に有角種の魔力が加わったことで、身体の調子が狂っているのは本当だった。背に腹は代えられない。
「…お手柔らかに…お願いします」
カミーユは迷った末にとうとう頭を下げた。
***
ちょうどその頃、ラーレイの気配を探って寝室ににたどり着いたブリジットは部屋の中に放たれていた合成獣を燃やし尽くし、部屋の壁の中を移動していた。途中、国王陛下が補佐官と何かを話しながら通り過ぎるのが分かった。アデルバート国王はちらりと壁の方に目をやると、口元だけで笑う。
(…炎の匂いがするな…害虫駆除を買って出てくれるとは有難い…ラーレイなら東の塔にいる…)
心の中に声が響く。
(ありがとうございます)
(…まったく…君も私直属の部下として雇いたいくらいだな…優秀過ぎて少し嫌味だよ)
「明日の昼こそは離宮を訪れたいから、他の予定は入れないでおいてくれ。視察の方は離宮を訪ねてから行う」
「分かりました…ですが…先方を待たせるのはあまり得策とは思えません…」
「分かっている。だからこそ、あえて待たせるのだ…その方が少しは腹が立って本音で語れるだろう」
「陛下…敵を増やすおつもりですか?」
声が遠ざかる。ブリジットは東の塔へと向かう。ラーレイの通った場所に何匹か合成獣がいたが、ブリジットは気配を悟られる前に始末していた。言われた東の塔はすぐに分かった。ラーレイよりも魔力のかなり低い宮廷魔術師と思われる半獣人が多くいた。ブリジットは少し不思議に思う。宮廷魔術師のほとんどが草食の半獣人だった。元弟子だと聞いたカミーユは肉食の豹だが、肉食の宮廷魔術師は稀だった。
(何か基準があるのだろうか…)
ブリジットは気配を消して壁の中を進む。蔦になりきることで自身を植物だと認識させる。ジュディスもレイもその方法で移動している。ラーレイは塔の一番上にいたが、蔦になり切っていたにも関わらず鋭い目をして振り返った。
「誰です?」
こちらに殺意がないのを読み取ったのだろう。ブリジットは蔦のままで移動してラーレイの足元から身体を覆い尽くした。
(少しこのままで。私はブリジット。西から来た竜です。あなたの魔力の気配に寄ってくる合成獣がまだいます。このまま魔力交換をして今からあなたの気配を変えます。あなたも何匹も退治したようですが、キリがないでしょう…)
「あぁ…なぜそれを?」
(カミーユから聞きました…あなたの身体からはカミーユの魔力の気配がする…こうして包み込むと…より一層その魔力を感じます…これから注ぐのは私の炎…受け取って下さい…)
ブリジットはラーレイに魔力を注ぐ。ラーレイは身体に流れ込む竜の炎に思わず震えた。魔力中枢が燃えそうだ。宮廷魔術師の中で頂点に立つラーレイですらちっぽけな存在なのだと身体に直接刻み込まれるようで、ラーレイは竜が本気になればこの国ですらあっという間に蹂躙されてしまうのだろうと、そう思った。自分たちは竜の気紛れで生かされているに過ぎないのかもしれない、自身の命は長い長い年月を生きる彼らのまばたき一つの間の余興の一部なのだ、そう感じた。
(…あなたは、そうやってすぐに己を卑下する…元々の性が雌だということが、それほどまでに憎いのですか?でも私は雄のフリをするあなたに少し共感してしまう…私は両性具有の竜で、私もまた自身の雌としての性を受け入れ難く思うから…)
(両性…具有…?)
ラーレイの魔力が暴走しない程度にまで炎を注ぎ込んでブリジットは蔦から本来のブリジットの姿に戻ると、再度向かい合ってラーレイを抱きしめた。本来のブリジットはラーレイよりも長身だ。目の前に現れた、どこか少し学院長にも似た顔を見上げてラーレイは、多くの雌がこの竜に恋に落ちるだろうとそう思った。そういった過ちを避けるために、抑制剤を飲んでいるラーレイですら、魅了されずにはいられなかった。
(ご存知かと思うが…カミーユが有角種の力に目覚めました。これから先…あなたはきっとカミーユの魔力の虜になる…強いあなただからこそ、強い魔族の力にも惹かれるようになる…レイとジュディスが離れられないように、あなたも自身の性を憎みながらもカミーユを雄として受け入れいずれは愛する道を選ぶ…恐れずに愛を知りなさいラーレイ…)
心の中で告げてからブリジットはハッとしたようにまばたきをした。ブリジットは自身で告げた言葉が半ば無意識のうちに口からこぼれ落ちたことに気付き、それが竜の予言なのだと遅れて思い至る。ラーレイはラーレイで目の前の相手の瞳孔に金の虹彩が混じり縦長になった瞬間をまばたきもせずに見守っていた。ハッとした瞬間に、ブリジットの瞳は元の濃い青色に戻る。ブリジットはラーレイの頬を優しく撫でた。
「まさか…あなたから…カミーユと私に関わる予言を受け取ることになるとは…」
ラーレイはブリジットを見上げて少し困惑した表情を浮かべた。
「私はカミーユに関わる未来を見たことで初めて予言を外したのですよ…」
「自身に深く関わってくる者の未来は不確定なものが多いと言います…それは無意識のうちに自身が最も恐れる結末を避けようとするから…」
ブリジットに言われてカミーユはハッとした。
「私は…何度もカミーユの死を…見ました…彼の死を…望んだ訳ではないのに…」
「それはあなた自身の恐れです。カミーユを失いたくないと抑圧された心の中で思っていたからこそ見えた誤った未来…あなたに今後雄として関わってくる彼に対する恐れ…それでも受け入れてあなたは進む…たとえ宮廷魔術師ではなくなったとしても、それが何なのだと言うのです?今はあなたが光でカミーユが影だ。カミーユが光の側に…再びあなたの後継者となり立つことができたなら、あなたが今度はその影になり支えればいい…何も難しく考える必要はない。あなたの性別が明るみに出て国を追われるのなら、そのときは西の竜がこの背に乗せて遠くへ運びましょう。大丈夫です…」
ブリジットの言葉にラーレイは頷いた。限られた選択肢の中で溺れていた自分がやっと呼吸できたような気がしたからだった。竜の腕は温かい。ラーレイはブリジットの魔力に包まれながらそう思った。




